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姥捨て駅で霧雨に煙る棚田を眺め、一時は善光寺へお参りに行こうか、との提案も出たが、駐車場から参道までの距離が長いこと、別所観音をお参りしないで、善行寺だけだと片参りにならないか、等々の意見も出て、これから真っすぐ東京に戻ることにした。駅のある里山から国道に戻り、車を走らせている途中、杏子の里、道の駅に寄ろうとの話になった。杏子の里。これは江戸時代の初め頃、宇和島藩、伊達家のお姫様がこの地、松代の城主、真田家に輿入れするに際し、故郷の宇和島を思い出すよすがにと、一緒に杏子の苗木を持参し、この地に植樹したのが始まりで、その後、ここ松代に杏子栽培が普及し、今では杏子の里として全国的にも知名度が高い。これは車中、宇和島出身のボヘさんから教えてもらったことであり、その関係で、松代と宇和島は姉妹都市になっている、とのことである。<br /><br />杏子の里道の駅は土曜日ではあるがまだコロナ禍の中にあり、立ち寄る人も少ない。杏子のジャム、ジュース、リンゴ、民芸品等々、地産品が並べられているが、そんな中の一角にレストランがあり、宇和島から空輸で運ばれた鯛の刺身定食が目を引いた。ここで昼食を、とも思ったが、まだ11時。お腹も空いていない。大さんのおごりで杏子ジュースを飲みながら、店の店員と話をする。宇和島出身のボヘさんとは、随分と話が弾んでいるようだった。横で聞いていると、この場所に美智子上皇后が結婚前に軽井沢からこの地にやってきて、その後も、皇太子妃になった後も来訪され、寒い中、日の丸の小旗をもって沿道に並びお迎えしたことを昨日のことのように目を潤ませながら話していた。実に国民に愛されている上皇陛下、上皇后陛下だ。<br /><br />ホテルで配布された1000円分の地方振興券は既にホテルの売店で使ってしまったが、そんな話も聞き、ここで更に杏子のジャムとリンゴジュースを買って、店員の話によれば、旧大本営地下壕は、ここからすぐ近い場所にある、とのことで、そこへ向かうことにした。千曲川が近いのか、旧松代の城下町と思われる旧街道筋を走らせると、昔の店舗や住宅は1m以上も嵩上げした造成地に建っている。川の氾濫がしばしば発生したことを思わせた。車中のボヘさんが、川中島古戦場の標識を目ざとく見つけ、旧大本営地下壕は、そこから間もなくの場所にあった。そこは象山地下壕との標識になっていて、固い岩盤の地下深く頑丈な地下壕を想像したが、象山とは頑固な山の名前ではなく、佐久間象山から由来しているものだった。矢張り、こうした地名等は、その場所へやってこないと、なかなか違いは分からないものだ。<br /><br />地下壕に入る手前に小川に沿った古刹があり、そこは江戸時代の初めに中国から渡来した最後の仏教、黄檗宗の古刹、恵明禅寺であり、松代真田家の菩提寺にもなっている、との標札が掲げられていた。知将真田幸村に率いられた真田家は、歴史の中に翻弄され、関ヶ原大会戦の後、一時は上田城の大藩にもなったが、最後はこの地、松代で明治を迎えている。この寺の直ぐ裏側に象山地下壕があり、そこはこの辺りの地名が象山地区であり、幕末の著名な学者、佐久間象山が生まれ育った場所であり、そこから採られた地下壕名だったのだ。大本営指導部の中には幕末の思想家、象山の名前を付けることにより、今次大戦の起死回生の願いもあったのかも知れない。<br /><br />地下壕は結局終戦までには完成せず、大本営がここに移ってくることもなく工事は中断したが、ほぼ完成間近の地下トンネルは櫛の目状に作られていて、もしも完成していれば巨大な地下要塞を思わせた。以前足尾銅山をトロッコ電車で入ったが、その足尾程の広さと頑丈さを持っていた。去年見たベトコンの地下壕などは全く比べ物にならない程チャチなものだった。<br /><br />大変な戦争だった。ここまでして戦わなくてはならなかったのか・・。もしも終戦が後1か月、2か月、半年も遅れていたら、更に数百万人の人命が失われていたかも知れない。そんなことを思いながら、小川沿いの遊歩道を歩き、以前そこに住んでいた武家屋敷の山水庭園を眺め、佐久間象山の堂々とした神社の前で七五三お祝いの家族を見かけ、そう言えばうちの孫も今年やるとか言っていたのを思い出し、既にお祝いは渡してあるので外祖父がしゃしゃり出ることも無かろうと、そんなこんなを思いながら車に戻った。<br /><br />この神社の少し先に松代城址もある筈で、一人だったら足を延ばしたかも知れないが、この際、皆に従って坂城から高速道に乗って峠の茶屋の道の駅で名物釜めしを昼食に取り、帰京した。杏子の里での刺身定食は食べられなかったが、これはこれで又久し振りの釜めしの味だった。上の6歳の孫がまだ赤子の頃、家族でやってきて、高速下の国道沿いの店で食べたのを思い出した。もう6年も前のことだ。1泊2日の温泉旅行ではあったが、今回も良い旅だった。さて、明日からは今度は一人で四国巡礼の旅。讃岐一国を巡拝し、八十八ケ寺巡礼の満願としよう。

長野上山田1泊温泉旅行(5)杏子の里に立ち寄り、旧大本営地下壕を見て、帰京する。

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2020/10/08 - 2020/10/09

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ちゃお

ちゃおさん

姥捨て駅で霧雨に煙る棚田を眺め、一時は善光寺へお参りに行こうか、との提案も出たが、駐車場から参道までの距離が長いこと、別所観音をお参りしないで、善行寺だけだと片参りにならないか、等々の意見も出て、これから真っすぐ東京に戻ることにした。駅のある里山から国道に戻り、車を走らせている途中、杏子の里、道の駅に寄ろうとの話になった。杏子の里。これは江戸時代の初め頃、宇和島藩、伊達家のお姫様がこの地、松代の城主、真田家に輿入れするに際し、故郷の宇和島を思い出すよすがにと、一緒に杏子の苗木を持参し、この地に植樹したのが始まりで、その後、ここ松代に杏子栽培が普及し、今では杏子の里として全国的にも知名度が高い。これは車中、宇和島出身のボヘさんから教えてもらったことであり、その関係で、松代と宇和島は姉妹都市になっている、とのことである。

杏子の里道の駅は土曜日ではあるがまだコロナ禍の中にあり、立ち寄る人も少ない。杏子のジャム、ジュース、リンゴ、民芸品等々、地産品が並べられているが、そんな中の一角にレストランがあり、宇和島から空輸で運ばれた鯛の刺身定食が目を引いた。ここで昼食を、とも思ったが、まだ11時。お腹も空いていない。大さんのおごりで杏子ジュースを飲みながら、店の店員と話をする。宇和島出身のボヘさんとは、随分と話が弾んでいるようだった。横で聞いていると、この場所に美智子上皇后が結婚前に軽井沢からこの地にやってきて、その後も、皇太子妃になった後も来訪され、寒い中、日の丸の小旗をもって沿道に並びお迎えしたことを昨日のことのように目を潤ませながら話していた。実に国民に愛されている上皇陛下、上皇后陛下だ。

ホテルで配布された1000円分の地方振興券は既にホテルの売店で使ってしまったが、そんな話も聞き、ここで更に杏子のジャムとリンゴジュースを買って、店員の話によれば、旧大本営地下壕は、ここからすぐ近い場所にある、とのことで、そこへ向かうことにした。千曲川が近いのか、旧松代の城下町と思われる旧街道筋を走らせると、昔の店舗や住宅は1m以上も嵩上げした造成地に建っている。川の氾濫がしばしば発生したことを思わせた。車中のボヘさんが、川中島古戦場の標識を目ざとく見つけ、旧大本営地下壕は、そこから間もなくの場所にあった。そこは象山地下壕との標識になっていて、固い岩盤の地下深く頑丈な地下壕を想像したが、象山とは頑固な山の名前ではなく、佐久間象山から由来しているものだった。矢張り、こうした地名等は、その場所へやってこないと、なかなか違いは分からないものだ。

地下壕に入る手前に小川に沿った古刹があり、そこは江戸時代の初めに中国から渡来した最後の仏教、黄檗宗の古刹、恵明禅寺であり、松代真田家の菩提寺にもなっている、との標札が掲げられていた。知将真田幸村に率いられた真田家は、歴史の中に翻弄され、関ヶ原大会戦の後、一時は上田城の大藩にもなったが、最後はこの地、松代で明治を迎えている。この寺の直ぐ裏側に象山地下壕があり、そこはこの辺りの地名が象山地区であり、幕末の著名な学者、佐久間象山が生まれ育った場所であり、そこから採られた地下壕名だったのだ。大本営指導部の中には幕末の思想家、象山の名前を付けることにより、今次大戦の起死回生の願いもあったのかも知れない。

地下壕は結局終戦までには完成せず、大本営がここに移ってくることもなく工事は中断したが、ほぼ完成間近の地下トンネルは櫛の目状に作られていて、もしも完成していれば巨大な地下要塞を思わせた。以前足尾銅山をトロッコ電車で入ったが、その足尾程の広さと頑丈さを持っていた。去年見たベトコンの地下壕などは全く比べ物にならない程チャチなものだった。

大変な戦争だった。ここまでして戦わなくてはならなかったのか・・。もしも終戦が後1か月、2か月、半年も遅れていたら、更に数百万人の人命が失われていたかも知れない。そんなことを思いながら、小川沿いの遊歩道を歩き、以前そこに住んでいた武家屋敷の山水庭園を眺め、佐久間象山の堂々とした神社の前で七五三お祝いの家族を見かけ、そう言えばうちの孫も今年やるとか言っていたのを思い出し、既にお祝いは渡してあるので外祖父がしゃしゃり出ることも無かろうと、そんなこんなを思いながら車に戻った。

この神社の少し先に松代城址もある筈で、一人だったら足を延ばしたかも知れないが、この際、皆に従って坂城から高速道に乗って峠の茶屋の道の駅で名物釜めしを昼食に取り、帰京した。杏子の里での刺身定食は食べられなかったが、これはこれで又久し振りの釜めしの味だった。上の6歳の孫がまだ赤子の頃、家族でやってきて、高速下の国道沿いの店で食べたのを思い出した。もう6年も前のことだ。1泊2日の温泉旅行ではあったが、今回も良い旅だった。さて、明日からは今度は一人で四国巡礼の旅。讃岐一国を巡拝し、八十八ケ寺巡礼の満願としよう。

旅行の満足度
5.0
同行者
友人
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 杏子の里道の駅で一休み。

    杏子の里道の駅で一休み。

  • 旧大本営地下壕の手前には古いお寺の甍が見える。

    旧大本営地下壕の手前には古いお寺の甍が見える。

  • この寺は黄檗宗の古刹、恵明禅師。

    この寺は黄檗宗の古刹、恵明禅師。

  • この寺は松代真田家の菩提寺にもなっている。

    この寺は松代真田家の菩提寺にもなっている。

  • 真田六文銭。上田の山間、真田の里から起こった真田家。関ヶ原以降数奇な運命をたどった。

    真田六文銭。上田の山間、真田の里から起こった真田家。関ヶ原以降数奇な運命をたどった。

  • 旧大本営地下壕。歩きやすいように整備されている。

    旧大本営地下壕。歩きやすいように整備されている。

  • 地下壕内部の様子。削岩機の回転軸、ロッドが岩盤に突き刺さっている。

    地下壕内部の様子。削岩機の回転軸、ロッドが岩盤に突き刺さっている。

  • 完成していたら、大変な地下要塞になっていた。

    完成していたら、大変な地下要塞になっていた。

  • 旧武家屋敷の庭園。

    旧武家屋敷の庭園。

  • 象山神社に向かう遊歩道。

    象山神社に向かう遊歩道。

  • 神社の前に建つ佐久間象山像。

    神社の前に建つ佐久間象山像。

  • 地元の親子の七五三のお祝い。

    地元の親子の七五三のお祝い。

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