2019/06/19 - 2019/06/19
450位(同エリア1300件中)
belleduneさん
- belleduneさんTOP
- 旅行記839冊
- クチコミ134件
- Q&A回答177件
- 1,507,891アクセス
- フォロワー63人
今年いっぱいで閉館となる「原美術館」へ行ってきました。随分前に、群馬渋川にある「ハラミュージアムアーク」に行ったことはありますが、御殿山の原美術館へはまだ行ったことがありませんでした。
1938年に竣工した邸宅は、その後、1979年に現代美術専門館として「原美術館」が開館しました。
「原美術館」の設計は、渡辺仁氏です。渡辺仁氏は、東京国立博物館の現・本館や和光ビルなどを設計しています。1930年代に、洋風邸宅を美術館としたものは、白金にある東京庭園美術館があります。日本のモダニズム建築、昭和初期の洋風邸宅として、貴重なものだったのですが、今年限りでもう見れなくなるのは寂しいですね。中庭を囲むような空間設計が特徴的な建物となっています。居間、食堂、寝室はギャラリーに改装し、浴室、トイレなどのユーティリティスペースは、常設展示作品に生まれ変わりました。美術館設立後の増設部分は、中庭に面した「カフェダール」や講演会、ワークショップに利用された「ザ・ホール」があります。
- 旅行の満足度
- 4.5
-
御殿山バス停横に書いてあった表示によると、点線の辺りに「元出雲松江藩大崎屋敷跡、旧因幡鳥取藩池田家下屋敷跡」があったそうです。拝領地14982坪、抱え地4230坪で、7代目藩主・松平治郷(号・不昧)が隠居後、ここに茶室「独楽庵」を始め、11の茶室を造り、茶道三昧の晩年を送ったそうです。その後、幕府に公収され、嘉永6年(1853)鳥取藩池田家の下屋敷となり、著名な茶室は全て取り壊されてしまったそうです。
-
静かな住宅街にあります。公益財団法人アルカンシェール美術財団を母体として、現在美術を通じた国際交流の推進と現代美術の活性化、アーティストの支援の場として活動を続けているそうですが、竣工から80年を経て、建物の老朽化が進み、改修するには、東京都条例に多くの問題があり、建物の設計を大幅に変更することとなり、莫大な予算も考えられることから、残念ながら閉館となるそうです。来年からは、敷地の広いハラミュージアムアークで、展覧会が続くことでしょう。
-
財団理事長・原俊夫氏は、1938年に建てられた原邦三氏の孫になります。現在の館長は、2018年9月から当館の学芸員だった内田洋子さんと青野和子さんです。
-
原邸は終戦後、GHQに接収され、将校の宿舎となっていました。1951年頃に返還されましたが、約10年間、空き家状態となっていました。理事長原氏がデンマークのルイジアナ美術館を訪問した時、この美術館が1856年に建てられた邸宅を改築したものだと知り、品川にあった廃屋状態の邸宅を美術館にとの構想が起こりました。
-
門の前に描いてあるこの図案はキースリングのよう。
-
1977年から美術館のコレクション構想が始まり、2年間で約200点の作品を購入しました。当初は、企画展ではなくて、コレクション展のみでした。1980年から若手作家を紹介する企画展「ハラアニュアル」が開始します。この頃に、コーヒのみの小規模なカフェが誕生します。現在のカフェダールができたのは1985年です。
-
右手に玄関があります。
1904年に元浴室が奈良美智さんの常設展示室「My Drawing Room 」に、2001年に元暗室が須田悦弘さんの「此レハ飲水ニ非ズ」になっています。 -
樹木が茂っていて、ほっとします。
-
ここが玄関の車寄せです。車から雨に日には濡れずに入れます。
-
玄関前の庭にも彫刻などモニュメントが置いてあるので、それが入らないように注意して撮っています。
-
玄関横手
-
玄関扉周り
-
玄関横
-
-
現在、行われている展覧会「自然国家」は7月28日まで。Korean War の停戦ラインに存在する「非武装地帯(DMZ)」をテーマにしたものでした。韓国人の来訪者も多かったようです。歴史がよくわかる展示となっていました。中庭に坂茂さんの「竹のパサージュ」が展示されていました。因みに当館の内部撮影は禁止されています。
左が1階、右が2階と一部3階の平面図です。
1)玄関、2)玄関ホール、7)カフェ、それ以外のところは廊下も含めて展示室。2階も趣向が異なる面白い展示のある部屋、階段部分にも展示作品があります。3階は小窓が5枚あるのですが、全て展示作品のタイルで塞がれていて、タイル張りの浴室のようでした。今回の展示とは異なる小部屋が2階の扉奥にありました。奈良美智さんの部屋になっていましたよ。 -
中庭中央奥には、坂茂さんの作品が展示してあったので、消してあります。
-
美味しい泡立ちコーヒーでした。12月にまた来ましょう。
-
-
-
-
-
ショッピで買った絵葉書は当館の夜景です。
-
中庭から撮った当館。中央はカフェダールです。
-
-
御殿山バス停にバスが来るまで、少し時間があったので、辺りを彷徨いてみました。
-
御殿山は、昔城南五山に数えられていました。徳川家康が江戸城に入る前までの長禄年間(1457~1460)に、御殿山城を構え、宇多川和泉守長清を配したと、新編武蔵国風土記稿に記されています。品川御殿と呼ばれ、歴代将軍の鷹狩り休憩所や茶会の場として利用されていたそうです。桜の名所で歌川広重の「御殿山花見」にその景色が残っています。その後、元禄15年に四ツ谷からの出火で焼失。幕末期には、国防のため、台場建設用土砂採取場となり、窪地になってしまいます。現在、もう山はなく、緑いっぱいの林ですね。
-
開国後には、幕府は英国をはじめ、諸外国の公使館を御殿山に建てる計画がありました。完成間近の英国公使館は尊皇攘夷派によって襲撃され、全焼してしまいます。明治期には鉄道敷設のため、東西に分断されてしまいます。
現在は三菱地所の所有となっていました。 -
その向かいには、高層マンションの公開緑地になっていました。
-
-
坂を下ると国道ですが、その入り口端に枝を切られた木が立っていました。頑張って!
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
belleduneさんの関連旅行記
品川(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30