1996/05/02 - 1996/05/04
146位(同エリア227件中)
palさん
初めてベトナムに行ったのは、1996年のゴールデンウィークでした。
2週間の休暇を取って、サイゴンin ハノイout でベトナムを南から北に縦断しました。
このシリーズは、
訪れた都市順に、
サイゴン編 3泊
ニャチャン編 2泊
ダナン編 2泊
フエ編 2泊
ハノイ編 2泊
です。
縦断後、ハノイから飛び立ち、中国返還前の香港、澳門に立ち寄ったのですが、その思い出は以前に書きました。
その話はこちらです。
https://4travel.jp/travelogue/11275413
本編は、ニャチャン編です。
ニャチャンには、2泊しました。
因みに、1996年の為替レートは、
1USドル=100円=10000ベトナムドン
と、奇跡のように計算しやすいレートでした。
当時のベトナムの最高額紙幣は、20000ドン(200円)のコットン紙幣でした。
100ドル両替すると、20000ドン札が50枚出てきて、財布がパンパンになりました。
しかも、食堂とか買い物で、20000ドンを差し出すと、お釣りないよぉ、の世界でした(=_=)
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ニャチャンにシンカフェのバスで出発
その頃の地球の歩き方に載っていた現地旅行会社って、
Sinh cafe と Kim cafe でした。
Sinh cafe は、シンツーリストと名前を変えて、今も健在です。
バスターミナルは、前日にリサーチ済みでした。
それが現在の9/23公園のバスターミナルだったかは不明です。
もっとこじんまりした空き地みたいなところでした。
シンカフェバスは、バンでした。
乗りこんだバックパッカーは、私を含めて7人ほど。
当時も朝は大渋滞でした。
車は少なかったですが、バイクの波でした。
シンカフェバンバスは、クラクションを鳴らしまくって、でも、バイクの波をゆっくり走行でした。
サイゴンの渋滞を抜けて、郊外まで出るのに結構時間がかかりました。
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シンカフェバンバスで国道1号線で北上
私の隣の席に座ったのは、オーストラリアの女の子でした。
でも、お互いに自然の風景とか、たまに通りがかる街に釘付けになって、ほとんど会話はありませんでした。
ヌックマム工場を通りがかった時には、ヌックマム(魚醤)の匂いが車内中に広がったりもしました。
当時は、車ってほとんど走っていませんでした。
対向車にすれ違うのは、稀でした。
たまに前方に車が走っていると、我がバスは、キーンと追い抜いて行きました。
昼食休憩は、英語メニューのあるレストランでした。
何食べたのかなぁ。。。
昼食後、バスの中で、オーストラリアの女の子は、ウトウトし始めました。
それまで、全然、海を全然見られなかったのですが、ちょっと遠くに見えてきたんです。
女の子を起こしてあげようかなぁ、と思っていたら、彼女は急に目を開けて、窓の外を眺めました。
海だぁ(^_^)/// ちょっとぉ、何で起こしてくれなかったの?
と、プンプンと怒られました。。。
ほんのちょっとの距離でしたが、海を遠目に2人でうっとりと眺めました。
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ホテルは飛び込み
ニャチャンに着いたのは、暗くなった頃でした。
15ドルほどの長屋アパートみたいな安ホテルを見つけました。
その後、ニャチャンには2度行きましたが、それがどこだったのか全く覚えていません。
でっかいホテルが立ち並び、リゾート観光地となって、すっかり昔の面影がありませんでした。
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ニャチャンの海岸散歩 マッサージおばさんの話
海岸通りは、既に整備されていました。
でも、散歩している人は、まばらだったです。
現在は、すっかりリゾートですねぇ。
そんな未来を見据えて、海岸通りを整備していたのだと思います。
人がまばらな長い砂浜を散歩していると、2人のマッサージおばさんに捕まりました。
かなり強引で、結局、捕まりました。
2人とも英語が話せました。
最初、1時間1ドルって言われました。
が、爪も切ってあげる。足の爪もどう?
となんのかんの商売上手で、結局5ドルとられました(-_-)
文句も言わず5ドルを差し出すと、2人のマッサおばちゃんは、満面の微笑みでした。
片方のおばちゃんが、あんた独身かい?
と聞いてきました。
Yes.
家に遊びに来ないかい? 娘を紹介してあげる。結婚するかい?キャハハハ
(*_*)!? なんですと?
おばちゃんは、白黒のポートレート写真を取り出しました。
それが、ビックリするほど、美人だったんです。
それ娘さん?と聞くと、なんと、おばちゃんの若い時の写真だそうでした。
おばちゃんをよく見ると、んん、日焼けして化粧なしでしたが、美人おばちゃんでした。
きっと美人であろう娘さんと、民家を見てみたいなぁ、と心が動きかけましたが、
厄介なことに巻き込まれるとまずいので、お断りしました。
英語が話せるおばちゃんって、
きっと昔、南ベトナムだったころ、米軍関係で働いていたか、
米軍の出入りする、うっふんのお店で働いていたか、なんて、思い巡らせました。
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ビーチを通り過ぎて、更に散歩 缶ジュースの話
お昼は、通りがかった小さなお店でフォーを食べました。
その後、また炎天下の中、散歩を続けました。
汗ダラダラで、水分補給が必要です。
通りがかった小さな雑貨屋さんを覗くと、缶ジュースがディスプレイされていたので、入りました。
店番していたのは、高校生ぐらいの女の子でした。
英語は通じず、ジェスチャーで会話でした。
ビールが無かったので、コーラを頼みました。
すると、彼女は、ここで待ってて、とジェスチャーして、店を出て、自転車でどっかに行ってしまいました。
(-_-)なんでやねん!?
私が店番となりました。。。
(=_=)
しばらくすると、女の子が帰って来ました。
自転車のカゴには、缶コーラが2つ入っていました。
きっと近くのお店で買ってきたのです。
もう、ビックリでした。
女の子はちょっと申し訳なさそうに、缶コーラを手渡してくれました。
ジェスチャーで指差しで、ここに穴が開いちゃって、って教えてくれました。
小さな針穴ぐらいの穴で、ピューっと漏れていました。
これは、もしかして、もしかして、昏睡強盗(*_*)かも。
そのころ、睡眠薬を飲み物に混ぜて、眠っている間に、全て無くなっている、なんて手口がありました。
注射器で、睡眠薬を混入させるって手口もあるって知っていました。
小さな穴は、ちょうど注射針の大きさだったんです
まさか、こんな20歳にならない女の子が、ってありえない。
でも、もしかしたらあるのかもって、
穴の開いていない缶にしてもらいました。
女の子はちょっと悲しそうに、やっちまったぁ、と
私のそばで、穴が開いた缶を開けて、コーラを飲み始めました。
睡眠薬入りではありませんでした。
自転車のカゴで運んでいるときに、打ちどころが悪くて、穴が開いてしまったようです。
女の子、ちょっとでも疑って、ごめんなさい。
きっと後でゆっくり飲もうと思っていたのかなぁ。
ごめんね。
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ニャチャンの夜 レストランバー
ニャチャンの夜は、真っ暗でした。
それでもお腹が空いたら、夕食が必要です。
街灯のない街を散歩していると、ほのかに明るい食堂を発見しました。
ラッキーなことに外国人ターゲットのレストランでした。
メニューも豊富でした。
街のバックパッカーが全て集まってきているような感じで、お客さんは西洋人ばかりでした。
頼んだのは、うなぎのなんとかかんとか。
うなぎと言っても、田うなぎです。
これが、カリカリに揚がっていて美味しかったのです。
これは、私の幻の料理となりました。
再び出会えたのは、2016年だったかなぁ。
食事を終えてレストランを出た途端、小学生ぐらいの子供たちがワーと寄って来て囲まれました。
思わず、ヤバいと、ウエストバックを手で守りましたよ。
口々にマネー、マネー、プリーズとせがまれました。
(=_=)
ちゃんと覚えているのは、シガレット プリーズ でした。
お父さんのために欲しいんだとか。
どうぞと、3本あげました。
すると子供たちは、ワー、と闇夜の街に消えて行きました。
(-_-)
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ポーナガールに散歩
現在ニャチャンは、リゾート観光地です。
2010年に再訪したときには、1日ツアーで、2つの島を巡って、シュノーケリングも楽しみました。
とっても綺麗な海でした。
1996年は、ニャチャンの目玉は、ポーナガールでした。
チャンパ王国の遺跡です。
街散歩で向かいました。
街の写真を撮っていると、おじいちゃんが私を見つけて、突進してきたんです。
物乞いか、
もしかして、白昼堂々、追い剥ぎ?
慌ててカメラしまったところで、おじいちゃんに捕まりました。
マネー、と言われる前に、ポケットに忍ばせておいた、1ドル札をどうぞと差し出しました。
おじいちゃんは、ウンウンとうなずいて、去っていきました。
ああ、怖かった(T_T)
ポーナガールの遺跡は、ほとんど誰もいなくて、ゆっくりと見学できました。
でも山賊が出たらどうしよう、って感じでした。
2010年再訪したときには、すっかり整備されていて、民族衣装を着たチャム族の女の子もいました。
ポーナガールの写真
https://www.google.com/search?q=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AB&client=tablet-unknown&prmd=mvin&sxsrf=ACYBGNRTTwU0SyPkBvPCl7YG5zVQRXV7VQ:1572561282853&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwifnZulx8flAhWH62EKHXFNDakQ_AUoA3oECA4QAw&biw=962&bih=601
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入江の小さな漁港を通りがかる
青く塗られた無数の漁船が停泊していました。
全ての漁船に、ベトナム国旗(金星旗)がたなびいていて、印象的でした。
気になったのは、お椀型の舟でした。
でっかい竹籠?のお椀舟です。
一寸法師のように漕ぐのかなぁ、って興味津々でした。
このときは、実際に人が漕いでいる姿を見ることができませんでした。
実際に初めてお椀舟の漁を見たのは、2009年のファンティエット(ムイネー)です。
ニャチャンとサイゴンの中間の海の観光地です。
朝、早起きしてビーチを散歩していると、2艘のお椀舟が、海に浮いているのを見つけました。
立ち漕ぎでした。
それを見つめる地元のベトナム人がいっぱいでした。
私も入って見学しました。
やがて、2艘のお椀舟は、釣り糸を垂れることもなく海岸の別々のところに戻って来ました。
なにやってんねん?
これが、地引き網漁だったんです。
2艘のお椀舟で、地引き網を設置していたんです。
地引き網なんて日本でも実際に見たことがありませんでした。
もう興味津々でした。
わっしょいわっしょい(^_^)///
お椀舟を眺めていたのは、漁師さんの家族だったんです。
男も女も子ども、みんな総出で綱を曳いて、水揚げするまで見学できました。
網には、小魚がいっぱい。その中にちらほら大物も混じっていました。
その場で魚を買うこともできます。
採れたてなので、日本人には、刺し身もできます。
日本人は、醤油、わさび、包丁、まな板、必携です(+_+)///
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ニャチャン駅、ニャチャン大聖堂など散歩
散歩でニャチャン駅を訪れました。
まだ、鉄道駅って見たことがなかったので、訪れたのだと思います。
現在も、サイゴン/ハノイ間の列車って数えるほどしか走っていません。
現在は、列車が到着直前まで、駅舎で待つシステムで、プラットフォームに入れません(ハノイなど、一部の駅を除く)。
私がニャチャン駅にたどり着くと、偶然、プラットフォームに列車が停車していました。
今、思い出すと、超ラッキーなタイミングでした。
停車している列車の客車内のお客さんに、物売りさんがたかっているような面白い風景に出会いました。
ニャチャン大聖堂にも散歩で訪れました。
人は全然いなくて、おっかなびっくりでした。
それまで旅した国は、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、台湾で、大聖堂/教会に入ったことがなかったのです。
だーれもいない大聖堂を、ゆっくりと見学できました。
街中で、印象に残っているのは、どでかいSIDA シダの看板です。
ヘタった病人が描かれていて、でっかくSIDAと書いてありました。
レトロなプロパガンダ看板と同じぐらいのサイズでした。
シダは、フランス語です。
SIDAを並べ替えると、英語のAIDS です。これは形容詞/名刺の語順の関係です。。。
どでかい看板は、エイズに気をつけろとの、注意喚起看板でした。
ベトナムでは、フランス語同様に、シダです。
当時、ベトナムでもエイズは社会問題でした。
ニャチャンの街中散歩では、白いアオザイが制服の女子高校生をよく見かけました。
その頃の女子高校生の制服は、白いアオザイでした。
むっちゃ可愛いかったです。
長い黒髪にノン(ベトナム菅笠)、白いアオザイってこれぞベトナムの風景でした。
最近は、アオザイ制服なんて見かけません。
でも学校によっては、アオザイ デーがあるそうです。
因みに、確か金曜日は、ベトコンバンクはアオザイデーです。
お姉さん/おばちゃん銀行員がアオザイ姿です(^_^)/
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ニャチャンは2泊でしたが、ハプニングがいっぱいでした(-_-)
次は、ダナンに、またもやシンカフェのバンバスで向かいました。
つづく
to be continuedです(+_+)///
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