2019/05/11 - 2019/05/12
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今回、西安や洛陽を訪れて、この地域の人々には悠久の歴史とシルクロードの街に住んでいる自負が根付いていると感じました。
一帯一路政策を進めている習近平国家主席は、生まれは北京ですが籍貫地は西安の北に接している豊平県です。彼のDNAにはシルクロードを突き進めと刻まれているに違いありません。
観光業に従事する人が多い西安ですが、実は重工業が盛んであり、数多くの兵器工場が稼働していると聞き、とても驚きました。いずれの国においても国家の歴史は戦争の歴史であり、これも西安の宿命かもしれません。
春の中国は黄砂や大気汚染で霞んでいると思っていましたが、連日の好天できれいな青空でした。2日目の西安は27℃、3日目の洛陽と4日目の西安は30℃越えで、すっかり夏日でした。
兵馬俑は確かにすごい!のですが、本やテレビなどで見慣れているので、それを確かめているという感じでした。
西暦794年、桓武天皇は平安京に遷都しました。右京を長安城、左京を洛陽城と呼んでいました。後の時代、左京のみが栄えていたことから京へ上ることを「上洛」と呼ぶようになりました。
それにしても、随や唐の時代に日本から長安に赴いた先人の勇気と努力にあらためて敬意を表します。
本編は下記の4日目と5日目です。
1日目:成田空港から上海浦東空港で乗り継いで西安威陽空港へ。
2日目:深夜2時にホテル到着。世界遺産 兵馬俑坑博物館や世界遺産 秦の始皇帝陵を観光。
3日目:高速鉄道で洛陽日帰り、世界遺産 龍門石窟を観光。
4日目:西安市内観光。
5日目:早朝、ホテル出発。西安威陽空港から上海浦東空港で乗り継いで成田空港へ。帰宅。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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4日目はホテルに近い興慶宮公園から観光開始です。
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東門。興慶宮公園は唐の玄宗皇帝が皇太子のときに住んでいた興慶宮の跡に造られた公園です。
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今は、半分くらい遊園地になっていました。
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広場で踊る女性たち。騒音規制のため、指定された公園や広場でのみ踊ることが許されています。
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公園内の小道を進むます。
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1979年に、入唐1200年記念として阿倍仲麻呂の記念碑が建てられました。西暦717年に第9次遣唐使として入唐し、帰国の船が難破するなどして、西暦770年に73歳で長安に没しました。
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南門の広場でも踊っています。
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南門。
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南門の外には、水筆で文字を書くおじさんがいました。
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西安交通大学。南門の向かい側にありました。
中国西部地域において最も優秀な大学とされています。 -
西北大学内の博物館を見学しました。
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予約すれば、個人でも団体でも見学できるそうです。
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1階の地球館。
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動植物の展示が多いのですが、ほぼ素通りでした。
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2階の廊下にあった展示品。薄気味悪いです。
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2階の歴史館に入りました。
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文明の発展がテーマです。
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3本足の罐。7000~8000年前のもの、すでに焼き物を作っていました。
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骨針。5500~5000年前。先端に小さな穴があり、毛皮を縫ったりしたようです。
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鍍金銅蚕(銅メッキした蚕)。漢の時代に作られた飾り。
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展示室の様子。
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井真成の墓誌(蓋部)。
唐の時代、墓の上に40cm~80cm四方の石板を置き、墓誌としたようです。さらに同じ大きさの蓋を被せていました。 -
井真成の墓誌(身部)。
発見の経緯は不明ながら、2004年に西北大学が墓誌を発表しました。 -
蓋部の拓本。
発見の経緯、その後の経緯、いろいろと不明であり、解明されていない事が多いそうです。 -
井真成は、阿倍仲麻呂と同時代に唐に渡ったと推測されています。
右から2行目に、「姓井字眞成國號日本」とあり、「日本」の国名が最初に記された資料とされています。 -
昼食は徳発長でいただきました。西安名物・餃子宴の老舗です。
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入り口の脇では餃子作りを実演しています。もちろん、ガラス越しです。
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材料の野菜や餃子のサンプル。
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きれいに飾り付けられています。
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いろいろな作品(料理)がありました。
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12種類の餃子が運ばれてきました。
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はじめの3種類。中身の説明がありましたが忘れました。
餃子のほかに前菜に中華料理も出ました。 -
次の3種類。
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さらに3種類。
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これはアヒル。形がはっきりしています。
写真を撮り忘れてますが、あと3種類ありました。
好みがあるので12種類全部を美味しいという人は少ないようですが、私は全部美味しかったです。 -
青竜寺に来ました。真言宗の開祖空海が学んだお寺です。
お昼を食べて、この日も30℃まで気温が上がりました。 -
中央に博物館とありますが、内部は撮影禁止です。
なぜなら話の上手いお坊さんがいるショップだからです。 -
東門から入るとこのような庭園が設けられています。
右端に白い衣装を着た女性がいますが、ここでの撮影が流行っているそうです。 -
恵果法師。唐代の密教僧で六大弟子の一人が空海。
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空海。第16次遣唐使の一員、20年間の長期留学僧として入唐しましたが、わずか2年で阿闍梨となりました。
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青竜寺は高台にあり、落日の美しさが際だっていたようです。
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空海が学んだことから、四国八十八ヶ所札所巡りのゼロ番札所とされており、その標識です。
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空海記念碑。1982年に建てられました。
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東門から見た景色。ビルに囲まれているものの高台だと分かります。
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陝西歴史博物館。唐代の建築様式で建てられています。収蔵品は37万点。
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武則天の母である楊氏の墓の前に守護像として置かれていた獅子像の複製品。高さ3.1m、20t。
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1階は大混雑、2階は普通程度の混雑でした。
ガイドレシーバーは中国語と英語だけ。日本人の訪問者は少ないのかな。 -
1階。
藍田原人(らんでんげんじん)。陝西省藍田県で発見され、北京原人よりも少し古い115万年前と推測されています。 -
藍田原人の頭蓋骨。
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2階。
漢の時代の兵馬俑。小さく稚拙で、秦のものとは比べものになりません。 -
漢の時代の兵馬俑。ミニチュアサイズの模型だと思いましたが、本物。
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北周時代の三尊菩薩像、大理石製。
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唐の時代の三彩兵馬俑(これも小さい)。
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唐の時代の三彩陶器女座像。
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銅鏡いろいろ。
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シルクロード感がいっぱいの俑。
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中山石窟の祭壇。北宋時代に掘られた5つの石窟の一つ。
この祭壇だけでも1万体以上の仏像が刻まれています。 -
2階は通路の両側にお土産屋さんが並んでいます。
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大慈恩寺の大雁塔と三蔵法師像。
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玄奘三蔵法師の解説が刻まれています。75部1,335巻の経典を持ち帰りました。
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大慈恩寺。
玄奘三蔵法師はこのお寺で大般若経600巻を翻訳しました。 -
648年に建てられた大慈恩寺は、現在の10倍もの広さがありました。
652年にインドから帰った玄奘三蔵法師の発願によって、経典を保存するために大雁塔を建てました。 -
大雄宝殿。大慈恩寺の本殿です。
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釈迦如来を祀っています。
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二殿。玄奘三蔵法師が信仰していた弥勒菩薩を祀っています。
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弥勒菩薩像。高さ2.7m、背光の高さ4.16m。
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二殿の裏側(北側)だったような。
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釈迦は誕生してすぐに歩き、「天上天下唯我独尊」と唱えられました。その御姿です。
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大雁塔。7層、高さ64m。高さ約4mの基臺部分は創建当時のものだそうです。
248段の階段を上って最上階まで行けますが、土曜日の午後ということで待ち時間が30分以上、諦めました。 -
墓塔。
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先代管主の墓塔です。
大変な名筆だった方で、名前に触れると字がきれいになると言われました。 -
大唐芙蓉園。大慈恩寺の南東にあります。
唐の皇家園林を再現したテーマパークで、2005年にオープンしました。 -
御苑門。西側の広場から入園しました。
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窓ガラスにも演出。ちょうど龍頭を撮れました。
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銀橋飛瀑。滝の前は広場になっています。
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紫雲楼。北広場から見上げています。
玄宗皇帝が726年に建てた宴会場を再現。 -
紫雲楼。見ている間に点灯しました。10分後には消灯したそうです。
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芙蓉湖。左の建物は仕女館、右の建物は彩霞亭。
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芙蓉湖と仕女館。
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焔火島。
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龍舫。玄宗皇帝は船を浮かべ、涼を取っていました。
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帰りには銀橋飛瀑もライトアップされていました。
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御苑門を出たら、街はピカピカな景色でした。
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御苑門からレーザービームが発射されていました。
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帰国日です。
朝5時にホテルを出発し、空港に来ました。 -
西安威陽空港。帰りも後方席でした。トホホ。
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西安威陽空港から上海浦東空港への飛行中に朝食が出ました。
ホットドッグと何とかと聞かれたので、ホットドッグを選びましたが、パンは半冷凍のように冷たく、ソーセージはパンに比べてとても小さい、不思議なホットドッグでした。 -
上海上空です。自動車の輸出港でしょう。
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上海浦東空港では出国手続きに時間がかかり、ファイナルコールに急かされながらバスに乗りました。往きもハラハラ、帰りもドキドキでした。
成田~西安は、たぶん単独では満席にならない路線なんでしょう。そのため、中国人が多く利用する上海~西安の国内線と組み合わせるという仕組みは、航空会社の利益優先から考え出された方法でしょう。中国東方航空では、顧客満足度という言葉は辞書にないのでしょうね。
上海浦東空港から成田空港への飛行中に、中国東方航空らしい味の昼食が出ました。 -
土佐湾上空です。ちょっと雲がありますが、中央に高知空港、左端に桂浜が見えています。ここまで来れば、あと1時間です。
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和歌山県新宮市と三重県紀宝町の境を流れる熊野川の河口が見えました。
新宮市には秦始皇帝に仕えていた「徐福」のお墓があります。
徐福は始皇帝の命令で不老不死の霊薬を探す航海中、熊野に漂着したと伝わっています。
そのときの旅行記を「太地町で鯨を食べた思い出。」の中に書いています。https://4travel.jp/travelogue/11436878
タイトルに拒否反応を示す方は、申し訳ありませんがご遠慮ください。 -
上海での経由(乗継ぎ)は苦労しましたが、無事に帰国できました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (3)
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- biwakokkoさん 2019/05/25 10:07:41
- 洛陽に行ってみたかった
- 初めまして。琵琶湖ッ子と申します。ニックネームのように琵琶湖の湖畔に住まいしています。
昨年6/1より西安と北京を組み合わせたツアーに行ったきたので、思い出が蘇りました。西安から洛陽に行かれたのはとても良かったですね。旅行記を拝見していて、私も石像をみたかったです。
西安はまだ暑くなかったのですが北京では40度になり万里の長城や天安門から紫禁城の徒歩による移動が暑くて大変でした。
行ったところのことを他の方の旅行記で見るととても懐かしく思い出されました。
- FUKUJIROさん からの返信 2019/05/25 11:18:17
- RE: 洛陽に行ってみたかった
- > 初めまして。琵琶湖ッ子と申します。ニックネームのように琵琶湖の湖畔に住まいしています。
> 昨年6/1より西安と北京を組み合わせたツアーに行ったきたので、思い出が蘇りました。西安から洛陽に行かれたのはとても良かったですね。旅行記を拝見していて、私も石像をみたかったです。
> 西安はまだ暑くなかったのですが北京では40度になり万里の長城や天安門から紫禁城の徒歩による移動が暑くて大変でした。
> 行ったところのことを他の方の旅行記で見るととても懐かしく思い出されました。
- FUKUJIROさん からの返信 2019/05/25 11:25:03
- RE: 洛陽に行ってみたかった
- ご覧いただきましてありがとうございました。
北京で40℃でしたか。それは大変でした。
私の時は30℃か31℃だったみたいですが、空気が乾燥しているためでしょうか、日本の30℃よりはずいぶん楽でした。
西安からは洛陽までは高速鉄道で約1時間半でした。行って良かったです。
これからもよろしくお願いいたします。
> 初めまして。琵琶湖ッ子と申します。ニックネームのように琵琶湖の湖畔に住まいしています。
> 昨年6/1より西安と北京を組み合わせたツアーに行ったきたので、思い出が蘇りました。西安から洛陽に行かれたのはとても良かったですね。旅行記を拝見していて、私も石像をみたかったです。
> 西安はまだ暑くなかったのですが北京では40度になり万里の長城や天安門から紫禁城の徒歩による移動が暑くて大変でした。
> 行ったところのことを他の方の旅行記で見るととても懐かしく思い出されました。
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