2018/06/13 - 2018/06/13
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三峯霧美さん
諏訪大社巡りの後半は 下社の秋宮と春宮をお参りです。
でもその手前に一度お参りに行きたいと思っていた、手長神社に足長神社と、諏訪湖の御神渡り神事を司る八劔神社を廻って、御朱印を頂きました。
手長神社の宮司さんに背中を押されて、岡谷まで足を延ばして洩矢神社に行き、丁度日暮れ時なので、あの「君の名は」に登場する諏訪湖一望の公園に行ってみました。
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13:12 足長丘公園
目的地は足長神社なのですが、駐車スペースがありません。
路上駐車は避けたいので、山を少し巻き込んだところにある足長丘公園の駐車場らしき場所に車を停めました。
道路に面して、大きな岩がふたつ。夫婦岩かな?ロープがかかってますよ。 -
公園から神社方向に小道があるので、進んでいくと、こんな看板が括り付けられていました。
小道は足長神社の裏参道だって!よし!
え?車両通行の際って・・・軽自動車なら通れるかな。 -
裏参道はこの幅だよ。
通れるのか・・・すごいな・・・。
車で神社巡りをするときの難関は駐車場です。
特に人が常駐していない神社は、駐車場があっても1,2台分で狭い所が多いです。
小回りの利く車じゃないと無理なところもあって、参拝を断念することがあります。 -
見下ろす町は平地です。その奥に諏訪湖が見えます。
このあたり、江戸時代に湖の干拓が行われたので平なんだそうですよ。 -
裏参道は、いきなり神社拝殿の正面に出ました。
石段の下には神楽殿かな? -
足長神社
鳥居の代わりに二本の松の間に注連縄がかけてあります。
創建は不明。
祭神 足摩乳神
奇稲田姫神の父神で、諏訪大社の祭神、建御名方神の祖にあたります。 -
拝殿は1842年に造営。拝殿の中、龍の彫刻がすごい迫力です。
上桑原村の産土神で、以前は手長神社の祭神、手摩乳神と一緒に祀られていました。
村が上下に分かれた時に、下桑原に手長神社として分祭したそうです。 -
拝殿から一段高くなった本殿。
天平のころ、諏訪大社上社の神氏は男系が絶え、桓武天皇の皇子「有員」を養子に迎え、神氏の女の子と婚姻し男子をもうけます。 -
拝殿の上はネットで保護された彫刻が美しい。
裸電球がこの神社の状況を表してるな。
有員は「大祝」のルールを決めたりと、いろいろ改革された方のようです。 -
806年頃、有員は足長神社を崇敬し、広大な社殿を造営し、以降、諏訪大社の末社となりました。
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石の祠が並んでいます。手前の石の帽子風なのは、なんだろう?
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神楽殿(舞殿)
平日の真昼間、人の気配がありません。 -
神楽殿の彫刻は鳥に荒らされないように、ネットで保護されています。
1862年に建造されたものだそうです。 -
境内からは中央本線と自動車教習所が見える。
にしても、人が歩いていない。 -
参道の石段は公園に向かう道路に寸断されて、その下まで続いています。
降りたら登らなくちゃならないので、参道入り口の撮影はやめました。 -
13:40 甲立寺
八釼神社の隣にあり、「八剱山」とあるように、神社の別当寺でした。
八剱神社には駐車場が無く、近隣の大きな駐車場を持つコンビニでお買い物をして、少しだけ車を停めさせてもらいました。 -
愛染明王坐像があるそうですが、公開はしていないみたいですね。
張り紙によると、観音様も安置されている様子。
ちょっとお参りをして、隣の八剱神社に向かいます。 -
13:42 八剱神社 裏側の参道から
以前は諏訪湖に突き出していた高島に祀られていました。
秀吉の家臣日根野織部正高吉が高島に城を作るにあたり、現在地に遷座。 -
摂社、末社も、全部御柱が立っています。
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八剱神社 やつるぎじんじゃ
祭神 八千矛神(大国主命)日本武尊 誉田別尊
諏訪大社上社 摂社 -
こちらが正面の鳥居。
以前は御柱祭の時に式年遷宮で本殿の建て替えを行っていましたが、明治以降は遷宮はせず、正殿と権殿となり、千木だけを新調しているそうです。 -
ここも温泉の手水。あったかい。
諏訪湖は真冬に湖面が凍結して、氷の表面に長い亀裂が入り、氷が盛り上がり道のようになり、それを御神渡りと言います。
氷の道筋は、諏訪大社上社の建御名方神が下社の八坂刀売神の元へ通う道なのだそうです。 -
鳥居の正面は、拝殿、舞殿でもあるのかな?
10年くらい前、数年ぶりに御神渡りが発生したというので、見に来たことがあります。
八剱神社では特殊神事として、御神渡神事が行われます。 -
神社に張り出されてた御神渡りの写真。
御神渡りが発生すると、宮司さんと神職、氏子総代は詳しく調べて、その年の農作物の作柄や、世の中の吉凶、お天気などを占い、諏訪大社の上社へ報告します。
諏訪大社はそれを、宮内庁と気象庁に報告するそうです。
さて、急いで車に戻って、先に進みましょう。 -
14:03 手長神社 一の鳥居
近くの立体駐車場に向かいましたが、絶賛解体工事中!まじか~~~。
駐車場探しに一苦労しました。
鳥居の下は隣の郵便局の駐車場らしい。
左手に見える手水は、ここも温泉でした。 -
参道の石段を上がっていきます。上の方にも鳥居が見える。
神社は茶臼山の中腹にあって、車で行くと道が複雑です。知らない場所の道が狭いって、ストレス満載なので避けて、下に停めることにしたのですが・・・。 -
14:07 手長神社
創建は不明 諏訪大社上社 末社
祭神 手摩乳命(別名・手長彦神)
手摩乳命は 奇稲田姫の母神
石段を上がり切ると、中学校の中を道路が通ってて、突き当りに神社があります。
道路から突っ込み型の駐車スペースは、斜めで砂利敷だけど、なんとか停められそう。手長神社 寺・神社・教会
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舞殿(神楽殿)
手長彦神は、諏訪大社の祭神、建御名方神が諏訪に祀られる以前からこの地で信仰された神様。
周辺には旧石器時代と古墳時代の遺跡があるので、かなり昔から人が住んでいた場所です。 -
足長神社と同じような配置で、境内のさらに上段に拝殿と本殿があります。
戦国時代に高島城が築かれると、城の鬼門を護る神様となります。 -
拝殿 1788年に建てられたもので、片側に長い廊下を持つ、重壮な佇まい。
向かい側に延命杉 樹齢500年だそうですよ。
梢を仰ぎ、三回深呼吸すると 寿命が延びるんだとか。
そんなに長生きしたくないかもなぁ。 -
彫刻が見事で、みごたえがあります。
この辺りは諏訪氏が高島城(茶臼山城)を築いたところで、宅地になってしまいましたが、遺構が少し残っているそうです。 -
左側が弥栄神社 旧本殿で1079年建立。
松尾大明神、龍王大明神と並びます。 -
手長神社の宮司さんは足長神社と八剱神社も兼務していて、三社の御朱印はここで頂けます。
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三社、コンプリートだぜ!って意気揚々と社務所に向かうと、ガラスの引き戸が閉まってる。中に声をかけるけど、返事無し、人の気配もない。
届いた郵便も置いてあるし留守なんだろうな。
いつ戻るかもわからないので、先に進むことにしました。
ガックシ・・車に戻って諏訪大社下社に向かいます。 -
14:35 諏訪大社 下社 春宮 しもしゃ はるみや
下社には春宮と秋宮があります。
どちらも同格の宮で御霊代が春と秋に遷座しますので、6月は春宮で祀られているのです。諏訪大社下社春宮 寺・神社・教会
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春宮の参道は長くて、今は一般の道路になっています。
春宮大門の鳥居はまっすぐ南に700mほど離れたところにあります。
手水舎は鳥居の手前の参道にめんしています。 -
諏訪大社の神紋が入った手水。
お清めしている間、後ろを車が通る音がして、なんだか落ち着きません。
下手に後ろに下がると、車にぶつかっちゃいそう。 -
大鳥居は白御影石、1659年に造られたとか
伝説があり、職人が巨石にノミを入れると石が血を流したので、他の石で鳥居を作ったんだそうです。
で、血を流した石は神社の奥にある「万治の石仏」なんだそうです。 -
どうも、左側の敷石を踏んで進み、帰りは右側を通るらしい。
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祭神 建御名方神 八坂刀売神
八重事代主神が合祀されています。 -
御柱 一の柱
御柱の文化は諏訪地方の独特のもので、起源も判らず、意味するところも諸説あるそうです。 -
大きな注連縄がかかってます。
ガラスの格子、改築が最も多い建物だそうで、1681年頃造営、昭和初期に大改修が行われたそうです、だからガラス? -
幣拝殿 両側には片拝殿が並びます。1780年に造られな二重楼門造。
彫刻が見事です。 -
片拝殿。
春宮も秋宮も本殿がありません。
春宮では杉の古木が御神体なのです。 -
御神木の杉の両側には宝殿が一つずつ立っています。
下社は大祝は科野国造の後裔「金刺氏」でしたが、室町時代に上社との戦いに敗れた国に去ってしまいます。
下社五官の筆頭、洩矢神と共に建御名方神に服従した武居大伴主神の後裔の武居氏から大祝が立てられました。 -
子安社 末社
建御名方神の母神 高志沼河姫神を祀ります。
二の柱のそばにあり、安産を祈願して底の抜けた柄杓が奉納されています。 -
筒粥殿
1月に葦の筒で粥を滝、中の状態でその年の農作物の吉凶を占う神事が行われます。
上社に比べ、下社は祭事の記録が少ないそうです。 -
左側が摂社 若宮社 御子神13柱を祀ります。
右側が末社 上諏訪社 上社の建御名方神を祀ります。 -
結びの杉
根元で1本に結ばれているので、縁結びの杉。 -
社務所で御朱印を頂き、春宮周囲にしつこいくらいに案内板が出てる「万治の石仏」に行ってみよう。
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春宮の御朱印
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春宮の横は砥川が流れています。中州の浮島に架かる橋。
春宮は扇状地に建ってるんですね。 -
浮島にある浮島社
どんな大水があっても、流れなかったという浮島。 -
ちょっと回り込んで、道路からの入り口にある石碑のあるところに行ってみましょう
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これが岡本太郎の石碑
岡本太郎氏は万治の石仏がお気に召したんだとか。 -
万治の石仏
ほ~、このアンバランスなような形が岡本太郎さんの心に響いたのかもしれませんね。
案内板の通りにお参りしました。
石仏の周りを三周して、よろずおさめましたと唱えます。万治の石仏 名所・史跡
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道路の反対側に「おんばしら館よいさ」がありました。
御柱祭の映像や、柱の伐採から里曳きまでの模型があるそうですが、入館料300円
う~ん、これから秋宮に行くので、パスしました。 -
近くに柱が置いてある・・・。
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参道を下って下馬橋へ。
室町時代に造られたもので、下社では最古の建物。
今は川はありませんが、橋なんだから、昔は川があったのでしょうね。 -
道路の真ん中にあり、春宮に向かう車は右側を相互通行です。
さすがにお腹が減ってきたなぁ。
でも、茶店はそろそろ店じまいみたいだし、秋宮も行かなくちゃならないので、先に進みましょう。 -
15:15 下社 秋宮 駐車場
諏訪湖が見えます。
広い駐車場、奥は空いてます。 -
駐車場の横の丘に
八幡社と恵比寿社。先にお参りしましょう。 -
八幡社
この丘は八幡山というそうです。 -
もう一つが恵比寿社
大国主神と事代主神が祀られています。 -
諏訪大社 下社 秋宮
秋宮の鳥居は黒い鳥居です。
その手前に手水舎、ああ、疲れていたのか撮影を忘れました。
ここも、敷地内とはいえ、駐車場に向かう車道に面してます。諏訪大社下社秋宮 寺・神社・教会
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参道は上り坂。
午後もこの時間になると、鳥居の影がこの角度。 -
神楽殿、春宮と同じレイアウトです。
ここも大きな注連縄が掛けられてます。13メートル。
狛犬は青銅製では日本一の大きさです。 -
神楽殿の中、照明が着いてます。
1835年に建立されたものです。 -
一の柱
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幣拝殿
両側に片拝殿があります。
1781年に造られたものです。 -
ここからお参りします。
春宮同様、ここも本殿は無く、宝殿が二つあってその間に御神木のイチイの木があるのです。 -
脇から宝殿を見る。
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御柱を下から見上げてみる
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末社 左から子安社 高志沼河姫命 安産祈願の柄杓が奉納されています。
賀茂上下社 賀茂別雷神・玉依媛命・建角身命
八坂社 素戔嗚尊・奇稲田姫命・八柱御子神 -
末社 鹿島社 武甕槌命
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真ん中が 摂社 若宮社 御子神13柱
左が 末社 大神宮社 天照大神 豊受大神
右が 末社 稲荷社 倉稲魂神 大宮売命 佐田彦神 -
天覧の白樺
白松なんですが、とても珍しいものだそうです。 -
社務所で御朱印を頂きました。
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下社 秋宮
温泉の手水も、寝入りの杉の写真も撮影し忘れて、疲れてたね。 -
秋宮は先ほど駐車場脇でお参りした、恵比寿社の御朱印も頂けます。
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諏訪大社四宮 こんぷりーとすると、しおりと神紋の型抜きをした干菓子を頂けます。やった~!これでこの旅の主目的は達成だ!!
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15:50 広い参道は下り坂になってます。
さて、ここで、手長神社にダメモトで電話してみました。
あらあら、宮司さんが電話を取ってくださって、何時までいらっしゃいますか?と伺うと、待っているからお越しくださいとのこと。
来た道を戻ります。 -
16:10
狭い上諏訪の町を走り、手長神社に引き返し。今度は神社脇のガタガタな駐車スペースに、恐る恐る車を入れる。
で、御朱印頂きました。足長神社。 -
これが気さくな宮司さんで、話の流れで笛で「ふるさと」を聞かせていただいた。
宮司さんは「音」にも神奈備があるとおっしゃって。
手長神社の御朱印 -
手長神社オリジナル。かじの土鈴を購入。
それぞれ全部音色が違って、鳴らして気に入った鈴があなたの鈴だよと。
高く澄んだ音色の物を頂きました。
毎朝、メイク道具と一緒に置いてあって、鈴を鳴らして出勤してます。 -
シメに八剱神社。
これから岡谷の洩矢神社に行きたいけど、もう時間的に無理かなぁと相談すると、
「なんで?大丈夫でしょ!」
え?そう?御朱印貰うわけじゃないし、日が暮れなければ平気だよね。
というわけで、また来た道を戻って岡谷に向かいました。 -
16:58 岡谷 洩矢神社 もりやじんじゃ
祭神 洩矢神 もりやのかみ
洩矢神は諏訪の国津神で、建御名方神との戦いに負けて降伏し、建御名方神に仕える身になりました。
お~、五時前に着いたよ! -
本日最後の現地駐車場、なんと、最近参拝者が増えてるからか、社務所も看板が出て、舗装された駐車場に変わっていました。
氏子の皆さま、感謝いたします!!
心置きなく、車を停めてお参りできます。 -
まあ、当然ながら人の気配はありません。平日の5時過ぎですもんね。
対岸に建御名方神が陣地とした場所が「藤島神社」として残っています。
駐車場が無いので、お参り断念しました。道路拡張で小さくなってしまったそうです。 -
拝殿
洩矢神社も、元はこの場所ではなく、奥に中央道の向こう側、「元洩矢」と呼んでいる場所にあったそうです。
また言い伝えによれば川のほとりにあったとも・・神社があちこち遷座したようです。 -
本殿は覆殿の中です。
川のほとりにあった時は、対岸の藤島神社と藤の枝でつながっていて、その藤の枝を切り落とした人は祟りにあって死んでしまい、命令を下した藩主にも祟りがあったと伝わります。 -
東方風神録というゲームに洩矢諏訪子というキャラと守矢神社が登場します。いわゆる聖地となって、訪れる人も増えたのです。
イラスト入りの絵馬がたくさんかかっていて、見とれてしまう。
痛絵馬って言うそうです。奉納したい思いがあれば、痛絵馬でもいいんじゃないかな。
これで本日のお参りはすべて終了。あとはあの映画の聖地に行ってみましょう。 -
17:50 立石公園
最期はまた上諏訪へ、ローカルルールのある踏切を越え、山を登って細い道を抜けると、いきなり公園の駐車場。
アニメ映画の「君の名は。」の聖地です。立石公園 公園・植物園
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信州のサンセットポイント100選に選ばれた景色。
ちょうど湖に向かって円形劇場風になっています。
日暮れを待つ人が、思い思いの場所に座っています。
外国人観光客が多いのに驚きました。 -
湖の南東側、奥に見える山は中央アルプスかな?
私も円形劇場に座って、ペットボトルのお茶を飲みながら、ゆっくりかたむいていく夕日を眺める。
日没まで小一時間。あとは帰るだけなので、休憩も兼ねて待ちましょう。 -
岡谷方面を見る。
アニメに出てくる湖は諏訪湖よりもっともっと小さいと思っていたのですが、ここから見える諏訪湖は想像以上にコンパクトで、アニメに出てくる景色と似ています。聖地と言われるのも納得しました。 -
日が暮れました。
アニメでは日が沈むわずかな時間が重要な場面でしたね。
雲が色づいて、真っ赤じゃないけど、素敵な夕暮れです。
18:54 星は降って来ないんで、帰路につきましょう。腹減った。 -
20:25 談合坂SA 上り。
週末と違いフードコートは静かです。
諏訪でファミレスに入ろうと思ったら、反対車線だったので、あきらめて、中央道をここまで走ってきました。談合坂SA(上り) 道の駅
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レストラン ゆるり庵で 山梨名物のほうとうを頂きました。
すきっ腹なんで、何食べても美味しい。
でも、飯を抜いたって、自分都合で自由にできる一人旅は、やめられない。
諏訪大社4宮と神社、岡谷の洩矢神社に、立石公園の絶景を見て、大満足な一日でした。
この後、もうひとっ走りして、自宅到着22時過ぎ。
総走行距離430キロメートル、我が愛しの車と快適なドライブでした。
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