2020/10/09 - 2020/10/14
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ちゃおさん
四国は随分昔の奈良朝時代、条里律令制が施行された頃より4国に分割され、それは今の四国4県と殆ど同じだ。九州京阪神についで早くから開発がされ、行政システムが整っていたのだろう。関東地方北部、栃木県、群馬県がまだ毛の国と呼ばれていた時代、四国では既に4国が成立していた。先の天皇寺で見た通り、奈良朝時代から四国は既に高貴罪人の配流先ではあったが、頼朝が流された伊豆などは、それよりも随分後からのことだった。聖武天皇が全国に国分寺建立の勅令を出した天平年間、8世紀中盤、最北の地にあったのは常陸の国今の茨城県で、その時四国では阿波、土佐、伊予、讃岐4国で殆ど同時期に国分寺が建立された。
それ等4国の国分寺国分尼寺は、戦国時代の四国騒乱ですべて破却、破壊され、当時を現存するものはない。今現在ある4国の国分寺は、その後全て再築再建されたものだ。殆ど同じ場所に、同じように再築されているから、寺の形は奈良朝時代を彷彿されるものとなっているのだろう。今まで四国3ケ国の国分寺を巡拝してきたが、どこも同じような横長のどっしりした形の本堂だったが、今これからお参りする讃岐国分寺も他の3ケ寺同様重量感のあるものだった。
国分寺だからと言って、奈良東大寺の大仏様、即ち毘盧遮那仏(大日如来)をご本尊としている訳ではない。ご本尊は各寺まちまちで、薬師如来だったり、観音菩薩だったりと。ここ讃岐のご本尊は千手観世音菩薩、オンバザラタラマキリクだ。ここ讃岐の境内は他の3国よりは大きく奥ゆかしい。いろいろと歴史を感じさせるものが多いが、先ず、正面に見える本堂が重文だ。この建物は鎌倉時代中葉、旧国分寺の同じ敷地の中に建てられたもので、800年近く前のものだ。その本堂の右手には鐘楼もあるが、この鐘は平安時代の鋳造で、四国で一番古く、これも又重文に指定されている。やや高い鐘楼に上がり、ひと撞き打つと、柔らかな鐘の音、もう随分以前に撞いた大宰府観世音寺の国宝の鐘の音を思い出した。
広い境内の中には、創建当時の国分寺本堂の礎石や、五重塔の礎石が点々としている。これ等礎石は武蔵国分寺や相模国分寺で見たことはあるが、礎石全体の縄張りはこちらの方が大きいようだ。解説文によれば五重塔の礎石から推定される塔の高さは東寺の塔よりも高いという。新幹線で京都駅を出た直後に左手に見える当時の塔は随分高く見えるが、その塔よりも高いとは・・。またまた東寺の技術水準の高さを思わせる。この本堂の組織の縄張りからしても、今目の前に建っている本堂よりは、相当倍大きかったという。当時の財力、技術力に改めて敬服した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー
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