ニャチャン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
初めてベトナムに行ったのは、1996年のゴールデンウィークでした。<br /><br />2週間の休暇を取って、サイゴンin ハノイout でベトナムを南から北に縦断しました。<br /><br /><br />このシリーズは、<br /><br />訪れた都市順に、<br /><br />サイゴン編 3泊<br />ニャチャン編 2泊<br />ダナン編 2泊<br />フエ編 2泊<br />ハノイ編 2泊<br />です。<br /><br />縦断後、ハノイから飛び立ち、中国返還前の香港、澳門に立ち寄ったのですが、その思い出は以前に書きました。<br />その話はこちらです。<br />https://4travel.jp/travelogue/11275413 <br /><br /><br />本編は、ニャチャン編です。<br />ニャチャンには、2泊しました。<br /><br /><br />因みに、1996年の為替レートは、<br />1USドル=100円=10000ベトナムドン<br />と、奇跡のように計算しやすいレートでした。<br /><br />当時のベトナムの最高額紙幣は、20000ドン(200円)のコットン紙幣でした。<br /><br />100ドル両替すると、20000ドン札が50枚出てきて、財布がパンパンになりました。<br />しかも、食堂とか買い物で、20000ドンを差し出すと、お釣りないよぉ、の世界でした(=_=)<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ニャチャンにシンカフェのバスで出発<br /><br /><br />その頃の地球の歩き方に載っていた現地旅行会社って、<br />Sinh cafe と Kim cafe でした。<br />Sinh cafe は、シンツーリストと名前を変えて、今も健在です。<br /><br />バスターミナルは、前日にリサーチ済みでした。<br />それが現在の9/23公園のバスターミナルだったかは不明です。<br />もっとこじんまりした空き地みたいなところでした。<br /><br />シンカフェバスは、バンでした。<br />乗りこんだバックパッカーは、私を含めて7人ほど。<br /><br />当時も朝は大渋滞でした。<br />車は少なかったですが、バイクの波でした。<br /><br />シンカフェバンバスは、クラクションを鳴らしまくって、でも、バイクの波をゆっくり走行でした。<br /><br /><br />サイゴンの渋滞を抜けて、郊外まで出るのに結構時間がかかりました。<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />シンカフェバンバスで国道1号線で北上<br /><br /><br />私の隣の席に座ったのは、オーストラリアの女の子でした。<br /><br />でも、お互いに自然の風景とか、たまに通りがかる街に釘付けになって、ほとんど会話はありませんでした。<br />ヌックマム工場を通りがかった時には、ヌックマム(魚醤)の匂いが車内中に広がったりもしました。<br /><br />当時は、車ってほとんど走っていませんでした。<br />対向車にすれ違うのは、稀でした。<br />たまに前方に車が走っていると、我がバスは、キーンと追い抜いて行きました。<br /><br /><br />昼食休憩は、英語メニューのあるレストランでした。<br />何食べたのかなぁ。。。<br /><br /><br />昼食後、バスの中で、オーストラリアの女の子は、ウトウトし始めました。<br />それまで、全然、海を全然見られなかったのですが、ちょっと遠くに見えてきたんです。<br />女の子を起こしてあげようかなぁ、と思っていたら、彼女は急に目を開けて、窓の外を眺めました。<br /><br /> 海だぁ(^_^)/// ちょっとぉ、何で起こしてくれなかったの?<br /><br />と、プンプンと怒られました。。。<br /><br /><br />ほんのちょっとの距離でしたが、海を遠目に2人でうっとりと眺めました。<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ホテルは飛び込み<br /><br /><br />ニャチャンに着いたのは、暗くなった頃でした。<br /><br />15ドルほどの長屋アパートみたいな安ホテルを見つけました。<br /><br /><br />その後、ニャチャンには2度行きましたが、それがどこだったのか全く覚えていません。<br /><br />でっかいホテルが立ち並び、リゾート観光地となって、すっかり昔の面影がありませんでした。<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ニャチャンの海岸散歩 マッサージおばさんの話<br /><br /><br />海岸通りは、既に整備されていました。<br />でも、散歩している人は、まばらだったです。<br />現在は、すっかりリゾートですねぇ。<br />そんな未来を見据えて、海岸通りを整備していたのだと思います。<br /><br /><br />人がまばらな長い砂浜を散歩していると、2人のマッサージおばさんに捕まりました。<br />かなり強引で、結局、捕まりました。<br />2人とも英語が話せました。<br /><br /><br />最初、1時間1ドルって言われました。<br />が、爪も切ってあげる。足の爪もどう?<br />となんのかんの商売上手で、結局5ドルとられました(-_-)<br /><br />文句も言わず5ドルを差し出すと、2人のマッサおばちゃんは、満面の微笑みでした。<br /><br /><br />片方のおばちゃんが、あんた独身かい?<br />と聞いてきました。<br /><br /> Yes.<br /><br /> 家に遊びに来ないかい? 娘を紹介してあげる。結婚するかい?キャハハハ<br /><br /> (*_*)!? なんですと?<br /><br />おばちゃんは、白黒のポートレート写真を取り出しました。<br /><br />それが、ビックリするほど、美人だったんです。<br /><br />それ娘さん?と聞くと、なんと、おばちゃんの若い時の写真だそうでした。<br />おばちゃんをよく見ると、んん、日焼けして化粧なしでしたが、美人おばちゃんでした。<br /><br />きっと美人であろう娘さんと、民家を見てみたいなぁ、と心が動きかけましたが、<br />厄介なことに巻き込まれるとまずいので、お断りしました。<br /><br />英語が話せるおばちゃんって、<br />きっと昔、南ベトナムだったころ、米軍関係で働いていたか、<br />米軍の出入りする、うっふんのお店で働いていたか、なんて、思い巡らせました。<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ビーチを通り過ぎて、更に散歩 缶ジュースの話<br /><br /><br />お昼は、通りがかった小さなお店でフォーを食べました。<br /><br />その後、また炎天下の中、散歩を続けました。<br />汗ダラダラで、水分補給が必要です。<br /><br />通りがかった小さな雑貨屋さんを覗くと、缶ジュースがディスプレイされていたので、入りました。<br /><br />店番していたのは、高校生ぐらいの女の子でした。<br />英語は通じず、ジェスチャーで会話でした。<br /><br />ビールが無かったので、コーラを頼みました。<br /><br />すると、彼女は、ここで待ってて、とジェスチャーして、店を出て、自転車でどっかに行ってしまいました。<br /><br /> (-_-)なんでやねん!?<br /><br />私が店番となりました。。。<br /><br /> (=_=)<br /><br /><br />しばらくすると、女の子が帰って来ました。<br />自転車のカゴには、缶コーラが2つ入っていました。<br /><br />きっと近くのお店で買ってきたのです。<br /><br />もう、ビックリでした。<br /><br /><br />女の子はちょっと申し訳なさそうに、缶コーラを手渡してくれました。<br />ジェスチャーで指差しで、ここに穴が開いちゃって、って教えてくれました。<br />小さな針穴ぐらいの穴で、ピューっと漏れていました。<br /><br />これは、もしかして、もしかして、昏睡強盗(*_*)かも。<br /><br />そのころ、睡眠薬を飲み物に混ぜて、眠っている間に、全て無くなっている、なんて手口がありました。<br />注射器で、睡眠薬を混入させるって手口もあるって知っていました。<br />小さな穴は、ちょうど注射針の大きさだったんです<br /><br />まさか、こんな20歳にならない女の子が、ってありえない。<br /><br />でも、もしかしたらあるのかもって、<br />穴の開いていない缶にしてもらいました。<br /><br />女の子はちょっと悲しそうに、やっちまったぁ、と<br />私のそばで、穴が開いた缶を開けて、コーラを飲み始めました。<br /><br /><br />睡眠薬入りではありませんでした。<br />自転車のカゴで運んでいるときに、打ちどころが悪くて、穴が開いてしまったようです。<br /><br /><br />女の子、ちょっとでも疑って、ごめんなさい。<br />きっと後でゆっくり飲もうと思っていたのかなぁ。<br /><br />ごめんね。<br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ニャチャンの夜 レストランバー<br /><br /><br />ニャチャンの夜は、真っ暗でした。<br /><br />それでもお腹が空いたら、夕食が必要です。<br />街灯のない街を散歩していると、ほのかに明るい食堂を発見しました。<br /><br />ラッキーなことに外国人ターゲットのレストランでした。<br /><br />メニューも豊富でした。<br />街のバックパッカーが全て集まってきているような感じで、お客さんは西洋人ばかりでした。<br /><br /><br />頼んだのは、うなぎのなんとかかんとか。<br />うなぎと言っても、田うなぎです。<br />これが、カリカリに揚がっていて美味しかったのです。<br /><br />これは、私の幻の料理となりました。<br />再び出会えたのは、2016年だったかなぁ。<br /><br /><br />食事を終えてレストランを出た途端、小学生ぐらいの子供たちがワーと寄って来て囲まれました。<br />思わず、ヤバいと、ウエストバックを手で守りましたよ。<br /><br />口々にマネー、マネー、プリーズとせがまれました。<br /><br /> (=_=)<br /><br />ちゃんと覚えているのは、シガレット プリーズ でした。<br />お父さんのために欲しいんだとか。<br />どうぞと、3本あげました。<br /><br />すると子供たちは、ワー、と闇夜の街に消えて行きました。<br /><br /> (-_-)<br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ポーナガールに散歩<br /><br /><br />現在ニャチャンは、リゾート観光地です。<br />2010年に再訪したときには、1日ツアーで、2つの島を巡って、シュノーケリングも楽しみました。<br />とっても綺麗な海でした。<br /><br />1996年は、ニャチャンの目玉は、ポーナガールでした。<br />チャンパ王国の遺跡です。<br />街散歩で向かいました。<br /><br /><br />街の写真を撮っていると、おじいちゃんが私を見つけて、突進してきたんです。<br /><br />物乞いか、<br />もしかして、白昼堂々、追い剥ぎ?<br /><br />慌ててカメラしまったところで、おじいちゃんに捕まりました。<br /><br />マネー、と言われる前に、ポケットに忍ばせておいた、1ドル札をどうぞと差し出しました。<br /><br />おじいちゃんは、ウンウンとうなずいて、去っていきました。<br /><br /> ああ、怖かった(T_T)<br /><br /><br />ポーナガールの遺跡は、ほとんど誰もいなくて、ゆっくりと見学できました。<br />でも山賊が出たらどうしよう、って感じでした。<br /><br />2010年再訪したときには、すっかり整備されていて、民族衣装を着たチャム族の女の子もいました。<br /><br />ポーナガールの写真<br />https://www.google.com/search?q=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AB&amp;client=tablet-unknown&amp;prmd=mvin&amp;sxsrf=ACYBGNRTTwU0SyPkBvPCl7YG5zVQRXV7VQ:1572561282853&amp;source=lnms&amp;tbm=isch&amp;sa=X&amp;ved=2ahUKEwifnZulx8flAhWH62EKHXFNDakQ_AUoA3oECA4QAw&amp;biw=962&amp;bih=601<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />入江の小さな漁港を通りがかる<br /><br /><br />青く塗られた無数の漁船が停泊していました。<br />全ての漁船に、ベトナム国旗(金星旗)がたなびいていて、印象的でした。<br /><br />気になったのは、お椀型の舟でした。<br />でっかい竹籠?のお椀舟です。<br /><br />一寸法師のように漕ぐのかなぁ、って興味津々でした。<br />このときは、実際に人が漕いでいる姿を見ることができませんでした。<br /><br /><br /><br />実際に初めてお椀舟の漁を見たのは、2009年のファンティエット(ムイネー)です。<br />ニャチャンとサイゴンの中間の海の観光地です。<br /><br />朝、早起きしてビーチを散歩していると、2艘のお椀舟が、海に浮いているのを見つけました。<br />立ち漕ぎでした。<br />それを見つめる地元のベトナム人がいっぱいでした。<br />私も入って見学しました。<br /><br />やがて、2艘のお椀舟は、釣り糸を垂れることもなく海岸の別々のところに戻って来ました。<br /><br /> なにやってんねん?<br /><br />これが、地引き網漁だったんです。<br />2艘のお椀舟で、地引き網を設置していたんです。<br />地引き網なんて日本でも実際に見たことがありませんでした。<br /><br />もう興味津々でした。<br /><br /> わっしょいわっしょい(^_^)///<br /><br />お椀舟を眺めていたのは、漁師さんの家族だったんです。<br />男も女も子ども、みんな総出で綱を曳いて、水揚げするまで見学できました。<br />網には、小魚がいっぱい。その中にちらほら大物も混じっていました。<br /><br />その場で魚を買うこともできます。<br /><br />採れたてなので、日本人には、刺し身もできます。<br />日本人は、醤油、わさび、包丁、まな板、必携です(+_+)///<br /><br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ニャチャン駅、ニャチャン大聖堂など散歩<br /><br /><br />散歩でニャチャン駅を訪れました。<br />まだ、鉄道駅って見たことがなかったので、訪れたのだと思います。<br /><br />現在も、サイゴン/ハノイ間の列車って数えるほどしか走っていません。<br />現在は、列車が到着直前まで、駅舎で待つシステムで、プラットフォームに入れません(ハノイなど、一部の駅を除く)。<br /><br />私がニャチャン駅にたどり着くと、偶然、プラットフォームに列車が停車していました。<br />今、思い出すと、超ラッキーなタイミングでした。<br /><br />停車している列車の客車内のお客さんに、物売りさんがたかっているような面白い風景に出会いました。<br /><br /><br />ニャチャン大聖堂にも散歩で訪れました。<br />人は全然いなくて、おっかなびっくりでした。<br />それまで旅した国は、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、台湾で、大聖堂/教会に入ったことがなかったのです。<br /><br />だーれもいない大聖堂を、ゆっくりと見学できました。<br /><br /><br />街中で、印象に残っているのは、どでかいSIDA シダの看板です。<br />ヘタった病人が描かれていて、でっかくSIDAと書いてありました。<br />レトロなプロパガンダ看板と同じぐらいのサイズでした。<br />シダは、フランス語です。<br />SIDAを並べ替えると、英語のAIDS です。これは形容詞/名刺の語順の関係です。。。<br /><br />どでかい看板は、エイズに気をつけろとの、注意喚起看板でした。<br />ベトナムでは、フランス語同様に、シダです。<br />当時、ベトナムでもエイズは社会問題でした。<br /><br /><br />ニャチャンの街中散歩では、白いアオザイが制服の女子高校生をよく見かけました。<br />その頃の女子高校生の制服は、白いアオザイでした。<br />むっちゃ可愛いかったです。<br />長い黒髪にノン(ベトナム菅笠)、白いアオザイってこれぞベトナムの風景でした。<br /><br />最近は、アオザイ制服なんて見かけません。<br />でも学校によっては、アオザイ デーがあるそうです。<br /><br />因みに、確か金曜日は、ベトコンバンクはアオザイデーです。<br />お姉さん/おばちゃん銀行員がアオザイ姿です(^_^)/<br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />ニャチャンは2泊でしたが、ハプニングがいっぱいでした(-_-)<br /><br />次は、ダナンに、またもやシンカフェのバンバスで向かいました。<br /><br /><br />つづく<br />to be continuedです(+_+)///<br />

1996年、初めてのベトナム。縦断。ニャチャン編

23いいね!

1996/05/02 - 1996/05/04

146位(同エリア227件中)

旅行記グループ ベトナム 1996 縦断の旅

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pal

palさん

初めてベトナムに行ったのは、1996年のゴールデンウィークでした。

2週間の休暇を取って、サイゴンin ハノイout でベトナムを南から北に縦断しました。


このシリーズは、

訪れた都市順に、

サイゴン編 3泊
ニャチャン編 2泊
ダナン編 2泊
フエ編 2泊
ハノイ編 2泊
です。

縦断後、ハノイから飛び立ち、中国返還前の香港、澳門に立ち寄ったのですが、その思い出は以前に書きました。
その話はこちらです。
https://4travel.jp/travelogue/11275413


本編は、ニャチャン編です。
ニャチャンには、2泊しました。


因みに、1996年の為替レートは、
1USドル=100円=10000ベトナムドン
と、奇跡のように計算しやすいレートでした。

当時のベトナムの最高額紙幣は、20000ドン(200円)のコットン紙幣でした。

100ドル両替すると、20000ドン札が50枚出てきて、財布がパンパンになりました。
しかも、食堂とか買い物で、20000ドンを差し出すと、お釣りないよぉ、の世界でした(=_=)


ーーーーーーーーーーーーーーー

ニャチャンにシンカフェのバスで出発


その頃の地球の歩き方に載っていた現地旅行会社って、
Sinh cafe と Kim cafe でした。
Sinh cafe は、シンツーリストと名前を変えて、今も健在です。

バスターミナルは、前日にリサーチ済みでした。
それが現在の9/23公園のバスターミナルだったかは不明です。
もっとこじんまりした空き地みたいなところでした。

シンカフェバスは、バンでした。
乗りこんだバックパッカーは、私を含めて7人ほど。

当時も朝は大渋滞でした。
車は少なかったですが、バイクの波でした。

シンカフェバンバスは、クラクションを鳴らしまくって、でも、バイクの波をゆっくり走行でした。


サイゴンの渋滞を抜けて、郊外まで出るのに結構時間がかかりました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

シンカフェバンバスで国道1号線で北上


私の隣の席に座ったのは、オーストラリアの女の子でした。

でも、お互いに自然の風景とか、たまに通りがかる街に釘付けになって、ほとんど会話はありませんでした。
ヌックマム工場を通りがかった時には、ヌックマム(魚醤)の匂いが車内中に広がったりもしました。

当時は、車ってほとんど走っていませんでした。
対向車にすれ違うのは、稀でした。
たまに前方に車が走っていると、我がバスは、キーンと追い抜いて行きました。


昼食休憩は、英語メニューのあるレストランでした。
何食べたのかなぁ。。。


昼食後、バスの中で、オーストラリアの女の子は、ウトウトし始めました。
それまで、全然、海を全然見られなかったのですが、ちょっと遠くに見えてきたんです。
女の子を起こしてあげようかなぁ、と思っていたら、彼女は急に目を開けて、窓の外を眺めました。

 海だぁ(^_^)/// ちょっとぉ、何で起こしてくれなかったの?

と、プンプンと怒られました。。。


ほんのちょっとの距離でしたが、海を遠目に2人でうっとりと眺めました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ホテルは飛び込み


ニャチャンに着いたのは、暗くなった頃でした。

15ドルほどの長屋アパートみたいな安ホテルを見つけました。


その後、ニャチャンには2度行きましたが、それがどこだったのか全く覚えていません。

でっかいホテルが立ち並び、リゾート観光地となって、すっかり昔の面影がありませんでした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ニャチャンの海岸散歩 マッサージおばさんの話


海岸通りは、既に整備されていました。
でも、散歩している人は、まばらだったです。
現在は、すっかりリゾートですねぇ。
そんな未来を見据えて、海岸通りを整備していたのだと思います。


人がまばらな長い砂浜を散歩していると、2人のマッサージおばさんに捕まりました。
かなり強引で、結局、捕まりました。
2人とも英語が話せました。


最初、1時間1ドルって言われました。
が、爪も切ってあげる。足の爪もどう?
となんのかんの商売上手で、結局5ドルとられました(-_-)

文句も言わず5ドルを差し出すと、2人のマッサおばちゃんは、満面の微笑みでした。


片方のおばちゃんが、あんた独身かい?
と聞いてきました。

 Yes.

 家に遊びに来ないかい? 娘を紹介してあげる。結婚するかい?キャハハハ

 (*_*)!? なんですと?

おばちゃんは、白黒のポートレート写真を取り出しました。

それが、ビックリするほど、美人だったんです。

それ娘さん?と聞くと、なんと、おばちゃんの若い時の写真だそうでした。
おばちゃんをよく見ると、んん、日焼けして化粧なしでしたが、美人おばちゃんでした。

きっと美人であろう娘さんと、民家を見てみたいなぁ、と心が動きかけましたが、
厄介なことに巻き込まれるとまずいので、お断りしました。

英語が話せるおばちゃんって、
きっと昔、南ベトナムだったころ、米軍関係で働いていたか、
米軍の出入りする、うっふんのお店で働いていたか、なんて、思い巡らせました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ビーチを通り過ぎて、更に散歩 缶ジュースの話


お昼は、通りがかった小さなお店でフォーを食べました。

その後、また炎天下の中、散歩を続けました。
汗ダラダラで、水分補給が必要です。

通りがかった小さな雑貨屋さんを覗くと、缶ジュースがディスプレイされていたので、入りました。

店番していたのは、高校生ぐらいの女の子でした。
英語は通じず、ジェスチャーで会話でした。

ビールが無かったので、コーラを頼みました。

すると、彼女は、ここで待ってて、とジェスチャーして、店を出て、自転車でどっかに行ってしまいました。

 (-_-)なんでやねん!?

私が店番となりました。。。

 (=_=)


しばらくすると、女の子が帰って来ました。
自転車のカゴには、缶コーラが2つ入っていました。

きっと近くのお店で買ってきたのです。

もう、ビックリでした。


女の子はちょっと申し訳なさそうに、缶コーラを手渡してくれました。
ジェスチャーで指差しで、ここに穴が開いちゃって、って教えてくれました。
小さな針穴ぐらいの穴で、ピューっと漏れていました。

これは、もしかして、もしかして、昏睡強盗(*_*)かも。

そのころ、睡眠薬を飲み物に混ぜて、眠っている間に、全て無くなっている、なんて手口がありました。
注射器で、睡眠薬を混入させるって手口もあるって知っていました。
小さな穴は、ちょうど注射針の大きさだったんです

まさか、こんな20歳にならない女の子が、ってありえない。

でも、もしかしたらあるのかもって、
穴の開いていない缶にしてもらいました。

女の子はちょっと悲しそうに、やっちまったぁ、と
私のそばで、穴が開いた缶を開けて、コーラを飲み始めました。


睡眠薬入りではありませんでした。
自転車のカゴで運んでいるときに、打ちどころが悪くて、穴が開いてしまったようです。


女の子、ちょっとでも疑って、ごめんなさい。
きっと後でゆっくり飲もうと思っていたのかなぁ。

ごめんね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ニャチャンの夜 レストランバー


ニャチャンの夜は、真っ暗でした。

それでもお腹が空いたら、夕食が必要です。
街灯のない街を散歩していると、ほのかに明るい食堂を発見しました。

ラッキーなことに外国人ターゲットのレストランでした。

メニューも豊富でした。
街のバックパッカーが全て集まってきているような感じで、お客さんは西洋人ばかりでした。


頼んだのは、うなぎのなんとかかんとか。
うなぎと言っても、田うなぎです。
これが、カリカリに揚がっていて美味しかったのです。

これは、私の幻の料理となりました。
再び出会えたのは、2016年だったかなぁ。


食事を終えてレストランを出た途端、小学生ぐらいの子供たちがワーと寄って来て囲まれました。
思わず、ヤバいと、ウエストバックを手で守りましたよ。

口々にマネー、マネー、プリーズとせがまれました。

 (=_=)

ちゃんと覚えているのは、シガレット プリーズ でした。
お父さんのために欲しいんだとか。
どうぞと、3本あげました。

すると子供たちは、ワー、と闇夜の街に消えて行きました。

 (-_-)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ポーナガールに散歩


現在ニャチャンは、リゾート観光地です。
2010年に再訪したときには、1日ツアーで、2つの島を巡って、シュノーケリングも楽しみました。
とっても綺麗な海でした。

1996年は、ニャチャンの目玉は、ポーナガールでした。
チャンパ王国の遺跡です。
街散歩で向かいました。


街の写真を撮っていると、おじいちゃんが私を見つけて、突進してきたんです。

物乞いか、
もしかして、白昼堂々、追い剥ぎ?

慌ててカメラしまったところで、おじいちゃんに捕まりました。

マネー、と言われる前に、ポケットに忍ばせておいた、1ドル札をどうぞと差し出しました。

おじいちゃんは、ウンウンとうなずいて、去っていきました。

 ああ、怖かった(T_T)


ポーナガールの遺跡は、ほとんど誰もいなくて、ゆっくりと見学できました。
でも山賊が出たらどうしよう、って感じでした。

2010年再訪したときには、すっかり整備されていて、民族衣装を着たチャム族の女の子もいました。

ポーナガールの写真
https://www.google.com/search?q=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AB&client=tablet-unknown&prmd=mvin&sxsrf=ACYBGNRTTwU0SyPkBvPCl7YG5zVQRXV7VQ:1572561282853&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwifnZulx8flAhWH62EKHXFNDakQ_AUoA3oECA4QAw&biw=962&bih=601


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

入江の小さな漁港を通りがかる


青く塗られた無数の漁船が停泊していました。
全ての漁船に、ベトナム国旗(金星旗)がたなびいていて、印象的でした。

気になったのは、お椀型の舟でした。
でっかい竹籠?のお椀舟です。

一寸法師のように漕ぐのかなぁ、って興味津々でした。
このときは、実際に人が漕いでいる姿を見ることができませんでした。



実際に初めてお椀舟の漁を見たのは、2009年のファンティエット(ムイネー)です。
ニャチャンとサイゴンの中間の海の観光地です。

朝、早起きしてビーチを散歩していると、2艘のお椀舟が、海に浮いているのを見つけました。
立ち漕ぎでした。
それを見つめる地元のベトナム人がいっぱいでした。
私も入って見学しました。

やがて、2艘のお椀舟は、釣り糸を垂れることもなく海岸の別々のところに戻って来ました。

 なにやってんねん?

これが、地引き網漁だったんです。
2艘のお椀舟で、地引き網を設置していたんです。
地引き網なんて日本でも実際に見たことがありませんでした。

もう興味津々でした。

 わっしょいわっしょい(^_^)///

お椀舟を眺めていたのは、漁師さんの家族だったんです。
男も女も子ども、みんな総出で綱を曳いて、水揚げするまで見学できました。
網には、小魚がいっぱい。その中にちらほら大物も混じっていました。

その場で魚を買うこともできます。

採れたてなので、日本人には、刺し身もできます。
日本人は、醤油、わさび、包丁、まな板、必携です(+_+)///


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ニャチャン駅、ニャチャン大聖堂など散歩


散歩でニャチャン駅を訪れました。
まだ、鉄道駅って見たことがなかったので、訪れたのだと思います。

現在も、サイゴン/ハノイ間の列車って数えるほどしか走っていません。
現在は、列車が到着直前まで、駅舎で待つシステムで、プラットフォームに入れません(ハノイなど、一部の駅を除く)。

私がニャチャン駅にたどり着くと、偶然、プラットフォームに列車が停車していました。
今、思い出すと、超ラッキーなタイミングでした。

停車している列車の客車内のお客さんに、物売りさんがたかっているような面白い風景に出会いました。


ニャチャン大聖堂にも散歩で訪れました。
人は全然いなくて、おっかなびっくりでした。
それまで旅した国は、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、台湾で、大聖堂/教会に入ったことがなかったのです。

だーれもいない大聖堂を、ゆっくりと見学できました。


街中で、印象に残っているのは、どでかいSIDA シダの看板です。
ヘタった病人が描かれていて、でっかくSIDAと書いてありました。
レトロなプロパガンダ看板と同じぐらいのサイズでした。
シダは、フランス語です。
SIDAを並べ替えると、英語のAIDS です。これは形容詞/名刺の語順の関係です。。。

どでかい看板は、エイズに気をつけろとの、注意喚起看板でした。
ベトナムでは、フランス語同様に、シダです。
当時、ベトナムでもエイズは社会問題でした。


ニャチャンの街中散歩では、白いアオザイが制服の女子高校生をよく見かけました。
その頃の女子高校生の制服は、白いアオザイでした。
むっちゃ可愛いかったです。
長い黒髪にノン(ベトナム菅笠)、白いアオザイってこれぞベトナムの風景でした。

最近は、アオザイ制服なんて見かけません。
でも学校によっては、アオザイ デーがあるそうです。

因みに、確か金曜日は、ベトコンバンクはアオザイデーです。
お姉さん/おばちゃん銀行員がアオザイ姿です(^_^)/

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ニャチャンは2泊でしたが、ハプニングがいっぱいでした(-_-)

次は、ダナンに、またもやシンカフェのバンバスで向かいました。


つづく
to be continuedです(+_+)///

  • おまけ<br /><br />この時の旅行ではありませんが、その後のベトナム旅行のお土産です。<br /><br />フランス語でベトナム語を学ぶ本です。<br /><br />もちろんコピー本です。。。<br />

    おまけ

    この時の旅行ではありませんが、その後のベトナム旅行のお土産です。

    フランス語でベトナム語を学ぶ本です。

    もちろんコピー本です。。。

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