2019/06/20 - 2019/06/25
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「ブルガリア中部の都市,ヴェリコ・タルノヴォから東へ10キロほどのところにリャスコヴェツは位置している。この町にはブルガリアで唯一の出稼ぎ野菜栽培博物館がある。ブルガリア人野菜栽培農民が各地で受け入れられることになった技術的要因の一つである水車が野外に展示され,屋内にはヨーロッパ各地に活動の場を広げた野菜栽培農民の記録写真や文書,菜園の模型などが展示されている。そこには,ブルガリア人野菜栽培農民の歴史と深くかかわってきた町であることを記憶しようとする姿勢がはっきりとうかがえる。
リャスコヴェツは16世紀には近隣のアルバナシ,ゴルナ・オリャホヴィツァ,ドルナ・オリャホヴィツァの三集落とともに,商業活動の自由が認められ,帝都イスタンブルにおける労働やオスマン軍への食糧供給のための労働の代償として免税特権を与えられていた。18世紀前半には,リャスコヴェツから帝都での労働に動員された男性たちが,帝都周辺の菜園での労働のなかで野菜栽培をギリシア人から学んだ。その中にはギンチェフの祖父ツァニ・ブラドヴィチュカタもいた。野菜栽培や水車を使った灌漑技術をイスタンブルで学んだツァニ・ブラドヴィチュカタは,その後同様に帝都周辺に菜園を開き,野菜栽培をおこなうことを同郷人たちと考えたが,イスタンブルの既存の野菜栽培ギルドはそれを認めなかったため,リャスコヴェツに戻り,郷里で菜園を開いた。しかし,山間部の小さな盆地からドナウ川の方角になだらかに下る丘陵という地理的条件の制約があり,リャスコヴェツでの菜園開拓には限界もあった。
リャスコヴェツ周辺の行政の中心であり,交易の中心でもあったタルノヴォは18世紀以来,オスマン帝国とハプスブルク帝国,あるいはロシア帝国を結びつけて活動してきたキリスト教徒商人,いわゆるギリシア商人と総称される人々の活動拠点でもあった。ギンチェフの祖父はドナウ川を越えて交易をするタルノヴォ商人に野菜栽培菜園に適する土地がないか相談をし,その商人とともに菜園の土地を求めてドナウ川を越え,ブカレストを経由しブラショヴに到達した。」
「野菜栽培農民に限定されることではないが,バルカン半島の出稼ぎ人は,必ずしも貧困層が中心となって組織されていたわけではない。もちろん,よりよい生活を,より大きな稼ぎを求める要求こそが,出稼ぎの,さらには移住の背景にあったことは確かであろうし,『貧しい』山間部から『豊かな』平野部への移動がバルカン半島でまったくみられなかったわけではない。しかし,親方の存在のように,ある程度の財産がなければ出稼ぎ集団を組織することは難しかったこともまた明らかであろう。リャスコヴェツをはじめタルノヴォ周辺の出稼ぎ野菜栽培農民出身地域では,19世紀にはブルガリアのなかでも,もっとも集約的な農業がおこなわれ,多くの土地が耕地として利用されていたと記録されていた。
出稼ぎ野菜栽培農民は水車による灌漑技術のほかに,新しい作物,その種を各地にもたらしたとしばしば指摘される。最初の出稼ぎ野菜栽培集団のブラショヴへの旅に先立って,ギンチェフの祖父はイスタンブルで野菜の種を仕入れたと伝えられる。仕入れた種のなかには,トウガラシ,オクラ,スイカ,メロン,ナスなどが含まれていたとギンチェフは推測している。種の手配も親方の大事な仕事だったのである。」
「多くの場合は春に家族が住む郷里の町を出発し,秋に目的地から戻ってくるという時間のリズムがあった。これは羊飼いの移牧のリズムと共通するものである,ユリウス暦4月23日(グレゴリウス暦5月6日)の聖ゲオルギオスの日の夏営地への移動,ユリウス暦10月26日(グレゴリウス暦11月8日)の聖デメトリオスの日の冬営地への移動と完全に重なるものではなかったが,おおむね3月から10月までを出稼ぎ期間としていた。出稼ぎが比較的長期の滞在となる現象があらわれるのは19世紀,とくにその後半以降のことであった。そして,移住の形態があらわれるまでは,出稼ぎ野菜栽培農民集団は,男性によって構成されていた。そして,送り出し地域では,彼らに代わって女性や子どもが農作業にあたったのである。
ギンチェフが,実際に,ドナウ川を越えてブカレストの菜園で野菜栽培に従事したのは,19世紀半ばのことだったが,ほぼ同時代のこととしてワラキアとモルドヴァの諸都市への菜園の拡大にもふれている。それによれば,ワラキアの中心都市ブカレスト,モルドヴァの中心都市ヤシをはじめ,ブライラ,ガラツィ,フォクシャニ,ピテシュティ,ジュルジュ,ズィムニチャ,プロイエシュティ,クライオヴァなどの都市周辺部に,リャスコヴェツ出身者をはじめとするブルガリア人によって開墾された菜園があった。最初のブラショヴの事例がタルノヴォ商人のネットワークを頼ったものであったのに対して,その後の野菜栽培農民の活動範囲の拡大が商人と提携してのものだったのか,それとも,野菜栽培農民たちが自らネットワークを構築していったのかについては,ギンチェフはふれていない。しかし,商人が商館をつくった諸都市の周辺に菜園がつくられていったことを考慮すれば,タルノヴォ商人が残したネットワークは18世紀後半以降もリャスコヴェツをはじめとする野菜栽培農民の活動を支えるものだったと考えられる。」
「一方,ギンチェフはオスマン帝国領内における出稼ぎ野菜栽培についてもふれている。19世紀前半にはドナウ川の北側だけではなく,バルカン山脈とドナウ川にはさまれた地域のオスマン軍が駐屯する都市の周囲にも,ブルガリア人の菜園がつくられていった。ヴァルナ,シュメン,ルセ,ヴィディン,シリストラなどの町がそれで,主にオスマン軍兵士向けの野菜を栽培した。当時ブルガリア人は,ナス,オクラ,ネギ,タマネギ,豆類,セロリ,パプリカなどは食べ慣れておらず,菜園で栽培されたこれらの野菜はもっぱらオスマン軍兵士のためだったと述べている。しかし,オスマン軍兵士だけでなく,都市住民に対する食糧供給の意味もあったであろう。
受け入れ地域は,バルカン半島を北西方向にも拡大していった。1853年頃には,すでにオスマン帝国内で自治国家としての歩みを始めていたセルビア公国領の諸都市周辺部にも,ブルガリア人野菜栽培農民の菜園がつくられていた。首都ベオグラード周辺のトプチデルにはリャスコヴェツ出身のバナノヴィ兄弟が最初に菜園を開き,10を超える菜園があった。ベオグラード以外にもブルガリア人野菜栽培農民は活動範囲を広げ,スメデレヴォ,ポジャレヴァツ,ネゴティン,クラグイェヴァツ,チュプリヤ,シャヴァツ,ヴァリェヴォ,ウジツェなどの都市にブルガリア人による菜園があったとギンチェフは述べている。
19世紀後半には,さらにロシアのいくつかの都市周辺部にも,リャスコヴェツとその周辺村落出身の野菜栽培農民によって,菜園が開かれていた。オデッサ,ヘルソン,キエフ,ハリコフ,モスクワなどの周辺部の都市向けの菜園で,野菜が栽培されていた。
受け入れ地域の拡大の背景には,リャスコヴェツの出稼ぎ野菜栽培農民がもたらす新しい品種の野菜が各地で好まれたこと,彼らの灌漑技術が効率的であったことなどの要因があった。また,都市人口の増加に対応する市場向けの野菜生産の需要増大が受け入れ地域の拡大をもたらしたともいえるだろう。一方,送り出す地域,すなわちリャスコヴェツでは出稼ぎ集団の構成員,見習いをリャスコヴェツの男性だけでは補充できないという事態が生じ,リャスコヴェツの親方が人手不足のために出稼ぎ農民を近隣の村落に集めに行くようになったと述べている。新たな送り出し地域となった近隣の村落とは,リャスコヴェツと同様,タルノヴォ周辺の農業中心の村落,ポリクライシュテ,ドラガノヴォ,ジュリュニツァなどであった。当初はリャスコヴェツの男性に限られていた親方職も,他の村落出身者にも認められるようになっていった。」
木村真「移動する農民たち ブルガリア人野菜栽培農民」(柴宜弘・木村真・奥彩子編『東欧地域研究の現在』(山川出版社)収録)より
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日の朝食はメキツァ(揚げパン)とキセロ・ムリャコ(ヨーグルト)。
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メキツァ用に自家製のはちみつを出してくれた。
今朝も中庭のテラスでいただく。 -
今日は,まず中央市場へ。宿から徒歩で5分。
中央市場 市場
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まんまるのキャベツ。
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大ぶりでごつごつしたトマト。
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黒縞があいまいなスイカ。
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キュウリと白いズッキーニ。
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エシャロットにビーツ。エシャロットは赤いのも見える。
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シリストラ産のアプリコット,「コンポート用」と表示されている。
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そして桜桃。軸が青々として新鮮そのもの。
地元の人は,「やっぱり青果は市場で買わないとね」とここに集まってくるのだろう。かなり活気のある市場だ。 -
傷んだポテトは,その部分だけ取り除いたものを2割引くらいで販売している。
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市場の周辺には庶民的な店が点在する。これはドゥネル(ドネルケバブ)店。
この看板の店はタルノヴォの街なかに数軒あったような気がする。 -
この看板は揚げ魚の専門店。
上は鯉の揚げたん。下はツァツァЦацаという小魚の揚げたんで,黒海沿岸の名物料理のようだ。100gあたり1.4BGN。鯉のほうはもう少し高い。
(1BGN=約65円) -
そのまま,大手スーパーマーケットチェーンが集まっているエリアまで歩く。
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今日は東欧に展開するドイツ系のハイパーマート,Kauflandに入ってみよう。
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瓶詰めのコンポート。
下段はすべて桜桃。上段はマルメロと,右端にアロニア(チョークベリー)が少し。めずらしい。 -
ブルガリアのスーパーマーケットは醤油の品揃えがいいような気がする。
われらがキッコーマン醤油は一本4.49BGN。手が出ないほど高価格と言うわけでもない。
キッコーマンの下には,タイの「メークルア」印のオイスターソース,パッタイのソース,サテのソースが並んでいる。ブルガリアには,こういうアジア料理に馴染んでいる人々が一定数いるのだ。やや意外だった。
(1BGN=約65円) -
Sushi用のジャポニカ米が箱入りで売られている。
キロあたり約5BGN(=325円)なので,日本の小売価格でいえば最安値前後か。どこで作った米だろう。 -
カダイフを発見。これはアルバニアやコソヴォにもあった。
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さまざまなブランドのリュテニツァが並ぶ。まだ食べたことのないブランドのものを選びとる。
リュテニツァの間にアイヴァルも少しだけ並んでいる。 -
プロヴディフで食べたカタックと再会。二種類のラベルがあったのでよく見較べてみると,
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赤のラベルは乳牛,黒のラベルは水牛のミルクで作られたものだった。
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こちらは中東の芝麻醤,タヒニ。芝麻醤との違いは生のゴマから作ること。
ブルガリアでは,タヒニのことを「タハンТахан」と呼ぶようだ。
中央の列の上段にはクルミのタヒニが見える。さすがに値段はゴマの1.5倍している。
左の列のタヒニは亜麻仁(アマニ)油ブレンド。健康志向の商品かと思ったが,ゴマのタヒニより少し安い。うすいのかな。 -
ピタチップスつきのフムス(ひよこ豆のペースト)。
こうして見ると,アジアの食材をそこそこ見つけたとはいえ,ブルガリア人の食生活に大きな影響を及ぼしているのは(相変わらず)トルコだ。 -
イクラの瓶詰めを発見。ひとつ4BGN(=約260円)。人工イクラだ。
横には黒色をした人工キャビアの瓶詰めが並んでいる。 -
同じ魚卵系でタラモサラタ風のものを見つけた。タラモサラタは日本でも人気のあるギリシャ由来のメゼだ。
この商品は「Хайвер разбит」(魚卵ペースト)と表示されている。ひとつ0.9BGN(=約60円)。うすいサーモンピンクに着色したものもあった。
これは,ブルガリアより前のバルカン諸国ではあまり見かけなかったような気がする。
どうして,これまであまり見ることのなかったタラモサラタがブルガリアのスーパーに並んでいるのか。その答えは次のルーマニアへ行って判明することになる。 -
続いて,フードコートへ行って食事。
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気分的には豆をたっぷり食べたかったが,こういうのはだいたい定番の味なので,別のものにトライしてみよう。
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揚げたズッキーニのミルク煮。可もなく不可もない優しい味。
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豚肉とキセロ・ゼレ(酸味キャベツ)の炒め煮。
実際には豚のホルモンで,それはいいのだが,下処理が下手なため臭い。
そして,何かの間違いではないかと思うほどの生ニンニク(たぶん業務用のおろしニンニク)をぶちこんである。 -
焼き唐辛子のマリネ。激辛でほとんど食べられなかった。
しかしこれは私のミス。あとで見たら料理の表示のところに「辛い」と書いてあった。 -
今日は大きな空振り。こういう日もある。しめて8.2BGNだった。
左上に写っているのはブルガリアのフラットブレッド「パレルンカ」。
(1BGN=約65円) -
帰途は荷物があるのでバスで宿へ戻り,
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さっそく人工イクラを食べてみることにした。
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見かけはきれいなのだが,だまされてはいけない。
この人工イクラ,卵膜の中の液まで固まってしまっているのである。さらに「海味」もしない。これでは,ただ塩辛いジェリービーンズだ。
もちろん「目玉」を作るような細かいワザもない。
まあ,海外の人工イクラや人工キャビアなんてこんなものだが。 -
一方,タラモサラタ風魚卵ペーストのほうは,かなり濃く「海味」がついている。
食感は,マヨネーズとはんぺんの中間とでも言おうか。ホイップ感がある。 -
ふたつを合わせてパンに塗ると,一応ラキヤのアテになった。
ラキヤを全部あけて,この日は終了。 -
翌日の朝食は目玉焼きとゲブレク。
ネタ切れっぽい中で朝食のバラエティを維持してくれている。心遣いに感謝。 -
今日はスヴェタ・ゴラの丘からタルノヴォの街を見てみよう。
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こんな階段を上がっていくが,そんなにきついものではない。
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上りきったあとには,こんな児童公園もある。
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展望台からの眺めはこんな感じ。旧市街を一望にできる。
スベタ ゴラ 自然・景勝地
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展望台から下りてくると,ヴェリコ・タルノヴォ美術館があり,その横に第二次ブルガリア帝国の王たちの像とオベリスクがある。
アッセン王のモニュメント モニュメント・記念碑
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対岸から見たグルコ将軍通り付近の風景。なるほど,こんな感じになっていたのか。
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王たちの像とともにあった聖母子像。
幼子イイススは大きなメダリオンの中に入っている。 -
今日はブカレストまでバス移動なので,バニツァ屋で食料を調達する。
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バニツァ屋のメニュー。値段はどれも1.2か1.5BGNなので記載を省略する。
(1BGN=約65円)
三角バニツァТриътълна баница
細長いバニツァДълга баница
渦巻きバニツァВита баница
ブレクБурек
トゥトマニクТутманик/チーズパン
ミリンカМилинка/花型のちぎりパン
ログチェ(コロネ)各種Рогче/ハム,白チーズ,黄チーズ
ゲブレクГеврек/トルコのスィミット
チーズパンКашкавалка/生地の上にチーズをのせて焼き上げるタイプ
切り売りピッツァКръгла пица
ミンチのパン?Каймянка
不明?Бургазлийка
ソーセージパンКренвиршка
サラミパン?Саламка
ハリネズミ(型のパン?)Таралежка
キフラ(コロネ)各種Кифла/ジャム(マルマラッド),チョコ
ポニチカ(ドーナッツ)各種Поничка/ジャム,チョコ -
続いて別の店で,出発前に食べるものを物色したが,
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さしてめずらしいものは見当たらず,無難にキョフテのサンドウィッチとなってしまった。
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そして,ヴァシル・レフスキ大通りの両替屋へ行き,余分のブルガリア・レヴァ全額でルーマニアのレイを買う。
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宿をチェックアウトし,荷物を抱えてアフトガーラ・ユク(南バスターミナル)へ。徒歩10分強。
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アフトガーラ内にはバスなどのチケットを売る旅行代理店の窓口がいくつかある。なお,レンタカーはない。
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きれいな売店やファストフード店もあり,小さいながら充実したアフトガーラである。
トイレは有料。機械にコインを入れる方式なので紙幣は使用不可だと思う。 -
今日のブカレスト行きのバスの切符は,あらかじめこの代理店で購入してある。
運賃は一人16BGN。(1BGN=約65円) -
バスはソフィア始発のブカレスト行きで,ヴェリコ・タルノヴォは途中停車。
ここで降車する乗客がたくさんいた。 -
車内は快適。
座席は指定されているのだが,タルノヴォでの大量下車でガラガラになり,ほぼ自由席状態だった。
ブカレストまで,休憩やイミグレなどを入れて約4時間の予定。 -
☆ヴェリコ・タルノヴォは,街歩きが素晴らしい古都である。旧市街とアセノフ地区は,その気になれば一日で歩いてしまうこともできるが,その後もまた何度も歩きに行くことになるだろう。
☆タルノヴォの魅力は,その歴史の深さもさることながら,街がそこまでツーリスティックでないところにある。
☆宿の立地は,長期旅行なら新市街,短期旅行なら旧市街(グルコ将軍通り周辺)かアセノフがいいだろう。食事などを安くあげようとするなら新市街が便利。ただし,タルノヴォの新市街と旧市街はそんなに離れていないので,歩くのが面倒でなければ気にしなくていいのかも。
☆タルノヴォの市内バスは,路線図がバス停に掲示されていて,そんなに複雑ではないので利用しやすい。
☆タルノヴォ近郊の村などを訪れることも考え,飛び込みでレンタカーを探してみたのだが,いいところが見つからなかった。もしタルノヴォからシプカ峠やカザンラクなどへ訪れるつもりなら,事前にインターネットで手配するなどしておいたほうがよい。
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