2019/04/26 - 2019/05/07
588位(同エリア845件中)
子青さん
三国志関連の史跡訪問を主な目的に、四川省&陝西省へ行ってきました。
成都と西安の間は高鉄が通っているので、これを利用しながら、成都から西安方面へ移動しました;移動の都合で訪問順を決めたのですが、たまたま南から北へ向かうことになり、北伐と同じ方向となりました。
<日程>
1日目:移動(成田->重慶->成都)
2日目:成都市内(パンダ基地・洗面橋・武侯祠・金紗博物館・成都駅)
3日目:楽山大仏
4日目:広漢(ラク城・三星堆博物館)・徳陽(点将台・落鳳坡)
5日目:綿陽(西山公園・富楽山公園)
6日目:広元(剣門関)
7日目:広元(昭化古城・石門桟道)
8日目:勉県(武侯祠・馬超墓・古陽平関・武侯墓)・漢中(古虎頭橋・古漢台)
9日目:漢中(明月峡・拝将台)
10日目:岐山(諸葛亮廟)
11日目:西安市内(清真大寺・碑林博物館・興慶宮公園)
12日目:重慶(重慶洪崖洞・人民解放記念碑)・移動(重慶->成田)
本来の予定では、徳陽の旧綿竹城(土将台)へも寄るつもりでしたが、残念ながら行けませんでした。
ただ、蜀の重要な拠点(特に成都の武侯祠、綿陽のフ城、広元の剣門関、勉県の定軍山、岐山の五丈原)へ行けて大満足です。
また、三国志とは別ですが、楽山大仏、三星堆博物館、韓信の拝将台、西安興慶宮公園の阿倍仲麻呂碑も見られて充実した旅となりました。
旅行費用は、12日間で15万円、でした。
何かの参考になるかもしれないので、時刻と費用はなるべく書き込もうと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- スプリングジャパン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5:32 起床。今日はチェックアウトして、広元市へ移動します。
7:09 成都南駅構内の食堂で朝食(水餃)を食べました。16元。味はまあまあ。 -
店はここです。駅の2階。隣りがマックだったと思います。
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売店をひやかしていると、この前飲んだ美味しいウーロン茶(無糖)が売っていました。でも8元なのでちょっと高い。ビールが2缶買えます。
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7:58 入場。乗るのは G2204次。この列車は成都東が始発で、西安北を通って鄭州東まで行きます。
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8:58 綿陽駅着。中国の新幹線は乗る度に思うのですが、日本の新幹線に比べて ほとんど揺れなくてよいですね。
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9:07 綿陽駅前。綿陽はローカルな都市です。三国時代には、成都と漢中を結ぶ、蜀道の喉、と呼ばれた重要な拠点だったようです。
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バス停の奥に見える角の売店に荷物を預けました。8元。先ずは蒋エン墓のある西山公園へ行きます。60路バス。2元。
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9:35 最寄りのバス停着。乗車時に運転手(女性)に行先を尋ねたので、降りるバス停を教えてくれました。謝謝。
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降りたのはいいのですが、目的地の位置が良く分かりません。近くに山は見えるのですが、観光地に見えないので、ちょっと戸惑いました。周囲の道路標識を見ると、「西山東路」と書かれているので、多分見えている山が西山でしょう。車はたくさん通っていますが、歩行者はほとんどいません。
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道路を渡って、歩いている人に西山公園を尋ねると、この先にあるトンネルをくぐって線路の向こう側に出る、とのこと。
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しばらく線路に沿って歩くと、丘の上に建物が見えました。あそこでしょう。
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ここがそのトンネル。入口がちょっとしょぼい(泣)。
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確かにトンネルです。中は意外にきれいでした。
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トンネルを出たところで、井戸端会議をしているマダム達に西山公園の場所を聞いたところ、一斉に、あそこに看板が出ているじゃないの、何を見てるの、と畳みかけるように叱られてしまいました。写真の左側に見えている看板です。お邪魔してすいません。
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路地を入るとこういう坂道を登っていきます。
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9:58 西山公園着。ここは公園なので、入場は無料です。
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途中までの道はちょっとしょぼいですが、公園は良く整備されていて立派です。
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子雲亭風景区となっています。子雲って誰かと思ったのですが、前漢時代の蜀の文人のようですね;揚雄。
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蒋エン墓は丘の上のようです。
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10:11 蒋エン墓着。
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皇帝並みに動物の像が並んでいます。馬のような気がするのですが、首が無いような。
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これは人の像ですが、首がないのが気になります。ひょっとして、文革の影響を受けたのでしょうか。
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こちらの人の像も首がありません。自然に欠落したのではなさそうですね。ちょっと悲しい。
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あれが蒋エン墓ですね。
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蒋エン墓。円形ではなく、八角形になっています。
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漢大司馬将恭侯墓。蒋エン、字は公エン。生まれは荊州の人ですが、諸葛亮亡き後 蜀の大将軍となり、ここ綿陽で駐留中に病没、諡は恭。蜀漢四英の一人。大変優秀な人だったと言われています。諸葛亮に、公エンは忠義公正の人で、王業を支える人物、と褒め称えられた程に立派な人だったんですね。死んで名を残す人は羨ましいです。
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奥にも蒋エンの墓碑がありました。蒋恭侯墓。蒋エンは、常に冷静で、私怨のある人物の裁きでも、私情を挟まずに道理に従った、と言われています。立派です。
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園内には休憩が出来るような亭もありました。
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ここは高台ですが湧き水もあり、園内に池もあります。
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園内を散策していると、見慣れない標識を見ました。何のマークですかね。最近流行りのキャンプ設営ゾーン、ということかなあ。後で分かりました。
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東屋の一角には、麻雀卓が置かれていました。でも園内にはほとんど人がいません。
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10:58 西山公園(正大門)を出ます。出口の広場にはタクシーが1台停まっていましたが、路線バスのバス停はなかったように思います。以前来られた方の旅行記にはバスが停まっている写真があったと思いますが、路線が変更になったのでしょうね。適当なバス停まで歩きます。
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下の通り(マダム達に道順を聞いたところ)まで降りてきました。
線路の向こう側は交通量が多いのですが、こちら側は少ないので、行きのバス停で見た次の停留所(平政BS)方向へ歩いていきます。 -
これは工場への引き込み線のようですが、何の工場かな。地図で見ると、西南科技大の敷地みたいです。
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線路と道路が交差するところが見えてきたので、歩道橋を上がってみます。
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歩道橋の上から、平政BS、が見えました。
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11:24 ちょっと暑いので、BSまでは歩かずに、近くのバス停から 次に行く富楽山へ向かうことにします。路線図を見ると直接富楽山へ行く便はないので、近そうで分かりやすい、富楽大橋、まで乗ることにしました。
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バス停には、バスの運行状況が表示されます。私が乗ろうとしている2段目の75路(南郊机場行き)は、2つ手前のバス停まで来ているようです。こういう設備を見ると、中国は意外に進んでいると感じます。
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11:57 富楽大橋駅着。
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お腹が空いたので、お昼を食べることにします。バス停前の食堂。生のニンニクがテーブルに置かれています。中国の東北部以外は生で食べない、と聞いたような気がしますが、ここ四川省でも生で食べるようですね。
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壁に貼ってあるメニュー。だいたいどれも10元前後。田舎だから安い。
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牛肉面を食べました。普通に美味しいです。
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食べたのは真ん中の店;一楽面館。
バス停の路線図を見ると、富楽山へ行く便がないので、タクシーで行くことにしました。直ぐに乗れました。白タクですが。富楽山まで20元とのこと。途中で山の上の塔が見えたので、あれが富楽山か、と言ったらば、急に、正門ではなく南門に行くことになりました。塔へ行くには、正門からよりも南門からの方が近い、ということらしい。南門には直ぐに着きました。20元を差し出したところ、10元だけ取りました。良心的な人です。謝謝。 -
南門の入口ですが、運転手は、脇の工事関係者用出入口から入れ、と言っています。私は恐らく優待が有るので、正規の入口から入ってもよいのですが、ドライバーが盛んに、脇から入れ、と言っているので、仕方なく脇の出入り口から入りました。何となく逃票をした気分でしたが、ここは無料で開放していることが、後で分かりました。
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先ずはタワー(富楽閣)へ行きます。案内の標識に、フ城会、とか、富楽堂、と書かれていません。どうも、富楽堂へ行こうとする人は、南門から行かないような気がします。後で分かりましたが、園内は広いので、南門から富楽堂までは結構な距離がありました。富楽堂を目指すのであれば、正門か、或いは北門から入った方が良いです。
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上側の標識は、さっき西山公園で見たものです。緊急時のテント場、ということなんですね。四川省は地震が多いので対策を取っているのでしょう。
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富楽山の全体図です。タワー(富楽閣)はざっくり真ん中やや下(南)、フ城会の富楽堂は一番上(北)です。南門は下の方、正門は左の方、です。
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富楽山。劉備が、「この地の富を感じ、楽しきこと限りなし」、と言ったのが名前の由来とか。
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富楽閣の下の碑林です。丘の上に富楽閣があります。
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12:46 富楽閣着。なかなか立派な楼閣です。ちょっと武漢の黄鶴楼のような形ですね。
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でも内部は工事中だったんです。南門の入口に工事用出入口が有ったのは、この関係かも。
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金ピカの劉備像。結構大きいです。工事中なので、追い出されました。完成前に見ちゃいました。
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これは工事完成後の案内板。日付を見ると「二0一九年五月」になっています。現場監督のような人に工事完成日を聞いたら、明日、とのこと。今日は4月30日です。中国は、こんなにきっちりしていましたっけ?
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12:50 次は、フ城会の富楽堂を見に行きます。
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13:46 豫洲園着。何だか案内の表示がしっかりしていないので、同じようなところをぐるぐる回ってしまいました。
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13:47 やっと、富楽堂、の標識が出てきました。
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途中 気持ちの良い広場がありました。私は、広くて大きい中国が好きです。
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14:09 やっと富楽堂に着きました。相当遠回りをしたと思います。写真は、富楽堂の向いに建つ能楽堂です。
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これが富楽堂。蜀漢これ始まる。劉備が、それまで蜀(成都)を治めていた劉ショウと、初めて会った場所。
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フ城会の名場面ですね。
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劉備(右)と劉ショウ(左)。ホウ統は劉備に、劉ショウを捕らえることを献策するも、劉備は義に反する、としてこれを退け、劉ショウによる百余日の歓待を受けた、とか。この後 劉ショウは劉備を援助して、物資も与えたようですね。これは建安16年(AD212年)の出来事で、その3年後の建安19年に、劉備は成都を攻め、劉ショウは降伏してしまいます。
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劉備側は、左からホウ統、黄忠、魏延。魏延は後ろ手に剣を抜こうとしています。劉ショウを暗殺しようと狙っているのですね。劉備の重臣なのに、諸葛亮、関羽、張飛がこの場にいません。それは、奪取した荊州の警護に当たっていたから。この会合の3年後に、劉備が成都に攻め込む際、諸葛亮と張飛は長江をさかのぼって成都に駆けつけます。この場にいるホウ統は、3年後のラク城攻めの際、流れ矢に当り、昨日行った落鳳坡で落命します。
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劉ショウ側は、右から法正、劉カイ、張任。法正は劉ショウの部下でありながら、劉ショウの無能に落胆し、フ城で劉ショウと会見して益州を乗っ取ることを、劉備に献策しました。劉カイと張任は、建安19年に劉備が攻め込んでくると、ここフ城(綿陽市)からラク城(昨日行った広漢市の城)へ退却するも、劉備軍に追撃され、ラク城で降伏。劉カイは戦死、張任は捕虜となり落命しました。ところで、敵に勝つ方策として、正面からガチに戦うのも一法ですが、相手の中に味方を作る(裏切者を作る)、というのも有効な方法ですね。もしも今の中国の中に、米国の見方をする集団が出てきたら、ひょっとして中国は転覆するかも。
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下から見上げる富楽堂は立派に見えます。劉備もいよいよ益州を手に入れようとしている輝いた時期だったのですね。赤壁の戦いで魏を破ったのが建安13年、フ城会が建安16年、益州を手に入れたのが建安19年、漢中王になったのが建安21年、蜀漢成立が建安26年(章武元年)、魏と戦いながら白帝城で亡くなったのが章武3年。輝いていた時期が高々15年強というのは、決して長くはありませんが、多くの忠実な家臣を得た63年の生涯は幸せなものだったと言えるのではないでしょうか。
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空が良く晴れてきました。
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14:29 これは後ろから見た五虎上将。私の順路は、通常の逆になっているようですね(笑)。
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真ん中は関羽ですね。
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多分左から、馬超、張飛、関羽、黄忠、趙雲の五将。
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14:34 こちらは蜀漢四英。
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左から、蒋エン、諸葛亮、費イ、董イン、と思います。諸葛亮の後を継いだのが、蒋エン、次が費イ。劉禅のお守り役としてよく支え、費イの次官となったのが董イン。皆 優秀な人達です。尊敬。
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天気も良くて気分爽快です。
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14:39 富楽堂入口(北門)に着きましたが、ここにバス停はないので、正門へ行きます。
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途中にいくつかレリーフやオブジェがありました。
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15:05 正門着;門の外から撮っています。
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2013年春から市民解放にしたようです。始めに正門から入場すれば、順路も逆にならなくて済んだんでしょう。これも旅ですね。
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15:07 正門の前にバス停が有ります。
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でも、何故か駅に行きません。仕方が無いので乗り継ぎます。
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先ずは12路で芙蓉橋駅まで。ここから少し歩いて、駅方面へ行くバスが通る道へ移動。
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15:11 渡っている川はフ江です。下っていくと、重慶の北で嘉陵江に合流します。
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道端でヤシの実を売っていました。タイムセールで、2個15元。安いのかどうか、良く分かりません。暑いので、冷やして飲むと美味しいかも。
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次に3路で綿陽駅まで。
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16:01 綿陽駅前着。
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綿陽駅のシンボルなのですかね、この馬は。
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綿陽駅前のバスターミナルで少し休みました。
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16:46 これは預けた荷物の引換券です。角の商店で荷物を引き取りました。
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16:52 綿陽駅構内の食堂で、夕飯を食べました。涼粉 6元、小龍包 5元、水 2元。普通に美味しかったです。夕食で13元はちょっとなあ、と思うかもしれませんが、いいんです、無理にたくさん食べなくても(笑)。後で少しホテルで食べます。
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時間が早いので、早い列車に変えてもらおうとしましたが、空席がありませんでした。
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18:34 入場。
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18:37発 G2856次。剣門関で降ります。G2856次は桂林の先の南寧東が始発で、重慶西、成都東を通って、西安北まで行きます。
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19:18 剣門関駅着。
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剣門関駅前。まだ少し明るいです。剣門関へは、明日の朝に移動して来ても良かったのですが、夕暮れ時ならばまだ周辺の山並みが見えるだろう、と思って夕方移動して来ました。やっぱり見えました、ギザギザ(デコボコ)の山が。
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客はほとんどいません。ここではバスは期待していないので、タクシーに乗ります。小型の白タクのおじさんが近寄ってきます。行先(ホテル)の地図を見せると、10元。やっぱり田舎は安いですね。これが張家界なら、どんなに安くても50元は下らないでしょう(経験あり)。
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19:35 ホテル着。ホテル前からも山が見えました。この山並みを見てから剣門関に行かないと、剣門関の本当の価値が分からないんです。そう、ここは山が険しい山岳地帯なんです。
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部屋で、新疆の干しブドウをつまみに缶ビールを飲みました。今日は、立派な富楽堂を見て、劉備の輝き始めた時期を見た思いです。でも、見学は正門から始めた方が良いですね。今日もお疲れ様でした。辛苦了。
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