2021/05/28 - 2021/05/28
829位(同エリア2032件中)
滝山氏照さん
JR中央線八王子駅から徒歩約15分、樹木に囲まれた地に江戸時代初期における天下の総代官(代官頭)と称された大久保長安(おおくぼ・ながやす、1545-1613)の陣屋跡があったとされ、その跡地周辺は時の経過とともに住宅化されるなか、唯一破壊をまぬがれた産千代稲荷神社(うぶちよいなりじんじゃ、東京都八王子市小門町82)があります。
大久保長安は旧武田遺臣で家康に召し抱えられ、小田原北条氏没後の天正18年(1590)8月の家康関東入府後関東総代官として、伊那忠次(いな・たたつぐ、1550-1610)、彦坂元正(ひこさか・もとまさ、不明-1634)並びに長谷川長綱(はせがわ・ながつな、1543-1604)らとともに関東に広がる幕府直轄領(蔵入地)の支配にあたり、未組織の脆弱な幕府そのものである徳川家の財政を強固なものにし、結果として265年に亘る徳川幕府長期政権の基盤を築いたオールラウンドの有能な官吏とされています。
まず長安が手掛けたのが武蔵国横山領(八王子)の新たな町づくりとして当地事情に詳しい16名を配下の代官としてを活用、それまでの未開発の地に町を造成して横山宿・八日市宿・八幡宿を設置し街道の発展に貢献、加えて小田原北条氏時代の八王子城落城によって没落した浪人の流入で荒廃した当地の治安強化策として八王子千人同心の組織化をして最前線の幕府直轄地である当地の再生を実現します。
また長安は横山(八王子)だけではなく関東一円の統治も担当し、天正19年(1591)以降武蔵・上総・下総などの検地を実施、そして青梅(おうめ)や桐生(きりゅう)の町づくり、利根川下流域の新田開発といった実務的な任務も請け負うほか、高尾山薬王院に「禁制」の書状を発給するなど寺社への支配にも取り組みます。
慶長8年(1603)家康が天下統一し征夷大将軍に任ぜられると長安は従五位下に叙せられ「石見守」の受領職も授けられ見事な栄進を遂げます。長安は関東総代官の他全国の直轄地支配を任され、とりわけ甲斐・伊豆・信濃・越後・佐渡・美濃・大和・山城・石見などにおける事業の推進に携わり、各拠点に長安の意向を汲んだ多くの手付(てづけ)や手代(てがわり)を配して事業の進捗を管理指導するなどその力量は目覚ましいものがあり、とりわけ、佐渡・伊豆・石見の鉱山開発とその経営については鉱山奉行として自ら手腕を発揮し、甲州流の採掘法によって従来の金銀産出量を大幅に増大させ、幕府台所に潤沢な財政をもたらし大御所家康の絶大なる信任を一身に浴びることになります。
また慶長6年以降、江戸と地方とを結ぶ交通網の整備に取り組み、日本橋起点とする東海道・東山道などは一里(4Km)ごとに榎を植えてその目印とし旅行者の便宜を図り、併せて各街道には宿場町を設置するなど人物流を促進させ経済・商業の発展に貢献するなど民政面にもいかんなく力量を発揮します。
しかしながら慶長18年(1613)4月長安は患っていた中風が悪化し、駿府の自宅にて69歳の生涯を閉じますが、生前の長安を高く評価していた家康から金銀不正蓄財・隠匿の嫌疑をかけられ、こともあろうに墓に埋められた死体を暴かれ犯罪者として磔刑に処され、更には本人に止まらず遺児9名のうち女子2名を除いた男子7名すべて処刑されるという事態に至ります。
この処刑については家康からいわゆる「自分の私腹を肥やした」との理由により犯罪者の汚名を着せられていますがその指摘は理不尽で、そもそもこの時期における幕府と代官頭のいわゆる契約は幕府直轄地から得られる年貢は請負制であったので、一定額の年貢米や金銀を納入すればよく、余剰の年貢米や金銀は代官頭の収入として差支えはなかったようです。しかも余剰の金品は全て長安の収入とならず、何割かは長安が関係する関東を始めとする全国各地で事業に携わる代官・手付・手代などへの給料に宛がわれ決して隠匿でもないごく日常的なことであったからで上述の家康の処断は腑に落ちません。
長安及び家族に至るまでの処刑は「不正蓄財・隠匿」という理由ではなくむしろ当時の政治的背景があったのかもしれず、それにタイミング悪く長安が政治権力闘争に巻き込まれた可能性があったのかもしれません。即ち武田氏没後に長安をスカウトしその後も長安の庇護者であった大久保忠隣(おおくぼ・ただちか、1553~1628)と本多正信(ほんだ・まさのぶ、1538~1616)との主導権争いの結果敗れた忠隣側にいた長安が連座してその結果処刑されたという説もありこのファクタ-のほうが大きいと思われます。
長安没後については幕政の仕組みがシステム化されると例えば財政は勘定奉行、土木工事は普請奉行といったように役割分担が明確化され、これを契機に徳川一家が領有する直轄地支配体制も見直しが図られ、他方それまで全機能集中化された代官頭体制は次第に役割を失い組織がだんだん縮小されます。例えば初代伊奈忠次以降200年間に亘って関東支配に君臨してきた伊奈氏が寛政4年(1892)一般民衆の信望大きい中失脚という憂き目にあい、他の彦坂元正については慶長11年(1606)不正があったとして失脚、長谷川長綱は慶長9年(1604)死去後は陣屋の閉鎖となります。
当該神社で入手したパンフレットには次のように掲載されています。
「大久保石見守長安と産千代稲荷神社
1590年頃、大久保石見守長安が八王子に陣屋を構えた際に、「五穀豊穣」「殖産興業」「陣屋守護」の神として倉稲魂命を御祀りし稲荷神社を創建されました。「千代」続くようにと産千代稲荷神社と名付けたと伝えられています。
この場所は陣屋の西南にあたり、鬼門除けの守護人でもあります。この地が小門(おかど)と称するのは「御門宿」「於門宿」と呼ばれたことに由来し、長安没後は「小門」と文字を変えたと言われています。
陣屋の後ろは畑地となっているものの稲荷神社には手がつけられず、大木が多く繁り「稲荷森」と称せされました。時は移り行き、当時の堀と思われる石を敷き詰めた跡、参道のような古道らしき跡があり、当時の社の尊厳が偲ばれます。
八王子の発展に尽力した長安の足跡として、織物、街道や宿場の整備、石見土手など、今でも多くの事柄が受け継がれています。また甲州街道の江戸への拠点として守りや治安維持など国境警備の重要さを指摘し、八王子二百五十人同心の創設を具申して認められ、ここに旧武田家臣団を中心とした八王子二百五十人同心が誕生しました。その後五百人に増員し、慶長4年(1599年)には同心をさらに倍に増やすことを家康から許され、八王子千人同心となりました。
江戸幕府誕生ののちは佐渡奉行、所務奉行(後の勘定奉行)、伊豆奉行などを兼任し、全国の金銀山の統括や、関東における交通網の整備、一里塚の建設などの一切を任されました。現在知られる里程標、すなわち一里=三十六町、一町=六十間、一間=六尺という間尺を整えたのも長安です。
この頃の長安の権勢は強大なもので、七人の息子を石川康長や池田輝政の娘と結婚させ、(松平)忠輝と伊達正宗の長女・五郎八姫の結婚交渉を取り持ち、忠輝の岳父が政宗となったことから政宗とも親密な関係を築いていたと言われています。そのため、権勢や諸大名との人脈から「天下の総代官」と称され、大久保忠隣と共に大久保派を幕内に形成し、家康に寵愛されて本多派を形成していた本多正信と初期幕政の権勢をめぐって争い、岡本大八事件で本多派に勝利した頃の所領は八王子八千石(実際は九万石)に加え、家康直轄の百五十万石の実質的な支配を任せられたと言われています。」
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 交通手段
- 徒歩
-
所在地図
当該陣屋はJR八王子駅北口より中央線に沿って西八王子方向に約15分の地にあり、当時の陣屋西南に設置されたという産千代稲荷神社だけが残されています。 -
陣屋
パンフレット掲載の古地図(上が西方向)に当時の陣屋所在が明示され、陣屋の規模は不詳ですが東方向を除き南北と西側は土塁らしきもので守備されていたようです。 -
産千代稲荷神社外景
陣屋跡の一部は現在では産千代稲荷神社の社域となっており、豊かな樹木で神社を取り囲んでいます。 -
産千代稲荷神社正面
-
大久保石見守陣屋跡石柱
鳥居と共に「史蹟大久保石見守長安陣屋跡」と刻された石柱が傍らに配されています。尚長安は十兵衛(じゅうべえ)を通称名とし、慶長12年(1607)からは官途名を石見守としています。 -
大久保石見守長安陣屋跡説明板
説明板には八王子市指定史跡として写真と共に簡単に記載されています。 -
産千代稲荷神社参道
-
取水所
現在は新型ウイルスの事情により機能していません。 -
植木に咲く赤い花
見たことのない植木には「ブラシの木」と札が添えてあり、赤い花をみるとブラシの形状をしています。 -
神木
-
産千代稲荷神社拝殿
-
扁額
拝殿上部には「産千代稲荷」と記された扁額が設置されています。 -
参道風景
拝殿より鳥居方向をとらえます。参道の左側は樹木が迫っておりやや窮屈な状況と見えます。 -
新築された会所
-
産千代稲荷神社西側
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
高尾・八王子(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
15