2019/05/10 - 2019/05/10
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FUKUJIROさん
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3日目は、シルクロードの起点の街である河南省洛陽を訪れました。
一般的には西安が起点と思われていますが、中国国家観光局(中国国家旅游局)は2007年4月にシルクロードの起点は洛陽であると発表しました。
東西交流は遙か昔から続いていますが、後漢時代(西暦25~220年)にシルクロードがその役割を果たすことになったと認定されたため、後漢の都であった洛陽が起点と決まりました。
当時は胡錦濤が国家主席でしたが、もしも習近平国家主席であったなら、彼の籍貫地である富平県と隣接している西安を支持したのではないかと思います。
龍門石窟は北魏(386~534年)の孝文皇帝が洛陽に遷都した際に掘削され、それから隋、唐を経て約400年間造営されました。南北1kmに渡り石窟2,300個、仏像が約10万体という壮大な遺跡です。
本編は下記の3日目です。
1日目:成田空港から上海浦東空港で乗り継いで西安威陽空港へ。
2日目:深夜2時にホテル到着。世界遺産 兵馬俑坑博物館や世界遺産 秦の始皇帝陵を観光。
3日目:動車(高速鉄道)で洛陽日帰り、世界遺産 龍門石窟を観光。
4日目:西安市内観光。
5日目:早朝、ホテル出発。西安威陽空港から上海浦東空港で乗り継いで成田空港へ。帰宅。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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朝食です。前日はお昼が遅かったせいかお腹が空いたので、この日は小豆粥に焼きそばと揚げパンも食べました。
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ツアーバスで西安北駅に来ました。
西安北駅から見た西安の街。 -
西安北駅はとても大きいです。
入り口で切符とパスポートを見せます。切符売り場はどこでしょうか。 -
西安北駅の南端にある標識。
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広すぎて北端は見えません。
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売店の人形。
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タッチしても話しかけても無反応でした。
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このキャラクターは兵馬俑でも見ました。
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中央にあるインフォメーション。
西安北 → 嘉峪関南なんて乗ってみたいですね。 -
インフォメーションの柱もシルクロード風。
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北端の標識。この辺は人が少ないです。
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乗車口はA1からB34まで68ヶ所もありますが、使っていたのはB27まで。それでもすごいですね。
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有料マッサージのコーナー。安くない。
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B1から入場してホームへ出ます。
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切符。個人情報は隠しています。
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和諧号。CRH380A。
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最高時速300km/hで走行してました。
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三門狭から縄地への沿線には風力発電の塔がいっぱいでした。
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洛陽龍門駅。
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私たちのツアーバスは東北服務区集票処へ行き、ここから電動カートで移動しました。
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井河に架かる龍門橋を渡ります。橋の上から石窟が見えてきました。
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世界遺産のマークが出ています。
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入り口の大石門を抜けたところ。
黄砂もなく青空です。 -
井河に沿って結構な距離を歩きます。
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先ほど渡ってきた龍門橋の下を抜けます。
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一般的には龍門石窟とは西山石窟を差します。
不思議な図で、対岸に描かれている東山石窟と白居易墓園は位置が逆になっています。 -
香山寺。
唐の詩人・白居易(白楽天)は寺の再建のために寄付を集め、後に晩年の住処としました。1936年、蒋介石は50歳の誕生日にここを別荘としました。 -
最初に現れる潜渓寺です。
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高さ8mの阿弥陀如来が掘り出されています。
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基本的に個人がお金を出して、職人が請け負ったものだそうで、金額の大小が石窟の大きさに反映しているそうです。また手前から掘っていったので、奥へ進むほど新しい石窟ということです。
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賓陽三洞の賓陽中洞。皇帝の命で掘られたもので、しっかりしています。
この右に賓陽北洞、左に賓陽南洞と3つの洞が並んでいます。 -
賓陽三洞の賓陽中洞(140窟)。
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賓陽三洞の賓陽北洞(104窟)。
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賓陽三洞の賓陽南洞(159窟)。
ピースサインの様に見えます。 -
牡丹石。黒い大理石に牡丹の模様が浮き出ています。
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このような浅いレリーフ像が岩壁一面に掘られています。
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ほとんどの石窟は人間の背丈よりも低い位の大きさです。
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奉先寺(1280窟)。龍門石窟で最大の見所です。
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盧遮那仏(るしゃなぶつ)。高さ17.14m、頭部の大きさ4m。
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盧遮那仏の左側(向かって右)を守る仏像。
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盧遮那仏の右側(向かって左)を守る仏像。風化が激しい。
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唐の第3代皇帝・高宗が皇后・武則天に似せて造らせたと伝わっています。
武則天といえば残虐非道で権謀術数に長け、後に中国史上唯一の女帝になりました。この盧遮那仏からは想像もできないことですが。 -
奉先寺から見た対岸。正面が東山石窟です。
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薬方洞。
奉先寺を見てしまうと、その奥にあまり興味がわかないのは観光客に共通しているようです。 -
薬方洞。70種類の病気と140以上の処方箋が掘られています。
かつて周恩来首相が訪れた際に、よく勉強するようにと指示を出しました。 -
古陽洞(1443窟)。薬方洞の左隣。
壁が黒いのは、永年にわたって書の拓本を取るために墨を塗られたためだそうです。 -
井河を船で遊覧することもできます。両岸に集票処がありました。
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河から見上げる石窟群も壮麗なことでしょう。
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伊闕橋を渡りました。
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対岸から見た奉先寺。階段の様子などが分かります。
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奉先寺の盧遮那仏。
この写真を撮っている場所には礼仏台という名前が付いていました。 -
西山石窟のパノラマ写真。
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帰りも電動カートに載りました。このカートは一方通行で走っています。
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歩いている人たちもいました。駐車場まで20分以上かかるようです。
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昼食後、関林へ来ました。
敷地面積は12万m2で、明・清の時代の建築物が150軒残っています。
関羽を祀ったところを一般的に関帝廟といいますが、首塚のあるここは関林と呼ばれています。 -
中央の大門を挟んで、左に「忠義」、右に「仁勇」とあり、関羽の生き様を現しています。清の時代に造られた関林の入場門です。
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儀門。明の時代に造られました。
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鐘楼。
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鼓楼。
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甬道。儀門と拝殿をつなぐ道。
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拝殿。
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左(向かって右)に鐘。
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右(向かって左)に鼓。
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青龍偃月刀。
関羽は冷艶鋸という名を付けていました。これは関羽が使ったものではありません。 -
拝殿の中央。
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中央の入り口から関羽が見えています。
入り口に掲げられている扁額は、西太后の直筆です。西太后といえば、武則天ととも中国3悪女の一人と言われていますが。 -
関羽の像。いかにも関羽らしい表情をしています。
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壁にも様々な場面を描いた絵が掲げられています。
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財神殿。元々、関羽は闘いと財宝・商売の神様です。
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こちらの関羽像はいろいろな関帝廟で見るお姿です。
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旋生柏。財神殿と春秋殿の間。
劉備を慕う関羽の心が舞い上がっていく様子が映されています。
右側の柱はコンクリート製の支え。 -
春秋殿。
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春秋殿。
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春秋殿。関羽が亡くなっています。
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碑亭。
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右の建物が木製の八角亭。
中には石碑があり、隷書で「勅封碑記」と刻まれています。 -
関塚。関羽の首が葬られていると伝わっています。
ここは曹操が祀ったときのままの状態だそうです。 -
舞楼。大門と向き合って建てられており、古代舞台の典型的な建築様式です。
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白馬寺に移動しました。白馬寺の入り口です。
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白馬寺は、後漢永平11年(西暦68年)に創建された中国で最初に創建された仏教寺院ですが、ほとんどの建物は明・清の時代に再建されました。
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鐘楼。
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鼓楼。
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亀趺.
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古い亀趺。
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天王殿。
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布袋尊像。弥勒菩薩の化身として信仰されています。
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大佛殿。
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釈迦如来像。2.4m高。
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左(向かって右)に文殊菩薩像。
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右(向かって左)に普賢菩薩像。
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大佛殿の裏側(北向き)には観世音菩薩像が祀られています。
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大雄殿。
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大雄殿。この後、大雄殿と接引殿の間で大きな行事があるということで内部には入れませんでした。
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中央に釈迦如来像。お顔は写っていませんが、左(向かって右)に薬師如来像、右(向かって左)に阿弥陀如来像。写真を撮ってはいけないようで注意されてる人がいたので退散しました。
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奥まで行って戻ると、大雄殿と接引殿の間で皆さんがお経を唱えていました。
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伽藍菩薩像。大雄殿の裏側(北向き)に祀られています。
伽藍とはガネーシャの意味で、白馬寺に残る元の時代の唯一の作です。 -
接引殿。
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接引殿の阿弥陀三尊像。中央に阿弥陀如来像(3.5m高)。左(向かって右)に観世音菩薩像、右(向かって左)に勢至菩薩像。
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清涼台。
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毘盧閣。
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中央に毘盧遮那像。
左(向かって右)に文殊菩薩像、右(向かって左)に普賢菩薩像。 -
空海大師像。西暦804年に入唐し、有名な青竜寺で徳恵果大師に学んだと書かれています。若いお坊さんが見入っていました。
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白馬寺の敷地内には、タイ、ミャンマー、インドの寺院も建てられています。ガイドさんは、建物はあるけど本尊がないと言っていました。
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南側の門。
この門を出て左に行くとシルクロードの起点があると言われました。 -
帰国してからグーグルマップで見たところ、白馬寺から漢魏洛陽故城までは5kmぐらいでした。
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レコードチャイナの記事によると、こんな碑が建ってるみたいです。折角なので行きたかった、残念。
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市街地では地下鉄の工事中です。高速鉄道の洛陽龍門駅と接続するようです。
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洛陽も今では高層ビルの街になっています。
この後、高速鉄道で西安北駅に戻りました。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。
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