2001/01/27 - 2001/02/05
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まさとし(国連加盟国すべて訪問済)さん
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エジプトを旅しました。
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2001年の2月から3月にかけて旅行しました。ルートは地図の通りでエジプトからヨルダン、シリア、レバノンを陸路で移動しました。このスレッドは最初の訪問国であるエジプトでの写真を掲示します。
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マレーシア航空でカイロに到着しました。エジプトは95年にも一度訪問しているのでそれほど緊張することもなく、入国審査を通過、税関の内側にも旅行ガイドが入り込んでくる怪しい空港だが、それらを気にせずターミナルビルの外へ出た。すぐに市内へ出るバスは見つかった。
カイロではとりあえず安い宿ということで日本人にも有名なサファリホテルに行くことにした。サファリホテルが入っている建物は他にもゲストハウスが入居している。最上階のサファリホテルまで行くのが面倒になり3階のスルタンホテルに泊まることにした。どこも空いているようで部屋はガラガラだった。ちなみにドミトリーで1泊224円(7エジプトポンド)だった。 -
ホテルの周辺は市場が開かれてにぎやかだ。
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夜遅くまで活気がある。ライトアップされた商店。
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夜のナイル川とライトアップされたカイロタワー。
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オールドカイロを象徴するモスク。ガーミア・ムハマドアリ。
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ガーミア・ムハマドアリ周辺の広場は観光客が多いが、ピラミッドの方に比べてしつこい物売りや自称ガイドが少ないように思った。でもエジプトなので皆無ではないが。
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エジプトの地下鉄。南北の移動には便利だ。最近は東西にも路線が延び便利になった。
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ギザのピラミッドに行くことにした。タハリール広場からバスで一本だがあえて面倒な行き方を選んだ。地下鉄東西線でピラミッド道路にあるギザ駅に向かい、そこからミニバスで行くことにした。
ナイル川の下をくぐり、ギザに入ると高架鉄道になった。 -
ギザ駅周辺の街並み。ほこりっぽいが近代的だ。
ギザ駅近くのピラミッド通りに走っているミニバスは八割方ピラミッド前まで行くはずだ。地図を見て勝手に想像した。案の定適当にバスを止め乗り込んだらすぐにピラミッド前に到着した。
前回はこのピラミッド周辺で混乱させられまくった。しかし今回は冷静に行こう。チケット売り場に行こうとしたら早速怪しい輩が「そっちはチケット売り場ではない。あちらへ行こう」とラクダを指さす男が現れたが相手にしていられない。 -
とりあえずギザのピラミッドとスフィンクス。
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スフィンクスとピラミッド。
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今回はエジプト人観光客が多い気がした。
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95年に来たときは7月で暑すぎでただピラミッドを見るだけだった。しかし今回はけっこう肌寒いぐらいで歩き回ることができ、いろいろな角度からピラミッドを見ることにした。
重なる3つのピラミッドなど10キロ以上歩き回ることになった。 -
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ピラミッドの右側にはギザの市街地が迫っているのがよくわかる。
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カイロに2泊した後、鉄道で南へ移動することにした。アスワン行きの列車はラムセス中央駅から出発する。写真は切符を買いに行ったときに撮影したラムセス中央駅。
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駅構内。屋根があるのは雨より暑さ対策か。
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アスワン行きの出発は22時。僕が乗車したのは一等座席車で横1+2列の座席配置になっていて広々としている。リクライニングもきいて寝台車並みに快適だ。
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列車はほとんど停まらず南をめざした。日が昇りナイル川を横目にルクソールに到着した。ここで一部の乗客が入れ替わり、その3時間後にアスワンに到着した。
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駅前に出たが、驚いたことに客引きが誰もいない。とりあえずカイロのスルタンホテルで同室だった日本人のお薦めの宿に行ってみた。ヌビアンオワシスホテルという名で、ここに来た最大の目的はアブシンベル神殿へのツアーを安くアレンジしてくれると聞いたからだ。
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アスワンで滞在したホテル周辺は商店街になっていてにぎやかだ。店の親父もフレンドリーだ。
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ナイル川の中洲にあるエレファンティネ島に行ってみた。島にはちょっとした遺跡がある。
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エレファンティネ島にあるレリーフのかかった柱。
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アスワンでは肌が浅黒い人をよく見かける、彼らはヌビア人でエジプト南部に多く住む。
エレファンティネ島にて。
アスワンから飛行機を使い日帰りでアブシンベル神殿へ行くことにした。航空往復の券と空港までのタクシー代が含まれたツアー代金はホテルでオーダーし78US$だった。利用するのはチャーター機でかなり格安だ。アスワン空港の出発時間は4:30とかなり速い。
当日朝3時半にタクシーがホテルへ迎えに来た。そして真っ暗な道を空港に向かって走った。僕がこの速い時間帯のツアーを選んだ理由は「夜明けのアブシンベル神殿」を拝むことのできる唯一の時間帯だったからだ。アスワン空港はトイレは断水していて流れなかったが近代的で、ここからエアメンフィスという航空会社でアブシンベルに向かった。 -
機内サービスはマンゴジュース。40分のフライトだ。アブシンベル到着後バスに乗せられ遺跡の入り口に到着した。バスで遺跡に移動する際、車窓から簡素な家が並ぶ村が点在しているのが見えたが、それに似つかぬ立派に照明も整備された片側2車線の自動車道を走るのは少し違和感を感じた。バスを降りナセル湖へ向かって坂を下ったところに入場券売り場があった。ナセル湖畔にはハウスボート。
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日の出は近い。
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神殿はまだライトアップされていた。まさに夜のアブシンベル神殿。写真でもあまり見たことがない幻想的な眺めだ。
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アブシンベル大神殿
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右側がアブシンベル小神殿
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アブシンベル大神殿の内部
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アブシンベル小神殿。
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小神殿内部は保存状況のよいレリーフがきれいだ。外観では大神殿に圧倒されるが内部はこちらの方が洗練されている。
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2時間の見学を経て空港へ戻ることになった。再びエアメンフィスに乗り込んだ。
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機内からは来る時夜明け前で見ることができなかったナセル湖が広がっていた。
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アスワンに戻ったらまだ朝の9時だった。これから1日が始まる。空港には今朝と同じタクシー運転手が迎えに来ていた。帰りはアスワンハイダムを見学して帰ることにした。エジプトの古代建造物ばかりではなく、近代建造物もたまにはいい。長年世界最大の発電稼働力を誇っていたが、ブラジルのイタイプーダムにその座を奪われたのはつい最近だ。見た目ではナセル湖を背景に世界一のダムだと思った。
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ダムに観光に来ていたエジプト人と。
タクシーはアスワンハイダムを経由したため、たいして距離は走っていないのに200円ほどの追加料金を取られた。さすがエジプトだ。
この日の午後バスでルクソールに向かった。しかしこのバスの車掌にボられかけた。僕はルクソールまで10ポンドだと思っていたので車掌に20ポンド札を手渡した。そしてその場で10ポンド札が戻ってくるのを待った。しかしそのとき車掌がなにやら言い出した。1ポンド札をちらつかせ「今もらったのは1ポンド札だ。早く払え(金額は言わない)」とふざけたことを言い出した。とりあえずバスの乗客全員に今行われていることを伝えるため怒鳴ることにした。「今私は20ポンド渡したのにこの車掌は10ポンドのお釣りを返そうとしない」するとすぐ後ろの席で「ルクソールまで8ポンドだぞ」という声が聞こえた。ぼくはその声のした方を見て「8ポンドか?」と再確認し、再び車掌につりを返せと怒鳴りつけた。そして車掌は参ったようで12ポンドを僕に返してくれた。まったくエジプトの移動は疲れる。
4時間でルクソールに到着した。 -
ルクソールで滞在することになった宿はスーク(市場)のド真ん中にあり、出入りするたびに土産物屋の客引きがしつこい。でも場所的には便利な宿だ。
KHAN EN KHALILY HOTEL10ポンド(320円) -
ルクソールに来て初めての朝。ひんやりと涼しい。今日はナイル川西岸に観光に行くことにした。交通手段は自転車やタクシーが一般的だが僕は徒歩。とりあえず渡し船でナイル川を渡ることにした。船着き場を探していたら「今日は船は運休しているから私の船に乗りなさい」といつものパターンの輩に声を掛けられたが無視。ちょうど目の前に到着したばかりのローカルフェリーが見えたので乗ることにした。
西岸に到着し、チケット売り場までかなり距離があるので乗り合いタクシーに乗り込んだ。ルクソールには広範囲に遺跡が点在していてそれぞれ入場料を払わなくてはならない。しかし入場券はここでしか買うことができないので今日の予定をすべて今ここで決めなくてはならない。ルクソール西岸のすべての遺跡を回っていたら100US$を越えてしまう。それに時間もない。僕は考古学の専門家でもなくお墓マニアでもない。壁画もよくわからない。そんなわけでルクソールを象徴する遺跡「ハトシェプスト葬祭殿」と王家の墓のチケットだけ買うことにした。王家の墓のチケットは1枚で3カ所の墓に入ることができる。ただしツタンカーメンの墓だけは例外だ。僕にとってどの墓も同じようにしか見えないような気がしたので1枚で十分だ。 -
チケット売り場から歩いてハトシェプスト葬祭殿へ向かった。途中民家が点在している。さすがにここを歩いている外国人観光客はいない。横を観光バスが猛スピードで走り抜けていく。
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ハトシェプスト葬祭殿は97年の10月に日本人観光客10人を含む、たくさんの外国人が犠牲になったテロ事件の現場だ。岩山の麓に祭殿があり、辺りは広場になっていて遮るものはなにもない。こんなところで機関銃を乱射されたんじゃ逃げる場所もなくひとたまりもない。あれから3年以上たち、今ではこの場所にいるだけではあの事件を思い起こさせるものは何もない。
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ハトシェプスト葬祭殿の裏の岩山を越えて王家の谷へ向かうことにした。ちょっとした砂漠でのトレッキングだ。山へ登る道は砂礫の色が変わっていてわかりやすく、道に迷うことはなさそうだ。しかしかなり急で滑りやすい。まるで崖をよじ登っているような感じの場所もある。
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ハトシェプスト葬祭殿を見下ろす風景は新鮮で見応えがある。
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やがて峠に到着し、王家の谷が見えた。
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太陽を背に右を見るとハトシェプスト葬祭殿、左は王家の谷。おそらく僕はルクソールで一番贅沢な眺めの場所に立っているのではという気がした。カネで得る贅沢もいいが、体力を使うことで得る贅沢はすがすがしい。
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峠を越え、坂を下り王家の谷へ駆け下りた。とりあえず3カ所だけ墓に入ることができる。
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王家の谷はあちこちにお墓への入り口がある。
王家の谷ではまず「セティ3世」の墓に入ってみた。そこにはミイラが安置されていた。
続いてラムセス6世と9世の墓に入ってみた。いずれも壁画の保存状況は王家の谷ではピカイチだ。 -
墓内部の壁画。
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ルクソールからバスで紅海沿岸の町、ハルガダに向かった。しばらくナイル川に沿って北上し、その後砂漠を横断することになった。途中警察車両に護衛された外国人観光客用バスの車列とすれ違った。前後に武装した警官が乗った装甲車、それに挟まれる形で20数台の大型バスが連なっていた。ハルガダからルクソールへはこの時間にまとめて通行させるのだろうか。我々のバスが外国人が5人ぐらい乗っているが単独走行だ。ルクソールから5時間、正午にハルガダに到着した。
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紅海に面したリゾート地「ハルガダ」。バスターミナルの客引きについて行き、ホテルカサブランカに宿泊することにした。
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屋上からは紅海を眺めることができる。そらは青く日差しは強いが、けっこう寒い。海水浴などする気にはなれなかった。シュノーケルの誘いもあったが考えただけで寒気がする。
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ハルガダのモスク。
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高台からハルガダのダウンタウンを見下ろす。
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朝4時に起き、シナイ半島へ渡る船が出る港へ向かった。シナイ半島最南端のリゾート地、シャルムエルシェイクへはスピードボートを使うことになる。40$も出しただけあり、エジプト離れしたモダンな高速艇で乗客の9割は欧米人観光客だ。つかの間だが地中海を旅している感じがする。シャルムエルシェイクまでは2時間弱。途中かなり風が強いらしく、すごく揺れる。その衝撃はかなりのもので船体がミシミシ言っている。
写真はスピードボートの船室。 -
シャルムエルシェイクに到着する直前になって日が昇りだした。写真はシャルムエルシェイクに到着したスピードボート。
とりあえず町の中心まで歩くことにした。シャルムエルシェイクの海は穏やかで入り江のビーチが静かに波立っている。ここはハルガダとはちがい、風もなくひんやりとしてさわやかだ。 -
5年前初めてエジプトに来たとき、ここシャルムエルシェイクで5日間を過ごした。あのときは体調を壊して医者を呼んだりして大変だったが、今回はこの町を通過するだけだ。低予算の旅行を追求する今の僕に物価が高いこの町はエジプトでもっとも縁がない。
中心部から乗り合いバスでバスターミナルへ向かった。昔は町の中心からバスが出ていたが新しいバスターミナルが完成したようだ。イスラエル方面に出発するバスはすぐに出発するようでチケットを買って乗り込んだ。目的地はヌエバだ。20エジプトポンド(639円)は距離の割に高く感じる。市内半島のバスは大陸側に比べて割高だ。
写真はダハブ行きのバス。シャルムエルシェイクにて。
ヌエバまでは途中ダハブを経由する。道中ずっと岩山の中を走っていて珊瑚礁の海「紅海」は全く見えない。車窓が単調なので眠ることにした。ヌエバに到着したのは11時過ぎでちょうど12時にヨルダンのアカバに向かうフェリーがあるらしい。本来ならヌエバに宿泊してもよかったのだが風も強く、ここでも泳ぐ気にはなれないのでこのままヨルダンに渡ることにした。まさか紅海でこんな寒い思いをするとは思わなかった。 -
12時発のフェリーは34$でスピードボートより10$安い。船はかなり大型でその割に客が少ないのでスペースにかなり余裕がある。
写真はヌエバの出港風景。甲板より。
結局エジプトには10日間滞在したことになる。
サウジアラビアの大地を眺めながら午後3時にヨルダンのアカバ港に入港した。
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