2018/12/01 - 2018/12/02
4位(同エリア34件中)
amadeoさん
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2日目は山海関地区を観光。
実は大学時代の1997年2月に来たことがとがあり、今回で2回目。
その時の記憶を頼りに、ほとんど事前調査をしないまま行きました。
3日目帰国。
午前中時間が少し有ったので、北戴河地区へ行ってきました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 1.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝7時半頃起床し、朝食会場へ。
数人の客しかいない。 -
ホテルらしい朝食は一通り揃っている。
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従業員の数が多い。
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大米粥は白米のお粥で、小米粥はアワのお粥。
アワのお粥なんてめったに食べる機会が無いから、最後に食べようと思ってたら、すっかり忘れた! -
味はイマイチ。
中国っぽく、茶系の食べ物ばかり。
どっか外で食べた方がよかったかも。 -
ホテルのロビーの様子。
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8:30頃、ホテル横のバス停から33路に乗る。
33路は秦皇島駅経由で山海関まで行く。
ちなみに6路は秦皇島駅前始発で北戴河方面へ行く。
バスの運賃は1回乗車で2元。 -
秦皇島駅を過ぎた辺り。
当然の如くノーヘル、2ケツで走っている女性たち。 -
車内の様子。
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いかにも都会ではない、地方独特の雰囲気が漂う。
こういう土嚢みたいな袋を運んでいるのとよく見かけるけど、一体何が入っているのだろう? -
終点の一つ手前の「天下第一関」で下車。
ここまで40分くらい。 -
山海関の城壁の一部。
万里の長城の一部でもある。 -
同じ場所、1997年2月にも来ていた。
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早速潜って中へ進む。
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1997年2月。
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袁崇煥の像。
明末の挙人且つ武将で、諸葛孔明並の名将と称されていたが、その才能ゆえに妬まれ、内外からの謀略により、凌遅刑に処せられてしまった。
これにより明の滅亡は決定的となった。 -
こちらはよく分からないが、無名兵士の像。
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「情郷弄里」とあるが、何か特別な通りなのか?
興味がそそられるが時間が無いのでパス。
しかし、後ほどここから出て来ることになる。 -
バス停から20分くらい歩き、ようやく入場口が見えてきた。
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門票15元。
1997年に来た時は、20元だった覚えがある。 -
知っている人は知っているが、中国の王朝で「明」の次は「清」だけど、
清が明を滅ぼしたわけではない。 -
明は農民反乱軍によって滅ぼされた(李自成の乱)。
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1997年2月。
ここの写真も撮っていた。 -
1644年3月、中国史上一大事件とも呼べる出来事が起きた。
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城楼へ上がる。
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城楼からの眺め。
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城壁の向こう側。
つまり昔でいう塞外の地。 -
天下第一関。
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1997年2月撮影。
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東から数えて初めの関所なので、こう名づけられた。
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中へ入ってみると、山海関の鳥瞰図があった。
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東は長城が海へ突き出ている。
老龍頭だ。 -
西は角山という山へ長城が連なっている。
正に満州と中原の回廊を塞いでいる。
難攻不落の要塞でもあった。 -
もう一度、秦皇島の位置を確認。
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山海関付近の地形。
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満州八旗の軍服。
瀋陽故宮にも同じようなのが展示されている。 -
本物であろうか?
そうであればMade in Manchuria? -
階段はあるが、今は上の楼には登れない構造になっている。
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天下第一関からの眺め。
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城楼の上を散歩する。
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関内の様子。
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普通に住民が住んでいるが、この手の建物はやがて取り壊されるのだろう。
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1997年2月。
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城壁のレンガには、一つ一つ漏れなく記念の文字が刻まれている。
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俗にいう落書きってやつ。
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これより先は80元の票を購入しないと行けない。
そこまでの価値がないと思うので、購入せず。 -
山海関の内側に、今は学校があり、運動場がある。
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向こうの山の方にも長城が見える。
山海関からずっと繋がってるようだ。
さっきの鳥瞰図によると、あれが角山? -
望遠で。
(たいして変わらないが・・)
とても気になったので、この後、行ってみることにする。 -
1時間ほど城楼をブラブラした。
そろそろ下へ降りることに。 -
万里長城 山海関。
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世界遺産の標識。
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天下第一関を潜ってみる。
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1644年、前年に6歳で即位した清の順治帝も、瀋陽から北京へ遷都の際、ここを潜り通って行ったと思う。
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明末期。
女真から満州と名称を変え、国号を中華風に「清」として皇帝まで擁していた一大勢力の新興を、袁崇煥失脚後、呉三桂がここ山海関で守っていた。 -
しかしながら1644年4月、李自成率いる農民反乱軍に、北京はあっけなく陥落し、明は滅亡してしまった。
李自成が西安で即位し、国号を「順」と称し、怒涛の勢いで北京へ向かうと、行く手の都市は悉く降伏してしまう。
順軍が太原まで迫ってきた時、明朝第17代で最後の皇帝、崇偵帝は、呉三桂に北京防衛を命を下す。
呉三桂は北京へと援軍に駆けつける。
しかし唐山近くまで来た時、北京陥落の知らせが届き、呉三桂はここ山海関へ引き戻ってしまう。 -
明は滅んでも、明朝最強の軍隊が山海関に健在している形となった。
北京を落とした李自成は、呉三桂に投降を呼びかけ、迫って進撃して来る。
北京にいた父親を縛り付けて連行し、愛妾の陳圓圓も人質に捕えられた。
また呉三桂配下の部下を捕らえて殺し、遺体を送りつけてくるなど、狂人、暴徒化している。
北京を落とし、勢いに乗った反乱軍が迫ってくる。
壁の向こうは新興勢力で異民族の満州八旗が対峙している。
絶対絶命の呉三桂が取った行動は・・・ -
夷伙に下って援軍を要請し、李自成を討って亡き主君の仇を討つこと。
規律の乱れた反乱軍が異民族以上に野蛮に見えたのか?
山海関の天下第一関の大門を、清に開け渡してしまった。 -
1997年2月時の様子。
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呉三桂の要請を受け入れたのは、ヌルハチ14男で摂政王ドルゴン。
ドルゴンは先ず呉三桂軍と李自成軍を全面対決させ、丘の上からただ眺めていた。
一片石という場所で、現在遼寧省綏中の九門口という場所がそこに当たる(帰国後に調べ、ここから遠くなかったので行っとけばよかった!)。
両者相打ちで共倒れになるころ、一気に李自成軍を突いた。
これまで見たことの無い、中華風とは異なる甲冑服の騎兵隊が突如現れ、李自成はパニックになり、敗走、大敗した。 -
こうして満州族の清が北京の主となり、中原を統治し、その後、中国史上最大面積となる世界帝国を築き上げた。
と同時に万里の長城は、北方民族の脅威の防衛としては、歴史的にその使命を終えた。
清以降、中国は漢民族国家から多民族国家の形を成している。 -
こちらが正門らしい。
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目の前は、明らかに再建されたテーマパークといった、レトロ調の建物が続いている。
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1997年2月時の様子。
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午前中のせいか、人が少ない。
大体がお土産屋である。 -
10分ほど歩き、鼓楼に到着。
なんだか再築物っぽい。 -
「山海関古城歴史博物館」があったが、閉まっていた、残念。
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このレトロ調の再建通りに飽きてきたので、この通りから外れてみた。
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1997年2月時の様子。
こうしてみると辺りの様子が古臭く感じるが、この頃、安室奈美江や小室ファミリーが全盛期で、自分としてはそれほど昔という感じはない。ほんのついちょっと前のこと。 -
この日は比較的暖かかったが、地域柄寒い地域のため、このような毛布方の防寒着がある。
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市場っぽい場所。
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このようにあちこちで売られている。
大学生の時、原付を愛用していたので、当時、見つけていれば買っていたかも。 -
これ原付のように見えるが、殆どが電動自転車なのだ。
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干物類が売られている。
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これ、こちらでは当たり前のように装備されているが、北関東とかの日本の中途半端な田舎とかだったら、いたずらで火をつけられそう。
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石炭の路上販売。
普通に暖を取るための燃料として使われているようだ。 -
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よく分からない場所へ迷い込んでしまった。
方向的にバス定の方へ向かっている自信はあったので、気にせず。 -
この門も年季が入って凄いが、柿が!
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正に食べごろで熟している。
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この通りをまっすぐ進むと、
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さっきの場所へ出てきた。
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近くに長城博物館があった。
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身分証(パスポート可)提示で入場無料。
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通常の万里の長城のイメージとはかけ離れた、現存する今の長城の姿を紹介している。
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ちなみに長城の最東端はここ山海関ではなく、丹東郊外にある虎山長城。
最西端は甘粛省の嘉峪関ではなく、新彊ウイグル自治区のコルラ付近まで延びている。 -
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長城を侵略した日本軍。
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もっとゆっくり見学したかったが、先ほど見た角山長城へ行ってみたかったので、早々に切り上げる。
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バス停へ戻ってきた。
一般道の上を立体交差する形で、長城の一部が普通の景色の中に溶け込んでいる。
しかし、昔でいえば中華文化圏と未文化地域との境界、中原と満州の境界、中華民国と満州国の境界でもあった、歴史的に意義の深い場所である。 -
1997年2月。
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1997年2月。
天下第一関の一つ手前のバス停。
山海関駅から雪の中、歩いて天下第一関へ向かっていた。 -
実は「天下第一関」のバス停から角山長城行きのバスが出ている案内があったのだが、オフシーズンのせいか、バスが来る気配が無いので、とりあえず山海関駅へ行ってみた。
以前、来たときとは雰囲気が違う。
線路を潜る地下道を通ったので、どうやら駅正面口の反対側のようだ。 -
1997年2月の山海関駅。
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1997年2月。
山海関駅前の様子。 -
お昼時、蘭州ラーメンの店があったので入ってみる。
というか、近くに食事が出来そう場所がここしかなかった。 -
厨房の様子。
明らかに回族の店ではない。 -
5元。
見た目からして本物ではない。 -
ホンマもんの蘭州ラーメンではないが、何か日本で食べるラーメンみたいで、不味くは無かった。
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食べ終えて店を出ると、店の前にタクシーが止まっていた。
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再び店内を覗く。正面で麺を食べているのが運ちゃんだと分かり、角山まで乗せてもらうことにした。
20元。
遠いように見えたが、値段からしてそうでもなさそうだ(距離にして5kmくらい)。 -
タクシーを捜す手間が省けた。
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運ちゃん曰く、右手に見えるのが、山海関から続いている長城の一部だそうだ。
埼玉県栗橋あたりで見られる利根川の土手の景色と変わらない気がする。 -
これも万里の長城。
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天下第一関で見た鳥瞰図の通り、長城は山海関から角山方面へ確実に続いている。
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駅裏から20本ほどで角山長城入口に到着。
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角山長城入口の門。
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オフシーズン価格で半額の40元だった。
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ここにも鳥瞰図の看板があった。
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なぜか風車がお出迎え。
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ここから登って行く。
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こう見ると、本当にあの山の上まで行けるのか、ちょっと不安。
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少し登って、後ろを振り返る。
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長城ラインが市内、海の方へと向かって延びている。
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キツいようで、実際それほどキツくは無い。
規模的には北京の居庸関並み。 -
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よく見ると、ここも落書きがふんだんにされている。
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下の踊り場で少し休憩した後、
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更に登り続ける。
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ふと見ると「ニカ」と落書きがある。
「にか」と読むべきか、「にりょく」と読むべきか?
だんだん登るのがキツくなってきて、どうでもいいことが頭に過ぎってしまう・・
(中国なので、「Erli」だろ!) -
急勾配過ぎでキツい!
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やっと山頂に辿り着いた!
40分くらいで来れた。 -
と思ったら、ゲッ!
後の見えないところでまだまだ延々と続いていた! -
しかも後の長城へ行くには、構造的にここを登って、
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このはしごを上らなくては行けない構造になっている。
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うぅ、なんか怖い。
それほど寒くは無いが、ビビッて手が滑りそう~ -
躊躇して辺りを見回す。
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ゴミが散乱している。
世界遺産の長城が・・。 -
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戻るのも楽ではない。
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迷っていると、自称70歳の婆さまが来て、先に行くと、すいすいと登って行ってしまった。
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あの婆さまが登れたのであれば、自分も当然、と意を決して登ってみる。
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余裕が無いのに、登りながらこういう落書きに目が入ってしまう。
何もこんな危険な場所に彫らなくても。。 -
レンガの隙間に何故か歯間ブラシが!
世界に誇る偉大な歴史的建築遺産と、超低レベルなマナー、環境意識の狭間で、尊敬の念と蔑視の目を一体どこに向けたらいいのか、難解なテーマに心がブチ折れそうになる。。。 -
登りきった城楼の中の様子。
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今度は反対側へ下る必要がある。
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長城は続いている。
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こんな感じで降りていく。
下を見るとかなり怖いので、上を仰ぎながら下りた。 -
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延々と続く長城を眺め、なにもここまで造らなくても!と思ってしまう。
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何故、漢民族が異民族をそれほどまでも恐れていたか?
異民族=偉大な中華文明に触れていない
→没文化(未文化、無教養)
→人としての仁、徳、礼、修等を備えて無い、理解出来ない
→人を家畜の如く殺傷しても何も感じない
→凶暴な老虎と同じ、何をするか分からない
というような先入意識を持っていたためらしい。 -
どんどん進んで行く。
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すると壁にぶち当たった。
しかしここは下から超えられる。 -
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これ以上先には行けない。
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これより上は未修復の場所で、両側に壁がなく、階段だけになっている。
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行こうと思えば行けなくは無いが、看板の上の狭い壁の上をよじ登らなければならない。
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真下の様子。
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見た感じ今にも崩れそうで危ない。
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せっかくここまで登ってきたので、まだ登ってみたい気もあり、迷っていると・・
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上の方から人の声が聞こえる?!
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望遠で見てみると、人の姿が!!
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確かに何人か人がいる!
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下りてくる気配があったので、少し待っていた。
どうやって行ったのだろう?と思っていたが、やはりこのようによじ登って行ったんだ。 -
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真下はこんななのによく怖くないな。
自分はかなり迷ったが、こんなところで怪我したら、家族や仕事に大迷惑をかけるので、おとなしく止めておくことにした。
そもそも、もし誤って転落しても、絶対誰も助けに来てくれないと思う。 -
下山は、歩道があったので、そこを歩いていく。
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あっ、さっきの婆さまだ!
キノピオみたいな帽子を被り、タバコをふかしながら、なんか悠々と景色を満喫しているようだ。
(おい、ここ禁煙だよ!) -
そして逆の方向へ歩いていった。
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自分は行けるところまで行った目的を果たしたので、さっさと下山する。
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入口付近。
何やら学生の集団が来ていた。 -
オフシーズンで、角山長城からの公共交通手段が無い。
白タクが待ち構えていたが、山海関駅まで20元という。
来た時と同じ料金で、ボッタくりではない。 -
そのまま山海関駅か、バス停まで行き、帰ってっもよかったが、まだ少し時間が有るので、100元で交渉し、寄り道をする。
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やってきたのは遼寧省東戴河地区。
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地図で見ると、現在は山海関そのものが河北省と遼寧省の境界ではなく、山海関の少し先が省の境界となっていて、そこが東戴河となっていた。
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遼寧省東戴河。
北戴河があるので、東戴河もあるのか!と思い、どんな場所か来てみたかった。 -
遼寧省東戴河。
北戴河は河北省で、東戴河は遼寧省。
北千住が足立区で、南千住が荒川区みたいな感じか?
ちなみに北戴河の南に南戴河という地区もあった。 -
ほとんど投資目的の建物で、人が住んでおらず、ゴーストタウン化しているという。
東戴河ってどんな場所か?と思ったら、単なる鬼城であった。 -
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そして次にやって来たのは・・
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老龍頭!
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反対側は造船所。
景色が釣り合わない。 -
ここは前回1997年2月に来たことが有り、面白くなかったので、今回中へ入るつもりは無かった。
ここへ来る予定もなかったが、運ちゃんがバス停から近いから、ということでわざわざ寄ってくれた。 -
1997年2月の老龍頭。
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最後に33路バスの終点の公共汽車駅バス停まで送ってもらった。
老龍頭から車で5分ほど。 -
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始発で先頭に座る。
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出発後、すぐ長城が見える。
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長城を超え、
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関内に入る!
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まもなく!
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入関した!
入関後、すぐに「天下第一関」のバス停がある。 -
この後、30分ほどでホテル前に到着した(2元)。
着いたら辺りは暗くなっていた。
疲れて夜食べに行くのが面倒になり、部屋にあったカップ麺(有料5元)を食べて、だらだらTVを見ながら寝た。 -
翌2018年12月2日(日)。
朝8時頃起床。
外の天気は良くない。 -
雨が降っている。
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8:30頃、朝食会場。
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昨日と変わり映えの無い食事をする。
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9:00過ぎ、チェックアウトしてホテルを出る。
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こういう天気だと何もする気が起きない。
昨日でなくて良かった。 -
午前中時間があるので、ホテルの人から聞いた繁華街らしき場所へ行ってみることに。
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雨が降っていて、バスを下りるのが面倒になり、行けるところまで入ってみようという心境に変わった。
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暫くすると、既に引き返せないところまで来てしまっている!
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結局、終点近くの北戴河地区へ来てしまった。
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5分ほど付近の様子を見回すが、何もない。
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ホテルのフロントからも、北戴河は海水浴場で、冬場にいっても店は閉まって、楽しめる場所は無い、時間の無駄!と言われていた。
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時間も迫っており、バスが来たので、戻ることにする。
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冬の渤海。
天気が悪くて、景色が良く見えない。 -
途中、K.F.G(麦楽基)を発見!
この国に於いて、フライドチキン(or ファストフード)=ジジィのシンボルマークという先入観が植え付けられている気がする。
パクリにも程がある。 -
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北戴河から40分程で秦皇島駅に到着。
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お昼は天津駅をイメージしていて、駅で何か楽しくお食事しようと思ってたら、地方駅なので、店がほとんど無い。
唯一、重慶小麺のカウンターを見つけた。 -
重慶小麺18元。
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本場の味とは程遠い~
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自分が乗る高鉄は12:21発。
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特等座は、1等座から12席隔離され、個室化していたのだが、自分が乗車した時、ある一家に占領されていた。
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ガンガン音を鳴らしながらゲームをしている子供に、カップ麺を食べさせている母親。
なんというバカっぷり。 -
こっちのガキにも婆ちゃんが同じことをしている。
ゲームの音量は遠慮なく最大限になっているかのようで、非常にうるさく、騒音状態。
以前、似たような状況で注意したことがあったが、音を鳴らしてはいけない決まりがあるのか!お前の車両か!見たいな事を言われたことがある。
マナーの感覚が日本と違うので、さっさと諦めた。
ここに居合わせた自分が悪い。
なんたってここは中国だから、
いずれにせよ、せっかくの特等座が台無しにされた。 -
外は天気が悪く、景色もよく見えない。
100元以上高く払って特等座にしたい意味が全くない。
1時間弱なので我慢。 -
唐山到着。
-
-
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13:33。
定刻通り、天津到着。 -
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飛行機は15:30発なので、結構ギリで時間に余裕が無い。
駅からタクシーで空港へ。 -
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-
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15:20頃、飛行機は離陸し、今回の旅行は終了した。
-
おまけ1
今回、特にお土産は買っていないが、特等座でこれらを貰った。 -
おまけ2
今回着ていった服装。
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この旅行記へのコメント (1)
-
- メイリンさん 2019/05/11 22:05:18
- 角山長城
- amadeoさん、本当に体力ありますね!良く登れましたねー。
いい旅行記見させてもらえました。
特等座は涙の出る経験でしたね;;
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
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