2018/11/18 - 2018/11/26
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この旅行記のスケジュール
2018/11/18
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電車での移動
富山から北陸新幹線
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電車での移動
東京駅から成田空港
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飛行機での移動
成田空港からカイロ
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飛行機での移動
カイロからルクソール
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船での移動
ナイル川クルーズ
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この旅行記スケジュールを元に
私の心の自信、行ってきたぞ という心の支え、誇りになっている旅は エジプトです。
2018年 アフリカ大陸に初めて降りた地。
その国は エジプト!
子供の頃からの夢で テレビに映し出される度に憧れていました。
去年までは、
エジプト旅行なんてとんでもない!行けないよ!
と勝手に決めつけていました。
きっかけとして、過去のイタリアのツアーで、旅仲間が エジプトへ行ってきた!と言っていたのを思い出し それが耳に残り、今年(2018)、考えが変わりました。
この平和な時期(人によれば 危険!という人もいます。さらに国内でも発砲事件がありましたし。 富山市がよほど危ないらしい)に行かないで いつ行く?
と 考えてみると
今 決心して いざ行かん!
さらに、11月から1月はとても良い気候と見ていたので、今年を諦めると、来年までパスせねばならなくなり、一度パスすると だらだら決心が付かなくなるかも?と 思い切りました。
去年(2017)エジプト遺跡が大英博物館にあるから見れます。
と聞いて行ってみたが 時間が1時間しかなく 感激どころか チラチラとみて終わりました。ガックリしました。
これは、個人で手配せねば無理です。
ツアーでは、もう一日時間を取り 行けば良かったのです。
下記がそのツアーです。
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11291683/
そのリベンジを本物のエジプトでしたくなりました。
それが一番の理由になります。
廻り道しなくても行けば良かったと思いますが 大英博物館を見たから行けるのだと 自分の中では確信しております。
エジプト旅行は 2018.11.18~11.26まで5泊8日間ナイル川クルーズ3泊の旅をここにまとめてみます
11月末のツアーで一人旅です。
11月の気候は暑過ぎず良かった。
でも、汗は出ました 笑
日本は寒かったので、ルクソールに着いてから暑いと感じて、やっと上から一枚づつ脱ぎました。
ベストのスタイルは、昼間はTシャツ一枚に太陽を遮る 薄い紫外線カットの綿の襟付き前ボタンのシャツを羽織り、つばの広い太陽光線を遮る帽子にサングラス、スニーカー。
飛行機の中ではクロッ◯スを履いていました。
飛行機の中は寒いです。中には エジプトは暑いからと、既にタンクトップ一枚で乗り込み 寒くてガタガタ震えている女性を見ました。
そうならないように気をつけて下さいね
「第1」として「エジプト縦断旅 初アフリカ大陸に降りた」からスタートです。
ルクソールは むかしの テーベの都です。
念願叶いました。神さまに感謝せねば つぎ、良い旅に巡り会えませんね~
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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北陸新幹線「かがやき」です
これに乗り東京駅を目指します富山駅 駅
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北陸新幹線に乗ります
北陸新幹線に乗るのが初めてで緊張しました。なので 東京駅で降りるつもりが 上野駅で降りちゃた・・・笑富山駅 駅
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上野で北陸新幹線を降り、東京駅だと思い おかしいな?なにか違うぞ???と、 キョロキョロしたら・・・「上野動物園はこちら!」と標識を見つけたので 急いで山手線に飛び乗り 上野から無事東京駅へ!
成田エキスプレスです。東京駅 駅
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成田エキスプレス
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成田に着きました
成田に着くと、まず、先に送ったスーツケースとWi-Fiを取りに行きます。
それから、ツアーの窓口で順番を待ちます
辺りを見渡すと カイロ行きに乗る人だらけ!しかも日本人だらけでした。成田国際空港 空港
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乗り場に着きました。行き先は カイロ です!
こちらから 乗ります -
カイロ行きの航空機の座席です
枕と毛布があります。 -
航空機の中は 3列シートが 3-3-3で並んでます
この飛行機のお客様は ほぼ日本人!
貸切ですね^^
なにしろ 今年から直行便が運用され日曜発のみの航空機です -
アニメティ
イヤホン、アイマスク、耳栓 歯ブラシ 歯磨き 等 黒の袋に入って CAさんが配布されましたが、残念ながら使うこと無。残念 -
成田から大陸を目指します。空路は 鳥取上空から 大陸へと向かいました。
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ランチタイムです
牛肉の卵とじ丼(親子丼とかつ丼を牛にしたような感じ(-_-;) でも 美味しかった) -
食後に サンドイッチと茹で卵。 とてもたべれません^^
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行きは14時間のフライト。長くて長くて 大変でした。日本語バージョンの映画は無いし。見る物聞くもの無し。この航空機はほとんどが日本人しか乗っていないのに 誰一人 TV画面をつけている人いませんでした。
私も 一応は ありとあらゆるところを弄って楽しもうとしましたが なにも見るもの聞くものが無い!無いのです。せめてクラシック!も 訳の分からない曲名ばかりでサッパリでした。 -
いよいよ砂漠地帯になってきました
ワクワクします
自分がこの砂漠地帯の上空にいる。という事がとても不思議な気分でした。 -
2回目の機内食です
味の無いスクランブルエッグにウィンナー。味気なかった -
カイロの両替所
添乗員さんから両替する人は日本円1万をエジプトポンドにして下さい!との命令文で言われました。 7,000円にして下さいとは、言えませんでした。
なので、後日エジプトポンドが余るんです。
その時に添乗員さんに残りをどうしましょうか?
お土産屋で使いますね。
と聞いたら、たかが2,500円ではないですか。。。との返事でガッカリしました。
ほかのツアーの方々の話を聞いていたら どうも、違うらしい。
現地の人は ドルを貰いたがって なかなかポンドを使用出来なくて。結局無理に使いました。
ドルだと、英語で買い物の会話しても楽でした。
エジプトポンドの話になると、分からない英語が飛び出して、さっぱり分からなくなりました。
現地ではカメラを撮るのにエジプトポンドで「カメラ券」が必用なのです。王家の谷300、アブジンベル300、カイロ考古学博物館50にミイラ館180に必要です。
飲み物とか買うものほとんどは、ドルです。
添乗員さんは、こんなお土産屋へ寄るから使えるとか、飲食物に使おうとは最後まで決して言いませんでした。
私はお土産の一部に使用しました。
残りは 現地のガイドさんに 世話代として
帰りの別れ際にありがとうと書いて封筒に入れて渡しました。カイロ国際空港 (CAI) 空港
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乗り換えです
ルクソールへ向かいます -
カイロからルクソールへ国内便です
スターアライアンス 国際線ラウンジ ALMEISAN (カイロ国際空港) 空港ラウンジ
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カイロからルクソールへ移動中
夢にまで見た ルクソールを目指します。 -
朝日が見えます
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エジプトの朝日です
嬉しい!綺麗 -
町が見えます
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砂漠ですね~
おー!砂漠!ルクソール国際空港 (LXR) 空港
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ルクソールです
いよいよ到着します。ルクソール国際空港 (LXR) 空港
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ルクソール空港 スーツケースが出てくるのを待ちます
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ルクソール空港の前
とうとう 大地に降りました。 -
カルナック宮殿の入り口
ルクソールにあるカルナック神殿
エジプト最大の神殿であり、世界的にも最大級の神殿です。
巨大な柱が並ぶ大列柱室でも有名。カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿が見えました
カルナック神殿の入口である第一塔門。
一見すると壊れているようにも見えますが、実は未完成。
高さ43mというエジプトで最大の塔門です。
末期王朝時代に造られたものカルナック神殿 城・宮殿
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カルナック神殿
カルナック神殿 城・宮殿
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日が当たる部分と日陰の差が激しい
この塔門が未完成なことは、装飾が施されていないこと、
壁面に凹凸がること、何より建設のために使用された泥レンガ製の傾斜路の遺構が残されていることからわかる。
傾斜路跡は現在は塔門内側にのみ残されているカルナック神殿 城・宮殿
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ラムセス2世が作ったスフィンクス参道
カルナック神殿 城・宮殿
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スフィンクスが並んで出迎えてくれます
カルナック神殿 城・宮殿
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ここのスフィンクスは私たちが見慣れたスフィンクスとは少し違う
顔が牡羊?に見える -
アメン神は羊の頭で描かれることもあるそうで、アメン神の聖獣ということでしょうか?
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スフィンクスの前足の間には小さなファラオが彫られています。
ラメセス2世と書いてありました。 -
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ガイドさんの話では この壁に見えるように 盛り土をしてピラミッドなど大きな建造物を建てていく
それがここに残っているとの事 -
拡大しました
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現地の説明ですが サッパリ読めません 笑
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この神殿の東側に入口を抜けると、左側(東側)に向かうとラムセス2世がヒッタイトと平和条約についての碑文が刻まれた壁や、旧約聖書に登場するシェショク1世(シシャク)が敵を打ち据えているレリーフがある
第一塔門を抜けると、第一中庭と呼ばれる広い空間に出ます。
ここにも柱が残っていますが、ほとんどが壊れてしまっています。
もともとは、この巨大な空間にも礼拝堂があったのだそうです。
人が歩いている所が第二塔門。
ちょっと写真では小さくて分かりにくいですが第二塔門の入口には左右にファラオの巨像があります。 -
左右にファラオの巨像の左側
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左右にファラオの巨像の右側
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大きくて、巨大すぎです
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左右にファラオの巨像の左側
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アメンヘテプ3世が作り始めセティ1世が完成させた。
この部分と酷似するルクソール神殿の列柱廊の建築者であるアメンヘテプ3世が中央の開花式パピルス柱を作ったとされているが、その理由として挙げられるのは、この柱の基礎部分が日干し煉瓦を使用されているのに対して、残りの柱の基礎がアテン神殿を解体した再利用ブロックを使用しているということである。
そのため、列柱室の建設がアテン神殿を解体したホルエムヘブ王時代から始まった可能性もある。
柱の装飾はラムセス2世の時代に完成しそれ以降の王も自らの名前を刻み続けていたことがわかる。
中央に12本ある開花式パピルス柱の高さは約21mあり、外側の左右各61本づつ計122本の閉花式パピルス柱は約15mある。
本来は屋根があり、小さな明り取りしかない暗い部屋だった。
いくつかの石像が置かれているが、本来は歴代ファラオの膨大な数の石像が置かれていたと考えられている。 -
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この説明をガイドさんがしていましたが忘れました。
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柱のところどころに刻まれた鳥は、臣民を示し祭りの際に庶民が立ち入ることができる場所を示していたとされる。
列柱室の左側の壁(北側)はセティ1世、右側の壁(南側)はラムセス2世時代のものである。
列柱室の柱や壁を含め、神殿のいたるところで縦に削られたような溝があるが、これは民衆が霊的な効果を信じて長期間に亘り爪で削り取った跡である。
列柱室内と同じく第3塔門の外側(列柱室側)の装飾もセティ1世とラムセス2世によるものが残されているが、建築はアメンヘテプ3世が、装飾の比較的広い部分をアメンヘテプ4世時代のアクエンアテンが行っている。
アクエンアテンの装飾は後に破壊されて再利用ブロックになっていたが、現在野外博物館に展示されている -
第二塔門を抜けるとカルナック神殿のハイライト、大列柱室です。
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巨大!すごい
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アメンヘテプ3世が中央の開花式パピルス柱を作ったとされている
柱の基礎部分が日干し煉瓦を使用されているのに対して、残りの柱の基礎がアテン神殿を解体した再利用ブロックを使用しているということである。
そのため、列柱室の建設がアテン神殿を解体したホルエムヘブ王時代から始まった可能性もある。
柱の装飾はラムセス2世の時代に完成しそれ以降の王も自らの名前を刻み続けていたことがわかる。
中央に12本ある開花式パピルス柱の高さは約21mあり、外側の左右各61本づつ計122本の閉花式パピルス柱は約15mある。
本来は屋根があり、小さな明り取りしかない暗い部屋だった。
いくつかの石像が置かれているが、本来は歴代ファラオの膨大な数の石像が置かれていたと考えられている。 -
すごいです
見上げ過ぎて首が痛くなりそうです
柵が見えます
この柵が 後の我々の柵になった原型 -
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これは天井ですよね
大列柱室の柱の高さは23m。巨大な柱が、なんと130本も林立しており、ともかく圧倒されます。
右上の写真の人間の大きさから柱の巨大さが分かるでしょうか。
天井が残っていないにも関わらず、巨大な柱が影を作り、薄暗い空間になっています。上を見上げると青空が眩しいのです
この大列柱室はラメセス1世が建設を始め、セティ1世が引き継ぎ、ラメセス2世が完成させたものです。巨大なだけでなく、柱には美しいレリーフが残っていますし、天井部分にも色が残っています。
あんなに大きな石を どうなんふうに あんなに高い柱の上に載せたのでしょうか -
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ハトかな?発見
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イチオシ
オベリスク
第4塔門を過ぎると、エジプトに現存するオベリスクの中で一番高いハトシェプスト女王のオベリスク(高さ28.5メートル、重さ325トン)が聳える。
台座に刻まれた彼女自身の碑文によれば治世15年冬季2月1日から治世16年夏季4月30日の7ヶ月間にアスワンの花崗岩採石場から切り出し、ナイル川を下り据え付けまで完成させたとしている。
このオベリスクは、現在野外博物館に復元されている『赤い祠堂』に描かれている。
ハトシェプスト女王は、カルナック神殿域に合計4本のオベリスクを建てたが、トトメス3世の祝祭殿東側に存在していたものは、記述されていることが事実ならば現存する最大のオベリスクの約2倍の約62mとなっている。
ハトシェプスト女王葬祭殿のレリーフに登場するオベリスクは、2組のうち最初に建てられたこの巨大オベリスクだと思われる。
上部と下部の色が違うが、通常の説明ではその存在を隠すためトトメス3世がオベリスクの周辺に壁を築いたためとされるが、この意見に対する異論もある。
自らの正当性を誇示する碑文が刻まれているとされるこのオベリスクに、敵対者とされるトトメス3世の名前が刻まれているのは興味深い。
通常2本対で建てられるオベリスクのもう1本は、途中から折れ上方部分は聖池近くに展示されている -
巨大な大列柱室を抜け、第三塔門・第四塔門を通ると2本のオベリスクが見えて来ます。
ハトシェプスト女王のオベリスク(左)とトトメス1世のオベリスク(右)、
ハトシェプスト女王のオベリスクは30m、トトメス1世のオベリスクは22m。 -
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触ってみました
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壁に色んな文字が書かれています。
ありとあらゆる所な壁画、文字が書かれています -
部屋の壁ですが、
中心軸に沿って建てられているのは、アレキサンダー大王の後継者フィリッポス・アリダイオスの聖舟祠堂である。
中は聖舟を安置する台座がありました。
この花崗岩製の建物は、その石材としてそれ以前の建物を解体したものと思われ、少なくてもトトメス2世の名前が記されたブロックは、この王のオベリスクだと思われている。
当然ながら、本来この重要な場所にそれ以前にも建築物は存在し、おそらくトトメス3世またはハトシェプスト女王の聖舟祠堂があったと思われている -
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ハトシェプストは、紀元前1473年から1458年の間在位していた女王。
義理の息子にあたるトトメス3世を押しのけて王になってしまったり、補佐役である建築家のセネンムトと愛人関係にあったり……と、いろいろ悪いウワサの耐えない女性だが、戦争よりも交易を重視する平和的な人物だったという、好意的な見方もある。
彼女がカルナック神殿に建てたオベリスクは、高さ30.43メートルと、現在のエジプトでは最大のもの。
元々2本対になって建っていたのだが、1本は折れてしまい、現在そばの池のほとりに横たえられている。
頂点のピラミッド型の部分には、元々琥珀金という金と銀の合金が張られていて、朝日を浴びてキラキラ輝くさまが見られたという。 -
クルーズ船の乗り場
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クルーズ船が何隻も停まっています。自分の船に乗るには 手前から 船をつぎつぎに横切って行くのです。
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クルーズ船トゥヤ号の部屋
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TVは 船が停まっている時だけ見れます
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バスルーム
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ドライヤー・・・使えませんでした。弱いし 根元がフニャフニャで固定出来ず落ちます
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オレンジジュース。
出てくるのに 30分待ちました。手で絞ると言っていました。 -
階段ロビーです
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屋上に昇る階段
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屋上です
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屋上から見る景色
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プール
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ハイビスカス
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夕食の後、ショーがありました。
見てみようと興味津々でワクワクして観ました。
ふくよかな方がベリーダンスを踊ってくれました。盛り上がりませ~~ん -
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夜のルクソール
カルナック神殿から南へ2.5Km、ルクソール神殿がある。アモン神の妻ムート神をまつった神殿である。
ルクソール神殿正面の入口両脇には巨大な大理石坐像と左側に高さ25mの巨大なオベリスクがある。
右側のオベリスクはムハンマド・アリ(1769~1849)が1833年にフランス国王ルイ・フィリップに贈ってしまい、今は片方しか見ることができない。
現在はパリのコンコルド広場に立っている。
ヨーロッパ各地にはエジプトから持ち出されたオベリスクがたっている。
1805年、トルコのスルタンによりエジプト総督に任命されたムハンマド・アリは、マムルーク族を虐殺、排除し、エジプトの近代化を推し進めようとしていた。フランス人、イギリス人、ドイツ人や自称技術者たちがアリに群がっていた。
アリはエジプトの近代化と産業振興のため、ヨーロッパからの機械や技術を導入する必要があった。
しかし、その代償としてヨーロッパ人に遺跡の発掘権と持ち出しを認めざるを得なかった。後進国エジプトの悲しい現実があった。
その後、オスマン・トルコからの支配から脱しようとしたが、1854年のスエズ運河の建設にからんで、イギリスに支配権をにぎられてしまい、以降、植民地状態が続くことになる。(「古代エジプト探検史」創元社より)
エジプトが独立を果たすのは、1954年ナセルの共和国宣言によってである。
1本しかないオベリスクがエジプト遺跡の現実を物語っているようだ。
もう1本は、オポレオンがムハンマド・アリに当時としては珍しい大時計をプレゼントしたが、イスラム教徒として義理堅いアリはそのお礼としてナポレオンに差し上げたもの。
アリはほとんど冗談で、持っていっていいよといったのに、ナポレオンは軍隊を動員して本当に持ち出してしまったのだという。
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夜のオベリスク
情緒ありますね -
ラムセスⅡ世の中庭(左の写真)には、円柱と石像が交互に密集して立っている異様な空間があった。
いかにも富と権力が有り余っているといった感じ。古代エジプトはやはり不思議に満ちている -
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顔面が破損しているラムセス像。
160年前も同様に破損している。
ラムセスⅡ世は、自分の立派な巨像を沢山作って・・・
自己満足ですか?ナルシストですか? -
照明に浮かぶルクソール神殿。
日本にはこのような塔門というようなものは存在しないよね
宗教施設にこのような門を構想させるものは、権力と権威の誇示だろうか
宗教はやはり、為政者の治世の手段として使われていたでは? -
巨大
円柱と石像が交互に密集するラムセスの中庭。
エジプトの神殿は とにかく異様と驚く世界
富と権力が無尽蔵に注ぎ込まれた世界 -
巨大でため息しかでませんでした
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2018 エジプト横断旅行記
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