西螺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
今年1月に入り、本土感染が確認され始めた。台湾と世界の安全を神明に祈るべく、コロナ退散祈願巡礼の旅に行ってきた。<br /><br />主要な拝礼廟<br />白沙屯拱天宮、大甲鎮瀾宮、彰化南瑤宮、西螺福興宮、麥寮拱範宮、四湖参天宮、北港朝天宮、新港奉天宮<br /><br />四湖参天宮のみが關聖帝君(関羽将軍)を主祭神とする廟で、それ以外はすべて天上聖母(媽祖)を主祭神とする廟。<br /><br />旅行記<br />(1)苗栗県(白沙屯、通霄)<br />(2)台中市(大甲、沙鹿)<br />(3)彰化市<br />(4)雲林県(西螺、麥寮、四湖)<br />(5)雲林県(北港)<br />(6)嘉義県(新港)、嘉義市

コロナ退散祈願巡礼の旅(4)雲林県(西螺、麥寮、四湖)

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2021/01/26 - 2021/01/27

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旅行記グループ コロナ退散祈願巡礼の旅

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xiaomai

xiaomaiさん

今年1月に入り、本土感染が確認され始めた。台湾と世界の安全を神明に祈るべく、コロナ退散祈願巡礼の旅に行ってきた。

主要な拝礼廟
白沙屯拱天宮、大甲鎮瀾宮、彰化南瑤宮、西螺福興宮、麥寮拱範宮、四湖参天宮、北港朝天宮、新港奉天宮

四湖参天宮のみが關聖帝君(関羽将軍)を主祭神とする廟で、それ以外はすべて天上聖母(媽祖)を主祭神とする廟。

旅行記
(1)苗栗県(白沙屯、通霄)
(2)台中市(大甲、沙鹿)
(3)彰化市
(4)雲林県(西螺、麥寮、四湖)
(5)雲林県(北港)
(6)嘉義県(新港)、嘉義市

  • 14時半に彰化をバスで出発。

    14時半に彰化をバスで出発。

  • 15時34分に台湾新幹線の下をくぐり......

    15時34分に台湾新幹線の下をくぐり......

  • 田畑の中の道を走り抜けて......

    田畑の中の道を走り抜けて......

  • 15時37分に彰化県と雲林県の境となる濁水溪を西螺大橋を渡って越えた。<br /><br />濁水溪は幅が広く、植民地時代は鉄道か筏で渡るのが下流域では一般的で、ひとたび水量が増えると、交通に大きな影響を及ぼしていた。そこで、1937年に橋梁建設に着工。32本の橋脚が2年をかけて造成されるも、戦争のため建設中止となった。全長1939.03m、幅7.3mの橋が完成したのは戦後の1952年。当時、サンフランシスコのゴールデンブリッジに次ぐ世界第二の長さを誇る橋だった。<br /><br />1997年に東600m程の地点に溪州大橋が建造され、西螺大橋は老朽化のために撤去するという案が提出されたが、橋の両側に位置する彰化雲林二県が観光用の橋にしようと努力し、それぞれが文化遺産、歴史建築に指定し、現在に至っている。媽祖が大勢の信徒を引き連れて渡ることから、「媽祖橋」という呼ばれ方もされている。

    15時37分に彰化県と雲林県の境となる濁水溪を西螺大橋を渡って越えた。

    濁水溪は幅が広く、植民地時代は鉄道か筏で渡るのが下流域では一般的で、ひとたび水量が増えると、交通に大きな影響を及ぼしていた。そこで、1937年に橋梁建設に着工。32本の橋脚が2年をかけて造成されるも、戦争のため建設中止となった。全長1939.03m、幅7.3mの橋が完成したのは戦後の1952年。当時、サンフランシスコのゴールデンブリッジに次ぐ世界第二の長さを誇る橋だった。

    1997年に東600m程の地点に溪州大橋が建造され、西螺大橋は老朽化のために撤去するという案が提出されたが、橋の両側に位置する彰化雲林二県が観光用の橋にしようと努力し、それぞれが文化遺産、歴史建築に指定し、現在に至っている。媽祖が大勢の信徒を引き連れて渡ることから、「媽祖橋」という呼ばれ方もされている。

  • 15時40分に西螺に到着し、すぐ宿泊する米都商務飯店へ。

    15時40分に西螺に到着し、すぐ宿泊する米都商務飯店へ。

  • ロビー

    ロビー

  • 客室

    客室

  • きれいで清潔。

    きれいで清潔。

  • バスタブはなかった。

    バスタブはなかった。

  • 窓からの景観。2軒のラーメン屋が見えた。

    窓からの景観。2軒のラーメン屋が見えた。

  • 30分ほど休み、街歩きに出かけた。画像はたまたま通りかかった西螺大戲院。

    30分ほど休み、街歩きに出かけた。画像はたまたま通りかかった西螺大戲院。

  • 前身は西螺座で、500人収容できる2階建ての建物に1930年代に建て替えられた。戦後、西螺大戲院と改名され、1950~60年代に最盛期を迎えるも、西螺新市街の勃興により、だんだん没落していき、1980年代に閉館。

    前身は西螺座で、500人収容できる2階建ての建物に1930年代に建て替えられた。戦後、西螺大戲院と改名され、1950~60年代に最盛期を迎えるも、西螺新市街の勃興により、だんだん没落していき、1980年代に閉館。

  • 西螺大戲院の入り口。内部を見学することはできない。

    西螺大戲院の入り口。内部を見学することはできない。

  • まさに廃墟。

    まさに廃墟。

  • 整備して新しい観光地にすることもできるとは思うけれど、福興宮以外にめぼしい観光資源がないから、そのような計画は立てにくいのかもしれない。日本の明治村のように、こうした建築物を一箇所に集めて展示するということはできないだろうか。

    整備して新しい観光地にすることもできるとは思うけれど、福興宮以外にめぼしい観光資源がないから、そのような計画は立てにくいのかもしれない。日本の明治村のように、こうした建築物を一箇所に集めて展示するということはできないだろうか。

  • 西螺三角大水餃

    西螺三角大水餃

  • この店の看板メニューである「三角大水餃」。

    この店の看板メニューである「三角大水餃」。

  • スープに入れられた三角大水餃もある。

    スープに入れられた三角大水餃もある。

  • 中には肉がぎっしり。簡単に言えば、三角形状の水晶餃。

    中には肉がぎっしり。簡単に言えば、三角形状の水晶餃。

  • 肝連湯(豚の横隔膜のスープ)。肝臓に近くにある横隔膜だから、「肝連」という言葉で表される。

    肝連湯(豚の横隔膜のスープ)。肝臓に近くにある横隔膜だから、「肝連」という言葉で表される。

  • 魚丸湯(魚のつみれスープ)

    魚丸湯(魚のつみれスープ)

  • 日本時代の建築物が残されている延平老街

    日本時代の建築物が残されている延平老街

    西螺延平老街 旧市街・古い町並み

  • 福興宮で働かれていた女性によると、西螺の町は日本時代に大きく開発がなされたらしい。その女性のおじさんは日本時代に保正(地区長)をしていたらしく、日本人との付き合いも多かったようだ。<br /><br />保正:10世帯を1甲として、10甲を1保。保正は1保の民政事務を執った。いわば、その地区の名士だとも言える。

    福興宮で働かれていた女性によると、西螺の町は日本時代に大きく開発がなされたらしい。その女性のおじさんは日本時代に保正(地区長)をしていたらしく、日本人との付き合いも多かったようだ。

    保正:10世帯を1甲として、10甲を1保。保正は1保の民政事務を執った。いわば、その地区の名士だとも言える。

  • 春節を控え、街の飾り付けが進められていた。

    春節を控え、街の飾り付けが進められていた。

  • 地方都市ながら、華やかさがあった。

    地方都市ながら、華やかさがあった。

  • 台北での祭りにも大規模人数で参加する福興宮。以前からずっと訪れてみたいと思っていた。

    台北での祭りにも大規模人数で参加する福興宮。以前からずっと訪れてみたいと思っていた。

  • 1723年創建の福興宮の歴史は、1717年に臨済宗の明海法師が湄州聖母廟の神像を携え、西螺へやってきたことから始まる。1723年にその媽祖を祀る小さな廟を建て、1770年には大きい廟に建て替えた。その後も、数度修築が重ねられている。

    1723年創建の福興宮の歴史は、1717年に臨済宗の明海法師が湄州聖母廟の神像を携え、西螺へやってきたことから始まる。1723年にその媽祖を祀る小さな廟を建て、1770年には大きい廟に建て替えた。その後も、数度修築が重ねられている。

  • まずは一通りお参りをして、媽祖に捧げる金紙を燃やす。

    まずは一通りお参りをして、媽祖に捧げる金紙を燃やす。

  • お参りを終え、ゆっくり内部を見学。画像は正殿。

    お参りを終え、ゆっくり内部を見学。画像は正殿。

  • 順風耳将軍と神童<br /><br />福興宮は緑の方が順風耳将軍。<br />

    順風耳将軍と神童

    福興宮は緑の方が順風耳将軍。

  • 千里眼将軍と神童

    千里眼将軍と神童

  • 媽祖は正殿の奥に祀られる。

    媽祖は正殿の奥に祀られる。

  • こちらが西螺福興宮の天上聖母。霊験あらたかで、航海、病気、婚姻、出産など全てのことをお守りいただけるということで、雲林県内はもちろん、周辺の県からも訪れる参拝客が非常に多い。「因有求必應、有祈必安(祈れば願いが必ず叶えられる)」ことから、「太平媽」と親しみを込めて呼ばれている。この「太平媽」に世界に蔓延るコロナウィルスを一日も早く鎮めていただきたく祈った。<br /><br />大きい媽祖像の前におわす小さいのが福建からお越しになった「太平媽」。

    こちらが西螺福興宮の天上聖母。霊験あらたかで、航海、病気、婚姻、出産など全てのことをお守りいただけるということで、雲林県内はもちろん、周辺の県からも訪れる参拝客が非常に多い。「因有求必應、有祈必安(祈れば願いが必ず叶えられる)」ことから、「太平媽」と親しみを込めて呼ばれている。この「太平媽」に世界に蔓延るコロナウィルスを一日も早く鎮めていただきたく祈った。

    大きい媽祖像の前におわす小さいのが福建からお越しになった「太平媽」。

  • 「太平媽」に世界に蔓延るコロナウィルスを一日も早く鎮めていただきたく祈った。<br />

    「太平媽」に世界に蔓延るコロナウィルスを一日も早く鎮めていただきたく祈った。

  • 福興宮に祀られるのは天上聖母だけではない。1階龍門側には学問の神である文昌帝君や

    福興宮に祀られるのは天上聖母だけではない。1階龍門側には学問の神である文昌帝君や

  • 天官武財神が祀られている。こちらの財神は経験あらたかなのか、多くの方がお参りされていた。

    天官武財神が祀られている。こちらの財神は経験あらたかなのか、多くの方がお参りされていた。

  • 正殿の後部は改修中。

    正殿の後部は改修中。

  • 2階から正殿の屋根を望む。

    2階から正殿の屋根を望む。

  • 三官大帝

    三官大帝

  • 祭りで使われる繡旗。

    祭りで使われる繡旗。

  • 祭りで使われる彩牌。

    祭りで使われる彩牌。

  • 旅から戻り、旅行記を作成するまでに2週間の時が流れいずれの仏像か失念。親指と人差し指で輪を作るご来迎の印が見られるから、阿弥陀如来か......。

    旅から戻り、旅行記を作成するまでに2週間の時が流れいずれの仏像か失念。親指と人差し指で輪を作るご来迎の印が見られるから、阿弥陀如来か......。

  • こちらも失念。背後に獅子の木彫りがあるから、文殊菩薩かな?右手にお持ちなのが利剣であるかどうかが画像から判断しにくい。

    こちらも失念。背後に獅子の木彫りがあるから、文殊菩薩かな?右手にお持ちなのが利剣であるかどうかが画像から判断しにくい。

  • 背後に象の木彫りがあるから、普賢菩薩か......。

    背後に象の木彫りがあるから、普賢菩薩か......。

  • 太歳星君

    太歳星君

  • 南北斗星君

    南北斗星君

  • 虎爺将軍

    虎爺将軍

  • 最後にもう一度「太平媽」。改めてコロナ退散を願った。

    最後にもう一度「太平媽」。改めてコロナ退散を願った。

  • 内部から外を望む。<br /><br />左側の匾額は乾隆15年に台湾鎮標右營游撃羅佳雄が奉納したもの。

    内部から外を望む。

    左側の匾額は乾隆15年に台湾鎮標右營游撃羅佳雄が奉納したもの。

  • 春節に飾られる提灯

    春節に飾られる提灯

  • 記念品ショップ

    記念品ショップ

  • Tシャツや平安符を入れるものなど、熱烈な媽祖信徒が欲しくなるものがたくさん。

    Tシャツや平安符を入れるものなど、熱烈な媽祖信徒が欲しくなるものがたくさん。

  • この画像は18時前に撮影したもの。提灯に灯が灯されることはなかった。古い建物が並ぶ老街に灯る提灯を見てみたかった。

    この画像は18時前に撮影したもの。提灯に灯が灯されることはなかった。古い建物が並ぶ老街に灯る提灯を見てみたかった。

  • 1階にコンビニがあるこの建物も歴史を感じさせる。

    1階にコンビニがあるこの建物も歴史を感じさせる。

  • その向かいの建物にも趣がある。

    その向かいの建物にも趣がある。

  • これは餅屋。餅が好きな友人のリクエストがあり、購入してホテルに戻ってから食べた。

    これは餅屋。餅が好きな友人のリクエストがあり、購入してホテルに戻ってから食べた。

  • 西螺は観光資源に乏しい。でも、今回の旅は巡礼。それで、福興宮へ戻った。<br /><br />同治年間に太平媽祖が海面に現れ、波に揉まれる二艘の船を救った。その船員の多くが台南居住者で、台南の商人が木材を寄進して、1869年の再建の際、画像のこの柱が造られたそうだ。

    西螺は観光資源に乏しい。でも、今回の旅は巡礼。それで、福興宮へ戻った。

    同治年間に太平媽祖が海面に現れ、波に揉まれる二艘の船を救った。その船員の多くが台南居住者で、台南の商人が木材を寄進して、1869年の再建の際、画像のこの柱が造られたそうだ。

  • この柱も上記と同様。

    この柱も上記と同様。

  • 若い世代も熱心に祈っていた。地元の人を守る太平媽。

    若い世代も熱心に祈っていた。地元の人を守る太平媽。

  • いつかまた参詣したい媽祖廟だ。

    いつかまた参詣したい媽祖廟だ。

  • 廟職員が香をこの柱に供えていた。

    廟職員が香をこの柱に供えていた。

  • 中山路を歩いてホテルへ戻る途中に見つけた焼仙草の屋台。

    中山路を歩いてホテルへ戻る途中に見つけた焼仙草の屋台。

  • ホテルに戻り、いただいた。

    ホテルに戻り、いただいた。

  • ピーナッツが沈まないほどのドロドロ状態。温めると水のようになってしまうけれど、ここのはそうでなかった。

    ピーナッツが沈まないほどのドロドロ状態。温めると水のようになってしまうけれど、ここのはそうでなかった。

  • 中には芋圓やタピオカなどが入っていた。

    中には芋圓やタピオカなどが入っていた。

  • それから、餅。

    それから、餅。

  • 表面がツルツルでべとつかず、食べやすかった。

    表面がツルツルでべとつかず、食べやすかった。

  • 翌日の朝食はホテルで。

    翌日の朝食はホテルで。

  • 自分は洋食系。友人は中華系+洋食系。

    自分は洋食系。友人は中華系+洋食系。

  • 次の目的地である麥寮へ向かうべき、バス乗り場へ向かう。その途中見かけた醤油店。

    次の目的地である麥寮へ向かうべき、バス乗り場へ向かう。その途中見かけた醤油店。

  • 西螺は醤油の生産で有名で、大同路には数え切れないほどの醤油店があった。

    西螺は醤油の生産で有名で、大同路には数え切れないほどの醤油店があった。

  • いったい何店舗あるのだろう。

    いったい何店舗あるのだろう。

  • 2020年末の台北市士林区の祭りでもらった醤油はこのメーカーが作ったものだった。<br /><br />https://4travel.jp/travelogue/11668441

    2020年末の台北市士林区の祭りでもらった醤油はこのメーカーが作ったものだった。

    https://4travel.jp/travelogue/11668441

  • 醤油は重いから、車で来たのでなければ、買おうとはあまり思わない。

    醤油は重いから、車で来たのでなければ、買おうとはあまり思わない。

  • 興農西路と大同路の交差点にあった福徳宮。

    興農西路と大同路の交差点にあった福徳宮。

  • 福徳正神ご夫婦が祀られている。小さい廟だけれど、わざわざ車を停め下車してお参りされている方もいた。土地公だから、西螺に住まわれる方達をコロナウィルスからお守りいただくことを祈願。

    福徳正神ご夫婦が祀られている。小さい廟だけれど、わざわざ車を停め下車してお参りされている方もいた。土地公だから、西螺に住まわれる方達をコロナウィルスからお守りいただくことを祈願。

  • 日本式の建築物のような西螺派出所。

    日本式の建築物のような西螺派出所。

  • 日統西螺バスターミナル

    日統西螺バスターミナル

  • 日統と聞くと、この赤いバスを思い出す。初めて乗ると思っていたら......

    日統と聞くと、この赤いバスを思い出す。初めて乗ると思っていたら......

  • 麥寮行きは、色使いが救急車に見えるこれだった。

    麥寮行きは、色使いが救急車に見えるこれだった。

  • 車椅子スペースが取られている。

    車椅子スペースが取られている。

  • 9時20分に日統西螺バスターミナルを出発し、10時ちょうどに麥寮に到着。画像はたぶん麥寮でもっとも大きな建物である農会(農協)ビル。<br /><br />なお、西螺から日統のバスで麥寮へ向かう場合、わざわざバスターミナルまで行く必要はなく、市中心部にある國光客運西螺轉運站でも乗車可。バスがそこを通り過ぎて、バスターミナルまで無駄に30分歩いてしまったことがわかったけれど、いい運動になったからよしとする。

    9時20分に日統西螺バスターミナルを出発し、10時ちょうどに麥寮に到着。画像はたぶん麥寮でもっとも大きな建物である農会(農協)ビル。

    なお、西螺から日統のバスで麥寮へ向かう場合、わざわざバスターミナルまで行く必要はなく、市中心部にある國光客運西螺轉運站でも乗車可。バスがそこを通り過ぎて、バスターミナルまで無駄に30分歩いてしまったことがわかったけれど、いい運動になったからよしとする。

  • 目的地である拱範宮の前にあった刃物屋。長い歴史を有していそうだけれど、後継者はいるのだろうかと要らぬ心配をする。<br />

    目的地である拱範宮の前にあった刃物屋。長い歴史を有していそうだけれど、後継者はいるのだろうかと要らぬ心配をする。

  • 品揃えがよく、合理的な価格で、客の要望にも応えてくれるよい店らしい。

    品揃えがよく、合理的な価格で、客の要望にも応えてくれるよい店らしい。

  • 國定古蹟となっている麥寮拱範宮。拱範宮の「拱範」は「拱衛範圍之生靈平安永康」から2字を取ってつけられた。<br />

    國定古蹟となっている麥寮拱範宮。拱範宮の「拱範」は「拱衛範圍之生靈平安永康」から2字を取ってつけられた。

  • 金爐

    金爐

  • 拱範宮の前身は、1685年に海豐港街に建てられた廟で、純真璞禅師が湄洲祖廟からお連れした正六媽を祀る。虎尻渓の氾濫で海豐港が埋没し、人々もその地を離れたため、1742年に現在地に遷った。ここの正六媽祖から分霊された神像は、台湾全土4000余に及ぶ。

    拱範宮の前身は、1685年に海豐港街に建てられた廟で、純真璞禅師が湄洲祖廟からお連れした正六媽を祀る。虎尻渓の氾濫で海豐港が埋没し、人々もその地を離れたため、1742年に現在地に遷った。ここの正六媽祖から分霊された神像は、台湾全土4000余に及ぶ。

  • 三川殿の「壬申年如意網目斗拱」。このような飾り付けは珍しい。「壬申」というのはこの廟が建てられた歳次(年)を表している。

    三川殿の「壬申年如意網目斗拱」。このような飾り付けは珍しい。「壬申」というのはこの廟が建てられた歳次(年)を表している。

  • 外国人にも見えるスーツを着た人物。外来統治者を暗喩し、報復せんとする気持ちを表しているとする解釈もある。

    外国人にも見えるスーツを着た人物。外来統治者を暗喩し、報復せんとする気持ちを表しているとする解釈もある。

  • 口を開け牙をむき、指の爪をとがらせている龍の柱。非常に生き生きとしている。

    口を開け牙をむき、指の爪をとがらせている龍の柱。非常に生き生きとしている。

  • 正殿

    正殿

  • 正殿から三川殿を望む。東照宮陽明門を日暮門と言うけれど、拱範宮の三川殿も日暮殿と呼んでいいほど、見応えがある。

    正殿から三川殿を望む。東照宮陽明門を日暮門と言うけれど、拱範宮の三川殿も日暮殿と呼んでいいほど、見応えがある。

  • 正殿前には多くの供物。

    正殿前には多くの供物。

  • こちらが拱範宮の天上聖母。見えにくいけれど、大きい媽祖像の前におられるのが正六媽。

    こちらが拱範宮の天上聖母。見えにくいけれど、大きい媽祖像の前におられるのが正六媽。

  • 虎爺将軍

    虎爺将軍

  • 正殿の八卦藻井

    正殿の八卦藻井

  • 正殿の右側にあるのは文昌帝君を祀る文昌殿。

    正殿の右側にあるのは文昌帝君を祀る文昌殿。

  • 開山殿には、純真璞禅師、一心禅師、澄寶禅師を祀る。

    開山殿には、純真璞禅師、一心禅師、澄寶禅師を祀る。

  • そこにあるのがこれ。3尺あまりある建物の土台。1908年に完成したものだそうだ。

    そこにあるのがこれ。3尺あまりある建物の土台。1908年に完成したものだそうだ。

  • 開山殿に置かれている順風耳将軍。

    開山殿に置かれている順風耳将軍。

  • そして千里眼将軍。ともに眼球が動くように作られていて、恐ろしい表情をされている。

    そして千里眼将軍。ともに眼球が動くように作られていて、恐ろしい表情をされている。

  • 後殿は観世音菩薩を祀る。

    後殿は観世音菩薩を祀る。

  • コロナウィルスから台湾の人々を、世界の人々をお守りください。

    コロナウィルスから台湾の人々を、世界の人々をお守りください。

  • 観音菩薩の右には、慶行澤公林公とその夫人王氏の神位。

    観音菩薩の右には、慶行澤公林公とその夫人王氏の神位。

  • 観音菩薩の左に註生娘娘。

    観音菩薩の左に註生娘娘。

  • 龍頭公

    龍頭公

  • この穴から龍の口にお金を入れる。

    この穴から龍の口にお金を入れる。

  • 後殿の両側には十八羅漢が祀られている。中央には城隍尊神。

    後殿の両側には十八羅漢が祀られている。中央には城隍尊神。

  • 仏門の弟子の中で特に優れた18尊を祀る。最下段中央には福徳正神が祀られている。

    仏門の弟子の中で特に優れた18尊を祀る。最下段中央には福徳正神が祀られている。

  • 観音殿から正殿を望む。

    観音殿から正殿を望む。

  • 太歳殿

    太歳殿

  • 五路財神殿

    五路財神殿

  • 黒虎に乗った中路玄壇真君

    黒虎に乗った中路玄壇真君

  • 正殿の左側に祀られているのは神農大帝。他所でよく見られる裸体ではなく、官服をお召しになっている。

    正殿の左側に祀られているのは神農大帝。他所でよく見られる裸体ではなく、官服をお召しになっている。

  • 拱範宮は、歴史がある上、台湾全島に分霊をするほどの廟であるため、非常に見応えがある廟。

    拱範宮は、歴史がある上、台湾全島に分霊をするほどの廟であるため、非常に見応えがある廟。

  • 11時過ぎではあったけれど、昼食に。

    11時過ぎではあったけれど、昼食に。

  • 地元の名産とされる赤肉羹。赤肉というのは脂身のない豚肉。羹はとろみのあるスープ。下には白飯を入れてもらった。

    地元の名産とされる赤肉羹。赤肉というのは脂身のない豚肉。羹はとろみのあるスープ。下には白飯を入れてもらった。

  • 魚のつみれスープ、台湾式キムチ、青菜

    魚のつみれスープ、台湾式キムチ、青菜

  • 紅焼肉。中国では豚肉を生姜、ニンニク、醤油、香辛料、唐辛子などと煮込んだものだけれど、台湾では発酵させた紅麹酒を絞って濾過したものに豚肉を漬け込み、粉をまぶして揚げたものを指す。

    紅焼肉。中国では豚肉を生姜、ニンニク、醤油、香辛料、唐辛子などと煮込んだものだけれど、台湾では発酵させた紅麹酒を絞って濾過したものに豚肉を漬け込み、粉をまぶして揚げたものを指す。

  • 食後は、麥寮国民小学校へ。ここは歌仔戲の名女優である許秀年の出身校。許秀年は3歳の頃から歌仔戲の舞台に立ち、テレビドラマの子役として名が売れるようになった。それでも、歌仔戲に軸足を置き、1970~90年代はテレビ歌仔戲で活躍した。60代後半となり、最近はあまり舞台活動をしていない。

    食後は、麥寮国民小学校へ。ここは歌仔戲の名女優である許秀年の出身校。許秀年は3歳の頃から歌仔戲の舞台に立ち、テレビドラマの子役として名が売れるようになった。それでも、歌仔戲に軸足を置き、1970~90年代はテレビ歌仔戲で活躍した。60代後半となり、最近はあまり舞台活動をしていない。

  • 麥寮の市場。

    麥寮の市場。

  • 麥寮の市場。

    麥寮の市場。

  • 麥寮の市場<br /><br />その後、四湖へ向かうべく、バス停で待っていた。バスがやってきて手を上げるも素通り。2000年前後に台南に住んでいたときも、同じ経験を何度かしているけれど、2021年も同じ経験をするとは思わなかった。次のバスまで数時間あったから、地元の運送斡旋会社のようなところに依頼して、車で向かうことにした。

    麥寮の市場

    その後、四湖へ向かうべく、バス停で待っていた。バスがやってきて手を上げるも素通り。2000年前後に台南に住んでいたときも、同じ経験を何度かしているけれど、2021年も同じ経験をするとは思わなかった。次のバスまで数時間あったから、地元の運送斡旋会社のようなところに依頼して、車で向かうことにした。

  • 車はすぐ来てくれ、400元かかったけれど、わずか17分ほどで四湖に到着。

    車はすぐ来てくれ、400元かかったけれど、わずか17分ほどで四湖に到着。

  • やってきたのは参天宮。

    やってきたのは参天宮。

  • 廟の右手には、参拝客の宿泊施設がある。

    廟の右手には、参拝客の宿泊施設がある。

  • 1875年の創建だから、台湾の廟の中では古い部類には入らない。しかし、この廟は全国の祭りに積極的に参加していて、台北の祭りでも何度も見ている。関羽将軍を表す緑の制服(日本でいう法被のようなもの)を着て、關聖帝君の神輿を担ぐ姿は勇ましい。参天宮はいつか訪れたいとずっと思っていて、その念願が叶ったことになる。

    1875年の創建だから、台湾の廟の中では古い部類には入らない。しかし、この廟は全国の祭りに積極的に参加していて、台北の祭りでも何度も見ている。関羽将軍を表す緑の制服(日本でいう法被のようなもの)を着て、關聖帝君の神輿を担ぐ姿は勇ましい。参天宮はいつか訪れたいとずっと思っていて、その念願が叶ったことになる。

  • 1909年、四湖に疫病が流行り、家畜に大被害を受け、なす術がなく困り果てていた時、参天宮の關聖帝君の神輿を担いで地域を回ったところ、疫病が収まったという記録があるらしい。このことにあやかり、コロナウィルスの退散を参天宮の關聖帝君にお願いした。

    1909年、四湖に疫病が流行り、家畜に大被害を受け、なす術がなく困り果てていた時、参天宮の關聖帝君の神輿を担いで地域を回ったところ、疫病が収まったという記録があるらしい。このことにあやかり、コロナウィルスの退散を参天宮の關聖帝君にお願いした。

  • 大規模な廟であるため、金爐も大きい。

    大規模な廟であるため、金爐も大きい。

  • 關聖帝君を祀る正殿

    關聖帝君を祀る正殿

  • こちらが關聖帝君。ほかにも左に周倉将軍が、右に關平将軍が祀られている。

    こちらが關聖帝君。ほかにも左に周倉将軍が、右に關平将軍が祀られている。

  • 關聖帝君の右に城隍尊神。

    關聖帝君の右に城隍尊神。

  • 關聖帝君の左に福徳正神。

    關聖帝君の左に福徳正神。

  • 関羽将軍の宝刀である「青龍偃月大刀」。8尺6寸(約2.58m)、112台斤(67.2kg)。

    関羽将軍の宝刀である「青龍偃月大刀」。8尺6寸(約2.58m)、112台斤(67.2kg)。

  • 正殿左の方に祀られる馬使爺と赤兔馬。

    正殿左の方に祀られる馬使爺と赤兔馬。

  • 正殿から靈霄寶殿への通路

    正殿から靈霄寶殿への通路

  • 靈霄寶殿1階

    靈霄寶殿1階

  • 香爐には神童がしがみついていて、信徒が飴を供えていた。

    香爐には神童がしがみついていて、信徒が飴を供えていた。

  • 靈霄寶殿1階中央に祀られるのは關聖帝君、孚佑帝君、司命灶君。<br />

    靈霄寶殿1階中央に祀られるのは關聖帝君、孚佑帝君、司命灶君。

  • さらに、左に至聖先師孔子、文昌帝君が祀られ、

    さらに、左に至聖先師孔子、文昌帝君が祀られ、

  • 右に武穆尊王岳飛将軍が祀られている。 <br />

    右に武穆尊王岳飛将軍が祀られている。

  • 分霊される關聖帝君などの神像

    分霊される關聖帝君などの神像

  • 祭りの時に街を進まれる關平将軍。

    祭りの時に街を進まれる關平将軍。

  • そして、周倉将軍。

    そして、周倉将軍。

  • 祭りの時に36執士が掲げる兵器の一種。

    祭りの時に36執士が掲げる兵器の一種。

  • 靈霄寶殿2階

    靈霄寶殿2階

  • 広々した立派な空間。

    広々した立派な空間。

  • 靈霄寶殿2階には、殿閣の名称が表すごとく、玉皇上帝をお祀りしている。 

    靈霄寶殿2階には、殿閣の名称が表すごとく、玉皇上帝をお祀りしている。 

  • さらに、観世音菩薩。

    さらに、観世音菩薩。

  • 地蔵王菩薩。

    地蔵王菩薩。

  • 参天宮では車に取り付けるお守りを授けていただいた。房は画像で見るより、ずっと美しい深い緑色。

    参天宮では車に取り付けるお守りを授けていただいた。房は画像で見るより、ずっと美しい深い緑色。

  • 皇民化政策の一環で、1943年に地元の人々が信奉する参天宮は撤去され、価値ある文物のすべてを失ってしまった。安置されていた神像も北港神社でまとめて焼却処分となった。ただ、關聖帝君の神像は祟りを恐れた日本人が台湾北部で隠していたらしい。焼却を免れたのは不幸中の幸いだった。

    皇民化政策の一環で、1943年に地元の人々が信奉する参天宮は撤去され、価値ある文物のすべてを失ってしまった。安置されていた神像も北港神社でまとめて焼却処分となった。ただ、關聖帝君の神像は祟りを恐れた日本人が台湾北部で隠していたらしい。焼却を免れたのは不幸中の幸いだった。

  • 戦後、地元の人々は信仰の自由を回復し、關聖帝君を再度お迎えしたいと願うものの、神像が日本人の手にあったので、仕方なく思っていた。やがて、日本人に退去命令が下り、北港郡守であった烏羽象三の夢に關聖帝君が現れ、鳥羽は北港神社の神輿とともに自ら北部へ關聖帝君をお迎えに出向き、責任を持って四湖の人に神像をお返しした。参天宮は1947年に廟を再建し、その後も改築を繰り返して、地元の人々の信仰の中心となっている。

    戦後、地元の人々は信仰の自由を回復し、關聖帝君を再度お迎えしたいと願うものの、神像が日本人の手にあったので、仕方なく思っていた。やがて、日本人に退去命令が下り、北港郡守であった烏羽象三の夢に關聖帝君が現れ、鳥羽は北港神社の神輿とともに自ら北部へ關聖帝君をお迎えに出向き、責任を持って四湖の人に神像をお返しした。参天宮は1947年に廟を再建し、その後も改築を繰り返して、地元の人々の信仰の中心となっている。

  • 北港へ向かうバスは15時25分発。それまで、1時間ほどあったから......

    北港へ向かうバスは15時25分発。それまで、1時間ほどあったから......

  • 新規オープンして間もないこちらのコンビニへ。

    新規オープンして間もないこちらのコンビニへ。

  • 広く真新しいイートインスペースで、抹茶オレを飲みながら休憩。制服を着ていなかったけれど、店長らしき人は礼儀正しく、フレンドリーだった。このようなコンビニはまた行きたいと思わせる。

    広く真新しいイートインスペースで、抹茶オレを飲みながら休憩。制服を着ていなかったけれど、店長らしき人は礼儀正しく、フレンドリーだった。このようなコンビニはまた行きたいと思わせる。

  • 予定時刻通りに来たバスに乗って、北港へ向かった。<br /><br />               (続)

    予定時刻通りに来たバスに乗って、北港へ向かった。

                   (続)

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