2019/11/23 - 2019/11/30
422位(同エリア733件中)
おはさん
インドは多様な顔を持っていますが、最もインド的な所はベナレス(バナラシ)だと思います。
ここで、夜のプジョーというヒンドウー教の儀式と朝のガンジス河での沐浴風景などを見学しました。
インドは多様な顔を持っており、地域によって、都市によってかなり違いがある。
でも、最もインド的な所を1か所挙げるとすればベナレスだと思う。
我々はデリーから空路で2時間余りベナレス空港へ着き、昼食後バスでまず仏教の4大聖地のひとつサルナートへ行った。釈迦が悟りを開いて最初に説法をした地として知られており、ダメーク・ストーパといわれる高さ40mを超え、直径も40mもある巨大な仏塔が建っている。仏跡をいくつか巡ったあとベナレスのガンジス河の河岸へ向かった。
ベナレスへ着くと道路は車と人で溢れて大渋滞。途中でバスを降り歩いて岸辺へ向かったが、人ごみをかき分け車の波をかいくぐり15人は迷子にならないようにガイドの後を必死で追う。20分も歩いただろうか、路地を抜けるととある4~5階建ての建物の階段を、何の説明もないまま上り屋上にたどり着いた。ガイドは旗も持たずに速足なので全員を掌握していたのだろうか、はぐれずによく着いたものだ。ここからはガンジス河が手に取るように一望でき、河までの間には舞台が並び、その周りの席に人々がぞろぞろと集まってくる。ガンジス河は幅が何キロもあり、大小の船が左右に行き来しているので、流れは速くはないのだろう。やがて、夕暮れが迫ってくると舞台には明かりがともされ、礼拝の僧が現れた。
全人口の80%とも70%ともいわれるヒンドウー教の聖地であるベナレスは、インド各地から毎日多くの人々が巡礼に訪れる。そして、聖なるガンジス川で沐浴をしこの世の罪を浄めてもらうという。そして夕方になると毎日、お祭りのようにプジョーといわれる礼拝が大勢の礼拝僧の導きにより行われている。我々が見たガートは十数台もの舞台にそれぞれ僧侶が立ってドラと太鼓が鳴り響く中、ローソクや松明に照らされて踊る姿は夜に浮かぶ野外劇場のように人々を惹きつける。
我々は、建物の屋上から眺めたが、舞台を取り囲む礼拝席や横付けされた屋形船から礼拝する人々は敬虔なヒンドウー教徒であろう。日本の村祭りも神に祈り神の恵みに感謝する儀式だが、ヒンドウーのプジョーも似たようなものかも知れない。ガンジス川に沿ってガートと言われるこのような施設が何十もあるらしい。
儀式は2時間ほどで終わり、我々は引き揚げたが現場はまだ余韻に浸る人々が大勢いる。まだ、何かの儀式があるかも知れない。
我々は、翌朝日の出前に再びここを訪れる。翌朝5時40分に着くとガンジス河の対岸は雲が多く、日の出は見えないうちに明るくなってしまった。石段を下り待っていたボートに乗り岸を離れるとガートの全貌が見渡せる。まるで城壁のように赤い石の建物が立ち並び、岸辺の石段には人々が群れ、朝のお祈りをしているのだろう。ガイドの用意してくれたローソクの火がともった花皿を静かに川面に落とし、聖なるガンジスの神に祈りをささげる。水は濁ってはいるが不潔な感じはなく、周りの船でも祈っている姿を見ると自分も神聖な気分になり手を合わせる。船が岸辺に沿って行くと、白い煙が上がっている場所が見えるのは火葬場だ。薪を積み上げて野外での火葬は今の日本ではほとんど見ることはない。骨と灰は母なるガンガに帰っていくのが、ヒンドウーにとって最高の願いだという。最近は日本でも遺骨を海に撒く散骨がはやっているが、インドでは昔からガンガへ散骨する風習がある。かつては散骨どころか遺体をそのまま川に流したという。この川べりで死ぬのが最高の望みだというが、道端で横たわる人はこれを待っているのか。人々はこの水で沐浴し歯を磨き洗濯をする。路上にも川辺にも生と死が隣り合わせに存在しているのがインドの社会である。今の日本は人の死を日常から隠そうとするが、インドはありのままの死を生者が受け入れている。昔は日本でも死を自宅で迎え、埋葬までの儀式を全て自宅で行い、それを死者に対する供養と考え、残されたものがともに死者を身近に感じ、生と死を考えることができた。今の日本は、自分の手を汚さず葬式をお金で買うようになった。仏教に教えを受け入れようとしない日本人が多くなっている。ちなみに、ガイドの話ではインド人は輪廻転生を信じているという。人は善行を積むと、再び人間に生まれ変わる。お釈迦様の前生は鹿だといわれているが、動物も植物も生あるものを大事にするする考えが強く、地方都市や農村では牛だけではなく野良犬や猿や豚や様々な生き物が共存している。大都市では都市化の進展に伴い、随分変貌しているが、ヒンドウーの考え方とどのように折り合いをつけて生きていくのか。大都市には車が溢れ、人々はスマートフォンを片手に生活しているが、埃や雑踏をものともせずに、若いエネルギーが街を覆っているように見える。これから、ヒンドウーの伝統がクルマ社会とどう折り合いをつけていくのか、近い将来中国を抜いて世界一の人口を抱えるインドの若い力が、どこへ向かっていくのだろうか。インドで考えた。
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ベナレスの道路はガンジス河のガートへ向かうヒンドゥー教徒で溢れる。日没とともに河岸ではプジョーと言われる儀式(お祭り?)が行われる。人々はここへ向かう。
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街には、デリーでは見られなくなったリキシャや牛が歩いている。
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プジョーの儀式会場は、1か所で10台ほどの舞台があり、これが川沿いに十数か所もあるらしい。
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暗くなってくると、儀式の準備が整い、礼拝者も増えてきました。
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儀式も佳境に入り、礼拝僧がドラと太鼓の鳴り響く中、明かりに照らされて踊ると礼拝者は魅了されているようです。さながら、夜の野外劇を見ているようです。
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夜のショーは夜中まで続くのでしょうか。我々は2時間一区切りついたので切り上げました。
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翌朝の日の出前、5時15分にホテルを出発、再びガンジス河へ。待っていた小舟で朝のお祈りに出る。対岸の地平線は雲が多く日の出は見られなかったが、階段状になっている岸辺のガートには大勢の巡礼者でごったがえしている。こうした場所は上下流に60も並んでいるという。
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花皿にローソクをともし、明けてゆく川面に浮かべ、手を合わせる。
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岸辺では聖なるガンガに向かって瞑想している。
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上流のガートでは、青い煙が立ち上っている。ここは火葬場で遺体に薪を積み上げて荼毘に付している。彼らは灰と骨が聖なるガンガに帰るのを、最上の幸せと考えている。
お祭りの躍動があり、沐浴をして聖なる水に身を包みそして、最後は骨と灰になってガンガへ帰る。ベナレスは生と死が混在しているところ。 -
これから、沐浴をしようと建物から出てきた人
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ヒンドゥーは牛も山羊も豚も猿も全ての生き物を大切にする。自分の前生が動物だったかも知れないと。
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サルナートはベナレスから10kmの所にある釈迦の4大聖地の一つ。釈迦の前生は鹿だったと言われており、それと関係しているのか知りませんがここは鹿野園(ろくやおん)ともいわれている。サルナートの代表的な遺跡はこのダメークストーパ。高さ44mあり、周りに大きな建物がないからよく目立つ。ストーパとはもともとは釈迦の骨を納めたもので、仏塔とか仏舎利塔ともいう。日本のお墓には卒塔婆(そとうば)を供えるが、これはストーパが語源だという。
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