2019/03/23 - 2019/03/23
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mitamita73さん
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虎杖浜の温泉に入るのが、今回の目的でしたが、明治25年から北海道経済を支えた夕張線(正式には石勝線夕張支線)が、廃止になるというので、最終日、急きょ乗りに行きました。43年前、1975年12月14日に、当時のC57135牽引の国鉄最後のSL旅客列車に乗車したことがありますが、夕張から鉄道がなくなるのは、それ以上に歴史的な出来事。なぜか乗らずにはいられない気持ちになりました。南美唄線、上砂川線、歌志内線、幌内線と炭鉱に関わりのある鉄道がそれぞれ歴史的役割を終えていくのは致し方ないのですが、ほかの鉄路は、民間の経済合理性だけで割り切っていいのか、いささか疑問に感じるところがあります。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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虎杖浜から高速を使って1時間40分、旧・紅葉山(現・新夕張)駅に着きました。この駅表示版は、駅舎の外にあります。
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廃止直前は1日8往復に増発されています。
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3両編成の先頭は、日高本線仕様のキハ40です。
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昭和54年製造の40歳です。
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廃止まで、まだ8日あるからか、各車両20~30人ほどの乗客でした。
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2両目は、特別塗装のキハ40です。
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最後尾は、標準塗装の、同じくキハ40です。
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最後尾です。
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先頭車両の扇風機には国鉄のマークが残っていました。40年間壊れなかったのでしょう。
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各車両には、沿線の駅の紹介が貼ってありました。
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炭鉱があった頃は真っ黒だった川が、今は、実にきれいな清流になっていました。
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最盛期には116千人の人口でしたが、今は8千人にまで減少したそうです。行政サービスの維持が大変でしょう。
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トラブルに備えてか、あるいは昨年の斜面崩壊があったからか、運転士2名に、保線の係員も乗っていました。
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最高速度84km/hでした。重い石炭を運ぶために、線路のベースがしっかりしているのかと思います。
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夕張駅に到着。10数分後の折返し列車で、車を置いてある新夕張駅に戻ります。
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折返し列車で新夕張まで戻った後、車で、もう一度、清水沢駅に行きました。
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ここ清水沢駅は昭和62年まで大夕張鉄道があった大きな駅です。駅舎内に昔の写真が貼ってありました。昭和後半にはこの駅にキオスクがあったそうです。
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清水沢駅に列車が入って来るのを最後に目に焼き付けて、夕張を後にしました。
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夕張で昭和を懐かしみながらも、千歳空港では、普段に戻り、いつもどおり「島の人」で海産物を買い、ラウンジで羽田の3倍はあるおにぎりを食べて帰りました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- nikさん 2019/04/06 20:43:12
- この時代の扇風機は頑丈ですね。
- 「夕張支線」が無くなるのがとても残念です。
何度コレに乗って旅したことか。
懐かしい思い出です。
寝台が消えてからJR北海道で移動することは無くなってしまいました。
今では新幹線を払い戻してでも飛行機を使います。
飛行機代を払い戻してでも上野から寝台で旅していたのがウソのようです。
僕のkitakaも閑古鳥が鳴いてます。
あっ、ムササビでした。
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