2019/12/28 - 2020/01/04
213位(同エリア398件中)
なかさん
「アジャンタ・エローラ西インド世界遺産紀行」のツアーに参加。
海外旅行は、インドのグジャラート州に行って以来一年振り。アジャンタ・エローラは約30年前にバックパックで訪れているが、覚えているのは泊まった安ホテルの共同トイレが詰まっていて困ったことぐらい。。。
12月28日(土) 空路でインドのムンバイへ。
12月29日(日) ムンバイ市内観光後、エレファンタ島の石窟群を見学。空路でアウランガーバードへ。
12月30日(月) アウランガーバード郊外の観光後、エローラ石窟寺院群見学。
12月31日(火) 終日、アジャンタ石窟寺院群見学。
1月1日(水) アウランガーバード市内観光後、ブシャワールへ。着後、列車にてボパールへ。
1月2日(木) ボパール郊外、ビーマベトカの岩壁画、サンチー遺跡の見学。
1月3日(金) 空路でデリーへ。国立博物館見学。
1月4日(土) 空路で帰国の途へ。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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ANAの直行便にて、インド西海岸に位置するムンバイへ。
ムンバイは、マハーラシュトラ州の州都でインド最大都市。1995年、強硬右派政党シヴ・セーナーの主導により、公式名称がボンベイ から州の公用語(マラーティー語)のムンバイへと変更されている。 -
さすが日本の航空会社。機内設備が充実。機窓は、ボタン操作で入る光を調整できる電気シェード。食後は、ハーゲンダッツのカップアイス。
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約10時間半のフライトで、18時半にムンバイ着。
すぐにホテル「ミラドール」に向かい、そこで21時から夕食後、宿泊。 -
翌朝、7時に出発してムンバイ市内観光。
車内でガイドさんから、「ムンバイの女性の80%は働いている。インド北部は古いがムンバイは進んでいるので女性進出が進んでいる」「インド全土の70%がヒンズー教徒。ジャイナ教、仏教、シーク教の3つはヒンズー教から生まれた」と説明あり。 -
また、「インドは17世紀頃は世界有数の豊かな国だったが、他からの侵略で貧しくなった。インド人は平和を愛するので、他を侵略したことがない」とも説明あり。
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車窓から。ムンバイ初の地下鉄工事中の看板。
湾岸道路「マリーン・ドライブ」に沿って南下。この道路は、別名、クイーンズネックレス。夜景でそう見えるからだそう。 -
まず最初の観光は、「ドービー・ガート」。
「ドービー」とは、洗濯を生業とするカーストのこと。100年以上の歴史を持つ、ムンバイ市内最大の屋外洗濯場。陸橋横の展望台から見学。 -
洗濯方法は、コンクリートや石に打ち付ける方法で乾燥後に宅配も行っている。5,000人以上が働いているという。
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後方の高層ビルとの対比がインドらしい。
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横の線路をドアのない列車が通過。
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次に、「CST(チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス)駅」。外観のみ。
現役の駅ながら、ヴィクトリア朝とインドの建築様式が融合しているのが特徴。英国人の設計により1887年に完成。1996年にシヴ・セーナーの強い要望と、インド国内の植民地時代の名称を改名する動きがあり、現在の名前に変更された。2004年、ユネスコ世界遺産登録。 -
道路を挟んで向かいには市役所。
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さらに10分程移動して、「インド門」。
1911年の英国王(インド皇帝)夫妻のインド訪問を記念して建立。1924年に完成して植民地支配のシンボルとなった。高さ26m。 -
その前には、世界有数のホテル「タージ・マハル・パレス」(通称タージ・マハル・ホテル)。
インドが英国の植民地下にあった19世紀末、インド人の実業家、タタ・グループの創始者は、ヨーロッパ系のホテルに入場を拒否されたことに奮起してインド人が泊まれる高級ホテルの建設に着手した。当時としては最先端のエレベータや発電機の機械を調達し、1903年完成。 -
「エレファンタ島」へ行くため、インド門裏手の船着き場へ。インド門を下から撮影。
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乗船。
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遠方には、インド門とタージ・マハル・ホテル。右手には海軍基地があるが、撮影禁止。
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船は貸し切り。写っているのは、船内の売店員。
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約1時間の船旅で、まもなく到着。
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船着場からはミニSLに乗車。
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乗れない人もいるほど満員。進行方向。
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ここからは徒歩。
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約100段の坂道を登っていく途中。野生の猿がカバンにいたずら。
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この島は、元は「ガーラープリ島」と呼ばれていたが 16世紀にポルトガル人に象の石像が発見され、以来エレファンタ(ポルトガル語で象の意)島と呼ばれる。6~8世紀に造られ、全てシヴァ神を祀っている。石を積み上げたのではなく、岩山を削って造っている。1987年、世界遺産に登録。
なお、語尾にプルが付けられているのはヒンドゥー系。バードと付くのはイスラム系の街であると、ガイドさんから解説有り。 -
石窟寺院の第一窟。北側から入る。
ポルトガル人によって石窟の多くが破壊されているが、唯一破壊をまぬがれているのがこの石窟。 -
入って右の壁には、「踊るシヴァ神 (ナタラジャ)」の彫刻。
向かって左上に、ブラフマー(四つの顔を持ち、白鳥に乗っている)。その下がシヴァ神の長男ガネーシャ。さらに下に、槍を持っているのが次男のカールッティケーヤ。右側には、シヴァ神の神妃パールヴァティー。ターンダヴァという踊り。 -
「怒れるシヴァ神」。
悪魔アンダカを退治している。右手に剣。左手には鉢。背中に羽根。上には、悪魔がいなくなって祝っている天女。アンダカは、シヴァとパールヴァティーの三番目の息子。 -
ヒンドゥー寺院で最も神聖な部屋である「祠堂(ガルバ・グリハ)」北入口。
ガルバとは子宮を、グリハとは部屋を意味する。左右には、門番の守護神。中央には、シヴァのシンボル、リンガ(男根)。 -
祠堂には四つの門があり、南西側から。
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南西の壁にある、「シヴァ神とバールヴァティーの結婚式」。
写っている女性は、日本語が上手なガイドさん。 -
突き当りの奥の壁には、最大の見所。
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中央は、「シヴァの三面上半身像」。
右下にはザクロ。ザクロは、豊かさのシンボル。左にはコブラを持っているとか。高さ約6m。 -
右を向いているのは、優しさにあふれる神妃としての創造の神の顔。正面を向いているのは、瞑想にふける調和の顔。左を向いているのは、破壊神としての顔。
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左側には、「両性をもつ神アルダナーリーシュヴァラ」。
シヴァは両性具有の神。左がシヴァ神で、右がパールヴァティーの合体像。 -
その近くには、「カイラース山に座るシヴァ神とパールヴァティー」。
パールヴァティーの下には、シヴァの乗り物とされる牡牛ナンディが座っている。 -
北側から入ってきたが、実は正面はこちらの東側。奥には祠堂とリンガ。
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「瞑想するシヴァ(ヨギスヴァラ)」。
蓮の上に乗っている。蓮は、泥水の中から生え美しい花を咲かせるから神聖の象徴。
この後、自由時間。 -
東側の前庭から。
手前の円形の台座には、かって牡牛ナンディの石像があり、奥のリンガと直線で繋がっていたよう。 -
北東から祠堂を撮影。
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観光客が騒いでいるので視線の先を探したら、レストランの屋根にペットボトルを盗んだ猿とそれを追いかける別の猿がいた。
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帰りは、ミニSLがなかなか来ないので徒歩で。遅れて到着したミニSLを正面から撮影。
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帰路も同じく船で一時間。
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この後、国内線で約1時間。ムンバイの東350㎞にあるアウランガーバードへ移動。
ホテル「ラマ・インターナショナル」で夕食、宿泊。 -
観光開始して二日目。朝食後、ホテル玄関のスタッフ。
彼らから、マハーラーシュトラ州の公用語マラーティー語をよく教えてもらった。挨拶は、ナマステーよりもナマスカール。ありがとうは、シュークリア。おはようは、スープラバー(?)。他にも、See you tomorrowは「ウン ハベトゥヤ」とか、 Whats your name?は「トゥーツェ ナウ カエ」とか言ってたけど、よく聞き取れなくてカタカナで適当にメモした。 -
ホテルの外観。
8時出発。今日は、アウランガーバード郊外の見学。 -
車窓から。遠方に見えるのは、「ダウラターバード」。
アウランガバードの西郊外13㎞にある砦跡。お金の町という意味らしい。 -
下車して遠景を撮影。
1187年に首都として築かれ、歴代のイスラム王朝によって占領が繰り返された。左の塔は、チャーンド・ミーナールというインド国内で2番目に高いミナレットで、15世紀に戦勝記念に建てられた。高さ70mとか。 -
通って来た道を振り返る。
バスで移動中にガイドさんから宗教の歴史の話あり。「一番古いのはヒンズー教で5千年前。二番目がジャイナ教で2,900年前。仏教は2,600年前」。また、「土着のドラヴィダ人がイラン高原から来たアーリア人に支配され、ヒンディーが生まれた」とか。 -
9時頃に、ホテル「KAILAS」でトイレ休憩。
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車窓から。道中よく見たさとうきび畑。
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それと、白い花の綿畑。
これから行く「ピタルコーラ石窟」は、仏教がメイン。ちなみに、午後に行く「エローラ石窟寺院群」は、仏教、ジャイナ教、ヒンズー教。明日行く「アジャンタ石窟寺院群」は、全て仏教が見所とのこと。また、西インドに石窟が多いのは、西海岸に沿って南北に連なる西ガーツ山脈の東にあるデカン高原が玄武岩台地であるからと。 -
10時40分頃、「ピタルコーラ石窟」に到着。
紀元前3世紀~紀元後2世紀頃の石窟群。 -
石窟寺院には、大きく分けてチャイティヤ窟とヴィハーラ窟の2種類ある。前者は、ストゥーパ(仏塔とか仏舎利塔)や仏像を祀る礼拝堂で、後者は、僧侶が暮らすための居室がある僧院。
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添乗員さんの説明によると、インド仏教は大きく分けて、紀元前後の初期仏教(原始仏教)と5世紀からの後期仏教(大乗仏教)の二つの時期に分けられるんだそう。後期になると、ヴァハーラ窟内部に仏堂が備わり、礼拝堂を兼ねるようになってチャイティヤ窟が多くなるとのこと。
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ガイドさんよると全部で14窟。そのうち4つはチャイティヤ窟。後の8つはヴィハーラ窟で構成されている。
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10分程、急な階段を下っていき到着。手前から順に、第一窟、二窟、第三窟。
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地球の歩き方にも載っていない穴場なので、観光客は誰もいない。
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第一窟。ヴィハーラ窟。
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奥から、第一窟、二窟。
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階段を支えているのは、ヤクシャ(夜叉の男神)。シヴァ神に仕え、カイラス山に住むとされる。左が羽の生えた馬。
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最大の見所の第三窟。
石窟は紀元前2世紀の遺跡。背後の壁は6世紀頃の壁画。チャイティヤ窟だが、ストゥーパは失く基壇があるだけ。八角形の列柱が並ぶが、手前の柱は保護のため近年になって設置されたよう。 -
柱に彫られた文字。
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仏画。仏の上には、三層の傘蓋。
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蓮華手菩薩図。真ん中の人は髪型がアフリカ人と似ている、とガイドさんから解説有り。
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天井。
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第四窟。
ガイドさんが最初に訪れた50年前には、象の頭部の彫刻がきれいにあったとのこと。左は蛇の像。かって水が出ていたとか。 -
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石造なのに、木造建築の寺院っぽく見せようとしているよう。
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この後、自由時間。
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右が対岸。
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第三窟を再び。
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列柱の後ろの回廊。
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対岸に渡って撮影。
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対岸にある石窟。
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中にはストゥーパ。
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帰り道。見納めで撮影。
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野生保護区の看板。
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エローラ石窟寺院群に向けて出発。畑には野生の猿。
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道路工事が非常に多い。二車線の工事だとか。
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来る道中トイレ休憩したホテル「KAILAS」のレストランで、13時半に昼食。駐車場が満車の人気のレストラン。
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食事はビュッフェスタイル。ラッシーは、200ルピー。空港の両替では、5,000円で2,900ルピーだったので、1ルピー≒1.7円。
レストランには、途中からタイ人のツアー客も来客。空港でもタイ人を見かけたが、ガイドさんによると最近タイ人の観光客が増えているとのこと。
食後は、今回のツアーのハイライトの一つ、エローラ石窟群観光。
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