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2017年11月14日(火)、現地時間の夕方6時半、キュラソー国際空港(Curacao International Airport)を飛び立つ。アビアンカ航空のコロンビア(Colombia)のボゴタ(Bogota)行。アビアンカ航空(Avianca)は、1919年に「SCADTA」社として創設されたコロンビアの航空会社で、現存する航空会社としてはKLMオランダ航空(Koninklijke Luchtvaart Maatschappij)に次いで世界で2番目に古い。2010年から全日空も加盟しているスターアライアンス(Star Alliance)メンバー。コロンビアのフラッグキャリア(flag carrier)として、首都のボゴタのエルドラド国際空港をハブ空港としてコロンビア国内、中南米諸国、カリブ海周辺諸国、北アメリカ諸国、ヨーロッパ諸国に幅広い路線網を持っている。<br /><br />2時間ほどのフライトで、そのエルドラド国際空港(Aeropuerto Internacional El Dorado)に到着。時差があるので、現地時間ではまだ7時半。エルドラド国際空港はボゴタ市街地の北西に位置する空港で、市の中心部からわずか10㎞ほど。3800mの滑走路2本を持ち、最近の年間利用者は3000万人を越え、南米ではブラジルのサンパウロ、グアルーリョス国際空港(Aeroporto Internacional de Sao Paulo-Guarulhos)に次ぐ。空港の名前は黄金郷を意味するエルドラド(El Dorado)から。<br /><br />ここで乗り継ぎだが、この空港はスルートランジット出来るので、コロンビアには入国してない。日本出発の約半月前の17年10月中旬まではベネズエラ(Venezuela)のシモン・ボリバル国際空港(Aeropuerto Internacional de Maiquetia Simon Bolivar)から昼の便でここに来て、同じ便にトランジットの予定になっており、その予定ではいったん入国して、午後ボゴタ観光と考えていたのだが、フライトキャンセルとなって、その計画はぽしゃった。まあ、まだその時点では事前調査やってなかったのでそこは無駄にはならなかったし、治安があまり良くないと云われるコロンビアの代わりに安全なキュラソーに行けたので悪くはなかったが・・・<br /><br />と云うことで、入国することもなくゲートを移動し(結構遠かった)、今度は現地時間夜10時過ぎのサンパウロ(Sao Paulo)行きでコロンビアを飛び立つ。これもアビアンカ航空便。ボゴタを出て約1時間で機内食が出て、やっと夕食(下の写真1)。キュラソー時間の夜11時過ぎなので、昼をしっかり食べたとは云え、お腹が空いてた。あとは寝るのみ。<br /><br />そして17年11月15日(水)、現地時間の朝7時過ぎ、ボゴタを飛び立ってから約7時間で、サンパウロ、グアルーリョス国際空港に到着。時差で、コロンビアより3時間、キュラソーより2時間早い。日本からロサンゼルス(Los Angeles)、ロサンゼルスからマイアミ(Miami)に続いて、1週間で3回目の機内泊。いずれも東への便なので、夜が短い。<br /><br />この旅、経由のアメリカ除いて3ヶ国目のブラジル。正式にはブラジル連邦共和国(Republica Federativa do Brasil)で、日本語の漢字表記では伯剌西爾となり、伯と略される。首都はブラジリア(Brasilia)。国名は蘇芳(すおう)の木(pau-brasil=パウブラジル)と云うブラジル原産の木に由来する。ヨーロッパで染料に用いるために多く輸出された木で、ポルトガル語で赤い木を意味し、その木の産地自体をブラジルと呼ぶようになった。なお、この発音はポルトガル本国での発音で、現地での発音は「ブラズィウ」に近い。<br /><br />南米大陸で最大の面積を占め、チリ(Chile)とエクアドル(Ecuador)以外の全ての南米諸国と国境を接している。国土面積は日本の22.5倍で、アメリカ合衆国よりは小さいが、ロシアを除いたヨーロッパ全土より大きく、世界第5位。大きく分けるとアマゾン川流域と南に広がるブラジル高原に分けられ、ほとんどは熱帯気候に分類される。<br /><br />2013年に2億を超え、ラテンアメリカ最大の人口を擁しており、人口増加と共に比率的には白人系が半数を切り、混血系が肉薄し、黒人系を加えると半数を超えようになった。約90%がキリスト教を信仰し、その8割以上がカトリックで世界最大のカトリック国。また、南北米大陸で唯一のポルトガル語圏の国であり、同時に世界最大のポルトガル語使用人口を持つ。元のポルトガル語と一部違うが日本の普通の方言よりも差異は少なく、ブラジル語として分けるものではない(ナショナリズムの観点からそう呼ぶ人もいる)。ちなみに日本で教えられるポルトガル語はブラジル方言だそうだ。スペイン語も比較的通じる。私にはいずれにせよ関係なかったが・・・ 英語は客商売でもあまり通じない。私もそう思ったし、数年前にリオ(Rio)に行った息子もそう云ってた。<br /><br />ラテンアメリカ最大の経済規模であり、同時に世界で7番目の経済規模でもあるが、先進国と比較すると依然低い。治安は非常に悪い。国土が広大で人口も多いために、南米で最大規模の軍事力を保持する。12ヶ月の徴兵制を敷いている。<br /><br />文化的には料理も含めて様々な文化が織り成すモザイクだと評されることが多い。サッカーを始めとする様々なスポーツも盛ん。サッカーはワールドカップ最多優勝を誇り、2014年には2度目のワールドカップを開催したが、クラブチームも世界トップクラス。バスケットも盛んで、近年数多くのNBA選手やWNBA選手を輩出している。テニスも南米ではアルゼンチンに次ぎ盛んで、97年にはグスタボ・クエルテン(Gustavo Kuerten)が全仏を制し、ATPシングルス年間ランキング1位を記録している。バレーボールもビーチバレー含めて人気で、代表チームは女子の北京五輪優勝を始めとして男女とも好成績を残している。2016年にはリオオリンピックを開催している。オリンピック競技ではないが、モータースポーツも盛んで、エマーソン・フィッティパルディ(Emerson Fittipaldi)、ネルソン・ピケ(Nelson Piquet Souto Maior)、アイルトン・セナ(Ayrton Senna da Silva)と、3人のF1チャンピオンを輩出している。<br /><br />この地には紀元前8000年頃から先住民が暮らし始めていたと云われる。インカ帝国(Tawantin Suyu)のような文明は生まれず、原始的な農耕を営む人々が暮らしていた。ヨーロッパ人としては1500年にポルトガル人のペドロ・アルヴァレス・カブラル(Pedro Alvares Cabral)のインド遠征隊が1500年にブラジルに「漂着」した。その時には島だと思われ「ヴェラ・クルス(真の十字架)島(Ilha de Vera Cruz) 」と名づけられたが、すぐに島ではないと云うことで「サンタ・クルス(聖十字架)の地(Terra de Santa Cruz)」と改名された(その後16世紀に上に書いたように「ブラジル」となった)。以降ブラジルはポルトガルの植民地として周囲をスペイン語圏諸国に囲まれ、他の南北アメリカ大陸とは少し異なった歴史を歩んだ。<br /><br />18世紀には金鉱山が発見され、ゴールドラッシュが起こり、中心地がそれまでの北東部から南東部に移動し、1763年にリオデジャネイロ(Rio de Janeiro)が植民地の首都となった。18世紀の間に実に30万人のポルトガル人がブラジルに移住した。19世紀初めにはフランス軍のポルトガル本国侵攻で、宮廷がリオに置かれた時期もあった。<br /><br />18世紀末に初めて独立運動が起こったが、大きな動きにはならず、1822年に独立戦争(Guerra da Independencia do Brasi)を経て、ブラジル帝国(Imperio do Brasil)としてようやく独立。この帝政は65年続くが、1888年に西半球で最後まで引いていた奴隷制を廃止した直後の89年にクーデターが起こり崩壊、共和制に移行した。<br /><br />1937年からはジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス(Getulio Dornelles Vargas)が独裁政治を引くが、第2次大戦後に失脚、民主選挙政権となる。この時期1960年にリオからブラジリアに遷都。1964年から軍事独裁政権となり、85年まで続く。それ以降は文民政権が続いている。現行憲法は1988年憲法で、大統領制を敷き、大統領を元首とする連邦共和制国家。<br /><br />ブラジル国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が10件、自然遺産が7件存在する。<br /><br />日本と関係は、ブラジルは第二次世界大戦に連合国として参戦したため50年まで断交状態となったが、その期間以外は良好。1895年の修好通商航海条約調印から始まり、1908年のいわゆる「笠戸丸移民」から50年代に移民が停止されるまでは多くの方が海を渡り、約150万人の海外最大の日系人社会がある。企業交流も多く、17年調査では、ブラジルの在留邦人は約5万2千人と7番目に多く、在日ブラジル人は約19万1千人と5番目で、距離の遠さにも関わらず日本との縁が非常に深い国である。<br /><br />ただし、南米で唯一日本人が観光目的を含めた短期滞在のために入国するときにビザが必要な国である。私もこのビザ取得には苦労した。基本的には東京の大使館か名古屋の領事館に出頭する必要があり、代理人も可能なので、東京にいる息子に頼んだのだが、最初1か所サイン忘れがあり申請が受け付けられず、該当書類を送り直して再度申請に行ってもらった。さらにその場でくれずに数日かかるため、息子には3回も行ってもらうことになってしまい、本当に申し訳なかった。ただ、この旅行の後、18年1月からは電子ビザの申請が可能となったそうで、今はマシになっているようだ。まあ、もう行くことはないと思うけど・・・<br /><br />長い紹介が続くが、到着したサンパウロのグアルーリョス国際空港は年間利用者4280万人を越える南米一のハブ空港。12年から正式ブランドはGRU空港 サンパウロ国際空港(GRU Airport - Aeroporto Internacional de Sao Paulo)としているが、一般的にはサンパウロ中心部から約25㎞北東のグアルーリョス市(Guarulhos)クンビッカ(Cumbica)にあるので、グアルーリョス空港もしくはクンビッカ空港の名前で呼ばれる。2001年から12年まではサンパウロ州前知事の名前からサンパウロ/グアルーリョス アンドレ・フランコ・モントーロ知事国際空港(Aeroporto Internacional de Sao Paulo/Guarulhos - Governador Andre Franco Montoro)と名付けられていた。開港は1985年。3000mと3700mの2本の滑走路を有し、100を超える都市との間に定期旅客便が就航している。<br /><br />サンパウロにはここの他に国内線シャトル便が運航している市内にあるコンゴーニャス空港(Aeroporto de Congonhas)と、貨物便の扱いが中心で一部格安航空が運航している市内より100キロ近く離れたカンピーナス市(Campinas)にあるヴィラコッポス国際空港(Aeroporto Internacional de Viracopos)(カンピーナス空港とも呼ばれる)があるので、乗り継ぎの場合注意が必要。<br /><br />特に問題なく入国審査を済ませ、スーツケースを受け取り、税関を抜け、中南米3か国目のブラジルに遂に入国。ポルトガル語の国は、30年前のリスボン(Lisboa)以来。ATMを探し、クレジットカードキャッシング。1000リアル(R$)出し、後の清算に依ると約3万6千円分なので、1R$36円くらいになる(19年2月には30円を切っているようだが、この当時はブラジルレアルに対して円安だった)。で、やっと落ち着き、飛行機で朝飯は出なかったので、空港のフードコートで朝食。どうやって選んだっけ? チキンベークドサラダ(Baked Salada Frango)にジャガイモ(Batata Acompanhamento)、ベーコン(Recheio Bacon)、スプライト(Sprite)など(表紙の写真)。全部で32R$だったので、約1150円。結構高いよね。量的には十分。<br /><br /><br />さて、ずいぶん長くなったが、これからホテルにチェックインし、サンパウロ観光に向かうが、続く。

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2017/11/14 - 2017/11/15

574位(同エリア605件中)

旅行記グループ サンパウロ

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ちふゆ

ちふゆさん

2017年11月14日(火)、現地時間の夕方6時半、キュラソー国際空港(Curacao International Airport)を飛び立つ。アビアンカ航空のコロンビア(Colombia)のボゴタ(Bogota)行。アビアンカ航空(Avianca)は、1919年に「SCADTA」社として創設されたコロンビアの航空会社で、現存する航空会社としてはKLMオランダ航空(Koninklijke Luchtvaart Maatschappij)に次いで世界で2番目に古い。2010年から全日空も加盟しているスターアライアンス(Star Alliance)メンバー。コロンビアのフラッグキャリア(flag carrier)として、首都のボゴタのエルドラド国際空港をハブ空港としてコロンビア国内、中南米諸国、カリブ海周辺諸国、北アメリカ諸国、ヨーロッパ諸国に幅広い路線網を持っている。

2時間ほどのフライトで、そのエルドラド国際空港(Aeropuerto Internacional El Dorado)に到着。時差があるので、現地時間ではまだ7時半。エルドラド国際空港はボゴタ市街地の北西に位置する空港で、市の中心部からわずか10㎞ほど。3800mの滑走路2本を持ち、最近の年間利用者は3000万人を越え、南米ではブラジルのサンパウロ、グアルーリョス国際空港(Aeroporto Internacional de Sao Paulo-Guarulhos)に次ぐ。空港の名前は黄金郷を意味するエルドラド(El Dorado)から。

ここで乗り継ぎだが、この空港はスルートランジット出来るので、コロンビアには入国してない。日本出発の約半月前の17年10月中旬まではベネズエラ(Venezuela)のシモン・ボリバル国際空港(Aeropuerto Internacional de Maiquetia Simon Bolivar)から昼の便でここに来て、同じ便にトランジットの予定になっており、その予定ではいったん入国して、午後ボゴタ観光と考えていたのだが、フライトキャンセルとなって、その計画はぽしゃった。まあ、まだその時点では事前調査やってなかったのでそこは無駄にはならなかったし、治安があまり良くないと云われるコロンビアの代わりに安全なキュラソーに行けたので悪くはなかったが・・・

と云うことで、入国することもなくゲートを移動し(結構遠かった)、今度は現地時間夜10時過ぎのサンパウロ(Sao Paulo)行きでコロンビアを飛び立つ。これもアビアンカ航空便。ボゴタを出て約1時間で機内食が出て、やっと夕食(下の写真1)。キュラソー時間の夜11時過ぎなので、昼をしっかり食べたとは云え、お腹が空いてた。あとは寝るのみ。

そして17年11月15日(水)、現地時間の朝7時過ぎ、ボゴタを飛び立ってから約7時間で、サンパウロ、グアルーリョス国際空港に到着。時差で、コロンビアより3時間、キュラソーより2時間早い。日本からロサンゼルス(Los Angeles)、ロサンゼルスからマイアミ(Miami)に続いて、1週間で3回目の機内泊。いずれも東への便なので、夜が短い。

この旅、経由のアメリカ除いて3ヶ国目のブラジル。正式にはブラジル連邦共和国(Republica Federativa do Brasil)で、日本語の漢字表記では伯剌西爾となり、伯と略される。首都はブラジリア(Brasilia)。国名は蘇芳(すおう)の木(pau-brasil=パウブラジル)と云うブラジル原産の木に由来する。ヨーロッパで染料に用いるために多く輸出された木で、ポルトガル語で赤い木を意味し、その木の産地自体をブラジルと呼ぶようになった。なお、この発音はポルトガル本国での発音で、現地での発音は「ブラズィウ」に近い。

南米大陸で最大の面積を占め、チリ(Chile)とエクアドル(Ecuador)以外の全ての南米諸国と国境を接している。国土面積は日本の22.5倍で、アメリカ合衆国よりは小さいが、ロシアを除いたヨーロッパ全土より大きく、世界第5位。大きく分けるとアマゾン川流域と南に広がるブラジル高原に分けられ、ほとんどは熱帯気候に分類される。

2013年に2億を超え、ラテンアメリカ最大の人口を擁しており、人口増加と共に比率的には白人系が半数を切り、混血系が肉薄し、黒人系を加えると半数を超えようになった。約90%がキリスト教を信仰し、その8割以上がカトリックで世界最大のカトリック国。また、南北米大陸で唯一のポルトガル語圏の国であり、同時に世界最大のポルトガル語使用人口を持つ。元のポルトガル語と一部違うが日本の普通の方言よりも差異は少なく、ブラジル語として分けるものではない(ナショナリズムの観点からそう呼ぶ人もいる)。ちなみに日本で教えられるポルトガル語はブラジル方言だそうだ。スペイン語も比較的通じる。私にはいずれにせよ関係なかったが・・・ 英語は客商売でもあまり通じない。私もそう思ったし、数年前にリオ(Rio)に行った息子もそう云ってた。

ラテンアメリカ最大の経済規模であり、同時に世界で7番目の経済規模でもあるが、先進国と比較すると依然低い。治安は非常に悪い。国土が広大で人口も多いために、南米で最大規模の軍事力を保持する。12ヶ月の徴兵制を敷いている。

文化的には料理も含めて様々な文化が織り成すモザイクだと評されることが多い。サッカーを始めとする様々なスポーツも盛ん。サッカーはワールドカップ最多優勝を誇り、2014年には2度目のワールドカップを開催したが、クラブチームも世界トップクラス。バスケットも盛んで、近年数多くのNBA選手やWNBA選手を輩出している。テニスも南米ではアルゼンチンに次ぎ盛んで、97年にはグスタボ・クエルテン(Gustavo Kuerten)が全仏を制し、ATPシングルス年間ランキング1位を記録している。バレーボールもビーチバレー含めて人気で、代表チームは女子の北京五輪優勝を始めとして男女とも好成績を残している。2016年にはリオオリンピックを開催している。オリンピック競技ではないが、モータースポーツも盛んで、エマーソン・フィッティパルディ(Emerson Fittipaldi)、ネルソン・ピケ(Nelson Piquet Souto Maior)、アイルトン・セナ(Ayrton Senna da Silva)と、3人のF1チャンピオンを輩出している。

この地には紀元前8000年頃から先住民が暮らし始めていたと云われる。インカ帝国(Tawantin Suyu)のような文明は生まれず、原始的な農耕を営む人々が暮らしていた。ヨーロッパ人としては1500年にポルトガル人のペドロ・アルヴァレス・カブラル(Pedro Alvares Cabral)のインド遠征隊が1500年にブラジルに「漂着」した。その時には島だと思われ「ヴェラ・クルス(真の十字架)島(Ilha de Vera Cruz) 」と名づけられたが、すぐに島ではないと云うことで「サンタ・クルス(聖十字架)の地(Terra de Santa Cruz)」と改名された(その後16世紀に上に書いたように「ブラジル」となった)。以降ブラジルはポルトガルの植民地として周囲をスペイン語圏諸国に囲まれ、他の南北アメリカ大陸とは少し異なった歴史を歩んだ。

18世紀には金鉱山が発見され、ゴールドラッシュが起こり、中心地がそれまでの北東部から南東部に移動し、1763年にリオデジャネイロ(Rio de Janeiro)が植民地の首都となった。18世紀の間に実に30万人のポルトガル人がブラジルに移住した。19世紀初めにはフランス軍のポルトガル本国侵攻で、宮廷がリオに置かれた時期もあった。

18世紀末に初めて独立運動が起こったが、大きな動きにはならず、1822年に独立戦争(Guerra da Independencia do Brasi)を経て、ブラジル帝国(Imperio do Brasil)としてようやく独立。この帝政は65年続くが、1888年に西半球で最後まで引いていた奴隷制を廃止した直後の89年にクーデターが起こり崩壊、共和制に移行した。

1937年からはジェトゥリオ・ドルネレス・ヴァルガス(Getulio Dornelles Vargas)が独裁政治を引くが、第2次大戦後に失脚、民主選挙政権となる。この時期1960年にリオからブラジリアに遷都。1964年から軍事独裁政権となり、85年まで続く。それ以降は文民政権が続いている。現行憲法は1988年憲法で、大統領制を敷き、大統領を元首とする連邦共和制国家。

ブラジル国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が10件、自然遺産が7件存在する。

日本と関係は、ブラジルは第二次世界大戦に連合国として参戦したため50年まで断交状態となったが、その期間以外は良好。1895年の修好通商航海条約調印から始まり、1908年のいわゆる「笠戸丸移民」から50年代に移民が停止されるまでは多くの方が海を渡り、約150万人の海外最大の日系人社会がある。企業交流も多く、17年調査では、ブラジルの在留邦人は約5万2千人と7番目に多く、在日ブラジル人は約19万1千人と5番目で、距離の遠さにも関わらず日本との縁が非常に深い国である。

ただし、南米で唯一日本人が観光目的を含めた短期滞在のために入国するときにビザが必要な国である。私もこのビザ取得には苦労した。基本的には東京の大使館か名古屋の領事館に出頭する必要があり、代理人も可能なので、東京にいる息子に頼んだのだが、最初1か所サイン忘れがあり申請が受け付けられず、該当書類を送り直して再度申請に行ってもらった。さらにその場でくれずに数日かかるため、息子には3回も行ってもらうことになってしまい、本当に申し訳なかった。ただ、この旅行の後、18年1月からは電子ビザの申請が可能となったそうで、今はマシになっているようだ。まあ、もう行くことはないと思うけど・・・

長い紹介が続くが、到着したサンパウロのグアルーリョス国際空港は年間利用者4280万人を越える南米一のハブ空港。12年から正式ブランドはGRU空港 サンパウロ国際空港(GRU Airport - Aeroporto Internacional de Sao Paulo)としているが、一般的にはサンパウロ中心部から約25㎞北東のグアルーリョス市(Guarulhos)クンビッカ(Cumbica)にあるので、グアルーリョス空港もしくはクンビッカ空港の名前で呼ばれる。2001年から12年まではサンパウロ州前知事の名前からサンパウロ/グアルーリョス アンドレ・フランコ・モントーロ知事国際空港(Aeroporto Internacional de Sao Paulo/Guarulhos - Governador Andre Franco Montoro)と名付けられていた。開港は1985年。3000mと3700mの2本の滑走路を有し、100を超える都市との間に定期旅客便が就航している。

サンパウロにはここの他に国内線シャトル便が運航している市内にあるコンゴーニャス空港(Aeroporto de Congonhas)と、貨物便の扱いが中心で一部格安航空が運航している市内より100キロ近く離れたカンピーナス市(Campinas)にあるヴィラコッポス国際空港(Aeroporto Internacional de Viracopos)(カンピーナス空港とも呼ばれる)があるので、乗り継ぎの場合注意が必要。

特に問題なく入国審査を済ませ、スーツケースを受け取り、税関を抜け、中南米3か国目のブラジルに遂に入国。ポルトガル語の国は、30年前のリスボン(Lisboa)以来。ATMを探し、クレジットカードキャッシング。1000リアル(R$)出し、後の清算に依ると約3万6千円分なので、1R$36円くらいになる(19年2月には30円を切っているようだが、この当時はブラジルレアルに対して円安だった)。で、やっと落ち着き、飛行機で朝飯は出なかったので、空港のフードコートで朝食。どうやって選んだっけ? チキンベークドサラダ(Baked Salada Frango)にジャガイモ(Batata Acompanhamento)、ベーコン(Recheio Bacon)、スプライト(Sprite)など(表紙の写真)。全部で32R$だったので、約1150円。結構高いよね。量的には十分。


さて、ずいぶん長くなったが、これからホテルにチェックインし、サンパウロ観光に向かうが、続く。

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