2019/10/12 - 2019/10/12
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frau.himmelさん
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2019年秋のシニア夫婦の長旅は、のんびりをモットーとした美術館・博物館を巡る旅にしようと決めていました。
旅はあと数日を残すのみとなりましたが、この旅ではいろんな美術館・博物館を訪れましたねぇ。
本場ヨーロッパで観る本物の美術品・工芸品・歴史の事実・・・、などを前にして、私のテンションは上がります。
それらを写真に収めて、帰国してからそれらの解析作業にはいります。
全くのずぶの素人の私が、ボケ防止・老化防止のために調べるのですからもちろん時間はかかります。調べているうちにあっちこっち飛びまくって、今私は何をしているのだろう・・状態になったり(笑)。
でもそのお陰で知らなかった新たな事実も判明する、これが面白いですね。
私の美術館・博物館の旅行記がダラダラと長くなってしまうのはそのためです。
さて、ミュンヘンでは夫の希望でドイツ博物館を訪れました。
科学や物理、化学・・・、私の最も苦手とするところです。
70歳を過ぎたその門外漢の私が旅行記のためとは言え、それらに挑もうとするのですから、ハチャメチャです。
でも、これも認知症防止のため・・・。
間違いなどあるかと思いますが、どうか笑ってスルーしてくださいませ。
今回も途中で息切れして、前編後編の2つに分けることになりました。
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ドイツ博物館はイーザル川の中州にあります。
対岸の美しい紅葉を眺めながら入り口に向かいます。 -
ドイツ博物館。
大きな建物です。
入り口はもっと先。 -
やっと入り口。
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チケットを買って中に入ります。
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チケット。
通常大人一人11ユーロのところ、65歳以上は8ユーロに割引、嬉しいですね。 -
館内見取り図の一部。
中はかなり広い。
さあどこから攻めましょう。
夫は何かを探し出したらしくさっさと急ぎ足でそちらに向かいます。 -
やってきたのはここ。金属・冶金部門。
夫の専門分野ですし、ここに来た一番の目的ですから当然ですね。
夫は早速あっちこっち興味深そうに見て回ります。 -
私はそんな夫と離れて、私にとって面白そうなものを見つけながらパチパチ写真を撮ります。
金属の歴史のコーナーです。
ひと昔前の製鉄工場の絵。
上は加熱圧延ロール、下は鋳造工場らしい。 -
目の前に大量の金の延べ棒が現れました。
現在の金額にするといくらぐらいだろう?なんて小市民の考えそうなことです。
インゴットも金鉱石から鋳造されて造られた金属ですね。 -
こちらにも金属の鋳造品のいろいろ。
手前の大きな手は「バイエルンの右手」と言われるレプリカだそう。
テレージエンヴィーゼにある「バヴァリアの女神」像の右手を、ドイツ博物館の創設者オスカー・フォン・ミラーが、同じ材料(配合)で忠実に作らせたものだそうです。 -
壁には、ゲオルク・アグリコラ(1494-1555)。
鉱山学者、「鉱山学の父」と呼ばれる。
「デ・レ・マタリカ」(日本名:金属について)の著書がある。 -
昔の鉄づくりに関するイラストがなかなか面白い。
水力で鉄を伸ばしているところ。(15世紀) -
上左:ハンマーとかなとこ(15世紀)
上右:水車の力で何かを作っています(15世紀)
下左:鎧の甲冑を作っている(16世紀)
下右:馬の蹄鉄工(16世紀)
中世のころより鉄製品は重宝されていたのですね。 -
このコーナーではジオラマが活躍しています。
中世の鉄づくり(金属溶解) -
ジオラマ。
17世紀の溶鉱炉。 -
ジオラマ。
パドル工場、18世紀後半。
なお、専門的な用語は、夫が面倒くさそうに教えてくれた最低限のものです。私には理解できていません(笑)。 -
エッフェル塔は鉄作品の最たるものです。
1889年、パリ万国博の目玉としてギュスターヴ・エッフェルによって造られました。 -
ミンゴ・ジャンクション(米・オハイオ州)にある製鉄所の溶鉱炉。
この工場は、1978年の映画「ディア・ハンター」の舞台となっています。(ロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリーヴ主演)そしてアカデミー作品賞を受賞しました。
この場所はその他のいくつかの映画やテレビの舞台となっています。 -
蒸気動力を利用した金属の鍛造ハンマー「Fritz」、エッセン、1861、クルップ社。
下は実際に作動しているところ。 -
ベッセマー転炉。
溶けた銑鉄から鋼を大量に生産する梨型の炉。
ヘンリー・ベッセマー(1813-1898)が1855年に特許取得。
これはドイツ鉄鋼業クルップ社で1866年ごろ使われていたもの(らしい)。 -
ベッセマー転炉と内部の運動。
下は転炉による溶銑注入・反応・溶鋼鋳造(らしい) -
ジオラマ。
るつぼ製鋼工場、溶解と鋳造。 -
製鉄所と言ったら高炉が聳え、タンクや様々な工場機械が林立する殺風景な風景を思い浮かべますが、最後にほっとする絵を。
グライヴィッツ(ポーランド)の製鉄所風景。 -
イングランドの製鉄所。
産業革命以降、世界の重工業を牽引し続けてきた製鉄業でしたが、こんな長閑な時代もあったのですね。 -
まだ真剣に見学している夫をしばらく待って、次へ移動します。
キンダー天国。
あら楽しそう。 -
天井から楽しそうなものがたくさんぶら下がっています。
ここで遊んだ子供たちの中から未来の科学者が何人出るでしょうね。 -
次にやってきたのは航空機の歴史の部屋。
正面にはリリエンタールのグライダー飛行実験の様子、ライト兄弟が初飛行に成功した「ライトフライヤー号」、ルンプラーの鳩のグライダー、また第一次世界大戦で活躍した赤い機体の「レッドバロン」も見えます。
壁には日本の「凧」も存在感を示しています。
この部屋をじっくり見学して、航空機の歴史の勉強をしたいと思います。お付き合いください。 -
人々は古今の昔より空を飛びたいという願望を持っていました。
「空を飛ぶ」と言ったらギリシャ神話のイカロス。
鳥の羽を蝋で固めて翼を造り空を飛びました。
しかし太陽に近づき過ぎて蝋が溶け、墜落してしまった、と言うお話。
ピーテル・ブリューゲルなど多くの名画にも描かれています。 -
小説にも描かれています。
イギリスの作家フランシス・ゴッドウィンの
「Der fliegende Wandersmann nach dem Mond」。
1659年にドイツ語翻訳されました。
鳥をたくさん括り付け、その飛行力で月を目指しました。そしてどこかに不時着して・・・、という冒険小説だそうです。 -
空を飛ぶ、ことが最も早く実現したのは「気球」。
翼がなくても、空気より軽い気体を詰め込んで、浮かび上がることができるのではないか。と言う原理を利用して発明されました。
初期のころは熱した空気を利用する熱気球が、後に水素やヘリウムを詰め込んだガス気球が発明されました。
18世紀初めには無人気球が、18世紀終わりごろには有人気球の成功が伝えられています。
写真の女性はケーテ・パオルス(1868-1935)。
気球発明よりずっと後の女性冒険家です。
また後ほど登場いたします。 -
空への飛行が現実的になったのはこのころ。
サー・ジョーシ・ケリー(1773-1857)。
英国の工学者。「航空学の父」とも呼ばれる。
グライダーの模型や、有人グライダーを数多く製作しました。
写真は1849年に造られた屋根が3層になった重そうなグライダー。
これに10歳の少年を乗せて飛ばし、数メートルの飛行に成功したそうです。 -
グライダーに実際に自分が乗り飛んで実験したのはオットー・リリエンタール(1848-1896)。
ドイツ初期航空工学発展に貢献した航空パイオニア。
2020年に閉鎖されたベルリンのテーゲル空港は彼の功績を讃えて「オットー・リリエンタール空港」と呼ばれていました。 -
リリエンタールは、20年にわたり鳥の羽根を研究してハングライダーを作りました。そしてベルリンの小高い丘の上から飛行試験を行いました。
その数200回以上にも上るそうです。 -
その飛行風景は多くの報道写真で発表され、彼は世界的名声を得ました。
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博物館に展示されているオットー・リリエンタールの飛行風景。
しかし彼はグライダーの墜落事故で死亡しました。 -
オットー・リリエンタールの死を懸けたグライダーの研究に影響を受けたのがライト兄弟。
ウィルバー・ライト(1867-1921)とオーヴィル・ライト(1871-1948)のライト兄弟は1903年に世界初の有人動力飛行に成功しました。 -
ライト兄弟が有人動力飛行の初飛行に成功した「ライトフライヤー号」
オットー・リリエンタールの足の後ろに見えるのが「ライトフライヤー号」 -
ライト兄弟もまた何度も何度も失敗を重ね、何度も何度もグライダーの技術改良を重ねてようやく初飛行に成功したのです。
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19世紀末から20世紀初めにかけては飛行船の時代が到来します。
各国で様々な飛行船が造られました。
フランスの飛行船。 -
イギリスの飛行船
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ドイツでは、ツェッペリン伯爵の飛行船が有名ですね。
「ツェッペリン」は特に長距離輸送手段として期待されました。 -
上:ツェッペリンが開発したツェッペリンLZ-1が1900年7月に初飛行に成功、
下:ボーデン湖の上を飛ぶツェッペインLZ-2 -
1928年、ツェッペリン社は技術の総力を結集し、巨大な飛行船「グラーフ ツェッペリン号」を製作します。
全長235m、航続距離1万kmという超弩級の飛行船です。
ツェッペリン号は1929年世界一周の旅に出ました。そのさい日本の霞ケ浦にも5日間ほど立ち寄っています。
巨大なツェッペリン号を見ようと押し掛けている見物客。 -
ツェペリン号の絵葉書。
人気のほどが覗えます。 -
ツェッペリンで思い出されるのが「ヒンデンブルク号」の爆発事故ですね。
1937年5月6日にアメリカのニューヨーク近郊で起きた乗員乗客他36名が亡くなった大惨事でした。
写真はネットより。 -
これもまた飛行船?。まさに船の形をしています。
土嚢を吊り下げたゴンドラに、背後には垂れ下がった帆のようなもの。これはプロペラだそうです。
ツェッペリンと同じころ飛行船の設計者として活躍したアウグスト・フォン・パーセヴァル(1861-1942)の、「パーセヴァル飛行船PL2」1908年製です。 -
これがどうやって空を飛ぶのだろう???
図を見て納得しました。
軽い天然ガスを詰めた気嚢(ガス袋)を浮かべて、それに吊り下げるのですね。
パーセヴァル飛行船は第一次大戦で偵察機(船)として使われました。 -
第1次世界大戦で活躍した航空機の設計者はここにも。
エドムント・ルンプラー(1872-1940)。
ライト兄弟の有人動力飛行に触発されて、ベルリンに格納庫を借り、1910年に「ルンプラー・タウベ」を製造しました。
大きな車輪が印象的。 -
ここに展示してある車輪が付いているものは、ほとんどルンプラー社の航空機といっても間違いないでしょう。
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「タウベ」とは鳩のこと。
鳩の姿を摸して造られた「ルンプラータウベ」は1910年に初飛行。
その安定した飛行は第一次世界大戦で軍用機として活躍しました。 -
同上ルンプラー社製の「ルンプラーCIV」。
1916/17年ごろの軍用偵察機複葉機。
2人乗りの偵察複葉機。第一次世界大戦の終結まで西部戦線、イタリア、パレスチナなどの最前線で活躍した。
機内が観察できるように骨組みだけの展示になっています。
第一次世界大戦では、航空機は軍事的に最も効果的なものでした。
技術は向上し、機動性を備えた戦闘機がいろいろと登場しました。 -
ちょっと時代は遡りますが、ツェッペリン社製の航空機も第一次世界大戦で活躍しました。
Zeppelin-Staaken R.VI.
ツェッペリン・シュターケンR.VI。
ツェッペリン社製の複葉爆撃機。 -
ソプウィズ・キャメル。
第一次世界大戦で使われた単座複葉戦闘機。
1917年の西部戦線で導入された。 -
(左)エアコー DH.2
第一次世界大戦中のイギリスの推進式単座複葉戦闘機。
(右)SPAD VII
フランスのスパッド社が開発した戦闘機。高速戦闘機として、第一次世界大戦やその後の各地の戦闘で使用された。 -
ユンカースJ9。
フーゴ・ユンカース(1857-1935)社製。 -
フォッカーE.Ⅲ
ドイツの初期の戦闘機。
固定銃を装備して、敵の航空機を撃墜する初の戦闘機として、量産された。 -
第一次世界大戦で活躍したドイツ軍エースパイロット マンフレート・フォン・リヒトホーフェンが乗っていた航空機もフォッカー製。
赤い色で塗られた機体はレッドバロン(赤い男爵)と呼ばれていた。 -
初期の熱気球で登場したケーテ・パオルス(1868-1935)がここで再登場します。
彼女は折り畳みパラシュートの発明者、彼女の左手横にぶら下がっていますね。
ケーテ・パオルスは女性初の飛行士、500回以上気球飛行をして、パラシュートをつけて降下実験をしたそうです。
また彼女は空中アクロバット士でもありました。
しかし第一次世界大戦中は戦争のためのパラシュート造りに専念しなければならなかったそうです。 -
第一次世界大戦初期のころの野営飛行場。
上空へレッドバロンが飛びあがり、フォッカーやユンカース、それにルンプラーの単葉機・複葉機も駐機しています。 -
ドイツ博物館には日本の凧がいくつも、これでもかというくらい展示されていました。
これは奴凧に武者凧。 -
こちらは凧の絵模様でしょうか?
そう言えば、凧って航空機の原点ですね。
何かで大きな凧にへばりついて空を飛んでいる絵を見たことがあります。 -
こちらには浮世絵が描かれています。
日本の凧とヨーロッパのグライダー、さてどちらが早かったのでしょう。
日本の方が世界の航空業界の一歩先を行っていたとか・・・。
壁に飾られた鮮やかな和凧を眺めながら、ちょっと鼻を高くしたり・・・。 -
航空機の歴史の下の階は、帆船が並んでいます。
まだまだドイツ博物館の見学は続きます。
慣れない分野の勉強で、旅行記の方が息切れしてしまいました。
とりあえずここまでを前編として、後ほど後編に続けます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 旅空ーshinoさん 2021/07/15 07:15:11
- 懐かしく拝見させていただきました。
- frau.himmelさん おはようございます。
雨に降られたミュンヘンで息子と雨宿りができると訪れたのがドイツ博物館でした。
規模の大きさに驚きながら時間をかけて楽しく見学した思い出がよみがえりました。
また、frau.himmelさんのドイツの旅行記を心待ちにしています。
旅空ーshino
- frau.himmelさん からの返信 2021/07/15 21:04:19
- RE: 懐かしく拝見させていただきました。
- 旅空ーshinoさん、こんばんは。
いつも素敵な旅行記ありがとうございます。
豪華なホテルステイや美しいお花の数々。ため息をつきながら、楽しみながら見せていただいております。
ひどいホテルにも遭遇なさったようですが、今回拝見しながら私も同じように憤慨しておりました。
ドイツ博物館にいらっしゃったのですね。
ほんとに広いですよね。
私もゆっくり時間をかけて回ったつもりでしたが、今回旅行記を書くにあたり写真を見てみますと、半分も周っていませんでした。
このコロナ禍、いつ行けるかもわからないのに、再訪予定が増えて増えて困ります。
旅空ーshinoさんの旅行記、また楽しませてください。
himmel
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