2018/07/15 - 2018/07/15
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bunbunさん
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本旅行記は「マダガスカル イサロ国立公園」(https://4travel.jp/travelogue/11623926)の続きです。今回はラノヒラ(Ranohira)の宿泊ホテル:サトラナ・ロッジ(Satrana Lodge)から国道7号線(RN7、サザンクロス街道*))を北東に進み、巨大な花崗岩の一枚岩で「マダガスカルのウルル(エアーズロック)」と呼ばれるボネ・ド・パップ**)を含む数々の巨岩・奇岩群、アンバラボー(Ambaravao)の街にあるアンタイムル紙工房(Papier Antaimoro)を見学して、丘の上まで続く棚田***) を見学し、今日宿泊するフィアナランツア(フィアナランツァ、Fianarantsoa)のゾマテル・ホテル(Zomatel Hotel)に至るまでをご報告します。
*)この名称は日本でしか通用しませんが、日本ではよく使われますので追加しておきます。
**) この名称は日本でしか通用しませんが、日本ではよく使われますのでこうしておきます。詳細は付録1.名称、をご覧ください。
***) マダガスカルの稲作についてはhttps://4travel.jp/travelogue/11426175の付録3. 稲作を参照してください。
付録にボネ・ド・パップについて説明を加えました。ご興味の有る方はご覧ください。
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ラノヒラ(Ranohira)の宿泊ホテル:サトラナ・ロッジ(Satrana Lodge)の朝。
ガスってますね。 -
アロエの花。
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マダガスカル原産のタビビトノキ(旅人の木、学名:Ravenala madagascariensis、別名:オウギバショウ、英語名:Traveller's Palm、ゴクラクチョウカ科、タビビトノキ属)。
マダガスカルの国樹です。 -
ポインセチア(Poinsettia(英)、Euphorbia pulcherrima(学名))。
トウダイグサ科
トウダイグサ属
原産地はメキシコで、名前の由来は米国の駐メキシコ大使J. R. ポインセット(Poinsett)氏がメキシコから持ち帰って広められたことによります。
右下に示すマダガスカル国旗と同じ赤と緑からなるマダガスカルの国花です。マダガスカル国旗は最初にマダガスカルを統一したメリナ族を表す赤と白、ベツィミサラカ人を表す緑からなりますが、同時に、赤は愛国と主権を、白は純潔と自由を、緑は希望と進歩を象徴します。緑の葉を2つに折るとマダガスカル島の形になるとことで、マダガスカルの人々に親しみを持たれているといった話もあります。 -
葦サボテン、リプサリス(Rhipsalis)の一種。
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ラノヒラの宿泊ホテル:サトラナ・ロッジを9:00に出発、大草原の中を走る国道7号線を東に向かって60 km程走ってきました。
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さらに8 km程走った前方。
枯草の平原の中をコンボイは進みます。 -
さらに5 km程走った南方。
光線の加減か、種類が違うのか枯草が白っぽくなりました。
雨水による浸食が始まった窪地が見えます。 -
さらに15 km程走って丘陵地帯に入って来ました。
道路は曲がりくねってここでは北に向かっています。
南東方向の浸食が進んだラテライト層(https://4travel.jp/travelogue/11426175 付録1.参照)。 -
ラテライト層の崖。
これは道路を通すために人間が造ったものか。 -
前(北)方。
丘を避けるように道路は大きく曲がっています。 -
1つ上の写真の中央緑の部分をズームイン。
棚田みたいですね。 -
さらにズームイン。
棚田だ。 -
南方の枯草に覆われた赤茶けた丘。
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東北東方向に35 km程走りました。
前方は丘というより山です。 -
北に14km程走りました。
ラテライト層を少しだけ被った花崗岩の丘です。
もう少し浸食が進めば花崗岩がむき出しになりますね。 -
さらに北に11 km程走りました。
前方に岩山が見えてきました。 -
さらに北に7 km程走りました。
大きな岩山が近づいてきました。 -
さらに北に進んで、1つ上の写真で右側に見えた岩山です。
浸食が進んで縦横に亀裂が入った花崗岩ですね。 -
このあたりで国道7号線はだんだん東に曲がっていきます。
少し北東に進んで見た北西方向。
右の岩がボネ・ド・パップです。 -
少し北東に進んで見た西方。
ボネ・ド・パップの西に位置する岩です。 -
少し北東に進んで見た西方。
ボネ・ド・パップです。 -
少し北東に進んで見た西方。
ボネ・ド・パップです。
まだここは絶景ポイントではないらしい。 -
ボネ・ド・パップを後にして東に進みます。
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ボネ・ド・パップから東に10 kmくらいの位置まで来ました。
ここがボネ・ド・パップを見る絶景ポイントらしい。
車から降りて写真撮影です。
ちょっと遠いかい。 -
ボネ・ド・パップ、ズームイン。
南北約2500 m、東西約 800 mの花崗岩の一枚岩で、標高約1500 m、比高(平原からの高さ)約600 mです。ウルル(エアーズロック)は周囲 9.4 km、比高 335 mですから、ボネ・ド・パップはウルルと比べて極端に小さい訳ではありません。 -
草原の中からもう一枚。
ボネ・ド・パップ。 -
また車に乗って国道7号線を東に20 km程走りました。
この辺はすっかり曇ってます。
ラテライト層から飛び出した花崗岩がまた見えます。 -
1つ上の写真の花崗岩、ズームイン。
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途中で北に向きを変えた国道7号線をまた20 km程走りました。
棚田が見えます。 -
北東方向にさらに7 km程走りました。
枯れた草原の向こうにまた花崗岩の山が見えます。
なかなかの絶景ですがねえ、晴れていれば。 -
1つ上の写真の花崗岩の山、ズームイン。
浸食が進んでますね。 -
少し東に進みました。
また棚田です。 -
棚田。
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さらに3 km程東に走りました。
水田の向こうにまた浸食が進む花崗岩です。 -
少し進んで見た1つ上の写真の花崗岩。
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また少し進んで見た1つ上の写真の花崗岩。
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また少し進んで見た水田と花崗岩。
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1つ上の写真の花崗岩、ズームイン。
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また少し進みました。
浸食で転がり落ちた花崗岩が棚田のなかにゴロゴロとあります。 -
また少し東に進みました。
この辺は花崗岩のない棚田です。 -
東に10 km程東に走りって国道7号線から外れ、市街に入りました。
アンバラボー(Ambaravao)です。
この街にアンタイムル紙工房があります。 -
紙工房に向けてアンバラボーの街中を東に進みます。
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アンバラボーの街。
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アンバラボーの街。
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アンタイムル紙工房(Papier Antaimoro)にやって来ました。
左は説明員のお姉さんです。
工房名は、伝統的な紙漉き技法を有するアラブ起源のアンタイムル族によります。
入口にあった木 ”Avoha(アヴハ)”。これのもっと大きな木の皮が、和紙のようなここの紙の原料になります。和紙でいうと、コウゾ(楮)、ミツマタ(三椏)といったところでしょうか。 -
アヴハの花。
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最表皮を除去する等の処理をしたアヴハの木の皮の束。
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かまどがありますねえ。
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この窯でアヴハの木の皮を煮込みます。
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煮込んで柔らかくなったアヴハの木の皮を木槌で叩いて繊維をほぐし、
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現地ガイドのマークさんが持っている、このような繊維の団子を作ります。
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繊維の団子を矩形の箱に入った水に入れて繊維を分散させ、
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水を抜くと底においた板の上に濡れた大きな紙ができあがります。
この辺の工程は和紙の紙漉きと異なります。 -
この紙に溝を入れてたくさんの矩形紙に分け、乾かないうちに、その1つ1つに生花を埋め込んでいきます。
この手法はアンタイムル族の伝統技法ではなく、20世紀に移住してきたフランス人によるものです。 -
綺麗に生花が埋め込まれました。
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生花を埋め込んだ紙を屋外に出して乾かします。
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板の上で乾いた紙。
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紙が乾いたら、一枚ずつ板から剥がしていきます。
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生花が埋め込まれた紙ができました。
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花以外の植物も埋め込みます。
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生花のアレンジも様々です。
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紙の端がほつれないよう、かがり縫いをします。
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できあがった紙でつくったノート等。
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フォトフレーム。
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薄い木の皮の切り絵を貼りつけることもします。
今貼っているのはバオバブですね。 -
これはキツネザルだ。
これでアンタイムル紙工房の見学は終わりです。 -
駐車場に向かう途中にあった、
フイリソシンカ(Bauhinia variegata(学名)、orchid tree(英))。
マメ科
ハカマカズラ属
東南アジア原産で、日本では沖縄で見られます。 -
これは、
タマリンド(Tamarindus indica(学名)、tamarind(英))。
マメ科
タマリンド属
アフリカの熱帯地方原産で、実は食料になります。 -
少し離れます。
たくさん実がなってますねえ。 -
さらに離れて、タマリンドの木。
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アンタイムル紙工房を出て国道7号線を14 km程北上しました。
ここが棚田見学の絶景ポイントだそうです。 -
1つ上の写真の右端、ズームイン。
棚田。 -
1つ上の写真の右側。
棚田。
所々にある緑の田が眩しいねえ。 -
1つ上の写真のさらに右側。
田植えの後で晴れていたらもっと綺麗だったかな。 -
国道7号線をさらに40 km程北上して、今日の宿泊ホテルがあるフィアナランツア(Fianarantsoa)の街が一望できる高台(Ambalamahatsinjo)にやって来ました。
街全体のパノラマ写真です。 -
1つ上の写真の左(北)側から右(南)側へと通常撮影していきます。
東北東方向。 -
東方。
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東南東方向。
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東南方向。
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17:30、フィアナランツア(Fianarantsoa)のゾマテル・ホテル(Zomatel Hotel)に着きました。
マダガスカル東部の経済的に豊かな地域ですので、ホテルもまあまあ綺麗です。
ベッドルーム。 -
シャワールーム。
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洗面台。
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トイレ。
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クロゼットと冷蔵庫(右下)。
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翌朝、中庭から見たホテル。
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中庭から見たホテル。
付録
ボネ・ド・パップ
「ボネ・ド・パップ」はネット検索するとマダガスカルのこの岩がたくさんヒットしますが、このフランス語:”bonnet de pape”ではヒットしません。”bonnet de pape”を直訳すると「教皇の帽子」です。中にはその意味を、「お父さんの帽子」の愛称で親しまれている、などと説明しているネット記事もたくさんありますが、論外です。「お父さんの帽子」はフランス語で” bonnet de papa”です。ところで、”bonnet”は「つばなし帽子」を意味しますが、この岩はつばがある帽子に見えますから、フランス語では” chapeau”(日本語では今は死語になったかも知れない「シャッポ」、英語の”hat”)が適切で「ボネ」を当てるのは間違いです。また教皇の帽子は「縁なし帽子」ですから、ここで「パップ」を持ち出すのも間違いです。聖職者で「司教」はつばのある帽子をかぶる例もありますので、日本語で「司教の帽子」とし、このフランス語”chapeau de l'évêque” や英語 ”Bishop's Hat”とすると、これらはヒットします。いくつかの専門書では”bonnet de pape”も見られるものの、日常でこの岩を「ボネ・ド・パップ」と呼ぶのは日本人だけで、多分国外では通用しません。この岩の別の呼び方として地名を冠したフランス語” Rocher d’Ifandana(ルシェ・ディファンダナ)”、英語”Ifandana Rock”があり、こちらもよく使われています。
19世紀初頭、インドネシア起源のメリナ族からなるメリナ王国の国王ラダマ1世(Radama I)がマダガスカルを統一する際、メリナ族の支配下に入ることを恥じたベツィレウ族(Betsileo)の人々は、この岩から飛び降りて集団自殺を図りました。このため、この岩は地元の人々の聖地となっています。宗教的な名前が入った呼び方は、こうした歴史的背景によるものでしょう。
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