2021/04/11 - 2021/04/11
18位(同エリア2207件中)
旅猫さん
4月2週目の日曜日、ふらりと川越の街を歩いて来た。
川越と言えば、蔵造りの街並みと時の鐘、喜多院や菓子屋横丁が有名な、埼玉県随一の観光地だ。
コロナ禍に、そんな観光地へ行くのは躊躇われるが、人の多い有名な場所に行くわけではないので、そこは問題ない。
今回は、元遊郭街と花街の名残りが微かに残る場所を歩くことにした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
川越駅に着いたのは12時前。
鎌倉並みに混み合う街なので、朝から歩いて午後早めに帰るのが一番だが、家で寛ぎ過ぎて出遅れてしまった。
おかげで、駅も街もすでに大賑わいだった。 -
駅前から、飲食店などが建ち並ぶ歩行者専用の道を歩いて行く。
日曜日の昼時とあって、道は混み合っていた。
10分ほど歩くと、左手に木造の古民家が現れた。
水上製本所とあり、和紙を使った製本を中心に、和紙の小物などを扱っている店だった。 -
そこから二つ先の十字路の右手に、鳥居と大きな銀杏の樹が見えた。
気になったので行ってみると、出世稲荷神社とあった。
その鳥居の両側に、かなりの樹齢と思われる銀杏が立ち、若葉がとても綺麗だった。 -
そこからさらに東へと進むと、喜多院の西側に出た。
明治以降、埼玉では公娼を認めていなかったが、この界隈には、かつて乙種料理店と呼ばれた遊郭のような建物がいくつかあったそうだ。
『市むら』と言う旅館だった建物も、当時はそのような店のひとつだったという。 -
その裏手には、もう一つ入口があり、いかにもと言った作りだ。
隣の建物の右側にも裏へ回り込む細い道が残っていた。 -
そのすぐ近くの民家は、薔薇と藤の蔓に覆われていた。
もう薔薇も藤も満開で、綺麗だった。 -
4月の上旬に、藤の花が観られるとは思わなかった。
今年は、本当に季節の移ろいが早い。 -
そこから少し歩くと、またそれらしき建物があった。
大正13年に建てられた、やはり乙種料理店だったものだそうだ。
和洋お食事処栄と言う飲食店となっていたので、ここでお昼を食べることにした。和洋御食事処 栄 グルメ・レストラン
-
中へ入ると、女性と子供がカウンター席に座っていたが、店の方だった。
店内に客は無い。
カウンター席に座ると、店の方が話しかけて来た。
川越自体には観光客が戻ってきたが、飲食店には入ってこないと。
実際には、一番街やクレアモールなどにある飲食店は混み合っているので、場所によるのだろう。
住宅街の中にあるこの店には、観光客はほとんど来ない。 -
4種のランチから和食ランチを頼んだが、後で、牛舌シチューが看板で、洋風ランチの牛舌カレーが人気だと知って後悔した。
出て来た和風ランチは、ロースかつとエビフライに、ご飯とみそ汁、そして香の物が付いて来たが、味は普通だった。
それでも、とてもゆったりとした時間を過ごせたのでよかった。 -
『栄』を出ると、近くにもう一軒それらしい建物があった。
天婦羅屋になっていたので、こちらもいつか訪れたみたいと思った。 -
その界隈から少し北へと向かうと、住宅街の一角に木々に囲まれた広い敷地を持つ建物があった。
案内板があり、その建物は、永島家住宅と言う武家屋敷だった。
しかし、かなり建物が傷んでいるのが気になった。
門が閉ざされていて、今は見学ができないようだ。永島家住宅 (武家屋敷) 名所・史跡
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武家屋敷から少し西へ行くと、築100年の古民家を利用したゲストハウスがあった。
高校生の頃、友人との信州旅行の途中、下諏訪で、同じような佇まいのユースホステルに泊ったことを思い出した。
土間の部分は、昼はカフェ、夜にはバーになっているというので、ここもいつか訪れてみたいものだ。 -
ゲストハウスの前を通り過ぎると、丁字路に出た。
突き当たった道は川越街道で、道沿いに北へと歩くと、次の丁字路の東側に煉瓦造りの教会が建っていた。
日本聖公会川越キリスト教会の礼拝堂で、明治26年の大火後、大正10年に再建されたものだそうだ。
切妻のどことなく合掌造りのような意匠である。川越キリスト教会 寺・神社・教会
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教会の前の丁字路を西へと曲がると、右手に黒漆喰の重厚な蔵造りの建物が見えて来た。
原田家住宅で、大火後の明治26年に建てられたもの。
足立屋と言う屋号の穀問屋だったそうだ。
中山道の宿場町であったわが町にも、似た建物があり、親近感を覚える。 -
さらに歩いて行くと、急に人が多くなった。
その近くに、袖蔵と煉瓦アーチ門を供えた大きな商家があった。
亀屋山崎茶店と言う店で、明治38年の建物だそうだ。
黒漆喰とは少し違う、青味がかった色味が美しかった。 -
その先にあった商工会議所の前から振り返ると、美しい蔵造りの街並みが続いている風景が望めた。
-
川越商工会議所の建物は、銀行のような外観だった。
調べてみると、やはり、前身は武州銀行川越支店の建物だそうだ。
昭和2年に完成したもので、国の登録有形文化財にも指定されていた。 -
商工会議所の前から南へと続く道は、大正浪漫夢通りと呼ばれている。
大正から昭和にかけての看板建築の建物などが建ち並んでいるが、以前は、銀座商店街と言うアーケード街だったところだ。
今ではアーケードも撤去され、電柱も無くなっていた。 -
仲町の交差点を越えて、少し歩くと、醸造所らしきものがあった。
明和元年(1764)創業の松本醤油商店で、江戸時代から使い続けている杉桶で、昔ながらの製法による醤油造りを行ってるそうだ。
売店に立ち寄りたかったが、混んでいたので次回とした。 -
その蔵の裏手に、小さな社が建っていた。
鴉山稲荷神社と言う社で、室町時代から鎮座しているそうだ。
河越城を築城した太田道真所縁の社らしい。
今では蔵造りの街として賑わう川越だが、この社はそれよりもずっと歴史が長く、この街を見守って来たのだ。
観光客には無縁の場所なので、とても静かで清々しい感じだった。鴉山稲荷神社 寺・神社・教会
-
神社の前の細い路地を辿って行くと、やや広い通りに出た。
そのすぐ近くには、山下家住宅がある。
この建物は、川越が蔵造りの街になる切っ掛けとなった川越大火より前に造られたもので、大火の際にも類焼を免れたことから、その後、川越で蔵造りの商家が増える要因となったそうだ。
歴史の生き証人なのである。 -
さらに西へと歩くと末広町へと入る。
その路地裏には、榮林寺と言う寺があった。
この寺の山門は、川越城一郭にあった蓮池門を移築したもの。
川越城は遺構が少ないので、かなり貴重な建築物と言える。 -
榮林寺の北東にある元町には、養寿院がある。
養寿院は、河越太郎重頼の曾孫にあたる経重の開基により、寛元二年(1244)に開山となった寺である。
川越で人気の菓子屋横丁のすぐ南にあるため、観光客が迷い込まないように山門を閉じてるが、実は脇から入ることが出来る。 -
そして、その境内の一角には、河越太郎重頼の墓がある。
河越氏は、坂東八平氏秩父氏の一族で、武蔵国に一大勢力を築いた豪族だが、重頼の娘が源義経の妻だったことが災いし、頼朝に誅殺されている。
墓は、小さいながらも綺麗に整備されていた。 -
養寿院から、観光客でごった返す菓子屋横丁を、人波をかき分けて通り抜け、札の辻交差点へと出た。
この辺りが川越観光の中心部であり、コロナ禍とは思えないほどの物凄い人出であったが、そこから北へ少し歩けば、すぐに静かな街並みとなる。
その一角にあるのが、弁天横丁だ。 -
その横丁は、かつて芸者横丁とも呼ばれた戦前からの花街だった場所。
川越大火後にできた路地らしく、料亭などへ芸者を送る置屋などの長屋が建ち並んでいたそうだ。
その後、芸者たちが始めた飲食店などがあったそうだが、今はすべて廃業してしまったそうだ。 -
置屋などだった古い長屋などが今でも残っているが、一部の建物は崩れている。
そんな現状を危惧した人たちにより、現在、長屋の再生事業が始まっており、この日も作業が続けられていた。 -
この事業を主導しているのは、NPO法人川越蔵の会。
再生利用を目的としているが、一番街や菓子屋横丁のような観光客で溢れる街ではなく、落ち着いた風情の街にしようとしているところが良い。
なので、流行りの持ち帰りの飲食店や土産物屋は排除するとしているところが賛同できる。 -
横丁奥には、すでに利用が始まっている長屋がある。
二階の丸窓が、艶っぽい時代を感じさせる建物だが、今は、建築設計事務所や染織作家の工房、ギャラリーカフェが入居しているが、見た目には普通の古い長屋のようにしか見えない。
その辺りが、落ち着いた風情を醸しているのである。 -
その長屋には、本町通りへと抜けるトンネル路地があった。
京都でも観られるものだが、まさか川越にもあるとは驚いた。
往時は、芸者衆などが通った道なのだろう。 -
そこを抜けていくと、途中に薔薇が咲いていた。
木造の民家の板壁に良く似合っていた。 -
本町通りに出て向かいから眺めると、出口に建つ建物もかなり渋い。
屋根が波打っているところも風情がある。
一階には喫茶が入っていたようだが、今はやっていないようだ。 -
本町通り沿いに歩いて行くと、渋い米屋があった。
店頭には、菓子なども売っている。
麩菓子が美味しそうだったが、かなり大きかったので断念。 -
店の隣の入口には、懐かしい牛乳受け箱があった。
牛乳の配達は、今でもやっているのだろうか。
ちなみに、この木製の牛乳箱は、今でも買うことが出来る。
しかも、色も形も往時のままで、正直驚いた。
文字も雪印、酪農など、好きなものが買えるのだ。 -
本町通りから裏道へと入り稲荷小路の方へと歩いて行く。
観光客で賑わう稲荷小路が右手に過ぎると、左手に路地が現れる。
そこへ入ると、すぐに古めかしい映画館が現れた。
川越スカラ座と映画館だが、その歴史は古く、明治38年創業の一力亭と言う寄席が前身で、現在の建物は昭和20年に建てられたものだそうだ。
複合映画館の台頭で平成19年に惜しくも閉館となったが、NPO法人の尽力により復活し、現在、市民映画館として営業しているようだ。 -
その並びには、薄い桃色の色漆喰の外壁が可愛い洋風の建物があった。
大正11年(1922)創業のモダン亭太陽軒と言う西洋料理屋で、国の登録文化財だそうだ。
立ち寄ってみたかったが、『栄』で和定食を食べたばかりなので、今回は諦めた。 -
路地を抜けると川越街道に出る。
かなり歩いて来たので、そろそろ駅に戻ることにする。
歩いていると、左手に、紅色の屋根が印象的な古民家があった。
黒漆喰の蔵もあり、商家だった建物だろう。
住みたくなるような佇まいだった。 -
その先で、道が不自然に斜めに通っていた。
江戸時代までは、鉤の手になっていた場所である。
辺りは江戸町と呼ばれ、江戸へ向かう川越街道の起点となっていたことから、その名が付いたそうだ。 -
さらに進むと、右手に大きな建物が現れた。
明治27年創業の割烹旅館佐久間で、文豪島崎藤村所縁の宿だそうだが、2018年3月に廃業してしまったそうだ。
書院造の奥の間は、国の登録文化財に指定されているらしいのだが、今後どうなるのか気になるところである。 -
川越街道は駅から離れて行ってしまうので、途中から、往きに歩いたクレアモールへと戻ることにした。
その途中、往きは通り過ぎた商業施設のひとつで、埼玉県の地酒が楽しめると知り、立ち寄ってみることにした。
そこは、『小江戸蔵里 ききざけ処 昭和蔵』と言う施設で、以前この地にあった鏡山酒造の蔵を利用したものだった。小江戸蔵里(産業観光館) お土産屋・直売所・特産品
-
中には、県内の酒蔵で醸された酒が500円で4種呑める唎酒器が置いてあり、40種の中から選べるようになっていた。
これはと思うものを呑んでみて、気に入ったのを購入しようと思ったら、それだけが販売していないものだった。
もう少し味わいたかったが、混み合っていたので諦める。
その後駅に戻り、川越の旅を終わりにした。
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この旅行記へのコメント (6)
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- たらよろさん 2021/04/18 20:20:16
- 川越の街
- こんばんは、旅猫さん♪
関西人からすると川越って、
旧家がたくさんあって、古の雰囲気を楽しめる街並み…って
イメージなのですが、
花街なんかもあったんですねー。
藤の花が4月上旬で見頃だなんて、
今年は桜も早かったけれど、本当に春が早く過ぎていきますね。
先日、筍を買いに行ったら、
いつもはGW明けまで何とかあるんだけれど、今年はGW前でもどうだろう?って言われて…
筍まで早いのか!!と、思ったものです。
たしかに、筍もお花と一緒なのかも(笑)
たらよろ
- 旅猫さん からの返信 2021/04/19 22:06:13
- RE: 川越の街
- たらよろさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
関西の方では、川越って知られた街なのでしょうか?
埼玉県では、県内一の観光地で、鎌倉並みに混みます。
蔵造りの商家が建ち並び、なかなか風情がありますが、何せ人が多くて。。。
それでも、有名な場所を除けば、鎌倉同様人はほとんど歩いていません。
今回訪れた花街なども裏道にあるので、観光客はまずいません。
関東南部では、もう藤の花は満開です。
かなり早かったですよ。
京都だと、筍が旬ですね。
でも、筍も早かったのですね!
弘前でも、もう桜が満開だそうです。
いつもはGW頃なのに。
旅猫
-
- hot chocolateさん 2021/04/18 14:11:52
- 川越
- 旅猫さま
こんにちは。
川越には2,3度訪れたことがありますが、いつも表通りの観光客が歩くような所ばかりで、裏道にはこんな興味深い所があるなんて知りませんでした。
武家屋敷や商家など、昔を偲べる趣ある街並みで、なんだか心も休まりますね。
>重頼の娘が源義経の妻だった
義経の妻というと、静御前ですよね。
川越が頼朝とか義経の所縁の地であるというのも興味深いです。
hot choco
- 旅猫さん からの返信 2021/04/19 22:00:25
- RE: 川越
- hot chocoさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
川越と言えば、やはり一番街の蔵造りの街並みと時の鐘ですよね。
菓子屋横丁や喜多院も賑わっていますし。
でも、裏道のほうが魅力的な街が残っています。
何より、歩いている人が少ないので、静かですし。
> 義経の妻というと、静御前ですよね。
静御前は想い人なので、正妻ではないのです。
正妻は、河越氏の娘で、頼朝によって命じられた政略結婚でした。
歴史を感じながら歩くと、さらに街が面白く見えてきます。
旅猫
-
- salsaladyさん 2021/04/18 09:43:35
- 川越街道の裏通り~魅力がいっぱい残ってる~
- ☆ご苦労様です。川越街道の裏通り~を探索する方は少ないと思うので。。。
☆その昔女郎屋の入り口であった細道が今も面影を残している?(知る人ぞ知る)。。
☆30代前半にYMCA活動をしてた頃、仲間の家が川越だったので一度訪れたときは、表街道のみを案内して貰って。。。喜多院の素晴らしさを知った訳ですが~
☆歴史を遡ると色々な生活感が窺える。先日のTVで千葉県佐原市の今昔を比較していたのに通ずるものがある。どちらも、昔の建物を保存する努力と(ただ時が過ぎただけ?感もあり)残された人々の苦労も窺えます。~謝謝~
- 旅猫さん からの返信 2021/04/19 21:52:11
- RE: 川越街道の裏通り?魅力がいっぱい残ってる?
- salsaladyさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
川越の裏通りは、魅力的なのに、歩いている人はほとんどいませんでしたね。
皆さん、有名な観光名所ばかりに行くので、そこばかりが混んでいて。
もっと、情報に振り回されずに、好きな場所を歩けばいいのに。
佐原も歩いたことがありますが、あそこも古い街並みがありますね。
時を経た建物を、どう活かして残すかは、なかなか難しいところ。
使い方を間違えると、かえって悪い方向へ行ってしまうような気がします。
旅猫
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