2019/11/23 - 2019/11/30
45位(同エリア98件中)
おはさん
インドで考えた3 アジャンタにて
インドに関する名著「インドで考えたこと」(堀田善衛著)を40年ぶりに読んでみた。アジャンタについて「西欧文明が逆立ちしても考えつかぬような永遠の思想が、これらの洞窟のなかにかくされていると感じた」と述べている。このことが具体的に何を意味するか私にはわからないが、この洞窟寺院群は歴史的に見て比類なき人類の遺産であろう。アジャンタとエローラこの二つの遺跡の拠点となるのがオーランガバードという都市で人口は180万人である。デリーから空路2時間弱で到着。翌朝、バスで2時間、アジャンタへ向かった。道路は改修中で至る所未舗装でバスは左右に大きく揺られ砂埃がすごい。雨期になると通れなくなる箇所があり、迂回するため更に時間がかかるという。いつになったら完成するのか、当分はこんな道を揺られることとなるのだろう。前回来たときはワゴン車で回ったためか、そんな記憶は全くない。アジャンタ石窟は1819年、今からちょうど200年前にイギリス軍士官ジョンスミスが虎狩に来て、ジャングルの中にこれを発見したという。その時の彼の落書きが日付入りで石窟の中に残されていた。小さなバスターミナルから谷に沿って山道をゆっくり歩いて行くと15分ほどで第1窟に着いた、ここに、アジャンタ石窟群の中で最も有名な菩薩像がある。最初にこれを見てしまうのはもったいなく贅沢なことだ。しかし1本道に沿ってあるので必然的にそうなる。中は薄暗くてフラッシュ禁止なので下手なカメラマンには辛い。感度を上げて撮ればよかったのに忘れていた。この石窟の一番奥には本尊の仏陀像が彫られており両脇に菩薩像がある三尊形式だ。左の脇侍に有名な蓮華手菩薩が描かれている。1500年もの時を経ても色鮮やかな装飾が残っており右手に蓮の花を持ち体をs字状にくねらせている。これが法隆寺の金堂に描かれていたという菩薩像のルーツといわれ有名になっている。残念ながら法隆寺の壁画は焼失してしまったので、今は本物を見ることはできないが、インドで釈迦が起した仏教がパキスタンのガンダーラへ行き仏像が生まれ、逆にインドへもたらされてこの石窟が掘られ仏像が彫られ描かれた。そして更にシルクロードを経由して中国・敦煌で花開き、莫高窟の第56窟に同様の菩薩像が描かれた。そして、はるばると東の果ての日本に伝わり、法隆寺の壁画が描かれた。世界地図を眺めるとその距離は1万キロを優に超える。自動車も飛行機もない中で移動手段はラクダや人の足でひたすら歩み続け、海を渡って日本まで伝えられた。711年に法隆寺ができたことを考えると、この菩薩像が描かれて200年も経たぬうち日本へ伝わったことになる。人の歩みとはなんという偉大なことか。コピーも写真もない中でどのように人から人へ伝えられたのだろうか。仏教の信仰の力とほとばしる人の情熱が時代を超えて幾つもの国を超えて伝えられた。その証がここにあり、中国にあり日本にある。一人の人間がこの世に生まれ生きるということは奇跡といわれるが、このようなものが伝わるということも想像を超え奇跡が起こったと思わざるを得ない。奇跡のような物語を日本から来た一人の旅人が今、垣間見ることができるのは現代の旅の醍醐味である。この菩薩像を前にそんな想像を巡らせ、しばし思いにふけった。一体、誰がどんな思いでこの像を作ったのか。そしてその人はその心がアジアの東の果てまで伝わることなど想像しただろうか。このちっぽけな自分がどんなに想像しても想像し尽くせない偉大な営みがあり、その源流が今この目の前にあることに心を揺さぶられる。
ここで、この石窟の全体像を説明しておく。
渓谷の断崖中腹に数百mにわたって30の石窟が並んでおり、中央付近の5つの石窟が前期窟といわれ紀元前1世紀ごろに開かれ、その他は5世紀頃に開かれた後期窟いいわれている。前期窟は仏教の初期の時代のものなので、仏像がまだなくて簡素な造りでストーパ(仏塔)を礼拝の対象としていいるという。そして500年の時を経て、インドに強大な仏教帝国が出現し、ここに25もの石窟寺院が造られ仏像彫刻や鮮やかな壁画が出現した。7世紀にかけての約150年間造営されていたといわれている。その後帝国の衰退とともにアジャンタは、歴史の舞台から隠れ、ジャングルに覆われることとなった。
30もある石窟を見てみると、それぞれの違いはあるのだが、だんだんと訳が分からなくなって頭が混乱してくる。仏教の教えの色々な場面やエピソードが描かれているが、説明を聞いてもすぐ忘れてしまう自分は仏教徒ではなく単なる仏教ファンなのかも知れない。印象に残ったのは第26窟の横たわる釈迦の涅槃像だ。恐らく釈迦の生前の物語があって最後にこの像が彫られたのであろう。この石窟は未完のまま放棄されたといわれているが、インド最大のこの涅槃像は、千数百年の時を経ても静かに微笑みをたたえながら横たわっていた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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現地ガイド:目がギョロっとして南インド系の顔立ち。なかなか迫力があるベテランのガイドでした。インド人は態度が堂々として、髭を生やしている人が多く誇り高くみな立派に見える。
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ニームツリーといって、この枝を軽くかんで歯磨き代わりにする。味は少し苦くて日本のニガキに似ている。
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小さなバスターミナルから石窟までは上り坂なので、こんな運び屋がいて座ったまま運んでくれる。料金はいくらか聞いていません。
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遠足の小学生にぶつかりました。社会見学に来たのでしょう。
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石窟が間近に迫ってきました。アジャンタ石窟は硬い岩壁の中腹に150年間もの間、穿たれました。石工や僧侶たちは何を考えながら、代々にわたり掘り続けたのでしょうか。
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第1窟
手前の第1窟は最高の見どころ。大きな岩の塊に鑿を穿ち、立派な柱を残してくりぬかれ、中央の広間から外側に回廊のように部屋がある。柱や壁にも彫刻が施され、宮殿のような豪華さがある。 -
中央広間の奥には釈迦像があり、左右に菩薩像(壁画)を配している。
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暗くて、不鮮明だが、これが左側の蓮華手菩薩像。右手にレンガの花を持っている。
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フラッシュ禁止なので、光不足で鮮明に写らない。法隆寺の金堂の壁画の原型とされている。シルクロードを経て中国に伝わり、遠く日本までよくも伝わったものと思います。
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これは、空港の壁にあったポスターです。修正しているのか、実物より鮮明に写っています。しかし、薄暗い石窟の空気に包まれて見るほうが歴史の重みを感じます。
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第7窟の釈迦像
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第9窟
入り口に高く見上げるように豪華な装飾が彫られています。 -
第16窟
足を地に付けた釈迦像 -
天井には剥がれかかっているが、釈迦の物語が描かれた壁画。
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第26窟
整った列柱が美しく、細部に彫刻が施されています。 -
中央にはストーパが掘られています。この石窟は広くて立派だが、未完のまま放棄されたといいます。
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中央のストーパに彫られた仏像。
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釈迦を攻撃する魔王一族などの物語が描かれているという壁面です。
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第26窟左の出口には、インド最大の涅槃像が静かに横たわりる。
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石窟群の奥から入り口方面を望む。右下はワーグラー渓谷になっている。アジャンタは、世界にまれにみる石窟と美しい壁画を生み出したが、仏教のウ‘‘ァーカータカ帝国の衰退とともに、開窟に携わった多くの職人や僧たちもこの渓谷から姿を消し、時がたちやがて人々から忘れ去られてしまった。
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入り口のバスターミナルで、子供たちにまた会いました。素朴で人なつこいインドの子供たちが印象的でした。
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オーランガバードのホテル「アジャンタ アンバサダー」
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