2019/09/06 - 2019/09/07
24位(同エリア104件中)
ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん
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台風の合間を縫って、1泊2日で大糸線沿線の橋梁を観てきました。
大糸線は長野県の松本と新潟県の糸魚川を結ぶ路線で、普通なら「松糸線」となるはずですが、松本駅~信濃大町駅間は信濃鉄道が営業していたので、国鉄の路線として建設された信濃大町駅~糸魚川駅間の名称「大糸線」が信濃鉄道国有化後も全線を通して使われています。
松本駅~南小谷駅間は電化済みでJR東日本、南小谷駅~糸魚川駅間は非電化でJR西日本となっています。
1915年信濃鉄道松本市駅(現北松本駅)~信濃大町駅(仏崎駅)間開業。
1916年現信濃大町駅まで延伸、松本駅~北松本駅間の旅客営業開始。
1926年松本駅~信濃大町駅間電化。
1929年信濃大町駅~簗場駅間開業。以降順次延伸。
1937年信濃鉄道線を国有化。
1957年中土駅~小滝駅間が開業し全通。
※実際の行程は松本から糸魚川へ向かって下り、途中で中断して糸魚川に1泊して、翌日は糸魚川から上って行きましたが、判りにくくなってしまうので、松本から順に載せていきます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー JR特急 徒歩
- 利用旅行会社
- じゃらん
-
ワイドビューしなの 列車番号:1001M
朝一の特急で松本へ。制御付き自然振り子式車両の383系です。 -
383系
通勤で利用している人も結構いるようで、2両しかない自由席はほぼ満席。木曽川がよく見える左窓際の席には座れませんでした。 -
松本駅
予約していたレンタカーを借りてスタートです。まずは松本電鉄から。松本駅 駅
-
【アルピコ交通上高地線 田川橋梁】
1921年開業、3径間下路プレートガーダー。
橋脚は元々は長方形断面だったものを改修して6角形断面にしたように見えます。 -
【アルピコ交通上高地線 奈良井川橋梁】
1921年開業、7径間上路プレートガーダー。
何回か嵩上げされています。 -
【D51 172】
1939年、日本車輌製造。
旋回窓・低い位置に設置された後照灯が特徴。足回りもしっかり塗装されていますが、保存状態は良さそうです。 -
【筑摩電鉄 社章】
新村駅に展示していました。「チ」の字を9個円形に配置したデザインです。筑摩電鉄はアルピコ交通の前身。新村駅 駅
-
【アルピコ交通 5000系】モハ5005+クハ5006
東急5000系を譲受し改造。通称『アオガエル』
新村駅の車庫に東急時代の塗装で保存されています。
東急が引き取って保存したらどうでしょうか。 -
【アルピコ交通 ED301】(ED22 3)
1926年、ウェスチングハウス(電気機器)・ボールドウィン社(車体)製造。
国鉄・岳南鉄道・西武鉄道でも活躍していましたが、大糸線の前身、信濃鉄道がアメリカから3両輸入した内の1台です。 -
アルピコ交通上高地線 新島々駅(しんしましまえき)
上高地への拠点になっています。大きなバックパックを担いだ旅人が大勢列をなしてバスを待っていましたが、帰りに寄ったら閑散としていました。この道路を挟んで反対側に旧島々駅舎が残っていたのですが、観損ねました。
新島々駅~島々駅間1.3kmは1983年の台風18号で水害に逢い、1985年に廃止となっています。
列車は京王3000系の改造車、台車はTS-807。雪国なのに除雪板なしで支障ないのでしょうか。新島々駅 駅
-
【雑炊橋】
1987年竣工、単径間PC斜張橋。
この斜張橋、主塔の右側にケーブルがない片持ちです。名前の由来は、川を隔てて思いを交わした二人が三度の食事を雑炊にして資金を貯め、橋を架けたとの伝承が元になっています。 -
1834年(天保5年)脱稿の 信濃竒勝録(井出道貞著)には、はね橋として旧橋が描かれており、今回の旅で最も歴史のある橋と言えそうです。
出典:新日本古典籍総合データベース -
イチオシ
【旧稲核橋】(いねこきはし)【稲核ダム】
1936年竣工1965年廃止、スパンドレルブレーストアーチ橋。
竜島発電所(1969年運用開始)建設の資材運搬の為に新橋が架橋され廃道になりましたが、現在もノーメンテながら東京電力が地盤変状計測の為に通行しているようです。 -
廃道へ降りてみました。
奥は新橋、右には更に古い橋の石積みの橋台が残っていました。 -
その旧橋の写真がありました。
木造のトレッスル橋脚に吊橋の主ケーブルや耐風索も見えます。
twitterの情報を総合すると、京浜電力が上流の奈川渡発電所建設に際し、重量物運搬の為1920~1925年頃に吊橋を木造方杖ラーメンで補強したようです。旧橋竣工時の写真では橋脚が2基共無くなっており、3つの形態を持っていたようです。
出典:戦前土木絵葉書ライブラリ/土木学会 -
◆Map
全くの憶測ですが、地図に旧道のルートを落としてみました。
※Mapの権利帰属は、画像©2019Google、画像©2019MaxarTechnologies、地図データ©2019 です。 -
【第5区公民館分館】
稲核橋を観た帰り道で素敵な洋館を見つけました。 -
【大糸線 梓川橋梁】
1967年竣工、9径間下路プレートガーダー。
1965年の豪雨により被害を受け、上流に架替られました。以前は倒壊した橋脚の残骸が残っていたようですが、見当たりませんでした。 -
【平瀬橋】
2000年竣工、斜張橋。 -
【田澤橋】
1954年竣工、RC下路ローゼ橋 +RCカンチレバー桁橋。
8連のRCローゼ! -
【大糸線 除沢川橋梁】(よけさわがわ)
2001年竣工、PRC補剛交差型単弦アーチ橋。
アーチが斜めに線路を跨いでいます。今回の旅で一番の珍品! -
イチオシ
【大糸線 穂高川橋梁】
1948年竣工、200ft下路プラットトラス(3)+下路プレートガーダー(1,2,4-7)。
トラスは1896年英国Handyside社製、常磐線阿武隈川橋梁から撤去され、長い間保管されていた桁を橋門構改造のうえ移設。同じ橋から東武鬼怒川線砥川橋梁にも移設されています。ポーナル型トラスからクーパー型トラスへの過渡期に架設された貴重な桁です。 -
【穂高橋】
1956年竣工、下路ワーレントラス+RCカンチレバー桁橋。
穂高川橋梁と並んで架かっています。 -
イチオシ
【微妙橋】(お経橋)
1906年竣工、切妻屋根付木造太鼓橋。
屋根付きの橋と言えば四国に結構残っていたように思いますが、長野にもありました。屋根付きの太鼓橋がすごい! by ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん栗尾山満願寺つつじ公園 公園・植物園
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満願寺の入口、善男善女が極楽浄土へ渡る橋だそうです。彫刻も見事。
高野山無妙橋(御廟橋or一の橋)・越中立山無明橋(布橋)と共に、日本三霊橋の一つに数えられているとか。(この橋ではなく東照宮神橋を含めて三霊橋とする説もあります) -
【D51 483】
1940年国鉄小倉工場製。
被爆機関車です。こちらも屋根なしですが、保存状態は良好です。 -
【宮本橋】
1993年竣工、斜張橋+α。 -
【大糸線 高瀬川橋梁】
1958年竣工、100ft下路プラットトラス(2-9)+RC桁(1)+上路プレートガーダー(10,11)。
トラスは1906年Patent Shaft社製、筑豊本線遠賀川橋梁旧上り線より転用。すばら!後発路線なので、他の路線から転用された桁が多そうです。同じトラスが転用された最上川橋梁は姉妹橋梁です。 -
【C56 94】
1937年日立製作所製。
保存状態は良くありません。 -
【大糸線 松川橋梁】
1932年竣工、8径間上路プレートガーダー。
いろんな長さの桁が使われています。 -
【C56 150】
1938年三菱重工製。白馬アルプスオートキャンプ場に保管されていますが、
解体間近といった感じ・・・
除雪板が折り畳めるようです。こんなのがあるんですね。 -
イチオシ
【大糸線 第一姫川橋梁】HB-E300系 列車番号:8362D
1954年竣工、下路曲弦プラットトラス(ピン結合)(2)+上路プレートガーダー(1,3)
トラスは羽越線第二最上川橋梁に架かっていた1912年American Bridge社製プラットトラスを松尾橋梁が改造したもの。
シュヴェードラートラスの改造という珍品です!
手前には旧橋の橋脚も一部残存しています。 -
シュヴェードラートラスはブレースのX字が5格間連続していましたが、本橋は飛び飛びになっています。
-
改造前後のスケルトンを描いてみました。
中央3格間のブレースはアイバーから集成材に代わり、圧縮力も受けられるように改造されています。
※参考文献 明治時代に製作されたトラス橋の歴史と現状(第5報)
ーーーーー米国系トラス桁その2ーーーーー(土木学会) -
【通橋】(かようばし)
1971年竣工、トラストランガー。
第一姫川橋梁のすぐ脇、吊橋の旧橋の主塔も残っています。 -
【大糸線 第二姫川橋梁】
1935年竣工、8径間上路プレートガーダー。 -
【大糸線 親ノ沢橋梁】
1934年竣工、4径間上路プレートガーダー。
親沢橋と並んで架かっています。 -
【親沢橋】
1937年竣工、RCローゼ。
中島武氏設計のRCローゼです。
【土木学会選奨土木遺産】 -
E127系100番代 列車番号:5344M
南小谷までは電化されています。 -
【大糸線 第三姫川橋梁】
1974年竣工、下路平行弦ワーレントラス(1,2)+上路プレートガーダー(3)。 -
【大糸線 土谷川橋梁】
1935年竣工、3径間上路プレートガーダー。 -
【大糸線 第四姫川橋梁】
1961年竣工、11径間下路プレートガーダー。
1995年の7・11水害で桁4連や橋脚頭部3基が流失し、架替られました。
奥に見えるのは立山隧道。 -
イチオシ
【姫川橋】
1937年竣工、3径間RCローゼ。
こちらも中島武氏設計のRCローゼ、木曽福島の大手橋と同様、目立たないように桁下で補強されています。
【土木学会選奨土木遺産】 -
【大糸線 第五姫川橋梁】
1957年竣工、7径間上路プレートガーダー。
奥に見えるのは滝ノ口隧道。 -
【浦川スーパー暗渠砂防堰堤】
1998年竣工。土砂を流す日本初の砂防堰堤です。堰堤の上は通行することもでき、橋としても機能しています。上流には日本三大崩れに数えられる稗田山崩れが発生した、崩壊しやすい地盤があります。 -
【稗田山崩れ】
1911年発生。
浦川上流の稗田山で大規模な山体崩壊が発生、土石流は姫川本川を河道閉塞し水深60mにも及ぶ天然ダム湖を形成しました。この天然ダムは翌年の豪雨で完全に決壊し、僅かに残っていた人家も流失させました。
出典:稗田山崩れ100年 語り継がれるべき災害の歴史 -
長くなったので、続きはその2へ。
その2はこちら→ https://4travel.jp/travelogue/11541457
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 横浜臨海公園さん 2019/09/10 18:01:05
- 人跡未踏に均しい土地
- 橋梁学会さま、こんばんは。
旅行記を拝見させて頂きました。
大糸線は、特に白馬以北は地滑りで路線変更を余儀無くさせられたり、橋梁が流失し橋脚だけが残存する所があったりと、良くぞコンナ所に線路を引いたと、ただただ感嘆するばかりです。
北小谷以北は平行道路も無いに均しく、更に、熊も出没する所なので、現地を訪れるのは並大抵では無かったかと思います。
横浜臨海公園
- ブリッヂ・トレック(橋梁旅行)さん からの返信 2019/09/10 20:53:33
- RE: 人跡未踏に均しい土地
- 横浜臨海公園様
こんばんは。
> 北小谷以北は平行道路も無いに均しく、更に、熊も出没する所なので、現地を訪れるのは並大抵では無かったかと思います。
私の場合橋が目当てなので、そこまで苦労はしませんでした。仰る通りどうやって行くべきか分からずに観られなかった橋もありましたが、ほとんどの主だった橋は何とか観られました。
山裾の道路はそのほとんどがスノーシェッドで覆われていますが、所々にある開口部から河原へ出ることができ、撮り鉄さんとも遭遇しました。
熊さんと遭遇しなかったのは、運が良かったのかも知れません。
メッセージありがとうございます。
橋梁学会
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