2018/08/13 - 2018/08/13
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この旅行記スケジュールを元に
スイスのベルンからドイツに戻る際にアルザス地方にあるコルマールに立ち寄る。少し観光地化されすぎていて、土産物屋や観光客が多いが、ハーフティンバー様式の建物や出窓があり、旧市街は歩いてて楽しい。旅行記の表紙写真はプフィスタの家。今はワイン屋になっている。
ハウルの動く城の冒頭にでてくる街並みにある建物に似ている。空中散歩してあの廊下に降り立つシーン。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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駐車場に車を停めて旧市街の方向へ歩き出す。傾いた木組みの家が早速、お出迎え。
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ストラスブールと同じように、結構、街並みはしっかりしている。
コルマールからやや北にいったところにある村、リクヴィールRiquewihrやリボヴィレRibeauvilléの方が実は好き。↓
アルザスワイン街道、美しい村を訪ねて(ストラスブール、リボヴィレ 、リクヴィール)
https://4travel.jp/travelogue/11554343 -
水路のある通りの向こうにサン=マルタン参事会教会が見えてきました。
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町並み。お洒落な店が並んでいます。
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プフィスタの家
町並み。 -
プフィスタの家
Maison Pfister Colmar
このブルジョワ建造物は、1537年にリエーヴル渓谷の銀鉱山の開発で富を築いたブザンソン出身の帽子製造業者、ルイ・シェレによって建設されました。このルネッサンス時代の館は中世建築にも属しています。寓話、旧約・新約聖書から人物や皇帝の肖像画までを組み合わせた図像がルネッサンス時代、人文主義文化のブルジョワ商人の好みを完璧に表しています。<公式ガイドブックから転載>プフィスタの家 史跡・遺跡
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プフィスタの家
Maison Pfister Colmar -
プフィスタの家
Maison Pfister Colmar
壁にはいろいろ描かれているが、薄くなっていてよく分からない。 -
プフィスタの家
Maison Pfister Colmar -
プフィスタの家
Maison Pfister Colmar -
プフィスタの家の隣の家
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でか。
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バルトルディ美術館
Musée Bartholdi
自由の女神の生みの親の生家を改装して作られたバルトテディ美術館は、彫刻家オーギュスト・バルトルディ(1834年~1904年)の彫刻、デザイン画、絵画の豊富なコレクションを所蔵しています。
ここも興味がないので飛ばします。バルトルディ美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin
1235年より建設され14世紀の終わりに完成した、サン=マルタン参事会はその大聖堂の大きさが印象的です。厳粛な西側のファサードは扶壁によって重くなっています。当初予定されていた2つの塔は、南側の塔のみ完成しました。交差廊は1263年に完成し、外陣は1300年頃、現在の美しい内陣は1400年頃に完成しました。一度扉を開けば奇跡は起こります。空間の明るさ、一体性、ほぼ有機的な扱いに魅了されます。<公式ガイドブックから転載> -
サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin -
サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin -
サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin -
サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin -
サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin -
サン=マルタン参事会教会
St Martin's Church
Collégiale St-Martin
いくつかの言語で書かれた文字。一番上がラテン文字として、、、、後、3つぐらいの違った文字が書かれている。 -
ドミニカ教会Église des Dominicains横の通り。
パン屋か、お菓子屋さんかな。看板の中央にプレッツェルがある。 -
町並み。
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アイスクリームタイム。
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ドミニカ教会
Église des Dominicains
教会の横の入り口。聖母子の彫像。ドミニカン教会 寺院・教会
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町並み。
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プレッツェルの飾り看板。プレッツェルはドイツだね。
歴史的に、アルザス地方はドイツ(神聖ローマ帝国)とフランスの干渉地帯。文化的にはドイツ色が強いように思える。元々は神聖ローマ帝国領でドイツ語系の言葉を話していた。その後、カトリックとプロテスタントの宗教戦争である30年戦争の講和条約であるヴェストファーレン条約でフランスに譲渡された。その後、プロイセンとフランスとの間の普仏戦争で、プロイセンが勝利した際にプロイセン(のちのドイツ帝国のもと)に渡された。教科書でお馴染みだった「最後の授業」は、そのときにフランス語の最後の授業をした場面を描いたもの。小学生のときは、他国に侵略され母国語を失うこと、母国語の大切さを書いたものと思っていたが、当時のアルザス地方の人はドイツ語系にフランスの語彙の混ざった「アルザス語」を話し、フランス語は学ばないと話せない言葉だったらしい。その後、プロイセンは統一ドイツに発展するが、アルザス地方は完全にドイツとは見なされていなかった節もある。その証拠に、第一次世界大戦後、ドイツが敗北すると、この地にはアルザス=ロレーヌ共和国が誕生する。
「最後の授業」は占領軍によって言葉を失うような書き方がされているが、実際は異なる。フランス語も押し付けられた言葉であり、今では、言語の多様性を否定する政治的な小説として扱われており、教科書には採用されなくなった。 -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants
ライン川流域のルネッサンス様式で1609年に建造されたブルジョワ建築。105ものグロテスクな顔の彫刻で構成された一風変わった装飾がその名前の由来です。バルコニーからそり出た、2つの階に渡ってそびえ立つ素晴らしい張り出し窓が、彫刻された窓間壁や穴あき模様窓のあるファサードを飾ります。また、ブロンズ製
のオーギュスト・バルトルディの作品「アルザスの樽職人」が素晴らしい切り妻の頂点を飾っています。この像がかつてこの建物がワイン取引所として使われたことを彷彿させてくれます。 <公式ガイドブックから転載> -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants
ちょっと不気味な彫刻のある門。 -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants頭の家 建造物
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ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants
中に自由にはいっていいかは分からないが、ここは中庭。 -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants -
ラ・メゾン・デ・テット(頭の家)
La Maison des Têtes Colmar - Relais & Châteaux - Hôtel Colmar & Restaurants -
ウンターリンデン美術館
Musée Unterlinden
美術館は、マティアス・グリューネヴァルトの「イーゼンハイム祭壇画」を含む、ラインラントの美術を代表する絵画や彫像のコレクションなど、数多くの作品を所蔵しています。<公式ガイドブックから>
中の様子は美術館シリーズで別に旅行記を作成しようかなと思っています。。。 -
ウンターリンデン美術館
Musée Unterlinden -
ウンターリンデン美術館
Musée Unterlinden -
町並み。
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町並み。古い井戸。
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町並み。
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町並み。
豚を散歩させている少女かな。可愛い看板。 -
町並み。
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町並み。教会まで戻ってきました。
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ふと、屋根の上をみると、この地方のシンボル、コウノトリ。
是非、探してみて下さい。 -
旅行記の表紙にするか迷った写真。
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町並み。
こちらも建物の角に尖塔風の出窓がある。中世には金持ちが多かったことが伺える。 -
町並み。
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町並み。水路があることも素敵。
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Schwendi Fountain
Fontaine Schwendi
ラザール シュウェンディ将軍の銅像。
1898年に設置されたこの噴水には、シュウェンディのラザロ(1522-1583)を表すオーギュスト・バルトルディAuguste Bartholdiのブロンズ像があります。 1940年に解体された噴水は、戦後、小さく再建された。
1564年から1568年の間にマクシミリアン2世皇帝に仕えた軍閥、シュウェンディのラザールはハンガリーのトルコ人と戦いに行き、そこでトカイのブドウを持ち帰りました。 作者のオーギュスト・バルトルディは、この伝説に触発されて、この像では、ブドウの木を振り回しているポーズを取らせています。
トカイは貴腐菌で糖度が高まった甘いワイン。さすがのフランス人もこの甘いワインには感銘を受けたのかな。 -
町並み。
旧市街で、一番、にぎやかな場所。傾いている? -
町並み。
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町並み。
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ふと歩いていると、フランス語で書かれた石碑がかがれられた建物を発見。もちろん、フランスが読めないが、さすがにベートーヴェンからメンデルスゾーンまで有名な音楽家の名前はみて取れる。後で検索してみよう。
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その石碑の拡大。
マリー・ビゴー(Marie Bigot, 1786年3月3日 - 1820年9月16日)、フランスのピアノ教師の生家らしい。本名はMarie BIGOT de MOROGUES。
M.ビゴーとの結婚後の1804年、ウィーンに移り住んで5年をその地で過ごす。彼女は鍵盤楽器の演奏に長けており、ハイドンの前で演奏し、彼をしてこう言わしめた。「おお、我がいとしき子、これは私が作曲した曲ではない。作曲したのは君だ!」そして彼女が演奏した楽譜にこう書き記した。「1805年2月20日、ヨーゼフ・ハイドンは幸福であった。」また、彼女はサリエリとも親交を結んでいる。
ビゴーの夫はアンドレイ・ラズモフスキー伯爵の司書を務めており、その縁により彼女はベートーヴェンと親しくなる。ベートーヴェンは彼女の演奏を評価しており、2人の関係はビゴーが作曲されたばかりの「熱情ソナタ」の原稿を見ながら、それを初見で演奏してみせた逸話で知られる。これにいたく感激したベートーヴェンは彼女にこう言った。「私がこの曲で表現したかったことはそうではないのですが、続けてください。完全に私の思ったとおりでない方が、より良くなりそうですから[3]。」彼は熱情ソナタの草稿を彼女に捧げた。1808年、ベートーヴェンがビゴーと3歳になる彼女の娘のカロリーヌ(Calorine)を誘って出かけようとしたところ、ビゴーはベートーヴェンの意図を(不貞を望んでいると)誤解し拒絶した。これに対してベートーヴェンは彼女とその夫に「他の男性のご夫人との間に、友人として以上の関係を決して持たないということは、私の最も重要な原則の一つです。私はいつの日か自分と運命をともにしてくれる人びとへの不信で心を満たしたくありませんし、それによって私自身にとって最も愛すべき、そして清らかな人生を壊してしまうわけにはいきません。」という謝罪の手紙をしたためている。 ビゴー一家は1809年にパリへと戻った。ビゴーは作曲、レッスンを行う傍ら、ベートーヴェンの楽曲をパリの聴衆に紹介することに尽力した。 ビゴーは1816年には、パリでファニーとフェリックス・メンデルスゾーンの兄妹にもピアノを教えている。彼女は結核のため、パリにて34年の短い生涯を閉じた。(Wikiより)
彼女の生きた時代は、フランス革命(1789年)とナポレオン戦争の真っただ中。ウィーンは敵地(オーストリア、ハプスブルグ君主国)。ここからは推測で、はっきりしたことは言えないが、彼女はアルザス地方出身なので(純粋にドイツでもフランスとも言えない)ドイツ語が話せたと思われ、ウィーンではドイツ語圏の音楽家たちと交流を持てたのではと思う。 -
町並み。
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ラ プティット ヴェニス
La Petite Venise
名前の通り「小さなベニス」。ストラスブールにも似たようなところがあるが、こちらは「プティット・フランス(小さなフランス)」(フランスの中に「小さなフランス」と名前を付けるにはやはり、歴史的背景があるから?)
ヨーロッパの人って、短い夏を楽しむかのように、花を飾るのが上手。 -
ラ プティット ヴェニス
La Petite Venise
この水路沿いの辺りも町並みが綺麗。 -
ラ プティット ヴェニス
La Petite Venise
可愛い土産物やレストランが軒を連ねます。 -
ラ プティット ヴェニス
La Petite Venise -
観光客向けに街中を走る小さなトレイン。
(右側に写っているiphoneが気になる。) -
ラ プティット ヴェニス
La Petite Venise -
コルマールを出発。虹を発見。
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