2019/05/01 - 2019/05/05
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harihariさん
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平成から令和へ。
2019年5月。
元号が変わり、歴史が変わりました。
そして僕たちは。
毎年恒例のゴールデンウィーク旅行。
今回の行き先は岩手県盛岡。
前から行きたいと思いつつも遠くて実現できなかったのですが、ようやく念願が叶いました。
盛岡といえば石川啄木と宮沢賢治。
二人の生きた足跡をたどりながら、建物・歴史・お酒・老舗・名物料理・等々、盛岡のいいとこをまるっと堪能した5日間の記録です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー 新幹線 JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
平成31年4月30日 23時50分
近鉄特急で名古屋に到着。
JR名古屋駅前で夜行バスを待ちます。 -
深夜0時、改元の瞬間。
「平成」から「令和」へ。
200年ぶりの天皇譲位の瞬間です。 -
0時15分 名古屋発の夜行バスで出発。
5時18分 東京駅に到着。 -
6時32分 東京駅発>新函館北斗行「はやぶさ1号」
-
10連休の真っ最中ということもあって、新幹線は満席。
旅に向かう人だったり、故郷に帰る人だったり。 -
車窓からの風景。
水の入った田んぼが広がる。
田植えの準備は万端だ。 -
8時45分 盛岡駅到着。
ここから「はやぶさ1号」は北海道へ。
切り離された秋田新幹線「こまち1号」は秋田駅へ。 -
曇天の下、JR盛岡駅。
今回の旅は、とにかく盛岡を満喫すること。 -
旅の始まりは朝食から。
盛岡駅構内の駅そば「蕎麦にはち」。 -
奥さんは「磯のり蕎麦」。
海苔の香りがいっぱいのお蕎麦。 -
僕は「三陸蕎麦」。
わかめとめかぶは、どちらも三陸産。 -
駅前ロータリーからは、盛岡都心循環バス「でんでんむし」で市街地まで。
-
レンタサイクルを借りて市内散策。
最初に訪れたのは「報恩寺」。
かつては、南部藩内曹洞宗208ヶ寺の総録であった古寺。 -
戊辰戦争で盛岡藩は、新政府に対抗する奥羽越列藩同盟に与していましたが敗戦。
1869年(明治2年)6月23日、盛岡藩家老の楢山佐渡が、責を負ってこのお寺の本堂で刎首されました。 -
楢山佐渡の辞世の句。
「花は咲く 柳はもゆる 春の夜に うつらぬものは 武士(もののふ)の道」。 -
「羅漢堂」
1851年(嘉永4年)の建築。盛岡市指定文化財。
木彫の五百羅漢が安置されています。 -
「龍谷寺」
盛岡出身の石川啄木の母方の伯父が、この龍谷寺の住職をつとめていたこともあって、少年時代の啄木はしばしばこの寺を訪れています。 -
境内には「モリオカシダレ」(国指定天然記念物)
残念ながら花は散ってしまっていましたが、とても立派な枝垂桜です。 -
鬼の伝説の残る「三ツ石神社」。
-
広くはない境内には、3つの巨石が祀られていました。
「岩手」や「不来方(こずかた)」の地名の由来はここからとも言われています。 -
12時。
本日のランチは「橋本屋本店」で。
1618年(元和4年)創業の老舗蕎麦屋。 -
懐かしさ溢れるメニューの札が掲げられています。
どれも美味しそうで。。。
見たところ、観光客は僕たちぐらい。
あとは全部地元のお客さんのようでした。 -
「きのこ蕎麦」
きのこたっぷり、大根おろしあっさり。 -
「カレーなんばん」
隣のテーブルのお客さんが食べてるのが美味しそうで、つい。
思ったとおり美味しかった。 -
あと、二人でミニ親子丼をシェア。
「ミニ」よりはやや大きめで、美味しい。
おなかいっぱいです。 -
午後の部スタート。
レンタサイクルでJR山田線を横断。
盛岡から宮古までを結ぶローカル線。 -
岩手大学に到着。
ゴールデンウィーク中なので、誰もいない静かなキャンパスです。 -
「岩手大学農学部付属植物園」
約5万平方メートルの敷地に、800種類以上の植物が生息しています。
中には、元南部藩家老屋敷の頃からの古い杉やヒバもあるらしく。 -
「岩手大学農学部附属農業教育資料館」
(旧盛岡高等農林学校本館)
1912年(大正元年)建築。
国指定重要文化財。 -
岩手出身の宮沢賢治は、この学校の卒業生。
1915年(大正4年)に盛岡高等農林学校農学科第二部に主席で入学。
19歳から24歳までの間、まさにこの校舎で友と学び師を仰いでいたのです。
館内には賢治が研究した鉱物・岩石や、賢治が写った集合写真なども展示されていました。 -
「岩手大学百年記念館」
(旧同窓会事務局)
1928年(昭和3年)建築。 -
「旧門番所」
1903年(明治36年)建築。
国指定重要文化財。 -
「岩手大学旧正門」
1912年(大正元年)建築。
国指定重要文化財。 -
旧正門の向こうには、満開の枝垂桜。
一足先に満開を終えたソメイヨシノの花びらが、アスファルトをピンクに染めています。 -
春の花。
枝垂桜と、水仙と、蒲公英。 -
「光原社」
1924(大正13)年に、宮沢賢治の代表作「注文の多い料理店」を出版した会社。
創業者・及川四郎氏は、賢治とは盛岡高等農林学校での先輩後輩の間柄でした。 -
「注文の多い料理店」は、実は賢治の生前に出版された唯一の童話集なのです。
実は「光原社」という名前も賢治が名付け親。 -
今は民藝店となっている「光原社」ですが、盛岡を訪れる賢治ファンにとって欠かせない聖地です。
-
「光原社」の中にある喫茶「可否館」。
賢治ゆかりの地で、賢治の世界観に浸りながら美味しい珈琲を頂きます。 -
賢治に関する資料を展示した「マヂエル館」には、「注文の多い料理店」の初版本が飾られています。
個人的に好きな作品は「よだかの星」。 -
レンタサイクルを返しに行く道すがら。
「日本聖公会東北地区盛岡聖公会」
1929年(昭和4年)建築 -
石川啄木が妻・節子と新婚生活を始めた武家屋敷「啄木新婚の家」。
盛岡には、宮沢賢治と石川啄木という二人の文学者の足跡が多く残されています。 -
この「啄木新婚の家」は、啄木が1905年(明治38年)6月4日から25日までのわずか三週間、妻と両親、妹の5人で暮らした家です。
-
そして、現存する盛岡唯一の武家屋敷。
一番奥の四畳半の部屋が、啄木夫妻の部屋でした。 -
のちに啄木は、随筆でこの頃のことが書いています。
「我が室は四畳半なりと聞かば、読者は、『閑天地』の余りに狭きに驚きやすらむ。」(随筆「我が四畳半」より) -
部屋に展示された写真の中には、明治時代の盛岡駅がありました。
今朝見た盛岡駅も、今から130年程前はこんな風景だったのですね。 -
ここにも春の花が。
山吹が、庭先に咲いています。 -
一旦ホテルに戻ってから。
18時、夕食の時間。
あらかじめ予約をしておいた「番屋ながさわ」へ。 -
盛岡で美味しい魚介を食べたければ、この店に。
冷蔵ショーケースの中には、吉次や真かれいをはじめ、鰤や真鯛のカブトが並んでいます。 -
まずは突き出し。
「昆布と油揚げの和え物」。 -
早速地酒を注文。
盛岡の菊の司酒造「菊の司」をぬる燗で。 -
「しどけのおひたし」
「しどけ」は初めて知った山菜です。
苦味が美味しい山菜ファンにはたまらない食材。 -
「ばい貝煮」
醤油が中まで染み入ることで、貝の旨みが
柔らかくて、でも弾力があって。 -
「あんこう友和え」
アンコウの身と肝を使った和え物。
日本酒にぴったりの一品。 -
「北寄貝お造り」
生で頂くのは初めてですが、新鮮な素材ならではの甘さと弾力。 -
宮古産「ホヤお造り」
ホヤを美味しく食べるコツ。
とにかく新鮮なホヤを、レモンを絞るだけ。
生牡蠣が好きな人は、きっと好きなハズ。 -
「吉次(キンキ)煮魚」
言わずと知れた高級魚。
淡白で上品な味。 -
途中でお燗のお替りも頂いて。
岩手三陸の海の幸を堪能できる最高の料理屋。
盛岡に来たときは忘れてはならないお店。 -
番屋ながさわさんでは、〆まで食べずに余力を残して。
なぜなら、二次会があるから。
1953年(昭和28年)創業、餃子の店「白乾児(パイカル)」。 -
さすがに人気店だけあって、30分ぐらい並んで。
どのメニューも美味しそうなものばかり。
でも、やっぱりこのお店では餃子を食べなきゃ。 -
ぷるんっとしてつるっとして、モチモチの「水餃子」。
-
野菜の甘みとお肉の旨み。
パリッと軽い「焼餃子」。 -
行列も納得の美味しい餃子を堪能して。
昭和の雰囲気を色濃く残した町の一角に、カウンターだけの小さなお店です。
大阪より肌寒い、春の夜道を、酔い覚ましにホテルまで歩いて。
盛岡一日目終了。
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