2020/08/30 - 2020/08/30
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この旅行記のスケジュール
2020/08/30
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中央本線
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諏訪バス
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コロナの中での夏の青春18切符、2回目の旅行は霧ヶ峰に行くことにしました
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211系で日野春駅までやってきました
甲府乗り換えでしたが、どちらもロングシートでした日野春駅 駅
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日野春駅です
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ここら辺の山の景色は好きです
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上諏訪駅に到着後、水を汲んで、お手洗いに行ったりしているうちに、バスにはほぼ駆け込み乗車となってしまいました
上諏訪駅 駅
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バスに乗って霧ヶ峰に向かいます
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山道になってきました
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植物も変わってきます
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反対の方向のバスとすれ違います
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霧ヶ峰エリアに到着しました
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強清水待合所とありますが待合室があるだけでした
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こんなお店がありました。八甲田山や十和田湖周辺を、より、人がたくさん来るように作ったような雰囲気と私には理解されました
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終点霧ヶ峰インターチェンジに到着しました
霧ヶ峰自然保護センター 美術館・博物館
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車がたくさんいます
十和田湖の観光協会もこれくらいの車が欲しいのでしょうが、東京から3時間で到着する場所とは訳が違います。そしてマイカー観光って地元にお金が落ちないんですよね -
鹿肉の串焼きの店がありました
食べてみましたが、特においしいわけではありませんでした。わざわざ食べる価値はなくて、はっきり申し上げて、まずいし、観光地価格で高かったです -
駐車場から、登山道に移ろうと思いますがなかなか見つかりません
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周りを歩いていた人に尋ねたりして、やっと見つけました
霧ヶ峰 自然・景勝地
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鹿よけのさくの中を進みます
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こんな感じの砂利の登山道です
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グライダーの発着場です
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諏訪湖方面が見えますが、微妙なところで諏訪湖が見えないです
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晴れてきました。よかったですね
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先ほど駐車場で見かけたキャンピングカーが走っていきました
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高原の雰囲気です
日差しがちょっと暑いですが -
車山肩を通って、車山湿原へ向かいます
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確かに、湿原といった感じの景色です
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こんな景色です
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バッタがいました
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木道変わりました
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雲が黒くなってきました
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ここから車山方面へ向かいます
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車山乗越です
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ここから車山山頂へ向かいます
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蓼科方面の湖が見えてきました
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これは鹿よけの電気柵です
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電気柵使用中の注意書き
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車山に登り始めました
車山展望リフト 乗り物
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こちらの花、観察していましたら、通りすがりの方と話になりまして「多分トリカブトです」とのこと。
「トリカブトだったら5月まで私毎日飲んでいましたよ」と申し上げたところ、驚かれました。
トリカブトは、「附子」及び「烏頭」として漢方薬として使われます。
トリカブトの塊茎を特殊処理して毒性をなくして使う薬で、簡単に言うと体を温める作用を利用します。
私は、昨年の冬、大変にきつい冷え症でしたので、その対策として、普段は附子とは併用しない処方に、例外的に附子を追加したお薬を大学病院でいただいていました。
(ちなみに、漢方医学では、冷え性は「性」ではなく、れっきとした病気の「症」です。)
漢代に編纂された「神農本草経」には下品として収載されていて、毒草であることから加工処理が必要であるにもかかわらず、2000年近くにわたって使われてきた薬です。
(漢代の3つの古典、つまりこの「神農」、そして「黄帝内経」そして「張仲景方(傷寒論、金匱要略等)」が漢方医学の3つの古典であり、のちの医学書は全てこの聖典をいかに解釈し応用するか、でとらえることが可能とされるものです。そのうち、薬学書が、中国古代の伝説上の帝王の名をとった「神農本草経」であり、1年の日数に数を合わせ365種の薬が収載されていて、そしてそれを3段階に分類しているのが「上品、中品、下品」で、これは植物の起源や形態を本にしたものではなく、薬効に基づいた分類です。「上品」は君主の役目をする薬と位置づけられ、長期服用が可能とされます。「中品」は臣下の役目とされ、使い方次第で薬にも有毒にもなるとされ、そして、「下薬」は召使いの役目とされ、文字通り病気の治療薬として使うもので、有毒とされ、長期間服用すべきではないとされます。)
「下薬」である「附子」は、長期間継続的に飲む薬ではない、と言うことなのでしょうか。
中国では、品質を安定化させるために、宋の代の頃から栽培法や加工法を一定にしてきました。
中国では四川省に有名な産地があり、日本では、佐渡などで薬用の野生のものが採集されるほか、かつては会津藩の白河で生産が行われていました。
無毒化する加工法としては、乾燥、処理液に浸す、高圧蒸気処理などがあり、古代から有用な薬として用いられてきました。 -
ここまで大きな雲だと雨雲でしょうか
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白樺湖です
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辺りが暗くなってきました
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こちら方面はまだ晴れています
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諏訪湖は微妙に見えません
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車山山頂の気象レーダーです
山頂に着いたところで一気に雨が降りました。15分くらいでしょうか、結構強い雨が降りました -
レーダーの説明
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微妙に諏訪湖が見えません
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蓼科の山山
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これって何の虫でしたっけ
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まだ黒い雨雲が
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これも確か有名な種類の花ですよね。。。
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道路とグライダー発着場見えてきました
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バス停まですぐです
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車山方バス停には、バイオトイレがあります
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近くのレストランの売店で売っている水は、色ハスですが、なんと富山県産です。
駅で蛇口をひねれば、霧ヶ峰の天然水が手に入ると言うのにこれはなんでしょう?「霧ヶ峰の水とかないんですか」と売店の人に聞いたら「誰もそんなもの飲みませんよ。保健所も許しませんし。ウチだって井戸水なんですよ。駅のだってそうですよ」と怒られる始末。だから、その井戸水を水汲みさせたらどうなんですか? わざわざ富山からミネラルウォーターを運んでくる必要ってあるんですか? 「霧ヶ峰の井戸水」をボトリング工場を作ってその場で売ったらどうですか? -
到着して7分ほどで帰りのバスがやってきました。
山頂付近での雨で時間をロスしましたが、食事時間なども含め余裕時間もぴったりでした。
今日の散歩コースを作ってくれたのはオーヤシクタン様です。この場を借りて御礼を申し上げます。 -
行きはトップドア車のハイバックシートでしたが、帰りは普通のエルガワンステップでした
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バス停を出発してすぐ、強い雨が降ってきました。上諏訪の街に向かって坂を下りる途中では、水がタイヤから噴き上がるような状況でした
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上諏訪駅に到着しました
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せっかくなので温泉に入ろうと思って、普段日帰りで利用している渋ノ湯は日帰り時間外になりますので、片倉館に行ってみました
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こちらです。
「千人風呂」と聞いていましたので広い温泉かと思いましたが、浴槽は広いものの脱衣所が狭く、コロナ禍での利用には不適切な施設でした。。。。また、千人風呂といっても、酸ヶ湯温泉のように広いわけではなく、浴槽を深くして入浴者が立って入浴することが前提、と言う施設でした。浴槽は広いが、脱衣所が定員の割に狭い by OE-343さん財団法人 片倉館 温泉
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上諏訪駅近くにあるこの教会、いつも気になるんですがどんな宗派の教会なんでしょう?福音派と言うことはわかりますが、どこの国系列の教会なのか?
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上諏訪17時22分の大月行きで出発します
今回はボックスシートで、しかも利用者が少なかったのでマスクなしで過ごすことができました。楽でした。。。
富士見駅付近の中央本線旧線の鉄橋です。 -
日野春駅で待機中です
ホームに出ていたら、とある方から電話が。。。
「あのニュース聞いた?」
「何です?」
「カミ倒産するってよ?どう思う?」
「え、カミ?」
「ほら見なかった?コロンビアアーティスト(カラヤンとかバーンスタインが所属していたクラシック系最大手音楽事務所、本部はニューヨーク)、倒産するんだってよ」
「あそこ大手ですよね」
「最大手ですよ。あそこが明日倒産するって言うんですよ」
「・・・」
「どう思う?」
「まぁそれだけ脆弱な業界と言うことなんでしょうね」
「なんでしょうね。」
「もうこんな業界どうでもいいんじゃないですか?あの方が嫌だという世界だし」
「まあ。。。」 -
日野春駅
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夕暮れ
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甲府駅で下車し、先週同様おそばを食べます。
下車する時、西国分寺で人身事故があり、行列車が遅れている、との啓示がありましたが、上りは遅れていないなら大丈夫ですよね、と思って予定通り甲府駅で下車し、先週同様おそばを食べます。
下車する時、西国分寺で人身事故があり、下りが遅れている、との掲示がありましたが、上りは遅れていないなら大丈夫ですよね、と思って予定通り。。。奥藤本店 甲府駅前店 グルメ・レストラン
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20時7分の各駅停車は予定通り出るのだろう、と思って、ちょうど閉館時刻の駅ビルを横目にホームに向かうと20時7分の各駅停車は予定通り出るのだろう、と思って、ちょうど閉館時刻の駅ビルを横目にホームに向かうと。。。40分遅れとの表示が。
セレオ甲府 ショッピングモール
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20時7分発の高尾行きは下り列車がそのまま折り返す設定なので影響を受けています。そういったダイヤがあるのだから、「上りは関係ないです」と帰ってしまうのはちょっとおかしくありません?
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暑いので、駅ビルで唯一9時まで営業しているビドフランスで。
「白桃ジュース」とあったので注文しましたが、特に山梨県産の桃では無いそうです。
20時25分頃に、改札口に行ってみましたら、まだまだ来ないとの事。先に、20時32分発の大月行きに乗って大月で中央特快に乗り換えることを勧められました。
でも、大月行き乗ってみたら3両編成に人いっぱいですよ。これではゆっくり読書ができません。 -
と思って、新しい駅舎ができた山梨市で降りてみました。
東西自由通路付きの、最近の今風の駅舎
新しくできる南口はこれから工事です -
この階段の雰囲気とかも弘前駅にちょっと似ています。弘前駅の方がもちろん規模は大きいのですが
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駅前の交番とか。時間はないのでとりあえず改札口前に戻ってベンチに座っていました。そしたら。。。。
列車のブレーキ音が聞こえます。「あれ?」と思ってホームに目をやると、なんと211系の6両編成が入ってきてるではないですか。。。放送も何にもないのに。駅員たちは、(子会社委託です)、奥の事務室で仕事なのかおしゃべりなのか分かりませんが。
慌てて私が改札の友人通路に駆け込むと、駅員がノロノロとやってきて「切符を見せろ」と言ってきます。放送もしないで、残り十数秒で列車が発車すると言うのにこれは何です?
やっとのことで財布から切符を取り出し、見せて階段を猛スピードで駆け降り、なんとかかんとか滑り込みました。
かつて利用していた奥羽本線川部駅なら、真冬の猛吹雪の中でも、川部駅の係員や、無人時間帯は弘前駅の事務室から、列車の位置情報について随時放送が入り、もちろん到着の数分位前には「皆さんホームでお待ちください」と言う放送が丁寧に流れていました。それが、今回の山梨市駅は、何も天気が悪いわけでもないのに、こんな有様です。かつての丁寧な鉄道を知っている私にとって、これは大変にショックでした。
同じく、かつて「世界一」と表され、現在は列車の遅れや運休、その他バタバタしたトラブルが日常茶飯事となっているドイツ鉄道のことが頭をよぎります。
それで、車内に滑り込んだ後、家の人に本部のお客様センターに苦情を入れてもらおうと電話をかけました。電車の中ですが、車内は大変空いていますし、これは大事な案件ですし、まぁ良いでしょうと言うことで。。。
そしたら、わりと近く?に座っていたスポーツチームのユニフォームを着た乗客が(iPadで漫画読んでいた)「迷惑だったうるせーんだよ」怒鳴ってきます。
確かに車内での通話はご遠慮をと言うのは一般的に知られたことですが、空いていますし、何より、駅員の怠慢で乗り遅れる寸前で駆け込み乗車せざるを得なかった、と言う事案です。早急に苦情を入れることが公益性があると考えての行動です。そしたら「お前が迷惑なんだ」と怒鳴ってきます。。。(お客様センターって何時までやってたっけ、と言うことには意識が向かず。。。)
「駅員が遅れてきた電車が来ると言うのに放送もしなかったから駆け込み乗車する羽目になった。それについて本部に苦情を入れてもらうように家の人に頼んでいる。それを頼むだけだけれど、それが何の迷惑だ」と反応したら
「それは関係のないことだ。お前が迷惑なんだ」と怒鳴ってきます。
「いや、こちらこそ、駅員の怠慢で乗り遅れそうになると言う大変な迷惑をJRから被った。だから本部に苦情を入れるのは当然だ」と言ったら
「お前の事情は関係ないんだ」
と怒鳴ってきます。確かに、電車内では、話をしない方が良いに決まっていますが、これは駅員の怠慢と言う件ですから苦情は早急に入れるべきなのではないでしょうか?そして、相手の反応の仕方が気になりました。「電話がうるさいから早く終わってくれ」と頼んでくるのはわかります。でも「JRがあんたに迷惑をかけたと言うのは関係のないことだ、お前が迷惑なんだ」と言う言い方に、「大きな組織の抱える問題については目をつぶり、個人、『小さき人々』の些細な出来事に、『小さき人々』自らが自主的に目くじらを立てる」と言う、最近の日本の人々が多く抱える病魔を感じました。例えば、有名政治家が不祥事を起こしても何にも関係なく政権に座っています。例えば安倍晋三さん、暴力団を使って選挙運動の裏工作をやらせたことがあります。裁判で事実関係が認定されています。それでも関係なく多くの人が何も悪くないと言っていましたよね、ところが、石垣のり子さんが微妙な発言をしたらすぐ大騒ぎ。芸能人が少し不祥事を起こしても大騒ぎ。最近の大坂なおみ選手のBlack Lives Matterに関する発言も叩かれる、この息苦しさを私も感じました。「JRと言う大きな組織は常に正義」で、「個人が受けた損害等は取るに足らないことであって無視するべきだ」と言う論理、恐ろしく感じます。
これは私の個人的な思いですけれど、慶應義塾大学病院に私が弘前から寝台特急あけぼので通っていた時「お前は見栄のために慶応大学病院に行っているのだろう、馬鹿じゃないか」といつも怒鳴られました。東京に移住してからも、市役所関係の人にまで「お前は慶應大学病院に見え張りのために行ってるんだろう、どんなコネを使って行ったんだ」と怒鳴ってこられました。そういう人に限って、安倍晋三さんが慶応大学病院に行けば「難病なんですねお気の毒に」とかツイートして、石垣のり子さんのツイートに噛み付く。
石垣のり子さんへ辛辣な言葉を書いていた人に、「でしたら、まずあなたができることとして、私に慶応大学病院に行くなと怒ってきた人に、私の代わりに怒りの電話をかけてくれないか?」と頼んでみましたが反応はありませんでした。つまり、「小さき人々」の事はどうでもよくて、権力者に従属したつもりになって、権力者の仲間に入ったと自分で感じることに満足感を覚える人が増えている、と言うことなのではないでしょうか。 -
さてその「迷惑さん」がいた車両の隣の車両はもっと空いていました。ということでそちらに移って、ようやく、今日、帰りに読もうと考えていた本に手をつけました。
ガッサン・カナファーニーの「ハイファに戻って」です -
「エルサレムを経由して車がハイファの丘陵に着いた時、サイードは何かが自分を押し黙らせるのを感じた。彼は口を閉ざした。悲しみが内部に込み上げ、一瞬帰ろうと言う思いが彼を誘った。彼は彼女の方を見なかったが、彼女が声を殺して泣き始めたのがわかっていた。
突然、海の音がした。それはそっくりそのまま昔のままだった。思い出は少しずつ戻ってきたのではなかった。ちょうど石の壁が崩れ落ちていっぺんに瓦礫の山を出したかのように、彼の脳裏に降り注いだのだった。」 -
211のロングです。。。ー
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塩山でこの車両の乗客はすべて下車し、車内は空になりました。そして、私は、ふと、カナファーニーの日本語訳の音読を始めました。
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近くの窓を全開にしながら、音読をしているうちに、トンネルに入って声が聞こえなくなり、そうしているうちに黙読へと変化してきました。
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ナクバ(第一次中東戦争)の時に離れたハイファの家を20年ぶりに尋ねる場面
パレスチナを追われたパレスチナ人たちは、自分の家の鍵を持って避難しました。いつか、家に帰れると信じて。 -
「あなたは、どこからおいでになったのですか」
「ポーランドからです」
「いつ?」
「1948年に」
この場面は、「ユダヤ人」としてポーランド追われた人々が流れ着いたパレスチナと言う土地で、彼らが「パレスチナ人」を「第二のユダヤ人」にしてしまったこと、それを象徴する場面のように思います。
ゴルダ・メイア元イスラエル首相は、「パレスチナ人なんていない」と豪語しました。「アラブ人」がパレスチナに住んでいただけだと。だから、パレスチナ以外のアラブ地域に散らばって住めばいいじゃないか、と言う浅はかな考えでした。おそらくこの発想は、今の、二国家解決策が国際社会の中では既定路線となった中でも入植活動を続ける、ネタニヤフ政権とその支持者の頭の中にもあるはずです。
パレスチナを追われたパレスチナ人たちはどうなったのでしょうか?土地を失ったパレスチナ人たちは、アラブ各地、そして世界各地に散らばりました。彼らは土地をしない、その他生活の基盤を失いました。そして、彼らは教育を大事にしました。例えば医者になり、弁護士になり、あるいは外交官になって、アラブ各国の外交まで、パレスチナ人たちが代表しました。例えば、湾岸戦争までのクウェートは、本当にパレスチナ人が動かしている国と言えるほどでした。
こうして、「離散した土地で、教育の力で生きていく」と言う生き方、これをアメリカのユダヤ人たちが知ったとき、彼らは気がついたのです。パレスチナへのユダヤ人の入植は、第二のユダヤ人を作ったのだと。
この場面、ナチによってヨーロッパを追われた人がパレスチナに渡り、そこに彼らが「国」をつくろうとしたところで追われた人と出会う、という、この問題の本質を語る場面です。 -
この時刻に高尾に着きました。
追い越していく特急もなく、普通列車最速で山梨市から高尾に来ました。 -
京王線に乗ります。たしか350円くらいですが、株主優待券で290円。
京王線のなかでもカナハーフィーを読み続けます。半分、泣きながら。
久々に、とある件とは別件で泣きました。 -
ギリギリ最後まで読みました。
小説の登場人物たちは、パレスチナ問題によってもたらされた辛い人生の記憶から、逃げたり、逃げなかったり、いろいろ苦しんできた、それが描写されています。
辛い記憶は「忘れたい」と思ったり、逃げたくなるのもです。逃げていれば、なんとく、しっかり忘れたような、気になることも、あります。ですが、生きていると、忘れたような、忘れさせていた記憶が、突然現れることもあるのです。
私がかつて、とある暴力事件の被害を受け、首まわりが激しい痛みに襲われる辛い日々を送っていた頃「ブルドーザーが押し掛けて来るような気がする、怖い」といつも口々に言っていました。
それは、辛い日々の中でテレビで見た、イスラエル軍のブルドーザーに破壊されていくパレスチナの人々の辛さに、当時の私が私なりに共感した結果なのかもしれません。
その後、私の辛い日々は続きました。でもそのうち、なんかそれを、ちょっと脇に置いたような感じ逃げていた気がします。そして、私自身も傍に置いて、フォートラとかに時間を使って(お陰で様々な出会いもあり、それはそれで良いことでした)たわいないことをしているように努めた時期もありました。
でも、今、「辛い人生ってなに?楽ではない人生がもたらすものとは?幸せってなに?」と考えると、私は過去を思い出すようになりました。
この日、ちょっと山を歩いて、そしてこの本ーつまり小説ですが事実上の国際政治の勉強ですーを読んで、少しの間、その「辛い人生ってなに?楽ではない人生がもたらすものとは?幸せってなに?」という、とある方から発せられた、永遠ともいえる問いから逃げようと考えてました。
ですが、最後に、再びその話に戻って、1日を終えたのでした。京王線 乗り物
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この旅行記へのコメント (1)
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- masapiさん 2020/10/23 08:11:06
- 車山
- こんにちは。
もうかなり前ですが、大学生時代の夏冬シーズンに、車山で泊まり込みバイト(リフト係)を行っていたので、非常に懐かしく拝見致しました。
有難うございました。
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