2020/02/03 - 2020/02/03
192位(同エリア650件中)
naoさん
奈良県生駒郡安堵町は、法隆寺のある斑鳩町の南東部に隣接する町で、江戸時代初期は綿や藺草の栽培が盛んな純農村地帯でしたが、天保年間(1830年~1843年)には、大和川水運の拠点として舟問屋を中心にあらゆる商店が軒を連ねる町並みが形成され、半農半商の在郷町的な川湊町へと発展しました。
この地域は、富雄川、岡崎川などの支流が大和川と合流する奈良盆地で最も低い場所で、古くから水害に悩まされていたため、江戸時代に、東安堵、西安堵、岡崎、窪田、笠目の五か村で大和川の水利権を含めた広域防災協定である「五ヶ村勘定」が結ばれましたが、これを礎として、明治時代に安堵町として合併しました。
現在の安堵町には、この地方独特の建築様式である大和棟の民家が点在する町並や、室町時代の環濠住宅の形式を今に伝える旧家などが残っていて、落ち着いた農村集落の風情をたたえています。
明治19年(1886年)に東安堵の旧家の長男として生まれた冨本憲吉は、『模様から模様を作るべからず』を信条に、過去の伝統的な作品の模様をそのまま用いるのではなく、自然の草木などを基に、常に独創的な意匠と造形を追求し、晩年には色絵磁器に金銀彩を加えた華麗な作風を大成した日本近代陶芸の巨匠で、重要無形文化財保持者(人間国宝)及び文化勲章受章者として知られています。
その富本憲吉の生家が、彼の作品を展示する「富本憲吉記念館」として昭和49年(1974年)に開館しますが、諸般の事情により平成26年に惜しまれながら完全閉館された後、平成29年に体験型宿泊施設「うぶすなの郷 TOMIMOTO」として生まれ変わりました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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安堵町の観光用駐車場に車を停めさせてもらって、東安堵から町歩きを始めます。
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こちらの民家の玄関脇には、座敷の庭へ入る門が設けられています。
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入母屋屋根の架かった玄関のある民家です。
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こちらの民家にも、庭へ入る小ぶりの門が設けられています。
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安堵町の汚水桝の蓋。
「安」の字を図案化した町章が中央に配置されています。
ここで一旦町並みを外れ、安堵町歴史民俗資料館へ向かいます。 -
こちらが、代々庄屋職を務めた今村家の邸宅を活用した安堵町歴史民俗資料館です。
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館内には、江戸時代から伝わる古文書や日常生活で使われていた民具など、先人達が受け継いできた貴重な文化資産が展示されています。
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東安堵の町並みに戻って来ました。
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町角に立つカーブミラーに映る町並み。
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通気性のある板塀をめぐらせた町家です。
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民家の塀の角に、鏝絵で描かれた瓢箪が浮かび上がっています。
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こちらの土蔵は、安堵町歴史民俗資料館の一部になります。
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外壁に黒漆喰を塗った民家です。
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長屋門に土塀をめぐらせたお屋敷です。
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こちらは体験型宿泊施設「うぶすなの郷 TOMIMOTO」です。
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安永年間(1772年~1781年)に建てられた長屋門のあるこのお屋敷は、日本近代陶芸の巨匠、富本憲吉が明治19年(1886年)に生まれた生家です。
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冨本憲吉は、『模様から模様を作るべからず』を信条に、過去の伝統的な作品の模様をそのまま用いるのではなく、常に独創的な意匠と造形を追求し、晩年には色絵磁器に金銀彩を加えた華麗な作風を大成しました。
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重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、のちには文化勲章受章者となった彼の作品を展示するため、昭和49年(1974年)に「富本憲吉記念館」が開館されました。
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しかし、諸般の事情により平成26年に惜しまれながら完全閉館された後、平成29年に「うぶすなの郷 TOMIMOTO」として生まれ変わりました。
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こちらの、煙り出しの越屋根や白漆喰塗籠めの虫籠窓のある建物は・・・
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「富本憲吉記念館」として開館する際に建てられた本館になります。
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現在はレストランとして使われています。
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「うぶすなの郷 TOMIMOTO」の佇まい。
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アクセントとして庭に置かれている鬼瓦は、かつて使われていたものなんでしょうか・・・?
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風情あるレストランを引き立てるアクセントとしては・・・
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釣瓶井戸がその役目を果たしています。
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客室の日本庭園にめぐらされた土塀の足元は、景観を引き締めるため石積みになっています。
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石積みには、切り出すときに使われたノミ跡が残る石材をそのまま使い、趣のある意匠を演出しています。
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では、「うぶすなの郷 TOMIMOTO」をおいとまして・・・
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東安堵の町並みに戻ります。
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白木が美しい民家です。
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その民家の柵として使われている金物の、元々の用途は何なんでしょうか・・・?
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幅の広い四枚引き分け戸のある民家は・・・
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桝格子の欄間が良いアクセントになっています。
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東安堵の町並みです。
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外壁に杉板を張ったこちらの民家は、一応厨子2階建てなんですが・・・
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ほんのすき間程度の高さしかありません。
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こちらは飽波神社(あくなみじんじゃ)です。
飽波神社は、万葉の時代に聖徳太子が「斑鳩の里」と「飛鳥の宮」の間を往来された「太子道(別名:筋違道)」沿いにあり、境内には太子ゆかりの「腰掛け石」が残されています。 -
社殿の前に鎮座する阿形の狛犬と・・・
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吽形の狛犬。
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聖徳太子の案山子が腰かけているのが「腰掛け石」で、往時の姿をしのばせています。
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黒漆喰塗籠めの土蔵がある民家には・・・
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瓦葺のすっきりとした門と土塀がめぐらされています。
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さて、この辺りから西安堵に入ります。
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庭に植えられた梅がちらほら咲き始めています。
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梅と虫籠窓の競演。
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西安堵の町並みです。
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塀越しに瓦屋根だけを見るのも、何となく楽しいものです。
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水路沿いの路地が私に手招きしているような、そんな素晴らしい光景です。
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大和棟の主屋のあるお屋敷に差し掛かりました。
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塀に沿って少し先に進むと・・・
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主屋に煙り出しの越屋根が付いていることが判明しました。
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ナンテンの赤い実を透かして見た大和棟の主屋。
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「ハッ!」とするような趣に溢れた玄関です。
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西安堵の町並みです。
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今にも崩れ落ちそうに見える土塀ですが、それなりに手を入れておられます。
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その土塀の先にある本瓦葺きの土蔵です。
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咲き乱れるスイセン。
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薄っすらとではありますが、ほぼ全面に苔むした瓦屋根。
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梁の上に置かれた丸太や竹の木口が、面白い表情を見せています。
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白漆喰の壁に、縁取りの無い小さな虫籠窓が開けられた民家です。
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この民家の開口部は、左側にだけ偏って開けられているように見えます。
さて、西安堵の風情ある町並みもこの辺りまでなので、この先を回り道して駐車場へ戻ります。 -
お屋敷の奥まったところにある主屋の虫籠窓が、木々の向こうに垣間見えています。
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あの角を曲がれば、どんな光景が待ってくれているんでしょうか・・・?
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時の流れを感じさせる光景です。
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立派な門構えの民家です。
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門横の土塀の上で、大黒様が微笑んでいます。
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西安堵の町並みです。
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白漆喰を塗籠めた民家には、いろんな瓦細工の像が並んでいます。
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この鍾馗様は、鬼瓦と一体になっています。
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瓦細工の七福神が勢揃いしているこちらの民家は、さしずめ「七福神屋敷」と言ったところでしょうか・・・。
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西安堵の町並みを見返したところです。
さて、そろそろ先に歩いていた道と合流します。 -
大和棟の主屋のあるお屋敷まで戻って来ました。
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このお屋敷に癒されながら、さらに進みます。
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さて、「うぶすなの郷 TOMIMOTO」が見えてきました。
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この先に観光用駐車場があるので、車をピックアップして次へ向かいます。
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