2006/08/29 - 2006/09/06
2239位(同エリア11100件中)
まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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- 457,799アクセス
- フォロワー82人
8/28 東京・成田(1825)→UA837→バンコク(2305) Florida Hotel
8/29 バンコク(830)→トラート→ハートレック→ココン Ramey Bun G.H.
8/30 ココン(800)→高速船→シアヌークビル Mealy Chenda G.H.
8/31 シアヌークビル(1245)→バス→プノンペン TAT G.H.
9/1 プノンペン(プノンペン観光) TAT G.H.
9/2 プノンペン(945)→バス→シェムリアプ(プノンバケンの夕日) Chenla G.H.
9/3 シェムリアプ(アンコールワットのご来光)(プノンクーレン/クバールスピアン/バンテアイスレイ)Chenla G.H.
9/4 シェムリアプ(ベンメリア/コーケー) Chenla G.H.
9/5 シェムリアプ(アンコールトムと周辺/トンレサップ湖) Chenla G.H.
9/6 シェムリアプ(940)→QV522→パクセー(1030)→コーン島 Mr.Boon G.H.
9/7 コーン島(ソンパミットの滝) Mr.Boon G.H.
9/8 コーン島→パクセ→チョンメク→コーンジャム APPLE G.H.
9/9 コーンジャム→ウボンラチャターニ▼ウボンラチャターニ(1500)→エアアジア→バンコク Pradipat Hotel
9/10 バンコク(チャトチャックマーケット) DIOR G.H.
9/11 バンコク(645)→UA852→東京・成田(1500)
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ハートレークに到着した。
ビザはバーツ払いのみ。1100B(3520円)。バイクタクシーの運転手が自分の客にするため手続きを手伝ってくれスムーズに国境を通過できた。他の陸路国境は行列ができて待たされる事も多いかもしれない。しかしココンルートは人の往来がそれほど多くないので殺気だった雰囲気はなく、のんびりしている。
それにしてもカンボジアに入った瞬間英語で話しかけてくる輩が増えた。みんな歓迎してくれている感じだがすこしうっとおしい。
いろいろな客引きがいて混乱するのでタイ側にいたカンボジア人のバイクタクシーで手続きを手伝ってくれた男に任せることにした。
2002年に開通したココン大橋のおかげで一気に街に入れるようになった。 -
カンボジアに入ったらカジノホテルが1軒建っていた。でもその一軒だけだ。実はこの国境にもアランヤプラテート/ポイペト同様もっとあるものだと思っていた。
ただその隣もカジノホテルの建設工事が行われていて今後このエリアも大きく変わることになりそうだ。立地的にバンコクから少し遠いというのが、開発が遅れた原因だろう。 -
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カンボジアに入ってからは中途半端なセメントで舗装された白い道路をが続き、10キロほど走った。
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バイクは2002年に日本の援助で作られたココン大橋にさしかかった。かつてはここから渡し船で対岸に渡る必要があったが、この橋の開通で便利になった。
ココンの街はだだっ広く高層建築は存在しない。川沿いには最近できたと思われるこぎれいなホテルが2軒並んでいる。宿はバイクタクシーに任せた。しかしこれが失敗だった。
1泊200Bでシャワー付き。内部は薄暗いがけっこうしっかりしたゲストハウスだ。
この宿でシアヌークビルへのバスチケットを購入した。本当は船で行きたかったが宿のスタッフが「雨期だから船は乗り心地が悪い」としきりにミニバスを勧めてきたからだ。それを鵜呑みにしてしまった。出発は明日の9時。しかしこの判断が後味の悪いものになってしまった。支払った額は20ドル。実際はミニバスではないが13ドルのバスもあったようだ。
まともそうな宿だが従業員が真っ先に勧めてきたのが大麻と売春だった。カンボジアは相変わらずのようだ。気分が悪いが支払いを済ませてしまった以上、今夜はここに滞在するしかない。 -
ココンの街は川沿いぐらいしか見るものはない。一通り散歩して日も暮れてきたのでレストランで食事をすることにした。カンボジア料理の炒め物で盛りつけはこっていたが値段は高めだ。でも量や味には満足だ。それにしても外国人向けのレストランは少し高めだ(ちなみに肉野菜炒めとビールで160バーツ*512円)。こういうところで食事をしているとカンボジアは物価が高いと感じてしまう。タイから来たらなおさらだ。
ココン唯一の見所。ココン大橋くらいしかない。 -
ココン大橋の長さは約2キロ。
夜、宿のスタッフが明日のミニバスは道がぬかるんで出発できないからキャンセルになった。別の日出発で良いかと聞いてきた。いいわけない。船はあるのかと聞いたらあるらしい。しかし船に乗るには別に5ドル必要らしい。結果として25ドル必要とのこと。しかしチケットには15ドルと書かれているのはどういう事だ。とりあえず昨日払ったミニバスの20ドルを返すように言った。しかし「ない」の一点張りだ。じゃあなぜチケットに15ドルと書かれているのか追求したがタックスだとか言っている。結果として15ドルのチケットに25ドル払わされたぼったくりだと翌朝知るが、この時はバスのキャンセル料(先方の都合なのにかかるわけないが)と港湾使用料代でごまかされた。今考えればかなり怪しかったのだが夜遅かったと言うことで判断力が鈍っていた。
この出来事の際もスタッフの取り巻きが終始大麻の話を持ちかけていた。でも怒鳴ったところでどうしようもない。船のチケットが15ドルだったのは翌朝イタリア人から知る事になる。
翌朝、
夜明け前から土砂降りの雨が降りだした。出発の7時半が過ぎても一向にやむ気配がない。空も薄暗いままだ。この状態でボートも出航できるのか不安になってきた。同じ宿にいたイタリア人の旅行者も天候を気にしていた。同じ船に乗るようで一緒に港まで車でピックアップしてもらえるらしく、港までのアクセスは解決した。しかし宿を出るとき宿泊代をちゃんと払ったのか問われ、レシートを見せるように言われた。そんなものはない。結局宿泊名簿で確認できたようだ。とにかく不可解なバス代からボート代金の変更などこの宿に泊まったのは大失敗だった。最後の最後まで気分が悪い。すべては国境からのバイクタクシーがこの宿に連れてきたのが原因だが、自分で宿の希望を言わなかった自分にも責任はある。
ココンで滞在した宿は「RAMEY BUN GUEST HOUSE」。アジア旅行に対する気の緩みからくる僕の注意力の欠如に警笛を鳴らしてくれた宿としてこの宿に泊まったのは決してマイナスではないと納得しよう。
ただ警官や出入国の際の賄賂やたかりなど嫌な目に遭うことは多い。そんななかで旅行中もっとも信頼関係が必要なゲストハウスにだまされると精神的にダメージが大きい。旅慣れているはずなのに同じ事を繰り返してしまったことに対して自分に怒りがわいてくる。 -
港に着いたがまだ時間が早いので乗客もまばらだ。港の前の食堂で朝食をとることにした。トーストとコーヒーで90B(288円)もした。やはり外国人向けレストランの高さは半端ではない。これでは日本と同じだ。カンボジア人の貧富の差は広がるばかりで嘆かわしい。
ココンでは散々で、今朝の大雨といいどうなることかと思ったがなんとか脱出できそうでよかった。
ココンからシアヌークビルへ向かう高速船。おそらくマレーシア製。 -
船内は出発直前になって乗客がたくさん乗ってきてそれなりに混雑しだした。船は定刻より少し遅れて8時半にココンを出航した。
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途中雨期にもかかわらず波は穏やかで航海は終始安定していたように思う。途中一カ所寄港し、12時半にシアヌークビルに到着した。
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いつの間にか雨はやんでいる。桟橋は出迎えの人でごった返しているが、バイクタクシーの客引きはそれほど積極的ではない。港でパスポートチェックを受けて道路へ向かった。
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とりあえずシアヌークビルでは山の上にあるメリチェンダゲストハウスに行くことにした。
バイクタクシーにまかされると不審な宿に回されるので自分で決めたほうがいい。天気が良くないので今回はビーチに近いかは問わない。見晴らしが良い場所としてメリチェンダゲストハウスは最高だ。 -
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メリチェンダ・ゲストハウスのスタッフ。
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部屋は4ドル。海が一望できる海側の部屋だ。やっとのんびりできる場所にたどり着けた。
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バルコニーからの眺め。天気が悪いのが残念。本来なら青い海と空が広がる。
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ゲストハウス周辺はこじんまりとしているがバックパッカーの街が形成されていた。
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シアヌークビルの街に出た。中心部は内陸にあり、バイクタクシーで向かうことになる。この町で雨が降るとほとんど移動は不可能だ。中心部は賑やかだが市場などしか見所はなく、ここに宿泊してまで町歩きを楽しむ感じではない。一通り街を歩きインターネットをしてからバイクタクシーで宿に戻ることにした。
この天気だともう1泊シアヌークビルに滞在するかは微妙だ。 -
日が暮れたあと昼、目にとまったベトナム料理屋に行ってみた。近くかと思ったらけっこう遠く、暗闇の中、野犬にビビりながら徒歩で百メートルほど歩いた。
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しかしベトナム料理屋にベトナム料理はなく名前だけだった。でもグリーンカレーはうまかったのし値段もそれほど高くなかったので納得
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翌日も天気はすぐれない。近くの庶民的な食堂で豚メシが2000リエル(55円)。これからはこの物価感覚でいきたい。
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食堂でじゃれ合う子供
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12時に宿からバイクタクシーでピックアップされ、中心部のバス乗り場に連れて行かれた。中心部のバスターミナルから出発したのは午後1時だ。出発と同時に雨が降ってきた。移動して正解だ。プノンペンへ向かう国道4号線は完璧な舗装道路。かつてのでこぼこ道とは見違える。4時間後10年ぶりにプノンペンに戻ってきた。車窓のポチェントン空港が近代的になっていた。
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バスは中途半端な場所で乗客全員が降りる羽目に。最初自分の場所が把握できなかった。プノンペンでの滞在先はメリチェンダゲストハウスで紹介されたナリンゲストハウスに行くことにした。しかし知名度が低いようでバイクタクシーになかなか場所が伝わらず、伝われば高い料金請求でなかなか交渉が成立しない。その後2000リエル(55円)で話がついたバイクタクシーもゲストハウスの場所は知らず、近くの交差点で降ろされ、その後住宅街を彷徨っているとどこかのゲストハウスの客引きに捕まった。客引きに連れて行かれたのはナリンゲストハウスの隣の宿だった。名前はTATゲストハウス。ここもけっこう有名な宿らしい。値段はホットシャワー付きの広い部屋で5ドル。
この宿は少し中心部に出るのが不便な感じがする。その分プノンペンの庶民の生活に入り込めるメリットもある。本当はこの前も泊まったキャピトルホテルが便利で安く部屋もきれいだが、有名になりすぎて食堂も高そうで周辺にたむろするバイクタクシーも質が悪くなっている可能性があるし、周辺が騒がしいのが難だ。そんなわけで今回は避けることにした。
もう6時。歩いてキャピトルホテルの方へ行ってみた。内陸部のプノンペンは雨期でもカラッとしている。雨がちな海岸線のシアヌークビルから来るとずいぶんさわやかに感じる。 -
プノンペンで滞在したTATゲストハウスの部屋。1泊5ドルでテレビとホットシャワー付きだ。
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プノンペンは日が暮れると危険だと言われるが実際は他のアジアの都市と変わらない。街灯はないが人通りが多い道は問題ない。しばらく歩くとキャピトルゲストハウスが見えてきた。まさにプノンペンに来るバックパッカーの聖地。カンボジアの旅はすべてここから始まるといった感じがする。ここだけあいかわらずすごい活気だ。ホテル周辺にはバイクタクシーが群がっている。この周辺で夕食を食べようと近くの屋台で焼きうどんを注文した。
朝食を食べるため外へ出たら昨日から時折顔を合わすホテル専属のバイクタクシーが声を掛けてきた。キリングフィールド等半日で言い値が5ドル。4ドルで手を打ち9時に出発することになった。
それまで朝食とATMに行きたい。するとバイクタクシーが僕を逃がさない配慮か、朝食の場所を教えてくれ、ついでにATMの場所に連れて行ってくれた。僕を逃がさないように監視されている感じだが僕自身ATMの場所は分かっていたが遠いからどうしようかと思っていたので助かった。
カナディア銀行でまとまったドル現金をキャッシングした。実はクレジットカードでのキャッシングは生まれて初めてだ。今回の旅行の最大の失敗はドルを十分に持たず、円の現金を持ってきてしまったことだ。カンボジアで円をドル現金化すると日本で準備するより損をするかもしれない。それがずっと心配だった。でもクレジットカードの存在を忘れていた。ずいぶん手軽に大金を手にしてしまった。しかし請求は忘れた頃にやってくる。 -
ドルキャッシュを手にし気分的に楽になった所で中華料理に入りエビチャーハンを注文。値段は1.5ドル。質を考えると安い。。
写真は食堂前の道路。朝は活気があるプノンペンの街角。 -
そんなわけでスムーズに事が進み、まだ8時半だがそのままキリングフィールドとツールスレン刑務所博物館へ連れて行ってもらうことにした。観光は暑くなる前の午前中がいい。
キリングフィールドへの道は未だ未舗装ででこぼこ道の衝撃が直接腰に来る。けっこうつらい。この道路も今工事中で舗装されるんおも時間の問題だろう。
出発して30分。キリングフィールドに到着したようで慰霊塔が見えてきた。 -
キリングフィールドはかつては掘り起こした穴がそのままで荒れ果てた大地といった感じだったが、今では植林も進み、草も生い茂っていてずいぶん雰囲気が変わっていた。基本的にフィールドは公園のような感じになりつつある。周辺は雨期ということで湿地帯になっていた。
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慰霊碑に人骨が葬られている。
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虐殺された人々の頭蓋骨。
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市内に戻り、ツールスレン刑務所博物館へ向かった。ポルポト政権時代校舎を刑務所として利用し、拷問や処刑、囚人の収容所として利用された場所だ。
処刑された遺体はさっき行ったキリングフィールドに搬送された。 -
囚人が脱走しないように張られた有刺鉄線は当時のまま残されている。
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校舎の一部は修復され、時間の流れと共に生々しさは薄れているような気がする。とはいえ歴史が変わるわけではない。
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壁一面に貼り付けられた囚人の写真は昔から変わらず、無表情な目でこちらを見つめている。
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拷問を受けたベッドもそのままだ。ベトナム軍がプノンペンを解放したときベッドには死体が置き去りにされていた。その当時の写真が壁に掲げられている。長時間ここにいると気が重くなってしまう。
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中央の校舎の2階は木で仕切られた牢獄になっていた。
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1階の牢獄の内部。
前回無かった展示物として囚人としてとらわれたにもかかわらずベトナム軍による解放で生き延びた人々の写真が現在の写真と共に展示されていた。とはいえ6人しかいない。無表情でこちらを見つめる死を待つ顔とは対称的に明るく生き生きとした表情で仕事をする現在の姿を見ているとホッとさせられる。当時少年少女だった彼らも今では40前後になっている。結婚もして家族と共に写っている写真もあったりする。この写真を見れただけで今回改めてツールスレン刑務所を訪れた甲斐はあったように思う。少し気分も癒された。 -
さっきのバイクタクシー運転手にはセントラルマーケットまでの分も含めて代金を支払っている。そんなわけで昼過ぎにセントラルマーケットへ乗せて行ってもらった。
プノンペンの目抜き通り「モニボン通り」。 -
セントラルマーケットが見えてきた。
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今では庶民生活の台所ではなく、観光客向けの店が増え始めている。とはいえプノンペンの中心部であることは変わりない。老朽化のため再開発の予定もあるとか。
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セントラルマーケットの内部。
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セントラルマーケット周辺の中華料理で昼食。これで2ドル。
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ワットプノンへ行ってみた。
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猿と子供
ワットプノンにて -
オルセーマーケットに行ってみた。しかし閉店したあとで中は真っ暗だ。でも周辺の人通りは多い。
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周辺にはまだ活気が残っていた。
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ブタ1匹丸ごとロースト。オルセーマーケット。
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華僑系のホテルの中国マッサージに行ってみた。1時間のボディーマッサージだ。エアコンも効いてふわふわのソファーでのマッサージは快適だ。6ドル+チップ2ドル。チップは直接渡すのではなくレシートに数字を記入してカウンターで支払うシステムだ。店を通すので従業員の評価にもつながる。
とりあえず多いかもしれないが2ドル。
アンコールワットの拠点になるシェムリアプへの移動の日、プノンペンからシェムリアプ行きのバスに乗るためのピックアップが7時に宿に来ることになってくる。
それまで近くの屋台でお粥を食べることにした。
僕は基本的にピックアップは信用していない。今まで世界中でかなりの確率ですっぽかされている。すっぽかされた時の記憶はなかなか消えない。そのためピックアップイコール本当に来るのかという不安が常につきまとう。
今回はゲストハウス前に7時に車が迎えに来ることになっていた。しかしなかなか来ない。僕はいざとなればバイクタクシーで行くつもりだったので冷静でいられたがゲストハウスのオーナーは焦っているようだ。結局バスの出発15分前になっても迎えが来ないのでバイクタクシーで乗り場に向かうことになった。ピックアップ代金はバス代に上乗せして支払っているのでバイクタクシー代は払う必要はなかったが、これでは自分でバスのチケットを買うのと変わらない。ヒヤヒヤしない分自分で買った方がよかった。 -
バスターミナルに着いたらすでに乗客は集まっていた。今回もエアコンの効きはいまいちのバスで8時前にプノンペンを出発した。
写真はGSTバスターミナル。運賃はシェムリアプまでは4ドル。 -
カンボジアの幹線道路は完璧に整備され、時速90キロでの走行が可能だ。陸路での移動が困難で船でしかシェムリアプへ行けなかった時代は今は昔。この国も普通の国になれたのだ。
写真は舗装された国道6号線。 -
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調理される前の生きたくクモも外国人向けのサンプルとして飼われていた。それが僕の腕ををはう。
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プノンペンから5時間半後、午後1時半にシェムリアプと思われる街に入った。
シェムリアプの埃っぽいバスターミナルに到着した。ゲストハウスの客引きとトゥクトゥク運転手が波のように押し寄せてくる。 -
外に出たものの大混乱で引っ張られ、まっすぐ歩けないし、どこへ向かって良いかも分からない。タケオゲストハウスの名前を出したら一人の運転手が俺が連れて行ってやると名乗り出た。少し怪しかったがついていくことにした。しかしバスターミナルから少し離れた所で運転手はトゥクトゥクを止め、明日アンコールワットの観光に行かないかと勧めていた。「それは分からないとりあえずゲストハウスに行ってくれ」と僕は言った。すると運転手はあきらめたのは僕を路上に置き去りにしてどこかへ行ってしまった。
そばにいたバイクタクシーに乗り換え2000R(55円)で目的の中心部にあるチェンラーゲストハウスに到着した。街は完全に舗装されこぎれいな土産物屋ガラス張りのショッピングモールができ、今でもホテルの建設ラッシュですごい発展ぶりだ。アンコールワットはすごいかもしれないが、あの遺跡のために街がこれだけ膨張していくのは恐ろしい気もする。遺跡に頼りすぎるカンボジア政府の政策は少し改めなくてはならないのではと心配したりする。 -
シェムリアプで滞在する宿はチェンラーゲスト。隣の有名なタケオゲストハウスでも良かったが部屋の設備的にチェンラーの方が快適だ。値段も勿論高めだが。
エアコン・ホットシャワー・冷蔵庫付きの部屋で10ドル。テレビも付いていてNHKの国際放送をはじめ世界の衛星放送も見ることができる。部屋は風通しも良く換気扇がついているのも良い。コストパフォーマンスは文句なしだ。何より老舗のゲストハウスなので信頼できるはずだ。建物は中級ホテル並みの外観だ。 -
ここでバイクタクシーを5日間貸し切るため交渉した。実質丸3日で60ドル。もう少し時間を掛けて探せばいいかもしれないが、信頼できるゲストハウスで専属のバイク運転手ということもありめちゃくちゃなことはしないだろう。また日本語を勉強しているようで一生懸命話そうとしてくれる。それを考えると納得の値段を提示してきたので細かいことを気にせず運転手には満足な報酬で気持ちよく仕事をしてもらいたい。
目的地は郊外の遺跡が大半でプノンクーレン、バンテアイスレイ、ベンメリアなどだ。結果的に時間が余りさらに遠いコーケー遺跡にも行くことになり、遠すぎ時間もかかるので40ドルの追加料金になってしまった。そんなわけで今回は無理を言うことも多いだろうし、多少の妥協は仕方ない。
とりあえず観光は今日の夕日を見に行くことから始まる。5時に出発するのでそれまで休憩。宿の近くに散歩に行った。それにしても今日のシェムリアプはガンガン照りで暑い。雲行きを見ていても今日はスコールは来なさそうだし運がいい。
5時にバイクにまたがりゲストハウスを出発した。めざすはアンコールワット。バイクの運転手はルーンという名で24歳らしいが少し老けている。とにかく一路アンコールワットを目指した。前回来たときは簡素な正面ゲートがあっただったが、今では高速道路の料金所を思わせるモダンなゲートが完成して正装した係員の女性が親切に対応してくれた。3日券で40ドル。夕方買うと明日から3日間有効ということになる。 -
夕日はアンコールワットと目と鼻の先にある小高い丘「プノンバケン」に登ることになる。プノンバケンは60メートルほどの山でちょっとしたトレッキングになる。とはいえ山頂までは10分ほどだ。山頂にはバクセイ・チャムクロンという小さな遺跡がある。それにしても遺跡の美しさより人の多さに驚いた。夕日を見る時間帯なので無理もないがここまで人が多いとは思わなかった。あらゆる人種が集まり、みんな夕日を見ようとしている。これだけの観光客を呼び込めるのだからシェムリアプがこれだけ発展するのも理解できる。
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人は多くても空はさわやかで混雑を感じさせない。
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プノンバケンから見下ろしたアンコールワット。
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プノンバケンに登ったのは遙か彼方にみえる湖「西バライ(貯水池)」に沈む夕日を見るためだ。しかし日が沈むに連れ陽は雲に隠れ日没を拝むことはできなかった。
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それにしてもこれだけの人が一気に山を下るので早めの行動が肝心だ。夕日は見られないとあきらめ早めに山を下ることにした。
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今夜の夕食はカンボジア料理これで6000R(160円ほど)。基本的にタイ料理みたいに辛くなく食べやすい。
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とりあえずここに来たらアンコールワットの日の出から観光は始まる。今日は天気が良いので行けるときに行かないと後悔かもしれない。
5時半に宿を出発し、日の出は6時20分頃だ。
西塔門をくぐるとすでに観光客がたくさんいた。 -
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日の出を待つ観光客。
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やがて日が出てきた。
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みんな感激している
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ナーガ像とアンコールワット
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アンコールワットのご来光。
日の出を見た後、これからプノンクーレンに行く。ここに行くためには特別のチケットが必要で、チケットはシェムリアプ市内で発行されるらしく僕が日の出を見ている間にバイクタクシーのルーンが買いに行ってくれた。とりあえず待ち合わせの7時半までアンコールワットを見学することにした。
日の出のあとほとんどの観光客はホテルに戻ってしまったので急に人が少なくなった感じだ。朝日に照らされ寺院が一層鮮やかに映る東側は正面(西参道、西塔門)とは正反対になるため、ここまで来る人はまだいないようで誰もいない。さっきの人だかりとはあまりに対照的だ。 -
第一回廊から中央塔を眺める
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第一回廊
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西塔門前のナーガ像。かけてしまい保存状態はいまいち。
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アンコールワットは規模は大きいが寺院内部は復元された部分も多く、興味を持って見学する部分は規模の割に多くない。
アンコールワットでは並んでいるデバター(女神)のレリーフが多い。 -
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中央祀堂内部の仏像。アンコールワットの中心になる場所。
7時半過ぎにバイクタクシーのルーンがやってきた。プノンクーレンのチケットの発券所は市内にあり、朝7時からで少し待たされここに戻るのが遅れたらしい。今日はプノンクーレンに行ったあとクバールスピアンにも足を運び、最後にバンテアイステイに立ち寄る。
かなり移動距離が長くハードなスケジュールだ。天気は快晴。スコールは心配だがすぐには崩れないだろう。しかしこんな時にどういうわけか腹の調子が悪いのが憎らしい。バイヨン寺院の南側にあるトイレに入ることにした。外国人向けでずいぶん快適なトイレだった。便器はTOTO製。日本の影響力の強さが伺える。これは快適で便利だ。しかし最高の天気に恵まれたのにめったにならない下痢のおそわれるとは。 -
写真はトイレにいた地元の子供。
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バイヨン寺院を眺めそのままアンコール遺跡群を突き抜け北へと突き進んだ。途中のバンテアイスレイまでは舗装されて快適だったが、プノンクーレンへの分岐点からは未舗装道路になった。
写真の分岐点を右へ向かう。左はバンテアイスレイへの舗装道路。
そこからプノンクーレンのゲートまでは未舗装とはいえ道幅は広いのでそれなりにスピードは出せる。しかし所々にでこぼこがあるので腰に負担がかかる。腹にも刺激を与えたくない。
アンコールワットを出て1時間半後、9時にはプノンクーレンのゲートに到着した。僕以外にも何台かのワゴン車がやってくるが、みんなカンボジア人観光客ばかりだ。ここは比較的外国人が少ない穴場のようだ。 -
ゲートを通過してからが辛かった。標高400メートルほどの山をバイクで登ることになる。延々とでこぼこの悪路を登り30分後、やっと最終目的地に到着したようだ。辺りには土産物屋などが軒を連ねている。そして川のせせらぎが聞こえてくる。
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プノンクーレンの最大の見所は岩のてっぺんを削り取り作られた涅槃(ねはん)仏「プリア・アントン」だ。プリア・アントンへ向かうための参道の入り口。
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岩山のてっぺんには階段で上ることになる。東南アジアの聖地は岩に細工をしたり、信教の対象にしたりすることが多い。
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涅槃(ねはん)仏「プリア・アントン」
岩のてっぺんの寺院内部。 -
プリアアントンへの階段
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プノンクーレンにいた地元の子供たち。
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プノンクーレンの川底の彫刻。「リンガ・ムイポアン」。水量が多くてよく見えない。本来なら川底一面にリンガが描かれている。
「リンガ」とはヒンズー教でシバ神の象徴として尊崇されるもの。アンコールワット周辺の観光では常に目にする。 -
川岸近くに彫られたレリーフにはヒンドゥーの神々が描かれている。
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こちらはヴィシュヌの彫刻が描かれている。水深が深くてわかりづらい。
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その後滝を見に行った。落差20メートル。カンボジア人は滝が好きなようだが、日本人はこの程度の滝には興味を示さない。リンガーがよく見えなかったので僕自身テンション低めだ。滝を見に行くのは疲れた。
リンガに関しては次に向かう「クバールスピアン」に期待したい。 -
腹の調子が悪いがココナッツ汁を飲むことにした。1コ1ドルとツーリストプライスだ。タイなら10B(32円)なのに。
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ココナッツの内側の実は食べるとこが出来る。ナタデココの原料でもある。
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昼前ににプノンクーレンを出発。帰りは下り坂が大半でずいぶん楽だがスピードが出る分腰への負担も大きい。腹も心配だ。
ゲートを出て一般道に出たあとクバールスピアンに行くための近道を走ることになった。しかしまたこれがとんでもない道だ。 -
でこぼこ道は後部座席の人間が降りて歩けば通過できるが、ここは巨大な水たまりが行く手を阻む。道路脇を通過できる場所もあるが一か八か水溜まりを強行突破しなくてはならない時もある。水溜まりの中で停まるのではないかとヒヤヒヤだ。
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この近道は途中バイクしか通れない橋を通過することになった。車ではこの道は通行不可のようだ。
そんな感じで再び幹線道路に出た。プノンクーレンから1時間ほどでクバールスピアンに到着した。
そんな感じで再び幹線道路に出た。プノンクーレンから1時間ほどでクバールスピアンに到着した。
クバールスピアン。「川の源流」と言う意味。ここはシェムリアプ川の源流に当たる場所だ。ここは川底にレリーフが見られる場所として有名だ。最近は気軽に来られるようになった。
ここはアンコールワットの入場券が直接使えるので比較的外国人も多いが、アンコールワットの多さと比較するとほとんどいないといってもいいが入り口の食堂のおばさんや物売りの子供たちは日本語をけっこう知っている。ここに来る日本人は多いのだろう。 -
クロマー(スカーフ)を売る少女。
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クバールスピアンへは40分。途中岩に巻き付いた木。
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前方はリンガの列で背後にヒンドゥーの神が彫られている。
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修復(復元?)された彫刻が目立つ。色が違う部分(中央上)。
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流れに横たわるブラフマー神像。
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同じくブラフマー神像。
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川底のリンガ。
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岩に彫られたヒンドゥーの神のレリーフ。
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アンコール遺跡の東メボンと同じ配置のリンガ。
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川底一面に広がるリンガ。
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わかりづらいが岩の隙間にもリンガーが描かれている。
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カエルの像。わかりづらいので見逃しそうだ。
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クバールスピアンの下層部にある滝。ここでも滝はカンボジア人観光客に人気だ。
ここは水量も適度に多く、川底のリンガーがよく見えた。来て良かった。川を下りながらいろいろなレリーフを眺めることができ、とてもおもしろい。
アンコールワット周辺に水の豊かな場所がある事がいまいちピンと来なかったが、今日の午前中行ったプノンクーレンも含め、初めてそれを実感できた。
山を下り、食堂でしばらく休憩したあとバンテアイスレイに向かうことにした。 -
バンテアイスレイ。
かつてはこの遺跡に行った人間はゲストハウスでヒーローになれた時もあった。とにかく10年前来たときはアンコールワット周辺の遺跡で危険な場所の代名詞だ。そのきっかけは一度アメリカ人観光客がここへ向かう途中銃撃されて死亡するという事件が起きたからだ。それだけでここへ行くのは危険だといわれ続けてきた。でも今ではパッケージツアーの観光客までもが訪問する気軽に行ける場所になっている。
アンコールワットのレリーフに物足りなさを感じた場合、バンテアイスレイのレリーフを見てそのきめ細かさに感動するはずだ。
第一周壁の東門をくぐり参道へ。 -
第二周壁の正面の門。
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北経蔵の西面のレリーフ。なにやら争っている。
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第二周壁の西門のレリーフ。「ラーマヤナ物語の一説」。
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バンテアイスレイの中央に位置する中央祀堂。
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中央祀堂の西面に描かれているデバター。通称「東洋のモナリザ」とも呼ばれ、怪しげなほほえみを浮かべている。バンテアイスレイは規模は小さいが、保存状態がよく、レリーフも彫りが深いので興味を持てる部分はアンコールワット以上かもしれない。
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踊るシバ神。
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シバ神の妻が像の聖水で水浴びをしているレリーフ。
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瞑想するシバ親の妻(しゃがんでいる人)。中央は争いを始めようとするバラモン僧。
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カイラス山で瞑想するシバ神
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最後に正面ゲートになる第一周壁の塔門のレリーフ。
そんな感じで夕方4時には宿に戻りました。心配したお腹も昼間一度行っただけで何とか大丈夫だった。天気にも恵まれ今日は最高の一日だった。
行きたい所に先に行っておくと残った日が雨でも心配ないので気分的にゆとりができる。 -
アンコールワットの拠点になるシェムリアプの街に来て二度目の朝が来た。
今日はベンメリアに行く予定だったが、その先に「コーケー」という聞いたことがない遺跡があると聞かされた。バイクタクシーのルーンはしきりに進めてくる。
ここへ行く場合は追加料金40ドルとのことだ。まだ行った人が少ない場所には興味があるので話に乗ることにした。
コーケーはベンメリアを経由することになる。8時過ぎにシェムリアプを出発し、舗装された道を突っ走り、ベンメリアには8時半に到着した。
ココで軽く朝食を食べ、ベンメリアは帰りに観光することにしてそのままコーケーを目指した。 -
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コーケーへの道も未舗装だが、それほど悪路ではない。やはり昨日のプノンクーレンへの道がほどすぎた。
どこかのガイドブックがベンメリアに行くためだけに道が整備されたことを不可解なことのように表現していたが、ベンメリアに続く道はコーケーをはじめ果てはタイ国境のプレアビヒアへ続く道なのだ。ベンメリアはタダの通過点でしかない。この道によりプレアビヒアへ経由してタイのシーサケットへ旅行者が気軽に行ける日も遠くないのではと思う。現実にプレアビヒアまでは陸路でも問題がないようでルーンが明日プレアビヒアに行かないかと持ちかけてきた。しかし相当の距離を走ることになるし、タイ側から以前に行った事がある。それ以上に最後の日はアンコールワット周辺の遺跡でゆっくりしたいので断ることにしたが、カンボジア側からのアクセスは非常に興味があるし、そんな情報を知っている日本人はそう多くないはずだ。 -
そんな感じでプレアビヒアへ続く幹線道路を延々と北に向かった。途中にはほとんど民家が存在せず、コーケーのゲートにさしかかった。沿道は延々と地雷原が広がり、日本の強力で地雷の撤去作業が行われている真っ最中だ。
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地雷注意の看板
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コーケー遺跡群で最初に目にした寺院遺跡。「プラサート・ネアン・クマウ」
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その先にあったのが「プラサート・チェン」
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プラサートチェン。
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石柱のレリーフが盗まれた跡。おそらく電動のこぎりなどで削り取られたのだろう。
カンボジアでは遺跡の盗難が深刻な問題になっている。 -
コーケーのハイライト。「プラサートトム」への参道への塔門。
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一応観光客に開放されているがあれ放題だ。
ちなみにコーケーへの入場料はベンメリア近くで10ドル支払っている。 -
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コーケー遺跡。プラサートトムへの参道。
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ライオンの象があったが傾いている。
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延々と参道を歩いた先には視界が開け「プラサートトム」が見えた。
ピラミッド寺院とも呼ばれている。 -
コーケー遺跡。プラサートトムの高さは35メートル。
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コーケー遺跡。プラサートトムに上る。
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てっぺんからは昨日行ったプノンクーレンやプレアビヒア(タイ名/カオプラヴィハーン)も遠望できる。
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最上部に見られるガルーダの彫刻。
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再びプラサートトムの参道へ。石柱が見事に倒れている。
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周壁の連子窓。案外保存状態はよい。
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ひとまずプラサートトムを離れ、周辺のコーケー遺跡にも足を運んでみた。
巨大なリンガが安置されている「プラサートルン」。 -
見事なリンガ。
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プラサートクラチャップ。草木に覆われていて奥まで行けない。さすがに地雷はないと思うが。
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プラサートクラチャップ。塔門はバンテアイスレイを思わせる雰囲気だ。しかし修復される日は来るのだろうか。
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プラサートクラチャップの塔門。
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石柱には古代クメール文字が刻まれていた。
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プラサートクラチャップ。ここの石柱も中途半端に倒れていて危なっかしい。
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コーケー遺跡群。バンテアイ・ピール・チャン。
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バンテアイ・ピール・チャン。
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プラサート・チュラップ。祠堂はどれも西面が崩落して断面が見えている。
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コーケー遺跡観光終了。情報がないのでそれぞれの遺跡にどんな意味があるのかさっぱりだが、今後解明されれば、あのとき行った遺跡は実はこうだったんんだと懐かしむことが出来る日が来るかもしれない。
バイクは途中の村で給油し、ベンメリアを目指した。 -
来た道を延々と戻り、ベンメリアには2時に到着した。
ベンメリアの入り口にあったナーガ像。 -
ベンメリアの崩れた中央祀堂。
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ベンメリアの回廊に寄り添う大木。
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マラカの排水口。
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インドラ神のレリーフ。
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草木に覆われたベンメリアの回廊。
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樹木に覆われ全く修復されていないベンメリア遺跡はまさにジャングルに飲み込まれた遺跡といった感じだ。規模が大きくて境内にこれだけの草木が生い茂っている遺跡は他に見たことがない。寺院の中心部か崩れ落ち修復は困難な気がする。そのうちここも修復が始まるのかもしれない。
草木に覆われ、森林に飲み込まれてしまった遺跡であるベンメリア。その雰囲気の良さは修復が始まると無くなってしまう気がする。早めに来て良かった遺跡かもしれない。 -
草木に覆われたベンメリアの回廊
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コケが生えてしまったレリーフが散乱している。
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レリーフも木の根に包まれている。
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アンコール遺跡群の中でもっとも保存状態がいいのがこのナーガ像。ベンメリアの最大の見所の一つです。
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行き先表示案内板。ベンメリア付近にて。左折するとコーケー遺跡へ向かう。
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ベンメリアを出発したのは3時前。
帰り道はまた違う道を通り、ポルポト軍の大砲のような戦車の残骸を見ることができた。
一応保存されているようでブルーシートがかぶせられていた。 -
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旧ソ連製らしくキリル文字のプレートがついていた。
5時までにシェムリアプに戻り「ヘリコプターツアー」へ話を聞きに行ってみたい。そこは70ドルで約6分間ヘリコプターでアンコールワットの上空を遊覧するというツアーを主催する旅行会社だ。
しかし明日は人数が集まらないようでツアーが催行できないらしい。個人での申し込みはかなり少ないのか、予約リストには先月の名前が書かれていた。9月1日以来個人向けのフライトは行われていないようだ。
イグアスやヴィクトリアフォールに行くと頻繁にヘリの爆音が聞こえてきたものだが、アンコールワットの上空を旋回するヘリの音を一度も聞いていない。しかたなくバルーン(気球)で我慢だ。 -
夕方アンコールワットの夕日を見に行った。プノンバケンからの夕日は初日に行っているのがアンコールワットの夕日は今回初めてだ。しかし少し遅かった。
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日が暮れ、かろうじてアンコールワットが赤く染まっていたが、それほど鮮やかではなかった。
でも写真で見ると結構きれいかも。 -
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西の空が赤く染まる。
夜、事前に席を予約しておいたクメール舞踊「アプサラダンス」の鑑賞ができるレストラン「クーレン2」へ向かった。舞踊の始まる30分前の7時にレストランに入った。観光バスが次々到着する。団体用だから踊りのレベルが低いと言うことはないだろうが少し居心地が悪い。一番前の席を予約しようと思ったが正面の席はツアー客に押さえられていた。仕方なく脇の席になったが、予約しないと後ろの方になる所だった。料金は12ドルを支払った。食事は含まれているようだ。
食事はバイキングでベトナム料理からタイっぽいのまで種類は豊富だ。デザートもかなりの種類があるようで全部食べきれない。ちょうどお腹がふくれたころ舞踊が始まった。1時間の演出だ。 -
ラーマヤナ。
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ロータスフラワーダンス。
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カンボジア舞踊「アプサラダンス」
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フィナーレ。このあと見物客と踊り子との撮影会があった。
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シェムリアプ3日目の朝、再度アンコールのご来光を見に行った。一昨日とは違う堀の外からの眺める。寺院の中は人でいっぱいだが、ここは誰もいない。ゆっくりと眺めることができる。
濠が鏡になり、逆さアンコールワットとなる。 -
日が出てきた。
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環濠に昇る朝日
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日の出を見たあと、バイヨン寺院のあるアンコールトムへ移動した。アンコールトムの南大門。
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アンコールトム南大門の「阿修羅の像」
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アンコールトムの中心にあるバイヨン寺院。
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バイヨン寺院の名物は「クメールの微笑み」
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バイヨン寺院。
赤く染まる観世音菩薩像の顔。 -
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バイヨン寺院をあとに。
バイヨン寺院周辺を1時間ほど見学してから食堂で朝食をとることにした。その後ハンモックで少し寝ることにした。アンコールトムにはバイヨン寺院以外にも寺院遺跡があるが、いろんな場所に行ってしまうとこの周辺の遺跡に新鮮さを感じない。物売りも多いし、ゆっくり道も歩けない。ただアンコールワットの物売りは基本的なマナーはわきまえている。食事をしているときは絶対に話しかけてこない。しかし食べ終わったと同時に物売り攻勢だ。食べているときも物売りが寄ってくるどこかの三流観光地よりはちゃんとしている。 -
タケオ。未完成の寺院だ。
タケオはアンコール遺跡の中では高さがあるが昨日のコーケーに比べると公園みたいだ。 -
タプロームはこの界隈ではもっとも秘境気分が味わえる場所で修復も進んでいない。アンコールワットに来たほとんどの観光客が一番印象に残る場所のひとつだろう。団体客がバスで次々にやってくる。
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巨木に飲み込まれてしまった寺院という表現がぴったりだ。
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昨日ヘリに乗ることができず、しかたなくバルーン(気球)で我慢しようと乗り場に向かった。しかし午前11時の今、他に客は誰もいなかったので上昇してくれるのか心配だったが、一人でも上昇してくれるらしい。15分後に出発できるということで待つことにした。しかし10分位すると「今から雨が降るから飛べない」といわれキャンセルになった。空を見ると少し黒い雲が近づいてくる。10分で終わるのだから急いで飛ばしてくれと言いたいとこだが、安全を考えてのことだろうとあきらめることにした。残念。
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夕方トンレサップ湖のクルーズに行くことにした。本当はトンレサップ湖には興味がなかった。でもバイクタクシーのルーンがしきりに勧めてくるし、他にやることもないので行くことにした。
シェムリアプの中心部から10キロほど南下し船着き場に到着した。外国人料金が決まっていて交渉する必要はなく15ドルで一隻チャーターすることになった。
ここで料金を支払う。 -
チャーターした小舟。
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めざすは沖合の水上レストラン。トンレサップ湖に沈む夕日を見るのが目的だが、今日の天気では夕日は期待できない。このクルーズが予想外に興味深かったのは沖合に出るまで延々と水上集落。筏の上に造られた家が連なりそこで生活する人々を垣間見ることができる。タイなどでは水上生活は観光用になりつつあるが、ここでは昔ながらの生活がそのまま残っている。
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水上レストランに到着。
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屋上からはトンレサップ湖を眺めることができる。
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ここでゆでたエビを食べることにした。
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ヘビも水槽で飼われていたが、食べることは出来なかった。多少奮発してでもヘビは食べてみたかったのだが。
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水上レストランにいると目の前を頻繁に団体観光客を乗せた遊覧船が通過する。観光コースに含まれているようだ。
水上生活者の往来も激しい。彼ら水上生活者の大半はベトナム系住民とのこと。 -
たらいに乗って遊ぶ子供たち。この子たちもベトナム系だ。
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レストランで一時間ほどくつろいだあとトンレサップ湖の沖合に出た。やはり今日は夕日は無理だった。
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それより雲行きが怪しくなってきた。黒い雨雲がどんどん迫ってくる。何とか雨に降られず岸にたどり着き宿に戻ったのは6時過ぎだ。
シェムリアプに来て4日目の朝。今日カンボジアを発ち、ラオスへ向かうことになる。飛行機は9時過ぎの出発だ。
それまで昨日かなわなかったバルーン(気球)に再度乗りに行った。6時半に宿を出発し、空港へ行く途中寄ることにした。
バルーン乗り場はアンコールワットの入場券のチェックポイントを通過しなければならない。しかし僕のチケットは有効期限が切れている。でもルーンがうまく話をつけてくれた。少しもめる可能性もあったがアンコールワット周辺の係員は融通が利く。 -
20分待ちゴンドラに案内された。しかし上昇したものの逆光でしかも雲が多く視界が悪くあまりよく見えない。アンコールワットの形は何とか分かるが堀の形まで確認できなかった。
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20分待ちゴンドラに案内された。しかし上昇したものの逆光でしかも雲が多く視界が悪くあまりよく見えない。アンコールワットの形は何とか分かるが堀の形まで確認できなかった。
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バルーンは上空200メートルまで上昇する。今日も客は僕一人でだった。今日も天気はあまり良くないが雨雲がないので大丈夫なようだ。
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逆行でいまいち。アンコールワットもどこにあるのかわからない感じ。
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プノンバケン。
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西バライ(貯水池)方面。
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10分後、下降するとき少し空気が澄んでアンコールワットがクリアに見えた。
結局アンコールワット方面はプノンバケンからの展望と変わらなかったがバルーンの方は西バライなどを見下ろせる分見晴らしはよい。
そんな感じで上空からのアンコールワット見学は終了。やはり真上から見られるヘリコプターに未練が残る。
気球を降り、アンコールワット前のルーンの行きつけの食堂で朝食をとることになった。再度入場券のチェックポイントを通過することになるがレストランで食事をするだけだというと簡単に通してくれた。
レストランでシェムリアプ滞在中のバイクタクシーチャーター代を支払うことにした。そしてチップを上乗せして手渡した。ルーンはただのタクシー運転手ではなく日本語でのガイドもしてくれ、いろいろな場所に行く話を持ちかけてくれ滞在中予想以上にたくさんの場所を見て回ることができた。おかげでとても充実した滞在ができた。その感謝を込めてのチップだ。
すると僕へのプレゼントとしてTシャツとスカーフを2枚くれた。買ってくれた店は行きつけらしく、いくらなのか分からないところがよけいなことを考えさせなくてスマートだ。
8時に空港へ向かった。アンコールワットから空港までは直線道路で5キロほどと近い。10年ぶりのシェムリアプ国際空港は近代的なターミナルが完成していた。ここでルーンとお別れだ。 -
パクセー行きはヴィエンチャンへのフライトの経由地らしい。シェムリアプ空港にて。
南ラオスの中心都市パクセーまでは50分のフライトだ。一応機内食が出た。
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旅行記グループ
2006年 メコン川流域諸国
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