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茨城県笠間市へ出かけた。今回、没後80年を迎えたイコン作家山下りんの回顧パネル展が開かれているのでそれを見ることをメィンに、併せて日動美術館そして最後に春風萬里荘を見学することで笠間にやって来た。回顧パネル展は11月24日までだったので、この日しか時間がとれなかったので慌てて来てみた訳である。しかし、一日で3カ所も回れるか不安であったが、やや駆け足的にあわただしいものになってしまった。<br /><br />山下りん(1857~1939)と言っても大方の方はご存知ないかもしれない。彼女は笠間出身のロシアイコン制作画家であった。1880年(明治13)ロシアに渡り、そこでイコン制作技法を学び、帰国後日本各地にあるロシア正教の教会に聖画を描き、彼女の作品がそれらの教会に収められている。東京お茶の水にある東京復活大聖堂(ニコライ堂)には何枚もの彼女の作品があり、実際に見ることが出来る。<br /><br />彼女が生まれてから生涯住んでいた家が地元笠間にあり、現在は「白凛居」という記念館なっている。月に2回くらい一般公開していて、前以て笠間教育委員会に尋ねれば、いつ開いているか教えてもらえる。小生もそんな形で見学させていただいた。入館料は無料である。<br /><br />  ※ 「白凜居(はくりんきょ)」 茨城県笠間市笠間1510 (2020年度からしばらく休館) <br /><br />日動美術館は東京銀座にある日動画廊の創業者・長谷川仁によって郷里である笠間に1972年(昭和47)に開館したものである。<br />   ※ 「笠間日動美術館」<br />        茨城県笠間市笠間978-4<br /><br />北鎌倉にあった北大路蜀山人の茅葺の家を1965年(昭和40)に移したもので、芸術村の一部として公開されている。<br />※ 「日動美術館分館・春風萬里荘」<br />       茨城県笠間市下市毛芸術村<br />

「山下りん回顧展」と日動美術館見学そして春風萬里荘を訪ねて茨城県笠間市へ

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2019/11/20 - 2019/11/20

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Weiwojing

Weiwojingさん

茨城県笠間市へ出かけた。今回、没後80年を迎えたイコン作家山下りんの回顧パネル展が開かれているのでそれを見ることをメィンに、併せて日動美術館そして最後に春風萬里荘を見学することで笠間にやって来た。回顧パネル展は11月24日までだったので、この日しか時間がとれなかったので慌てて来てみた訳である。しかし、一日で3カ所も回れるか不安であったが、やや駆け足的にあわただしいものになってしまった。

山下りん(1857~1939)と言っても大方の方はご存知ないかもしれない。彼女は笠間出身のロシアイコン制作画家であった。1880年(明治13)ロシアに渡り、そこでイコン制作技法を学び、帰国後日本各地にあるロシア正教の教会に聖画を描き、彼女の作品がそれらの教会に収められている。東京お茶の水にある東京復活大聖堂(ニコライ堂)には何枚もの彼女の作品があり、実際に見ることが出来る。

彼女が生まれてから生涯住んでいた家が地元笠間にあり、現在は「白凛居」という記念館なっている。月に2回くらい一般公開していて、前以て笠間教育委員会に尋ねれば、いつ開いているか教えてもらえる。小生もそんな形で見学させていただいた。入館料は無料である。

※ 「白凜居(はくりんきょ)」 茨城県笠間市笠間1510 (2020年度からしばらく休館) 

日動美術館は東京銀座にある日動画廊の創業者・長谷川仁によって郷里である笠間に1972年(昭和47)に開館したものである。
※ 「笠間日動美術館」
茨城県笠間市笠間978-4

北鎌倉にあった北大路蜀山人の茅葺の家を1965年(昭和40)に移したもので、芸術村の一部として公開されている。
※ 「日動美術館分館・春風萬里荘」
茨城県笠間市下市毛芸術村

旅行の満足度
5.0

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  • 笠間はちょうど菊花展の真最中で、市内いたるところに様々な菊の花が置かれていて、予想外の美の饗宴を楽しむことが出来た。ここは「かさま歴史交流館井筒屋」というところで、もとは旅館だったそうである。<br /><br />最初は先ず日動美術館を訪れるつもりであったが、美術館に行くにはバスを歴史交流館で降りなければならず、先にここで開催されている「山下りん展」を見ることにした。

    笠間はちょうど菊花展の真最中で、市内いたるところに様々な菊の花が置かれていて、予想外の美の饗宴を楽しむことが出来た。ここは「かさま歴史交流館井筒屋」というところで、もとは旅館だったそうである。

    最初は先ず日動美術館を訪れるつもりであったが、美術館に行くにはバスを歴史交流館で降りなければならず、先にここで開催されている「山下りん展」を見ることにした。

  • 「イコン」ってご存知だろうか。ロシア正教会で教会内に飾られる聖画のことで、これにはある決まりがあった。それはその聖画を描いた画家の名前が記されないということであった。しかも、宗教画としての側面が強く、あまり個性を表すことが出来ない。

    「イコン」ってご存知だろうか。ロシア正教会で教会内に飾られる聖画のことで、これにはある決まりがあった。それはその聖画を描いた画家の名前が記されないということであった。しかも、宗教画としての側面が強く、あまり個性を表すことが出来ない。

  • 「ウラジミールの聖母」と題した、1901年(明治34)に制作された作品には山下りんの署名が入っている。<br /><br />何とも言えないほのぼのとした感じがする。彼女の作品の中で小生の好きなもののひとつである。

    「ウラジミールの聖母」と題した、1901年(明治34)に制作された作品には山下りんの署名が入っている。

    何とも言えないほのぼのとした感じがする。彼女の作品の中で小生の好きなもののひとつである。

  • 「聖母子とヨハネ」(製作年は分からず)は、聖母マリアとイエス、そして左側のヨハネ(後の洗礼者ヨハネ)を描いている。この作品も何か温かみのあるものを感じる。

    「聖母子とヨハネ」(製作年は分からず)は、聖母マリアとイエス、そして左側のヨハネ(後の洗礼者ヨハネ)を描いている。この作品も何か温かみのあるものを感じる。

  • 1883年に撮影された山下りんと家族の写真( 右端がりん )がある。彼女がロシアへの留学を終えて帰国した年に撮られた写真と思われる。

    1883年に撮影された山下りんと家族の写真( 右端がりん )がある。彼女がロシアへの留学を終えて帰国した年に撮られた写真と思われる。

  • りんがロシアに滞在していた時の「滞露日記」が展示されていた。しかし、書物の形で残されているのではないので、全体を読むことは現在のところ困難である。

    りんがロシアに滞在していた時の「滞露日記」が展示されていた。しかし、書物の形で残されているのではないので、全体を読むことは現在のところ困難である。

  • 渡露日記を元にロシヤまでの行程が作成され、このような形で知ることが出来る。1880年(明治13)横浜から船でサンクトぺテルブルグへ向かう。約3か月かかった。

    渡露日記を元にロシヤまでの行程が作成され、このような形で知ることが出来る。1880年(明治13)横浜から船でサンクトぺテルブルグへ向かう。約3か月かかった。

  • 山下りんが描いた作品を所蔵している日本全国に広がるロシア正教会が紹介されている。その筆頭は東京お茶の水にあるハリストフ東京復活第聖堂(通称、ニコライ堂で知られている)で、会堂内にいくつも置かれている。

    山下りんが描いた作品を所蔵している日本全国に広がるロシア正教会が紹介されている。その筆頭は東京お茶の水にあるハリストフ東京復活第聖堂(通称、ニコライ堂で知られている)で、会堂内にいくつも置かれている。

  • 山下りんを記念した「白凜居(はくりんきょ)」が紹介されているが、昨年訪れて見学した。いつも開館しているわけではないので、あらかじめ連絡をしておく必要がある。

    山下りんを記念した「白凜居(はくりんきょ)」が紹介されているが、昨年訪れて見学した。いつも開館しているわけではないので、あらかじめ連絡をしておく必要がある。

  • 山下りんに関する参考文献が紹介されている。それほど多いわけではないが、彼女の足跡を知る上でも、またその芸術を知る上でも大いに参考になるものと思う。

    山下りんに関する参考文献が紹介されている。それほど多いわけではないが、彼女の足跡を知る上でも、またその芸術を知る上でも大いに参考になるものと思う。

  • 習業時代に描いていた浮世絵の習作(1873年頃)2点だが、りんの10代後半のものである。

    習業時代に描いていた浮世絵の習作(1873年頃)2点だが、りんの10代後半のものである。

  • エルミタージュ美術館で模写をしていた頃の「聖母載冠」

    エルミタージュ美術館で模写をしていた頃の「聖母載冠」

  • 東京の工部美術学校時代に描いた「麦の穂をつけた若い男」

    東京の工部美術学校時代に描いた「麦の穂をつけた若い男」

  • 1年前に山下りんを記念した「白凜居」を訪ねた。次の5枚の写真と共に今回笠間を訪ねた際のものではなく、その時に訪れた際の写真である。

    1年前に山下りんを記念した「白凜居」を訪ねた。次の5枚の写真と共に今回笠間を訪ねた際のものではなく、その時に訪れた際の写真である。

  • 正面に出ると、小さな記念館が見えてきた。個人のお宅と何ら変わらない。ただ入口に表示が見える。

    正面に出ると、小さな記念館が見えてきた。個人のお宅と何ら変わらない。ただ入口に表示が見える。

  • 右側にある入口から中に入る。中に入って、驚いた。りんに関する様々な資料が置かれていて、自由に見ることが出来たからである。

    右側にある入口から中に入る。中に入って、驚いた。りんに関する様々な資料が置かれていて、自由に見ることが出来たからである。

  • 記念館の中はこんな感じである。個人のお宅に作品や資料が展示されている風で、自由に椅子に腰かけて資料を手に取ることが出来る。

    記念館の中はこんな感じである。個人のお宅に作品や資料が展示されている風で、自由に椅子に腰かけて資料を手に取ることが出来る。

  • 思った以上に様々な雑誌に紹介されていて、美しいカラー写真の作品を見ることが出来た。

    思った以上に様々な雑誌に紹介されていて、美しいカラー写真の作品を見ることが出来た。

  • 記念館の一室はこのようにりんが残した作品が展示されている。

    記念館の一室はこのようにりんが残した作品が展示されている。

  • 「かさま歴史交流館」は笠間駅からバスで10分位の、少々不便なところにあったが、ここからさらに5分位歩いて「日動美術館」へ行った。何とか間違えることなく行くことが出来た。<br /><br />ここは小規模の美術館であるが、敷地が広く、ゆったりしていて落ち着いて美術品を鑑賞できる雰囲気であった。

    「かさま歴史交流館」は笠間駅からバスで10分位の、少々不便なところにあったが、ここからさらに5分位歩いて「日動美術館」へ行った。何とか間違えることなく行くことが出来た。

    ここは小規模の美術館であるが、敷地が広く、ゆったりしていて落ち着いて美術品を鑑賞できる雰囲気であった。

  • 美術館ではちょうど「画業25周年、芸能生活45周年記念 ー 片岡鶴太郎 旅 faces展」が開催されていた。美術館にはこの展覧会が目的というわけではなく、目的は別にあった。特別興味があったわけではないが、偶然開催中であったのでざっと見てみた。<br /><br />ここではごく一部の作品を除いては写真撮影が可能で、興味を覚えた美術品をさ晉に収めた。ただ、いつもながらライトの当たり具合やガラスの反射などの影響で満足のいくものは少ない。

    美術館ではちょうど「画業25周年、芸能生活45周年記念 ー 片岡鶴太郎 旅 faces展」が開催されていた。美術館にはこの展覧会が目的というわけではなく、目的は別にあった。特別興味があったわけではないが、偶然開催中であったのでざっと見てみた。

    ここではごく一部の作品を除いては写真撮影が可能で、興味を覚えた美術品をさ晉に収めた。ただ、いつもながらライトの当たり具合やガラスの反射などの影響で満足のいくものは少ない。

  • 鶴太郎の制作中の姿を撮った写真が何枚も展示されている。真剣な顔付が印象に残った。

    鶴太郎の制作中の姿を撮った写真が何枚も展示されている。真剣な顔付が印象に残った。

  • 彼が日本画を描き、その作品展があちこちで開催されているという情報は新聞等で何度も見たことがある。しかし、あまり関心はなかった。

    彼が日本画を描き、その作品展があちこちで開催されているという情報は新聞等で何度も見たことがある。しかし、あまり関心はなかった。

  • 彼が着物地に描いた作品である。こうして実際に見てみると、なかなかのものであると認識させられた。

    彼が着物地に描いた作品である。こうして実際に見てみると、なかなかのものであると認識させられた。

  • 若い時の写真が紹介されている。実を言うとあまり彼のことは知らず、というよりは関心がなかったと言った方がよいかもしれない。彼はあくまでもコメディアン俳優であって画家というイメージが少なかった。

    若い時の写真が紹介されている。実を言うとあまり彼のことは知らず、というよりは関心がなかったと言った方がよいかもしれない。彼はあくまでもコメディアン俳優であって画家というイメージが少なかった。

  • これらも彼の若い時の写真であるが、初めて目にするようなものばかりであった。

    これらも彼の若い時の写真であるが、初めて目にするようなものばかりであった。

  • 本館から他の展示館へ移動する際、広大な「野外彫刻庭園」があり、内外の多くの彫刻家の作品があちこちに置かれていた。一つひとつ見て回るのも楽しい。

    本館から他の展示館へ移動する際、広大な「野外彫刻庭園」があり、内外の多くの彫刻家の作品があちこちに置かれていた。一つひとつ見て回るのも楽しい。

  • これは小坂圭二の「三位一体」(1973年)という作品である。

    これは小坂圭二の「三位一体」(1973年)という作品である。

  • 佐藤健次郎の「掴む」(1931年)という作品である。

    佐藤健次郎の「掴む」(1931年)という作品である。

  • 雨宮敬子の「間(はざま)」(1999年)である。

    雨宮敬子の「間(はざま)」(1999年)である。

  • 先ずは常設展を見学した。ここはフランス館で、フランスの美術作品を中心に展示されている。

    先ずは常設展を見学した。ここはフランス館で、フランスの美術作品を中心に展示されている。

  • フランス館内の企画展示室。

    フランス館内の企画展示室。

  • パブロ・ピカソ

    パブロ・ピカソ

  • アルベール・マルケ(1876~1947)「冬の旅」

    アルベール・マルケ(1876~1947)「冬の旅」

  • モーリス・ユトリロ(1883 ~1955) 作「パリの通リ」(1921~23年頃)

    モーリス・ユトリロ(1883 ~1955) 作「パリの通リ」(1921~23年頃)

  • ポール・セザンヌ(1839~1906) 作「聖アントニウスの誘惑」(1874年)

    ポール・セザンヌ(1839~1906) 作「聖アントニウスの誘惑」(1874年)

  • レオナナール・フジタ(1886~1968)作「画家の上着を羽織る少女」

    レオナナール・フジタ(1886~1968)作「画家の上着を羽織る少女」

  • レオナール・フジタ朔「天使(眠る人)」(1951)

    レオナール・フジタ朔「天使(眠る人)」(1951)

  • ピエール・オーギュスト・ルノアール(1841~1919)の「泉のそばの少女」

    ピエール・オーギュスト・ルノアール(1841~1919)の「泉のそばの少女」

  • ルノアール作「横たわる裸婦」(1917年)

    ルノアール作「横たわる裸婦」(1917年)

  • キース・ヴァン・ドンゲン

    キース・ヴァン・ドンゲン

  • 浅井忠「外国婦人図」(模写)(1877年制作)

    浅井忠「外国婦人図」(模写)(1877年制作)

  • 「異人図」(作者不詳)

    「異人図」(作者不詳)

  • イコン「聖母子」(作者不詳)(テンペラ)

    イコン「聖母子」(作者不詳)(テンペラ)

  • オシップ・ザッキン(1890~1967)作「三重奏」

    オシップ・ザッキン(1890~1967)作「三重奏」

  • ルノアール作「大きな勝利の女神」(1915~1916年)

    ルノアール作「大きな勝利の女神」(1915~1916年)

  • 屋上に飾られている作品。安倍鉄太郎作「waiting am 11:57]<br />

    屋上に飾られている作品。安倍鉄太郎作「waiting am 11:57]

  • 広大な美術館内の庭園はここかしこに木々が色づき、秋の深まりを見せていた。

    広大な美術館内の庭園はここかしこに木々が色づき、秋の深まりを見せていた。

  • 槐と黄色のコントラストが美しい。

    槐と黄色のコントラストが美しい。

  • 美術館の3階屋上から見た笠間市の風景。正面遠くに筑波山が見える。

    美術館の3階屋上から見た笠間市の風景。正面遠くに筑波山が見える。

  • パレット館に入ってみる。1階がいろいろな画家が使用したパレットが展示されていて、2階が金山平三・佐竹徳江記念室になっている。

    パレット館に入ってみる。1階がいろいろな画家が使用したパレットが展示されていて、2階が金山平三・佐竹徳江記念室になっている。

  • 「パレット館」も訪ねてみた。

    「パレット館」も訪ねてみた。

  • 上の写真の最上部の右側の作品を大きくしてみた。これは伊原宇三郎(1894~1921)の作品である。

    上の写真の最上部の右側の作品を大きくしてみた。これは伊原宇三郎(1894~1921)の作品である。

  • 金山平蔵(1883~1964) 作「あま鯛」(1945~56年)<br />

    金山平蔵(1883~1964) 作「あま鯛」(1945~56年)

  • 千葉茂作「和田英作(1871~1959)像」

    千葉茂作「和田英作(1871~1959)像」

  • 暖かな陽の日差しを浴びて、しばし園内を歩いた。十分満足したので、次の所に移動した。

    暖かな陽の日差しを浴びて、しばし園内を歩いた。十分満足したので、次の所に移動した。

  • 美術館のすぐ近くに大石内蔵助のお馴染みの討ち入り姿をした銅像がある。笠間に内蔵助の銅像があるとは一体どういうことかと訝しく思った。そばにあった説明版によると、彼の祖父の大石良欽(よしたか)が笠間藩の家老で、ここに邸宅があったそうだ。<br /><br />仕官していた浅野家が赤穂転封の前は笠間藩主であった。その後、赤穂へ移って57年後に浪士の仇討事件が起こった。

    美術館のすぐ近くに大石内蔵助のお馴染みの討ち入り姿をした銅像がある。笠間に内蔵助の銅像があるとは一体どういうことかと訝しく思った。そばにあった説明版によると、彼の祖父の大石良欽(よしたか)が笠間藩の家老で、ここに邸宅があったそうだ。

    仕官していた浅野家が赤穂転封の前は笠間藩主であった。その後、赤穂へ移って57年後に浪士の仇討事件が起こった。

  • 美術館の前に和洋折衷の古めかしい家があった。手前の母屋が日本家屋で、後ろ右側が洋館になっている。

    美術館の前に和洋折衷の古めかしい家があった。手前の母屋が日本家屋で、後ろ右側が洋館になっている。

  • ここが洋館部分である。下見板張りになっている。よく見ないと洋館部分が分からない。

    ここが洋館部分である。下見板張りになっている。よく見ないと洋館部分が分からない。

  • 最後に「春風萬里荘」に来た。日動美術館前から市内観光バス(100円)に乗り、あちこちぐるぐる回りながら15分位で到着した。この一帯は芸術村となっていて、様々な芸術家が芸術活動をしている。<br /><br />春風萬里荘は元々鎌倉にあった陶芸家の太田蜀山人(1883~1959)の別荘で、1965年(昭和40)にこの地に移築されたものである。「春風萬里」と言う語は中国の詩人李白の詩の中にある言葉で、蜀山人が好んで用いていた。<br />

    最後に「春風萬里荘」に来た。日動美術館前から市内観光バス(100円)に乗り、あちこちぐるぐる回りながら15分位で到着した。この一帯は芸術村となっていて、様々な芸術家が芸術活動をしている。

    春風萬里荘は元々鎌倉にあった陶芸家の太田蜀山人(1883~1959)の別荘で、1965年(昭和40)にこの地に移築されたものである。「春風萬里」と言う語は中国の詩人李白の詩の中にある言葉で、蜀山人が好んで用いていた。

  • 訪れた時はちょうど紅葉が見事で、園内の木々が真っ赤に美しく色づいていた。年間を通じて楽しむことが出来るが、秋が何と言っても一番美しいのではないだろうか。

    訪れた時はちょうど紅葉が見事で、園内の木々が真っ赤に美しく色づいていた。年間を通じて楽しむことが出来るが、秋が何と言っても一番美しいのではないだろうか。

  • 園内中が紅葉で満ち溢れている。

    園内中が紅葉で満ち溢れている。

  • こんなにも素晴らしい光景を見ることが出来、大いに満足した。

    こんなにも素晴らしい光景を見ることが出来、大いに満足した。

  • 見事なほどの色合いである。

    見事なほどの色合いである。

  • 春風萬里荘内では蜀山人手製の家具や愛用の調度品。骨董品等が展示されっていて、こうしたものを見るのも楽しみである。

    春風萬里荘内では蜀山人手製の家具や愛用の調度品。骨董品等が展示されっていて、こうしたものを見るのも楽しみである。

  • 春風萬里荘は江戸時代中期の入母屋造り茅葺の民家で、北鎌倉に移築される前は厚木の近郊高座郡御所見村の豪族で大庄屋の伊東家の母屋であった。

    春風萬里荘は江戸時代中期の入母屋造り茅葺の民家で、北鎌倉に移築される前は厚木の近郊高座郡御所見村の豪族で大庄屋の伊東家の母屋であった。

  • 母屋の前に2体の銅像が置かれている。

    母屋の前に2体の銅像が置かれている。

  • 玄関入口。正式な入り口である。見学者はここからは入れない。

    玄関入口。正式な入り口である。見学者はここからは入れない。

  • 内側から玄関部分を見た。

    内側から玄関部分を見た。

  • 蜀山人自らが設計した「夢境庵」という名の茶室がある。千宗旦(千利休の孫)によってつくられた裏千家の名茶室「又隠」を手本につくられた。

    蜀山人自らが設計した「夢境庵」という名の茶室がある。千宗旦(千利休の孫)によってつくられた裏千家の名茶室「又隠」を手本につくられた。

  • 茶室に入った。

    茶室に入った。

  • 薄暗い中で凛としたものを感じた。

    薄暗い中で凛としたものを感じた。

  • 掛け軸に描かれた人物は誰だろうか。説明書きを見るのを失念してしまった。

    掛け軸に描かれた人物は誰だろうか。説明書きを見るのを失念してしまった。

  • こんな風景心が落ち着きますね。

    こんな風景心が落ち着きますね。

  • 京都の龍安寺を模した枯山水による石庭がある。

    京都の龍安寺を模した枯山水による石庭がある。

  • 部屋の中央にある大きなテーブルに外の木々が写り込み、まるで池の水のような様である。

    部屋の中央にある大きなテーブルに外の木々が写り込み、まるで池の水のような様である。

  • ステンドグラスのはめ込まれたドアがあったが、時間的にもう光が差し込まなかったので、その美しさを見ることは出来なかった。

    ステンドグラスのはめ込まれたドアがあったが、時間的にもう光が差し込まなかったので、その美しさを見ることは出来なかった。

  • 仕事場。

    仕事場。

  • 五右衛門風呂(長州風呂)のある浴室は広々としていて、気持ちよさそうである。

    五右衛門風呂(長州風呂)のある浴室は広々としていて、気持ちよさそうである。

  • かなり大きく、深そうな五右衛門風呂である。小生も子供のころ親の田舎の家でこのような風呂に入ったことがある。かすかに覚えている。

    かなり大きく、深そうな五右衛門風呂である。小生も子供のころ親の田舎の家でこのような風呂に入ったことがある。かすかに覚えている。

  • 小さな茶房があり、見学して疲れた時に外の景色を見ながら、しばらく休憩出来そうである。

    小さな茶房があり、見学して疲れた時に外の景色を見ながら、しばらく休憩出来そうである。

  • 元々馬小屋だったところを洋室に作り変えたところで、暖炉があったり、棚があったりして、ここも蜀山人自らが作ったそうである。

    元々馬小屋だったところを洋室に作り変えたところで、暖炉があったり、棚があったりして、ここも蜀山人自らが作ったそうである。

  • 台所には大きなかまどが2つ設えてある。

    台所には大きなかまどが2つ設えてある。

  • 岡本秋暉作の板絵。

    岡本秋暉作の板絵。

  • 山荘とは少し離れたところに江戸寺ぢの豪農屋敷の長屋門がある。ちょうどこの時期正面入り口が工事中で、そこを避けて左側のこんな風な写真になってしまった。

    山荘とは少し離れたところに江戸寺ぢの豪農屋敷の長屋門がある。ちょうどこの時期正面入り口が工事中で、そこを避けて左側のこんな風な写真になってしまった。

  • 長屋門の中はすっかり作り変えられてこんな感じの部屋になっている。

    長屋門の中はすっかり作り変えられてこんな感じの部屋になっている。

  • 長屋門の右の方からも写真を撮ってみた。

    長屋門の右の方からも写真を撮ってみた。

  • そろそろバスの時間が迫って来たので、門の外に出た。

    そろそろバスの時間が迫って来たので、門の外に出た。

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この旅行記へのコメント (4)

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  • nomo1215さん 2022/06/19 20:55:02
    春風萬里荘・・
    tamegai様・・

    笠間の旅行記にお邪魔させていただきました。
    笠間近隣に住んでおりますので、笠間へは何度も行っているのですが・・
    春風萬里荘は、未だに行った事がありません・・。
    この旅行記の春風萬里荘の紹介で・・是非行ってみたい!と、思いました。
    「夢境庵」という名の茶室・・豪農屋敷の長屋門・・
    紅葉の美しい時期に行かれたこの旅行記、美しい色合いのお庭が素敵でした。
    是非、訪問してみたい!
    丁寧な紹介ありがとうございましたm(__)m

    nomo1215


    Weiwojing

    Weiwojingさん からの返信 2022/06/20 09:04:48
    Re: 春風萬里荘・・
    nomo1215様

    ご訪問並びにコメントを頂き、ありがとうございます。実は私は茨城出身で、笠間からそんなに遠くはない下館(今は筑西と変わりましたが)に高校生まで住んでいました。そんなわけで笠間には何度も訪れたことがあります。

    春風萬里荘は大変気に入りました。広大な敷地の中に古い民家があり、四季折々の美しい風景を見ることが出来ます。同時に、古い家の中にはたくさんの美術品や生活道具が置かれていて、こちらも魅力的です。

    お近くにお住まいならば、ぜひ一度行かれることをお勧めします。笠間に行った折にはもう一度ここを訪れたいと思っています。

    ありがとうございました。nomo1215様の旅行記も少しずつ見させていただきます。

    Tamegai



  • 旅遊de美食散歩さん 2020/01/06 15:31:49
    「春風萬里荘」
    「春風萬里荘」素晴らしいですね!!是非行ってみたいです♪

    Weiwojing

    Weiwojingさん からの返信 2020/01/06 16:46:34
    Re: 「春風萬里荘」
    はい、ここは笠間に行かれた際はぜひ行ってみる価値があります。日動美術館とセットとなっていますので、両方行くのもいいかと思います。

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