2019/10/20 - 2019/10/25
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あきちゃんさん
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東照宮・中禅寺湖~会津若松鶴が城、安達太良山、五色沼、そして磐梯山などの紅葉を、ゴルフ1Rを挟んで訪ねてきました。
この「その2」には、会津若松鶴が城、安達太良山、五色沼、そしてメローウッドGCの紅葉のようすについて記しています。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3日目。午前8時40分、ホテルを後にして、「鶴が城(会津若松城)」を訪れました。
徳川幕府が崩壊していく幕末、最後の藩主「松平容保」は、会津藩家訓による武家の棟梁たる徳川家への絶対随順を基に、京都守護職をはじめとする幕府の要職を拝し、薩長土肥の勤皇討幕の動きを厳しく取り締まりました。
最後まで、幕府軍の要として新政府軍と激しく戦い、居城「鶴ヶ城」は決戦の舞台となりました。時勢益なく、白虎隊の悲劇や戦いに敗れた後の会津藩士たちの苦役を思うと、歴史の非情さが身に沁みます。
今日は、その歴史の舞台を、この目でしっかりと見つめていきたいと思い、訪問しました。 -
豊臣秀吉の命により伊達政宗から受け継いだこの城を、1952年より近世城郭に改造し、城下町を整備したのは、豊臣恩顧の家臣「蒲生氏郷」です(42万石のち92万石)。
氏郷の子の秀行は家中騒動のために宇都宮に移封、そのあとに越後国春日山より上杉景勝が120万石で入封しましたが、1600年、関ヶ原の戦いで西軍に加担したため、景勝は出羽国米沢(30万石)に移封されました。
その後、蒲生秀行(再)、加藤嘉明が入封していますが改易され、1643年、出羽国山形より3代将軍徳川家光の庶弟である保科正之が23万石で入封。以後、会津松平家(保科氏から改名)の居城となって明治に至っています。 -
城の西側に回って、場内へと入ります。
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天守閣最上階(5層階)からは、東西南北の景色が望まれます。
上の写真の赤丸は、城の北東方向にある飯盛山の頂上近く、白虎隊の少年たちが自刃した場所です。 -
1層に降りてきて、平成10~12年に復元された「南走長屋」「干飯櫓」を見学しました。
「南走長屋」は帯郭と本丸の間に建てられていて、侵入した敵を本丸へ攻め込ませないために、戸板や壁を厚くし防御力を高くしています。また「干飯櫓」は南堀に面する重要な砦で、戦時には兵士がこもるとともに、食糧の備蓄倉庫としての役割も果たしていました。 -
長屋の部屋には、たくさんの武具が備蓄されていました。
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明治新政府軍が東北地方の幕府軍各藩(奥羽越列藩同盟軍)を攻めた戊辰戦争で、「鶴ヶ城」は約1カ月間の籠城の末、降伏、開城。
藩士の斗南(青森県北東部)移封によって空城となった「鶴ヶ城」は地元保管とされましたが、激戦に荒廃した城は取り壊されることとなりました。
その後、若松市が保管することとなった城は、約90年を経て、1965(昭和40)年、基金を募り、市民の念願であった天守閣の再建(コンクリート製)が成りました。
上の写真の左方向に伸びている建屋が、平成12年に復元造成された「南走長屋」です。石垣も新しく積まれています(本丸部分は野面積み、長屋の下は切込み継ぎ積み)。 -
城内の一角に「茶室 麟閣(りんかく)」があります。
千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられたとき、氏郷は利休の子の少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに千家復興を秀吉に働きかけました。
その結果、宗左、宗室、宗守の3人の孫によって表、裏、武者小路の3千家が興され、今日の茶道隆盛の基が築かれました。
かくまわれている間、少庵が氏郷のために造ったと伝えられているのが「麟閣」であり、以来、幕末動乱の曲折を経ながら、鶴ヶ城(若松城)内で大切に使用されてきました。 -
最後に、もう一度天守閣を振り返り、別れを告げました。
この城の屋根瓦は赤味がかった色をしています。瓦に赤の釉薬を塗ることによって耐久性が増します。平成23年春の改修によって、幕末時代の瓦(赤瓦)を復元し、赤い瓦をまとった日本で唯一の天守閣となりました。
「鶴ヶ城」を守っていこうとする、会津の人々の思いが、瓦にも表れていますね。 -
時刻は丁度正午。駐車場(西出丸)へ出るところの石垣の上に鐘楼があり、鐘が撞かれていました。
会津若松では、今も定時には鐘の音が街に響き渡るのですね。 -
堀には、鴨の親子が遊んでいました。
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磐越道に乗って、安達太良山を目指しました。
午後1時、磐梯SAで昼食を取りました。生憎の雨で、磐梯山は霞んでいます。安達太良山は大丈夫でしょうか。 -
郡山JCT。 ここで東北道に乗り、仙台方面に向かいます。
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間もなく二本松ICで降りて、国道459号を西へと走ります。
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古くは奈良時代の古記「日本三大実録」にその名が見られる「岳温泉」郷の一角を左折して、県道386から380号へ入ります。
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この林の向こうが、ロープウエイ乗り場です。
この頃になってもまだ風はうなり、雨は横殴り…。動揺して、ロープウエイ乗り場の写真を撮り忘れてしまいました。 -
それでもロープウエイは動いていましたから、とにかく乗り込んで山頂を目指しました。
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山頂の風景は、この見事さ … のはずだったのですが!
これは、待合室に貼られていたポスターを撮ったものです m(__)m。 -
ロープウエイからの眺望は、見えるものは雨粒ばかり。
風でゴンドラが揺れます! -
山頂駅で一息ついていると、壁に今上陛下が皇太子時代にここを訪問されたときのお写真が展示されていました。
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外を見てみると、相変わらずの雨風ですが、霧は少しあがってきたようなので、近場を歩いてみることにしました。
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皇太子殿下ご夫妻の行幸記念碑がありました。
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風雨はそれほどでもないので、薬師岳展望台まで行ってみることにします。
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歩経路も川みたいになっていました。
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山頂駅から7~8分、薬師岳展望台です。向こうのお社の横からのぞいたのですが、やはり周囲は霧の中で、何にも見えませんでした。
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山頂駅に引き返して、コーヒーを飲み、休憩しました。
帰りのロープウエイは、横浜からバス旅行で来たというご夫婦が「どうぞ一緒に乗ってください」と言われるので、同乗させてもらいました。
「往きのロープウエイが風で揺れて、2回ほど途中で止まったのですよ。2人よりも4人の方が、安定して揺れませんから」と言ってみえました。 -
晴れていれば絶好の紅葉を見ることができたのでしょうが、雨と風の安達太良山でした。
「智恵子の本当の青い空」を見ることができなかったのは残念でしたが、とにかく安達太良山を踏まずして「智恵子抄」を語ることの心もと無さをひとつ超えることができたのは良かったかなと思います。
午後4時、安達太良山を後にして、今夜の宿泊地「五色沼レークリゾート」へ向かいました。 -
安達太良山へ登って行った県道380号を途中から左折して少し北上、国道115号へ出て猪苗代の方へしばらく走り、さらに県道70号へ入って、五色沼の北湖岸をたどる紅葉ルートです。
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もうじき、国道115号との合流点です。
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国道115号から、県道70号に入りました。
絶景の紅葉ルートなのですが、この時点で午後5時10分。雨の山道は周囲も薄暗く、周辺の紅葉は残念ながら鑑賞することはできませんでした。 -
午後6時、今夜の宿「裏磐梯五色沼レイクリゾート五色の森」に着きました。
「桧原湖」の東湖畔に位置する、大きなホテルです。 -
第4日目。午前7時15分 ホテルを出発。今日は「メローウッドゴルフクラブ」でのラウンドです。
五色沼からこのゴルフ場までは、県道64号(磐梯山ゴールドライン)を走って25分くらいと予定していたのですが、ナビが大廻りの県道2号を走れと教えてくれたので、60分ほどかかってしまい、8時22分のスタート時間ギリギリに飛び込んだという有様でした。 -
途中で電話を入れたりしていたのですが、丁度コンペがスタートする前に着いて、「すぐに10番から出てください」と言ってもらいました。
10番469ヤード パー5。記念すべき福島第1打は、右の林に突っ込んでOB。 -
11番164ヤード パー3。
正面の磐梯山へ向かって打っていくパ―3なのでしょうが、まだ分厚い雲がかかっていて、山すそだけしか見えません。
でも、もう空は明るくなってきていて、雨が降る心配はなさそうです。 -
15番553ヤード パー5に来たときには、雲も上がって、山肌を紅葉で染めた磐梯山がくっきりと姿を現しました。
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17番309ヤード パー4.
正面に見えているグリーンはアウトの8番のもので、17番のグリーンは右の木の向こう側です。 -
18番401ヤード パー4。
クラブハウスに向かって打ち下ろしていくパー4、フィニッシングホールです。 -
第3打地点です。
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ホールアウトしてから、18番をもう一度振り返ってパチリ!
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昼食を取って、アウトへターン。
1番465ヤード パー5の第3打地点です。 -
3番354ヤード パー4。
グリーンは右の池の中に立っている、紅葉した木の向こう側。池の右をぐるりと回っていきます。 -
すこしフェアウエイ方向に出て…。
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8番488ヤード パー5のグリーンから、後ろを振り返ったところです。
池の右が8番のフェアウエイで、池の向こうはインの17番のフェアウエイです。 -
18番のティイングエリア付近です。
後ろの磐梯山はまた雲がかかって、上の方の姿が見えなくなってしまいました。 -
9番318ヤード パー4のグリーンから、ティイングエリア方向を振り返ったところです。
福島県初ラウンド、46・42=88と、旅先のゴルフとしては可もなく不可もなくといったところでしょうか。 -
午後2時30分、ラウンドを終えて、今夜の宿泊地の仙台「秋保温泉」に向かって出発しました。
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裏磐梯からの磐梯山。火山爆発で中央の山頂部が吹き飛ばされた、おなじみの双頭の山形です。
ホントは、朝に走れなかった磐梯山ゴールドライン(県道64号)~磐梯吾妻レイクライン・同スカイライン(県道70号)を経て北上するつもりだったのですが、ゴルフ場からの出口でまた道を間違ってしまい、国道115号を走っています。 -
梯山ゴールドラインと磐梯吾妻レイクラインは省略して、国道115号の箕輪から磐梯吾妻スカイラインに入り、福島まで通り抜けてきました。
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高所を走るスカイラインの紅葉は、ちょっと盛りを過ぎているかなと思っていたのですが、まだ随所に鮮やかな秋色を残してくれていました。
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福島盆地が見えてきました。
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午後4時15分、東北自動車道に乗り、一路仙台を目指します。
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