2019/09/06 - 2019/09/07
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ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん
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大糸線の橋梁等を巡る旅、後半です。
※実際の行程は松本から糸魚川へ向かって下り、途中で中断して糸魚川に1泊して、翌日は糸魚川から上って行きましたが、判りにくくなってしまうので、松本から順に載せていきます。
前半はこちら→ https://4travel.jp/travelogue/11539982
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー JR特急 徒歩
- 利用旅行会社
- じゃらん
-
親不知観光ホテル
残りは翌日にし、宿へ向かいました。本当は魚料理が評判の『和』という民宿に泊まりたかったのですが、何やら工事関係者が長期滞在に利用しているそうで、平日なのに民宿はどこも軒並み満室でした。台風の合間をみて急遽思い立ったので致し方ありません。北陸本線旧線 親不知トンネルが近い! by ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん親不知観光ホテル 宿・ホテル
-
古い建物ですが、料理は頑張っていました。
でもこの宿の最大の売りは親不知にあるという事に尽きると思います。 -
この宿のすぐ脇の道を降りていくと、北陸本線の廃線跡に出ることができるんです。
朝食前に散歩してきました。 -
イチオシ
【親不知隧道】
1912年頃竣工、1965年廃止。
親不知周辺は北アルプスの北端が海岸まで来ていて北陸本線最大の難所とも言われていました。こんな断崖絶壁に造った際の労苦が偲ばれます。
【土木学会選奨土木遺産】 -
内部には照明も所々設置され、ご丁寧に懐中電灯も置いてあり、事前準備なしに通行することができます。
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【風浪隧道】
1912年頃竣工、1965年廃止。
沢を挟んで反対側の隧道です。スノーシェッド上から土砂が流入し隧道内の状況を窺い知ることはできません。沢を渡る橋とこちら側の整備・一般公開も期待したいです。 -
親不知隧道から海岸へ階段を降りてみました。
この波打ち際!を通るルートが第一世代、明治に整備された国道が第二、昭和42年に完成した新国道が第三、昭和63年に整備された北陸自動車道が第四世代と言われ、北陸の交通を支えてきました。 -
【親不知旧道】
1882~1883年竣工。鉄道だけでなく道路も別途土木遺産に選奨されているとは知りませんでした。それだけ険しいルートだという事でしょう。
【土木学会選奨土木遺産】 -
朝食を頂いたら親不知を後にし、大糸線に戻ります。
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【旧国界橋】(こっかいばし)
1936年竣工、スパンドレルブレーストバランストアーチ。
南阿蘇鉄道第一白川橋梁や只見線第一只見川橋梁と同形式の橋です。
長野県と新潟県の県境に掛かっています。
※歴史的鋼橋一覧では1937年4月竣工となっていますが、現地の銘板は昭和11年12月竣功となっていましたので、こちらに合わせています。 -
【国界橋】(こっかいばし)
1995年の7・11水害で架け替えたばかりの国界橋(上路RC)が土石流により流失。翌年、復旧工事・砂防工事施工中に再度発生した土石流により、14名が犠牲になりました。翌年からリモコン操作の重機で土砂を除去し、砂防ダム設置の上、同じ位置に新橋が架けられました。現在は土石流センサーや地すべり計等も設置され、地山の変状を監視しています。 -
イチオシ
旧橋へも行ってみました。旧国界橋は下弦材等が破損しましたが落橋は免れ、宮地鐵工所による修復後災害復旧工事の資材運搬路として活躍しました。上流側の集成材でない部材が交換した部材ですが、下流側から撮ったこのアングルでは分かりづらいですね。この道は現在は通行止めになっていますが、放棄されている訳ではなく一部が資材保管庫として活用され、橋の塗装も新しく、保守されているようです。
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国界橋のスケルトンを描いてみました。赤色の部分上流側は土石流で破損し交換された部材です。
脚部付近に付いているブレースが興味深いです。元資料の図面には存在しないので、後から補強の為に設置したのかもしれません。
※参考文献 歴史的鋼橋一覧(土木学会) -
【大糸線 第八下姫川橋梁】
1937年竣工、上路カンチレバーRC箱桁橋。右は大糸線最長の真那板山隧道。
ここも7.11水害で橋台裏が河道となり、糸魚川方2径間を架替え6径間に改修されています。
この橋からJR西日本の管理となり、下流から順にナンバーが振られ、JR東と区別するため「下姫川橋梁」と変えています。第一木曽川橋梁が二つある中央西線も見習ってほしいです。 -
排雪モーターカー N-MCR-600 #6003
1992年新潟鐵工所製。前方にラッセル、後方にロータリーを繋いだ冬装備のままレール運搬等に使用しているようです。平岩駅にて。 -
【大糸線 大所川橋梁】
1957年開通、5径間上路プレートガーダー。奥に見えるのは・・・ -
【大糸線 第七下姫川橋梁】
1957年開通、7径間上路プレートガーダー。 -
1995年の7・11水害では、この二つの橋の間の路盤が流失、はしごになりましたが、すっかり整備され被災の面影は感じられませんでした。
※新潟県土木部「平成7年7・11水害被害状況調査レポート」より
本当はプレートガーダーやRC桁まで全部観て廻るつもりはなかったのですが、大糸線の水害の歴史を知ってしまうと、なんだか先人の努力を踏みにじるような気がして、素通りできませんでした。 -
【大網発電所橋】(正式名称不明)
トラス補剛吊橋。3.5tの重量制限はありますが、一般車両も通行できます。 -
7・11水害で堤防ぎりぎりの高さのこの吊橋が残ったのは奇跡としか言いようがありません。
※新潟県土木部「平成7年7・11水害被害状況調査レポート」より -
【黒部川電力 姫川第六発電所取水堰堤橋】(正式名称不明)
3つのアーチを組み合わせた構造です。意匠優先なので、無駄に太い部材が多そうですが、面白い橋です。
奥に見えるのは大糸線のスノーシェッド、雪深さを物語っています。 -
【大糸線 横川橋梁】
1957年竣工、3径間上路プレートガーダー。 -
【大糸線 第六下姫川橋梁】
1957年竣工、5径間上路プレートガーダー。
奥は鎌倉山隧道。第五下姫川橋梁はこの橋から川沿いに歩いて行こうと思っていましたが、暑くて断念しました。歩道部のない道路で少し危険ですが、次の写真の撮影地から道路を歩いた方が近かったようです。 -
【大糸線 第五下姫川橋梁】
1957年竣工、下路ワーレントラス。
奥は江尻隧道。7.11水害にてプレートガーダーが流失し、1996年曲線ワーレントラスに架替られました。
出典:姫川災害復旧助成事業概要 平成7年7.11水害 よみがえる!清流姫川 -
イチオシ
【旧線/新線分岐部】
左手(糸魚川方)に見える洞門のような第二西山隧道と何世代にも渡って増設されたスノーシェッド、雪深い大糸線らしい景観です。この眺めが第一姫川橋梁と並ぶ今回の旅のお目当てです。草薮を掻き分けて来た甲斐がありました。 -
左の木に隠れて殆ど見えない江尻隧道までが現役路線、その右の要塞のような隧道(第三西山隧道(仮称))は旧線の遺構です。更に右(松本方)には橋梁があったはずですが、跡形もなく破壊されています。河原に転がっている石積は坑門上方にあった土留の残骸と思われます。
-
◆Map
全くの憶測ですが、第五下姫川橋梁~第一西山隧道付近の新旧の配線を地図に落としてみました。赤が現在線、黄色が旧線です。旧線は川沿いに橋を架けて旧江尻隧道を経て第五下姫川橋梁へと続いていたようです。
※Mapの権利帰属は、画像©2019Google、画像©2019MaxarTechnologies、地図データ©2019 です。 -
【大糸線 第四下姫川橋梁】
1997年竣工、下路平行弦ワーレントラス。
この橋も1995年の7・11水害で流され、復旧したものです。
ここはマクラギを使わず、軌道桁に直接レールを締結する鋼橋直結締結装置を採用。大糸線に乗車した際に観てみようと思います。
出典:姫川災害復旧助成事業概要 平成7年7.11水害 よみがえる!清流姫川 -
キハ120形300番台 列車番号:428D
キハ120形はJR西日本の標準型気動車として、1991年から製造されています。
以前関西本線で乗ったキハ120形と違い、この車両は前照灯がLEDになっていました。 -
【大糸線 第三下姫川橋梁】
13径間上路プレートガーダー。
橋脚基部があちこちで補強されていました。 -
【大糸線 第ニ下姫川橋梁】
9径間上路プレートガーダー。空が綺麗でした。 -
【大糸線 第一下姫川橋梁】
1934年竣工、9径間上路プレートガーダー。
望遠レンズを持って遠くからでも良いからひと目観てやろうと旧道の藪を掻き分けて歩いて行ったのですが、橋の袂まで行けてしまいました。広角も持っていくべきでした。何とか合成して誤魔化しています。桁高の高いひと径間のみ舟形の桁を使用していました。 -
【大糸線 根知川橋梁】
7径間下路プレートガーダー。
奥は根小屋隧道。 -
【明星セメント㈱ 姫川橋】(正式名称不明)
トレッスル橋脚です! -
【北陸新幹線 姫川橋梁】
2007年竣工、7径間連続PCフィンバック橋。
箱桁両端上部の翼壁にPCケーブルを配置し、桁高を抑えています。
海岸線から700mの位置で、かぶり厚の増厚や施工目地にエポキシ鉄筋を使用するなど、塩害対策に特に配慮した設計・施工がなされています。 -
【姫川橋】
1932年竣工、1937年一部架替、1954年一部架替、下路ポニーワーレントラス+下路曲弦ワーレントラス+RCカンチレバー。
すばらっ!本橋のポニートラスを製造した安藤鐵工所は、1918年創業で化学工業機械メーカーから参入し、愛媛の長浜大橋や福島の柴崎橋等も製造した老舗橋梁メーカーですが、1975年に倒産してしまいました。 -
【C12 88】
1934年汽車製造製、1972年用途廃止。大糸線で活躍しました。
昔は荒れていましたが、すっかり綺麗に整備されました。 -
道の駅 小谷
順番が前後しますが、お昼は暑かったのでざる蕎麦大盛りです♪道の駅おたり 道の駅
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イチオシ
地鶏めし
初日に結構良いペースで進めたので、松本17時代発のしなの22号で帰ることができました。車内で松本駅の駅弁を食べて旅の締めくくりです♪駅弁あずさ グルメ・レストラン
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根知~小滝駅間の開業が1935年、小滝~中土駅間が繋がって全通したのは1957年。この間実に22年間も掛かっています。途中戦争もあって工事は中断を余儀なくされましたが、水害の多さや難工事も影響したのかも知れません。
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今回の旅は橋の種類がバリエーションに富んでいて、除沢川橋梁や取水堰堤橋等の変わり種や木造の橋もあり退屈しない旅でした。中でも残存していた旧橋2つが観られたのは嬉しかったです。大糸北線は不採算路線かと思いますが、水害や山体崩壊に負けずいつまでも存続することを願います。
次回は一面の銀世界、冬にまた来たいと思います。
トータル 橋41、SL・EL・旧車7、トンネル2、他5 を巡る旅でした。
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