2019/06/23 - 2019/06/24
4位(同エリア195件中)
かっちんさん
石狩平野の最北部に位置する沼田町は、かつて炭鉱と稲作の町として繁栄してきましたが、昭和40年代にあいつぎ炭鉱が閉山。現在は稲作中心の農業の町です。
平成11年にはNHK連続テレビ小説「すずらん」のロケ地として「明日萌駅(あしもいえき、留萌本線恵比島駅)」が全国的に有名になりました。
石狩川水系の雨竜川の支流である幌新太刀別川(ほろにたちべつがわ)流域に開発された雨竜炭田では、各炭鉱から産出される石炭を留萌港に積み出すため、昭和3年(1928)「留萠鉄道」が設立されました。
昭和5年(1930)恵比島~幌新~新雨竜~太刀別~昭和間17.6kmに留萠鉄道「炭礦線」が開業し、沿線の3つの炭鉱の順調な出炭に支えられてきました。
しかし、国の石炭から石油へのエネルギー転換政策により、炭鉱がつぎつぎと閉山へ追い込まれ、昭和46年(1971)留萠鉄道も全線廃止になりました。
その後、幌新地区には昭和56年(1981)に開業した「ほろしん温泉ほたる館」と、その周囲に「幌新いこいの森公園」が整備され、キャンプ場・ほたる園・炭鉱資料館の施設や小型蒸気機関車クラウス15号が展示されています。
「ほろしん温泉」は日帰り温泉として地元客が多く訪れ、炭鉱資料館では雨竜炭田の歴史について学ぶことができ、夏のほたる園や日本最古のクラウス15号も人気です。
クラウス15号は日頃の手入れがよく、毎朝車庫から車両移動機により屋外に出され展示しています。アント工業の小さな車両移動機がクラウスを引っ張る様子は滅多に見られません。
ほろしん温泉からの帰りは、明日萌駅とウトナイ湖に立ち寄り、苫小牧で「三星」のスイーツを味わいました。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・北海道沼田町HP
・ほろしん温泉ほたる館HP、現地案内板
・GOOD!HOKKAIDO!「ほろしん温泉 ほたる館」
・嵐 路博ブログ「古レールのページ」
・北空知広域水道企業団「沼田ダムと雨竜炭鉱」
・しまむーさんブログ、街道の行く先へ「留萌鉄道(恵比島~昭和間)」
・歩鉄の達人「廃線探索 留萠鉄道炭鉱線」
・Something About Railways留萠鉄道 恵比島~昭和」
・鉄道ホビダス、編集長敬白 アーカイブ「絶賛!ベスト・コンディションの静態保存」
・東武キッズ「SLのしくみ」
・ダムマニア「幌新ダム」
・アント工業HP
・北海道STYLE「明日萌駅(恵比島駅)」
・北の道の駅「ウトナイ湖」
・三星HP
・ウィキペディア「留萠鉄道」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
高原にいるような「石狩沼田駅」
JR留萌本線の石狩沼田駅は、高原ではなく石狩平野北部の平地です。 -
「ほろしん温泉」の案内図
留萌本線の恵比島駅から、かつて北部の雨竜炭田を結んでいた留萠鉄道の途中に「ほろしん温泉」があります。
「ほろしん温泉」へ行くには、石狩沼田から恵比島を経由する沼田町営バスが1日4~5便走っています。
「ホロピリ湖」となっている浅野地区にはかつて浅野雨竜炭鉱があり、最盛期の昭和30年代に約5千人もの人が住んでいました。
浅野地区の旧市街地は湖の底に沈みましたが、留萠鉄道の線路跡地は湖水を水道用水や農業用水として利用する導水管の敷地の一部になっています。 -
沼田町営バス
石狩沼田駅13:48発のバスに乗り、ほろしん温泉へ向かいます。 -
レトロな「明日萌駅」(車窓)
NHK朝ドラのロケ地になった「明日萌駅」(現在の恵比島駅)を経由します。
これから炭鉱の町へ行く気分になります。 -
ほろしん温泉「ほたる館」
石狩沼田駅から19分で終点の「幌新温泉」に到着します。
ほたる館は「平家の宿」と「源氏の宿」に分かれています。
赤茶色の建物は、昭和56年に開業した「パークハウス白樺」(のちの「平家の宿」)。
日帰り温泉施設と2階建ての宿泊用和室(平成18年内装改築)があります。
宿泊のチェックインはこの「平家の宿」。 -
隣り合う「源氏の宿」(ほたる館)
「源氏の宿」(旧ほたる館)は平成5年(1993)に新築した建物で、レストラン会場と7階建ての洋室があります。
「平家の宿」とは渡り廊下でつながっています。
チェックアウトはなぜか「源氏の宿」のフロント。 -
「ほろしん温泉」周辺の案内図
「ほたる館」のまわりに、ほたる園、クラウス15号展示、炭鉱資料館、ほたる学習館、キャンプ場、ほろしんダムなどがあります、 -
駅名標「幌新温泉」(ほろしん温泉)
留萠鉄道に実在していなかった駅名ですが、ここにクラウス15号が展示されています。
実際にあった「幌新駅」は、約800m恵比島駅側の道道867号沿いにありました。 -
イチオシ
日本最古の「クラウス15号」(ほろしん温泉)
クラウス15号は九州鉄道が開業時にドイツのクラウスから輸入した明治22年(1889)製造の小型蒸気機関車です。
その後、国鉄、東京横浜電鉄(東急電鉄の前身)を経て、昭和6年に留萠鉄道にやってきました。
終点の昭和にあった明治鉱業昭和鉱業所の入換機として、昭和炭礦が閉山する昭和44年まで活躍しました。
その後、沼田町に譲渡。明治昭和炭鉱表示の専用車庫に保存され、手入れもよく、綺麗な状態が維持されています。
現在日本に現存する小型蒸気機関車の中でもっとも古く、2019年に130歳を迎えました。 -
イチオシ
黒光りする「クラウス15号」(ほろしん温泉)
美しい姿に磨き上げる整備スタッフの心意気は見事です。
カキツバタの花言葉「幸運は必ず訪れる」は、今まで活躍してきたクラウス15号に相応しいですね。 -
イチオシ
古レールを大きく湾曲させた車止め(ほろしん温泉)
この古レールの側面に、製造履歴が浮き上がり文字で『37 A. 丸Sマーク 1959 |||||||| O.H.』と刻印されています。
嵐 路博さんの「古レールのページ」を参考にして解読してみます。
・「37 A.」は重量37kg/mと断面規格のA
・「丸Sマーク」は製造社名を表し「八幡製鐵」
円形の周囲の上下左右にひげがあり、「S」の文字を囲っています。
このマークは官営八幡製鉄所~日本製鉄製を示し、戦後日本製鉄が解体された1959年の時期は「八幡製鐵」
・「4桁数字」は製造年で、1959年
・「縦棒」は製造月を表し、8本なので8月
・「OH」は製鋼法の略号で、「平炉(Open Hearth)」を用いて製鋼した材料を使用したことを示します
簡単にまとめると、昭和34年(1959)8月に八幡製鐵で製造されたレールという意味。 -
屋外に展示されている「クラウス15号」(ほろしん温泉)
クラウス15号は4~9月の天気のいい日に、車庫から屋外に出されます。
静態保存なので自力では動けず、車両移動機を使います。
今日の17時頃に車庫に戻るので、この様子を見学することにします。 -
自由に見学できる運転室(クラウス)
-
運転室(クラウス)
火室に石炭を投げ入れる「焚口戸」や、ボイラーに水を送り込む「注水器・水面計」があります。 -
運転室(クラウス)
ボイラーやシリンダーの「圧力計のバルブ」があります。 -
進行方向の右側にある運転席(クラウス)
蒸気をシリンダーに送り込んでSLを動かす「加減弁ハンドル」、SLを停止させる「ブレーキ弁ハンドル」があります。 -
炭鉱資料館&ほたる学習館(ほろしん温泉)
炭鉱資料館は、かつて沼田町に存在した炭鉱と、その石炭を運んだ留萌鉄道について展示しています。
開館日は7~8月が毎日、4~6月・9~11月が土日祝日。
入館料は無料。 -
ほたる学習館(ほろしん温泉)
ここでは沼田町の自然と幻想的な「ほたる」について写真や映像、パネル等で学べます。
では、炭鉱資料館の展示を紹介します。 -
「昭和炭鉱」の風景(炭鉱資料館の展示)
写真は炭鉱全景、選炭場とクラウス兄弟の17号、病院、マーケット、中学校など。
明治31年(1899)に試掘した炭鉱は、大正7年(1918)に明治鉱業の所有となり、留萠鉄道の全線開通と同じ昭和5年(1930)から出炭を開始。
炭質は良好で工業用、一般の暖房用として広く利用されました。
雨竜炭田の中で最も安定した操業をしていましたが、断層が多くなり出炭が少なくなった昭和44年(1969)には閉山。
町には木工場、火力発電所、住宅などがあり、全盛時代の昭和23年(1954)頃約3,800人が生活していました。 -
昭和炭鉱従業員の組合旗(炭鉱資料館の展示)
-
「九州鉱山太刀別鉱業所」の風景(炭鉱資料館の展示)
写真は太刀別駅と選炭場等の全景、炭鉱住宅、通勤バス、事務所、石炭輸送の架空索道など。
この鉱山は最も遅く開発され、昭和38年(1963)に本格的な採炭を開始。
しかし、切羽が深部に移ったのと坑内水害や、通勤バスの事故などによる鉱員の大量離職のため出炭が減少。
昭和44年(1969)出炭開始からわずか7年目にして閉山。 -
「雨竜炭鉱」の風景(炭鉱資料館の展示)
写真は炭鉱住宅と子どもたちの生活風景。
浅野総一郎が設立した「浅野雨竜炭鉱」は昭和6年(1931)出炭を開始。
戦時中の採算を度外視した出炭により経営が悪化し、古河鉱業に鉱業権が移りましたが、昭和43年(1968)閉山。 -
石炭の塊(炭鉱資料館の展示)
昭和炭鉱と雨竜炭鉱で採掘された石炭。 -
炭鉱のあゆみ(炭鉱資料館の展示)
石炭生産量の推移グラフをみると、日本のエネルギーが昭和初期から石炭に支えられ、昭和39~42年に生産量が急激に上昇。その後炭鉱閉山となります。
生産量は、昭和炭鉱が500万t、雨竜炭鉱が400万tと多く、太刀別炭鉱が70万t。 -
炭鉱の閉山(炭鉱資料館の展示)
昭和37年・43年の国の石炭から石油への変換政策により、つぎつぎと炭鉱が閉山していきます。
昭和43年浅野雨竜炭鉱が閉山、昭和44年昭和炭鉱・太刀別鉱業所が閉山。
昭和炭鉱の廃墟となった建物の一部に当時の面影を残しています。 -
採炭に使用する道具(炭鉱資料館の展示)
坑内のガス検知器は必需品でした。 -
沼田の炭鉱と留萠鉄道(炭鉱資料館の展示)
昭和5年(1930)~昭和44年(1969)の39年間、炭鉱とともに営業してきた留萠鉄道。
恵比島駅を起点に、幌新駅、雨竜炭鉱の新雨竜駅、太刀別鉱業所の太刀別駅、終点に昭和鉱業所の昭和駅と続いています。
廃線跡の面影はほとんどわからず、雨竜炭鉱の石炭積出し駅だった「新雨竜駅」の浅野地区は平成4年(1992)に完成した沼田ダム・ホロピリ湖の湖底に沈んでいます。
では、炭鉱資料館をあとにし、散策を続けます。 -
デザインマンホール(ほろしん温泉)
これは、「ほたるの里」に飛び交う蛍の光をデザインした沼田町のマンホール。 -
幌新橋(ほろしん温泉)
「ほろしん温泉」の恵比島側にある道道867号の「幌新橋」に来ています。
幌新太刀別川(ほろにたちべつがわ)に架かる橋で、ここから留萠鉄道「第二幌新太刀別川橋梁」跡に架けられた導水管設備が見えます。 -
太い導水管(ほろしん温泉)
「ホロピリ湖」の湖水は導水管で沼田町と結び、水道用水や農業用水を供給しています。 -
留萠鉄道の廃線跡(ほろしん温泉)
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白樺が美しいキャンプ場(ほろしん温泉)
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幌新太刀別川(ほろしん温泉)
「幌新いこいの森公園」の周りを流れる幌新太刀別川。 -
幌新ダム(ほろしん温泉)
「ほろしん温泉」から5分くらい坂道を登ると、昭和50年(1975)に完成した「かんがい用ダム」があります。
幌新太刀別川に注ぐ支流を堰き止めたダムです。 -
かんがい用水の取水塔(幌新ダム)
取水塔から取り込まれた水は下流部の農耕地に供給されます。 -
ダムの下は緑の芝生(幌新ダム)
堰堤斜面(下流側)の下は、緩やかな傾斜のパークゴルフ場になっています。
一般的なダムとは異なる景色です。 -
次は「ほたる園」(ほろしん温泉)
夏の風物詩であるホタルは、昭和30年代まで沼田町でも普通に見ることができました。
しかし、河川の整備や農薬の使用などの影響により、その数は急激に減っていきました。
その後、沼田町のホタル研究会が、岐阜県可児市から源氏と平家ホタルの成虫を譲り受け、平成3年(1991)に「ほたるの里」を開園しました。 -
ほたる園(ほろしん温泉)
ホタルが飛び交うのは7月~8月上旬。訪れた6月下旬はまだ見られません。 -
夕日の当たるクラウス15号(ほろしん温泉)
クラウスのところに戻ってきました。 -
石炭庫(クラウス)
運転席の後方に石炭庫があります。 -
車両移動機(クラウス車庫)
車庫の中にアント工業の「車両移動機」が置いてあります。
ガソリンエンジンで動きます。
アント工業は一貫して鉄道業界の縁の下の力持ちとして各種機械を製造販売しています。
英語の「アント」とは「アリ」のことで「小さくて力持ち」。まさに縁の下の力持ちです。 -
「アント車両移動機」の銘板(クラウス車庫)
昭和45年(1970年)製造のANT15-Ⅲ型。
貨車入換用に開発された国鉄規格品で、けん引力が約1,000kg。最大けん引能力が140t。
昔、「怪力アント」というテレビアニメが放送され、力持ちの怪力アントを思い出します。 -
クラウスに接近(車両移動機)
17時過ぎに整備スタッフがやって来ました。
車両移動機の横に付いた椅子にチョコンと座り、エンジンを始動。
レバーを操作しながら、クラウスにゆっくりと近づきます。 -
イチオシ
クラウスと連結(車両移動機)
車両移動機の油圧ジャッキが上がり、クラウスの連結器とつながります。
鉄道車両間の連結は「ガシャン」ですけど、ここでは静かに連結。
連結の仕方を見て、なるほど!と感心します。 -
車庫に入るクラウス(クラウス移動)
そして、車両移動機がクラウスを引っ張り、車庫に収納します。
クラウスは風雨にさらされないので、車体の劣化が防げます。
だから綺麗な外観を保てるのです。 -
夕食(ほたる館)
宿に戻って温泉に浸かり、いよいよ夕食。
この温泉は毎年3月下旬~4月上旬にかけて、たくさんの「うきうきアヒル」が露天風呂の湯舟を埋め尽くします。
この時期のアヒル風呂に入ってみたいです。
夕食は「茅花舞(つばなまい)~雅御膳」。
お造り、ほたる烏賊の沖漬け酢味噌のせ、もずくと長芋のオクラ添えが並びます。 -
メイン料理(夕食)
ビーフストロガノフ、茄子の挟み揚げ、沖スズキのけんちん焼き、魚介とパスタの夏サラダ、南瓜豆腐の南瓜ホワイトソースなど。 -
鰻の白焼き夏野菜添え(夕食)
-
ご飯(夕食)
しらすと梅の混ぜご飯、冷製抹茶うどん。 -
トマト羊羹(夕食)
料理の種類が多く、満足しました。 -
朝食はバイキング(ほたる館)
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幌新温泉バス停
7:37発の町営バスに乗ります。
平日1便は通学用バスなので、途中で子供たちが乗り込みます。 -
遠くに暑寒別岳の景色(バス車窓)
まだ雪が残っています。 -
納炭トラック(バス車窓)
石炭を積み込んだトラックです。
今でも露天掘りの吉住炭鉱(小平町字達布)から採炭しています。 -
吉住炭鉱の貯炭場(バス車窓)
恵比島駅近くにある貯炭場。
ここを中継して砂川火力発電所へ石炭を運んでいます。 -
恵比島駅前バス停
ここでバスを降り、留萌本線の列車に乗ることにします。 -
美しい彩りの草花(恵比島)
タンポポとムラサキツメクサ。 -
明日萌駅の駅舎(恵比島)
恵比島駅は平成11年に放映されたNHK連続テレビ小説「すずらん」の中で「明日萌駅(あしもいえき)」として登場しました。
ドラマの撮影のため、昭和初期の駅舎を再現し、現在もそのまま使用されています。 -
明日萌駅の改札口(恵比島)
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二つの駅名標(恵比島)
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ドラマで登場した中村旅館(恵比島)
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イチオシ
明日萌駅に停車するローカル線(恵比島)
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ルピナスの咲く留萌本線(恵比島)
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ウトナイ湖
恵比島から深川・札幌・新千歳空港を経由し、道南バスで苫小牧市の「ウトナイ湖」へ来ています。
道の駅「ウトナイ湖」の中にあるノーザンホースパーク直営レストラン「ラポ・ラポラ食堂」で昼食にします。 -
「ほっきシーフードカレー」(ウトナイ湖)
ノーザンホースパーク料理長監修の本格スパイシーカレーです。 -
味噌カレーラーメン(ウトナイ湖)
苫小牧市のご当地グルメ。
味噌ベースのコクとカレースパイスの効いたスープが道産小麦麺とベストマッチングし、野菜たっぷりのラーメンに仕上げています。 -
イチオシ
ウトナイ湖(展望台から)
ウトナイ湖は、動植物の宝庫、野鳥の楽園ともいわれています。
国指定鳥獣保護区、ラムサール条約の登録湿地となっています。 -
城のような建物(展望台から)
ウトナイ湖の反対側に見えます。 -
ひとりぼっちのハクチョウ(ウトナイ湖)
ケガでもしていてシベリアに帰れなかったのかな? -
菓子処「三星」(苫小牧駅前店)
三星(みつぼし)は、明治31年の創業以来、北海道のパン・和菓子の老舗として、銘菓「よいとまけ」をはじめとするハスカップ製品を多数展開しています。 -
イチオシ
スイーツのお時間(三星)
ハスカップのゼリーにレモンとクラッシュゼリーをトッピングした「ハスカップゼリー」。
バニラムースとハスカップムースの「ハスカップパフェ」。
この後、苫小牧からスーパー北斗、北海道・東北新幹線で東京に帰りました。
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