2020/03/20 - 2020/03/20
8930位(同エリア24422件中)
ミズ旅撮る人さん
- ミズ旅撮る人さんTOP
- 旅行記692冊
- クチコミ161件
- Q&A回答23件
- 1,030,294アクセス
- フォロワー48人
愛知県豊田市を訪れて、まずは「リニモ」に乗車して来ました。
その後、豊田市の「平芝坂の上公園」にあるD51と市電を訪ねました。
更に南下して岡崎市には、「南公園」の交通広場に、D51とHSST、
市電に何故か消防自動車までありました。
そして、逢妻川を渡って半田市ではJR半田駅のすぐ横に、
鉄道資料館とともにC11がありました。
本来なら、刈谷市にある「交通児童公園」のD51にも立ち寄る筈だったのですが、
新型コロナウィルスのために休園となり、行かれませんでした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
豊田市の「平芝坂の上公園」です。
かなり広い公園の敷地には、市電が保存されています。 -
屋根付きなのはいいのですが、がっちり檻の中なのです。
檻の隙間から最大限覗き込んで、これが精いっぱいです。 -
正面からは、こんな風にしか撮れません。
「豊田市交通公園」と表示がありますが、
「平芝坂の上公園」は以前「交通公園」だったようです。
2010年3月に閉園し、代わりに別の場所に
「豊田市交通安全学習センター」が出来ました。 -
「籠の鳥」状態の市電。
どんなに保存状態が良くても、見向きもされなかったら
そこにある意味がないと思います。 -
さて、同じ敷地内にSLが保存されています。
こちらももちろん「籠の鳥」です。なんか、肩の力が抜けるなあ。
せっかく広い公園に来ても、ブランコに座っても、
やることはゲームしかないんだね。
彼らが、ブランコを占領するのをやめたら、
ブランコで遊ぶ子供はいるんだろうか。
「子供は遊びの天才」だった日は、遠い昔。 -
カメラマンにとって難攻不落の被写体。
-
果敢に挑戦して撮ってみます。ギリギリ全体が撮れた・・・と言える?
-
側面は絶望的。確かに保存状態はいい感じ。
-
運転室周辺は、とてもしっかりしています。
D51849。説明板なし。
1943年浜松工場製造。1972年廃車。 -
なんだろ、これ?計器類に紙が巻かれています。
変質・劣化を防ぐために保護しているの? -
完全看護の蒸気機関車。博物館の展示品のように綺麗です。
-
開放日があるのか、こんな見事なスロープが作られています。
スロープの下は、物置になっています。
保存会があるそうなので、盛んに活動しておられるのでしょう。 -
足回りは、ペンキのべた塗りではなく、個体番号も随所に見られます。
-
こんな場所の個体番号は、まず見ないです。
現役の車体なら見られるのかな?
動態保存車輛は、動輪がホームの下なので、
なかなかじっくりと見られないけど。 -
この辺の錆が気になります。早く対処してくれるといいなぁ。
-
愛知周辺では、動態保存の蒸気機関車はないですね。
いつか復活運転が出来るといいね。 -
豊田市から南に下って、岡崎に来ました。
「南公園」の中にある「交通広場」です。 -
「交通広場」らしい歩道橋も見られます。
-
先ず見えて来るのは、モノレールのような車体「HSST」」と
古い路面電車です。 -
「HSST」とは、「高速地表輸送機」だそうで、
これもリニアモーターカーなんだそうです。
さっきリニモに乗ったばかりで、
その元祖に会えるとは思いませんでした。 -
この車体は、「HSST-03」
1984(昭和59)年6月、日本航空と住友電気工業の共同開発で
製造された試作機の3号機です。
1号機と2号機は、上野国立科学博物館の筑波地区資料庫で
保管されています。
この3号機は、筑波国際科学技術博覧会・カナダ国際交通博覧会で
走行展示されました。
1987(昭和62)年葵博岡崎が開催されたのを機に、
岡崎公園に展示。
1990(平成2)年まで走行展示(全長180m)されました。 -
1988年、さいたま博覧会でHSST-04が展示走行。
最高時速30km/h。
1989年3月、横浜博覧会の横浜博線(YES'89線)では、
HSST-05による日本初の営業輸送が行われました。
最高速度42km/h。
横浜博で運賃を払って乗車した私は、
日本初のHSSTの「お客様」だったんですね。
1989年8月、名古屋鉄道が筆頭株主となり愛知県、
日本航空などが出資して中部エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社
(中部HSST開発)を設立、
その後、日本航空はHSSTから事実上撤退しました。 -
2003年11月、海外へのHSSTの販売に向け、
伊藤忠商事、中部HSST開発、名古屋鉄道により
HSSTシステム販売株式会社が設立されました。
しかし、受注を取り付けるには至らず、解散しています。
日本は技術開発力はあるんだけど、売り込みが下手ですよね。
妙なプライドを持つのではなく、商売上手な国の人のやり方を
もっと学んで欲しいなあ。 -
さて、HSSTの隣に置かれているSLです。
ここも柵の中ですが、柵が若干低めなのと、
網目が二重ではないので心持ち気が楽です。 -
柵の上に手を伸ばすと、なんとか撮ることが出来ます。
-
D51688です。ライトが2つです。
-
1942(昭和17)年8月13日国鉄浜松工場製造。
1973(昭和48)年6月16日廃車。 -
運転室にはブルーシートが張られているようです。
-
足回りは、綺麗に塗られていますが、
意外にもかなりの個体番号が見て取れます。 -
こういうところの個体番号がくっきりしているのが、
このSLの特徴かな。 -
久々に見つけた部品の融通個所。刻印がD51782になっています。
破損したか、劣化して譲り受けたんでしょうか。
D51782は1942年汽車製造で、
1973年に廃車になっています。
製造会社は違いますが、製造年・廃車年ともに同じなんですね。 -
そして、D51688とD51782はともに、
「左右非対称デフレクタ」なのです。
向かって右側のデフレクターの下の部分が斜めにカットされています。
左側は垂直のままです。このような珍しいデフは、
C58200にもありました。 -
C58200は、
静岡県の天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅構内に
煙室ドアだけが保存されています。
(隣に動輪もありますが、別の車体のものかもしれないようです)
2014年5月に転車台などを見学するために訪れました。
(転車台の様子は旅行記参照願います)
C58200のデフは、向かって右側(公式側)の上部と下部が
小さく欠け、向かって左(非公式側)は上下ともに大きく欠けています。
非常に珍しいデフだったので、一緒に保存しておいてくれれば
よかったのにと思います。
余談ですが、浜名湖に繋がっている佐鳴湖にある「佐鳴湖公園」の
北岸では、ミニSL鉄道が第一日曜日に運行しています。
このSLがC58200です。
なんと7年も掛けて実物同然に作ったそうです。 -
脱線してしまいましたが、次は路面電車です。
SLの正面にありますが、交通公園の道路を挟んでいるため、
ぐるっと迂回しなければ行かれません。 -
3輌の車体が屋根付きで展示されています。
-
「モ401」
1952(昭和27)年6月に2輌を連接車として改造したもの。
連結台車は、小田急線のロマンスカーLSE(廃車)・VSEに
採用されています。
小田原・箱根湯本間の急カーブを走行するためです。
他に、江ノ島電鉄が全車に採用しています。
これは、乗って見ればすぐにわかりますが、
くねくねと曲がりくねった路線だからです。
モ401は、名鉄揖斐、谷汲線で活躍しました。
1973(昭和48)年廃車。 -
車内に入ることが出来ます。可愛いピンク色に塗られています。
現役当時は、たぶんこうじゃなかったと思うけど・・・ -
運転席。本当に単純な仕掛けです。
古い路面電車の運転席は、どれも同じようで、
一年前にポルトガルの首都リスボンで路面電車に乗りまくりましたが、
やはりごく単純な計器類しかありませんでした。
もっとも、あちらの車輛も相当古いから、
もしかしたら、このモ401と変わらないかも。 -
天井の照明がいい風合いです。明治28年に初めて京都市電が開業して、
以来、こうした古式ゆかしい木造の車輛が活躍して来ました。 -
連結部分は、円盤型の蓋がされています。
製造当初は真っ平だった筈の床が、
すり減って、節だけが浮き上がっています。 -
振り返って見ると、D51688の顔が見えました。
こう見えるように、設置したんでしょうか。すごいな。
車内を見ると、吊り革が片側にしかありません。
手前の車輛は両側に吊り革があります。復元しそこなったの? -
English Electric Company
1918年設立のイギリスの総合電機メーカー。
航空機・戦車・鉄道・エンジン・コンピュータetc。
香港の路面電車もこの会社製。 -
「カノピースヰッチ」福島電機製作所。
「カノピースイッチ」とは、調べると暖房・冷房・リセットなど
いろいろ言われているけれど、統一見解が見つからなかった。
始めに見た時は、行先表示板の切り替えスイッチなのかなと
思ったけれど、この車体には下部に大きな看板が付いていました。 -
ついでに、2019年3月にリスボンで乗った路面電車。
終点に着くと、運転士は、左手で行先表示を動かし、
右手に持った鏡でそれを確認していました。
雨の日も雪の日も、こうするんだろうか。
「ENTRADA」は「入り口」です。 -
こちらから見ると、2輌に跨って台車があるのがよくわかります。
「名鉄としてもこのタイプは1輌しかなく、
鉄道ファンからも珍重されていた。」
と説明板に書かれていました。 -
「屈折はしご付消防ポンプ自動車」
「この屈折車は、昭和596年1月から平成13年12月までの
20年間、岡崎市消防署南分署にて第一線の出動車両として
数多くの消火、救助活動に活躍したものであります。」
大人数が必要だったから、運転席が広く定員7名なんだって。
ここは交通広場なんだったなあ。
「鉄道広場」じゃないから消防車だってあるんだ。 -
汽笛の音に頭を巡らすと、「こども汽車 (ゆめポッポ)」が
走っているのが見えました。
H・Kポーター社の車輛がモデルのようです。 -
さて、夕暮れ迫る頃、西に移動して半田市にやって来ました。
JR武豊線半田駅のすぐそばにC11があります。
昭和45年の「さよなら列車」の牽引車です。
背後に見えるビルに、なにやら見覚えのあるマークが付いています。
あれ?「ミツカン」?なんとお酢のミツカンホールディングスの
本社なんです。
あのマークは、1887(明治20)年に中野家の家紋(三を○で囲む)から転化して登録商標にしたもので、
今に至るミツカンマーク(三の下に〇)です。
本社ビルの真後ろ(半田運河沿い)に「ミツカンミュージアム」が
あります。 -
JR武豊線の線路のすぐ脇にC11は置かれています。
すぐ横には、「半田市鉄道資料館」もありますが、
開館していませんでした。
第1(1月は第2)・第3日曜日のみ開館で、
開館時間は10時~15時です。 -
C11265。
昭和19年4月日本車輛製造。
中津川・名古屋・稲沢第一各機関区所属。走行距離1,108,037km。
昭和45年廃車。半田市民ホールにて保存。
平成19年9月半田駅北側へ移設展示。 -
夕陽が当たって、凛々しい顔立ちです。
何故か、奈良の興福寺国宝館に安置されている旧山田寺仏頭を
思い浮かべました。
火災に遭い、頭部だけとなり、それも顔の部分だけが残った状態で、
それでもとても凛々しい仏様です。
現在は「銅造仏頭(旧東金堂本尊)」と表記されています。 -
D51ばかり見て来たので、C11はスリムだなあと感じます。
全体的によく整備されていますね。 -
運転席の窓の下には、いろいろな表示があります。「S」って何だろ?
-
このC11265は、いろいろと飾り物の多いSLです。
手前の角に、くるくるっと円を描くものは、
タブレットを入れた輪っかを、ホームに人がいなくても
受け取れるようにするための、受け取り装置です。
機関士は、タブレットを保持して閉塞区間を通過し、
最後の駅で、ここに引っかけて置いて行きます。
タブレットはいくつもあるので、即座に受け取って
閉塞機に入れなくても大丈夫なのです。 -
イチオシ
タブレット受領機を芸術的に撮ってみました。
この時間って、何を撮っても絵になるなあ。 -
夕暮れ時のわずかな時間だけ、真っ黒な機関車がほんのり色付きます。
この時間の機関車が好きです。あまりにも短い時間の輝きです。 -
この見事なグラデーション。
これは、この車体がとてもよく整備されているという
証(あかし)でもあります。 -
窓枠も新たに作り直されて、気持ちいいですね。
-
おお!いぶし銀だ。使い込まれた鉄の様が心に響きます。
このように塗装をしていないと、
定期的に整備しないと錆びてしまいます。
だから敢えて塗っていないということは、
それだけきちんと整備する覚悟があるということです。
嬉しいなあ。 -
ここにちゃんと数字が明記されている車体は久しぶりです。
輪っかの中の網も完全な状態だし。 -
スポーク形の動輪には、いろいろな数字が刻まれています。
でも、あれ?D51210って?R側だけでなく、L側にも同じくD51270と刻まれています。
ひょっとして台車が違うの?
C11とD51の動輪に互換性ってあるのかなあ?? -
うわ、痛々しいなあ。個体番号の最後の数字が読みづらい。
-
荒々しい鋼の肌。働く金属の重厚感。格好いいね。
-
あれ?赤く塗った跡がある。以前は塗装されていたんだね。
なんだか車体の右側と左側では、印象が違うなあ。
担当者が違うのかしら? -
う~ん、綺麗だね。今日、最後に見たのが君で良かったよ。
-
半田駅に名古屋行きの区間快速が止まりました。
昼間は大府止まりですが、朝夕には名古屋まで行くようです。
武豊線の開業は1886(明治19)年3月と古く、
名古屋地区で最初に敷かれた鉄道でした。
半田駅の跨線橋は1910(明治43)年に使用開始。
現在も使用されている跨線橋としては、
JR最古のものと伝えられています。
半田駅にある危険物保管庫。通称「ランプ小屋」も歴史的建造物です。
終点の武豊駅の先にかつてあった武豊港駅の跡地には、
今も腕木式信号機や、貨車専用の小さな転車台が残されています。 -
2020年春。新型コロナウィルスのため、
各地で臨時休館が行われています。
4月7日、緊急事態宣言が行われました。5月6日までの予定です。
この鉄道資料館の休館も延長されることでしょう。
早く自由に出掛けられるようになるといいな。
次回は、「愛知こどもの国」と豊川の日本車輛製造に行きます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
愛知 の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2020年3月愛知の鉄道・SL
0
67