2017/11/15 - 2017/11/15
574位(同エリア605件中)
ちふゆさん
17年11月15日(水)お昼の2時半、サンパウロ旧市街とリベルダーデ地区の観光を終え、地下鉄で移動する。1号線青(Linha 1 Azur)のサンジョアキン駅(Sao Joaquim)から北に向かい、ルス駅(Luz)で4号線黄(Linha 4 Amarelo)に乗り換えようとしたら、なぜか4号線が動いてない。しゃあないので、1号線を引き返し、サンジョアキン駅より2つ先のパライーゾ駅(Paraiso)で2号線緑(Linha 2 Vermelha)に乗り換え、3つ目のコンソラソン駅(Consolacao)へ。大回りしてしまったが、パウリスタ通り(Avenida Paulista)へ到着。高層ビルが立ち並び、大企業の事務所や高級ホテル、ショッピングセンターが並ぶ一大ビジネスストリート。1891年に造られた2.8㎞のこの通りは、その後何度も整備され、地下には地下鉄が走り、道の真ん中には自転車専用道も走る。日曜、祝日は歩行者天国になるので、この日も多くの人で溢れていた。なお、パウリスタとはサンパウロっ子のこと。ショッピングセンター3(Shopping Center 3)のキオスクチョップブラフマ(Quiosque Chopp Brahma)と云うビールバーで一休み(下の写真)。
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3時半、次の目的地サッカー博物館(Museu do Futebol)へ向かう。が、これが結構大変だった。方向的にはあってて30分余りで辿り着いたのだが、途中案内もなく、下り道が多かったので楽ではあったが、道合ってるだろうかと不安になりながらの歩きだった。
サッカー博物館はパカエンブー競技場(Estadio do Pacaembu)内にある。ここは1940年に竣工したスタジアムで、50年のブラジルワールドカップでもブラジルの試合1試合を含む6試合が開催された。42年のサンパウロFC(Sao Paulo FC)とコリンチャンス(Corinthians)のクラシコマジェストソ(Classico Majestoso)では観客数7万2千人を記録している。コリンチャンスの本拠地として使用されていたが、2014年に二度目のブラジルワールドカップ用に造られたアレーナコリンチャンス(Arena Corinthians)に移転したため、現在はトップリーグの試合はあまり開催されていない。
余談だが、コリンチャンスはセルジオ越後が在籍していたチームだが、サンパウロ地区にある4チームの中で最もサポーターが多いと云われる。ざっくり分けると、お金のある中流階級はサンパウロFC、イタリア移民はパルメイラス(Palmeiras)、港町で黒人が多いサントス(Santos FC)で、コリンチャンスには貧困層のファンが最も多いそうだ。
この競技場、正式には、1958年と62年のブラジルのワールドカップ連覇時のコーディネーターであった実業家に因んで61年にパウロ・マシャド・デ・カルバリョ市営競技場(Estadio Municipal Paulo Machado de Carvalho)と命名されたのだが、通常は地区の名前で呼ばれている。ちなみにパカエンブーとはブラジル先住民の言葉で湿地を意味する。
で、サッカー博物館は、つい最近の2008年にオープンしたもの。ブラジルサッカーの歴史や、チーム、ワールドカップなどについて多くの展示が行われている。まずは、ブラジルの歴代名選手たちがホログラムで映し出され、映像コーナーではブラジルのワールドカップでの活躍などを見ることが出来る。観客席を裏側から見ることができる階段の踊り場では熱狂的なサポーターがチームを応援する映像と大音響が響く。ブラジルサッカー黎明期のものと思われる白黒の写真の先には、過去のワールドカップの様子とその時代の大きな出来事がカラー写真で展示されている。そして、ブラジルサッカー界の2大アイドル、ペレ(Pele)とガリンシャ(Garrincha)のコーナー。
さらに、ブラジルサッカーにまつわる記録を紹介するコーナー。ペレの累積得点1,282ゴールは有名だが、最大観客動員数は155,523人だそうだ。すげえ。ブラジルサッカーの父、チャールズ・ミラー(Charles Miller)の紹介も。1874年にスコットランド人の父とブラジル人の母の息子としてサンパウロに生まれた彼はイギリス留学中にサッカーと出会い、20歳でブラジルに帰国した時に、ボールやシューズやルールブックを持ち帰ったそうで、それがブラジルサッカーの始まりだそうだ。知らなかった。あと、ブラジル人がサッカーボールの代わりに蹴っているものの紹介とか、サッカーから派生したスラングとかまつわる格言、テクニックの名前の紹介などあり、最後には、実際にボールを蹴って、得点を入れることのできるゲームがあり、球の速度なども図ってくれる。私はしなかったが、現地の皆さんは楽しそうにやっていた。入場料は10R$(約350円)。
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1時間余りサッカー博物館にいて、5時15分頃この日最後の目的地に向かう。パウリスタ通りに戻り、さらに西へ1㎞足らずのところにあるシュハスコ(Churrasco)レストラン。ここで、この旅唯一の待ち合わせ。仕事を止めるまでお世話になっていた会社の南米拠点がこの町にあり、京都で一緒に仕事もした方が赴任されてるので、事前に連絡を取って、夕食をご一緒することにしていたのだ。しかし、この道程が大変だった。まずは競技場からパウリスタ通りに向かうのが上り坂、結構急。かなり疲れた。なんとか登り切って、それからレボウサス通り(Av. Reboucas)を西に進むのだが、そろそろ着く頃と思ってもなかなか着かない。行き過ぎたかと思って戻ったり、通り掛かりの人に道を聞いたり。結構苦労した。結局行き過ぎてなかった。多分ストレートに行けば35分くらいで着くとこを50分掛かった。待ち合わせに遅れてお待たせして申し訳なかったです、Fさん。ローミングしてないから携帯連絡も出来ないんだよなあ・・・
で、Fさんが予約してくれた店はシュハスカリア・ベントハラガノ(Churrascaria Vento Haragano)と云うサンパウロで食べ放題の高級シュハスコ御三家に入ると云う店。93年オープンで、ベントハラガノはブラジルの最南端のリオグランデドスル州で北から吹く風を意味し、その風は農園に雨と繁栄をもたらすと云われている。シュハスコは、ブラジルの草原に暮らすガウショ(Gaucho)と呼ばれるカウボーイ達が、サーベルに刺した肉を地面に起こしたたき火で焼いて食べたのが起源とされる豪快な野外料理で、ブラジルや南米諸国を代表する肉料理で、この店では様々な部位の肉を提供するとともにこれも多くの種類のサラダバーが食べ放題。食べた、食べた。2時間半以上、デザートまでたっぷり食べた。Fさんとの話も、仕事以外の話をしたのは初めてだったけど、楽しかった。ワインも2本空けて、700R$足らず(約24,000円)だったので、リーズナブルな感じ。美味しかったし、満足。休みにも関わらず相手してくれたFさんに感謝、感謝!
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夜9時前、予定では空港バス乗場へ移動し、空港に出て、そこからホテルのシャトルバスで戻ろうとしてたのだが、Fさんのタクシーで戻りなさいとの助言に従うことにする。Fさんと一緒にまずは市内タクシーで一緒に移動し、エアポートタクシーに乗り換え。Fさん、全て手配してくれて、助かる。さすがサンパウロ駐在3年と云うことで、ポルトガル語、私から見るとペラペラなのね。英語がほとんど通じないのでと云われてたが、すごい。私はドイツに3年半住んでたけど、簡単なドイツ語会話しか出来ない。基本的に英語で済んだしなあ・・・
と云うことで、10時前には空港近くのホテルに戻った。帰りのタクシー、Fさんが夕食代を私が出した代わりに先に払ってくださってたのでいくらか分からない。ネットで調べると130R$均一とか出て来たので、多少上がってたとしても大したことないかな。良かった。
翌朝早いのでシャワー浴びてさっさと寝ようとしたが、何の拍子か分からないが、この旅2回目の鼻血。2日前のベネズエラ以来で、まさか続くと思ってもなかったので参ったが、ホテルの部屋で、紙が簡単に手に入って良かった。こう続くと心配になり、翌日からはトイレットペーパーを少し持ち歩くことにしたが、それがまさか役に立つとは・・・
と云うことで、サンパウロ編終了。
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