2018/05/26 - 2018/06/15
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ダイスケitさん
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第18回目は、フィレンツェ発のVELTRAの日帰りバスツアーを利用して訪れたコルトナ・【世】アッシジ・ペルージャの観光の模様となる。
今年の春~夏の旅行シーズンは、ひとりでミラノからローマの間に点在するイタリアの世界遺産18個所巡りをすることになった。その動機と旅行の決定までの経緯は、このシリーズ1回目の下記旅日記をご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11378140?lid=notice_vote_travelog
出発前に組んだ計画は下記のようなものであり、結果的には行程や宿泊場所の変更はなく、ほぼ計画通りの旅を終えることが出来た。ただ、計画には敢えて書いていないが移動後のホテルには比較的夕方早くに到着しているので、一年で一番日が長い時期でもあり、暗くなるまでの数時間を活用してそれぞれの街の見物を行うことが出来ている。
・1日目:夜成田発、機内泊
・2日目:朝ミラノ着、【世】モデナ見物、モデナ泊
・3日目:【世】マントヴァ見物、ヴェローナ泊
・4日目:【世】ヴェローナ見物、【世】ブレシア見物、ヴェローナ泊
・5日目:【世】ヴィチェンツァ見物、パドヴァ泊
・6日目:【世】パドヴァ見物、フェラーラ泊
・7日目:【世】フェラーラ見物、ラヴェンナ泊
・8日目:【世】ラヴェンナ見物、ラヴェンナ泊
・9日目:ラヴェンナ‐リミニ移動、リミニ泊
・10日目:【世】サンマリノ見物、リミニ泊
・11日目:【世】ウルビーノ見物、リミニ泊
・12日目:ボローニャ見物、フィレンツェ泊
・13日目:【世】ピサ見物、【世】フィレンツェ見物、フィレンツェ泊
・14日目:日帰りバスツアーでコルトナ、【世】アッシジ見物、ペルージャ見物、フィレンツェ泊 ← 今回はココ
・15日目:日帰りバスツアーで【世】ピエンツァと【世】オルチャ渓谷見物、フィレンツェ泊
・16日目:日帰りバスツアーで【世】チンクエテッレ見物、フィレンツェ泊
・17日目:日帰りバスツアーで【世】サンジミニャーノと【世】シエナ見物、フィレンツェ泊
・18日目:【世】フィレンツェ見物、ミラノ泊
・19日目:コモ湖見物、ミラノ泊
・20日目:パヴィア修道院見物、夕方ミラノ発、機内泊
・21日目:夕方成田着
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
14日目。フィレンツェ発のVELTRAの日帰りバスツアーで、コルトナ・【世】アッシジ・ペルージャを訪れた。
これまでのイタリア北部は、鉄道で世界遺産の街を巡ることが出来たが、フィレンツェから南のトスカーナ地方は鉄道の便があまり良くないため、バスツアーを利用することになった。 -
バスツアーの集合場所は、滞在しているアパートから徒歩5分ほどのところにあることは申し込む時から確認していた。というよりも、4回も参加するので集合・解散場所に近いアパートを選んでいたのが正解だ。
朝7時20分頃に行ってみると、my TOUR の大きな看板が架かっていて集合場所はすぐに判った。前日に確認のためこの辺りをウロついた時には見つからなったのにと考えてみると、看板が外されていたからだ。朝だけ、看板が掲げられるようだった。 -
中に入ってみると、カフェのオープンテラスだった。すぐにチェックインの手続きをする。写真右端奥に見えるデスクがチェックインカウンターだった。
早朝(7~9時頃)にはカフェに客はなく、一方バスツアーの受付は早朝のみなので、このスペースを交代制で上手く利用しているようだ(笑)。
8時前に参加客が揃い、バスに案内される。ツアーは多言語ガイドとなっているが日本語アシスタント付きを申し込んでいたので、日本人女性が付き添ってくれた。公認ガイドではなく、通訳という役割のようだ。 -
コルトナ。
2時間半のドライブの後に、最初に到着したのはコルトナ(上記地図のコルトーネ)だった。
城壁の外で案内板を確認して、旧市街へ。ツアー参加者は、15名ほどだった。アシスタントによると、このツアーはいつも参加者が少ないとのこと。後程、理由が判ってくる。 -
イタリアの中部の古い町はほとんど丘の上にあるので、坂を昇って中心地に向かう。
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大通りからの横道は、大体このような佇まいだ。
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石の壁の家と石畳の道には、人影がない。
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最も高い中心地まで来て見下ろす、トスカーナ地方の田園風景。大きな墓地のような施設も見える。
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中心広場に面して、ドゥーモがあった。ここで解散となり、約1時間のフリータイムとなった。アシスタントのアドバイスを聞いて、ドウオーモと美術館に絞って見物することに。
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ドゥオーモの中に入ってみるが、この時間帯では人は誰もいない。
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主祭壇。
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高台となっている広場からの、トスカーナの田園風景。
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すぐ近くの美術館へ。
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美術館の案内板。アシスタントから、ルネサンス期初期の有名なフラ・アンジェリコの「受胎告知」が収蔵されていると聞いていたが、案内板にもその絵が出ていた。
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キリストの誕生の絵画。
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フラ・アンジェリカの「受胎告知」。
昨年、フィレンツェを観光した時に、サン・マルコ美術館にあることを知りながら平日は午前中しか開館していなくて行けなかったという経緯があったので、思わぬところで鑑賞出来たことはラッキーだった。帰国後調べてみると、ここにある絵の方が年代としては早いようで、他にも何枚かの本物があるようだ。 -
絵の横にあった説明版。
名前は、フラ・アンジェリコとして知られるフラ・ジョヴァンニ・ダ・フィエーゾレ(フィエーゾレの修道士ジョヴァンニ)と出ている。 -
天使がマリアに向かって、何やら喋って(囁いて)いる。
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礼拝堂内部のフレスコ画は、部屋ごと展示されていた。
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奥には、ピエタ像。
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「最後の晩餐」。
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美術館を出て、街中を散策。
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窓から顔を出しているおばあさんが面白い。
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トラットリア(レストラン)の入口。
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街中で見掛けた道案内と看板。
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素焼きに近い陶器の店。壁掛けが3~10ユーロと安いので買って帰りたかったが、荷物が増えることが嫌で諦める。
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約1時間のフリータイムを終えてコルトナを出発する前に、もう一度トスカーナの風景を撮影。
次に向かったのは、【世】アッシジ。 -
アッシジ。
到着は、13時頃。駐車場から、ヌオーヴァ門を潜って市街地に入る。
アッシジは、フランシスコ会の創設者である聖フランチェスコ(サン・フランチェスコ)の出身地として知られており、キリスト教の巡礼地としての性格を持つ都市でもある。フランチェスコの名を冠した聖堂やフランシスコ会関連施設は「アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群」として2000年に世界遺産に登録された。 -
この門の先、市街地の反対側にサン・フランチェスコ聖堂が位置しているので、イタリア人ガイドと共に全員揃って進んでいった。
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途中、サンタ・キアラ聖堂に立ち寄る。ここもアッシジでは重要な教会で、サン・フランチェスコの忠実な弟子であったキアラに捧げられたゴシック様式のもの。
建物を支える補強材か単なる建築様式かは不明だが、このアーチ状の構造物が面白い。 -
正面側に回り、ガイドが聖堂の説明を行ったが、12~14時は昼休みで入場出来ない。フリータイムに興味ある方は行ってくださいとのことだった(後で、これがとんでもない事だと判明)。
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サンタ・キアラ聖堂前広場から見る、丘の上の大城砦。
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一方、城壁の上からはコルトナ同様、トスカーナ地方(正確には、ウンブリア州)の風景が広がっていた。
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市街地に見える鐘楼。
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ガイドと共に全員揃ってサン・フランチェスコ聖堂を目指して石畳の道(サン・フランチェスコ通り)を進む。ただ、この道は交通量が多くて車がひっきりなしに通過し、その度に道端に寄って待機しなければならない。門を潜ってからサン・フランチェスコ聖堂までの石畳の道が、風情があって素晴らしかったという話を聞いていたが、これでは興醒めだ。
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コムーネ広場にやって来た。
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ローマ時代のミネルヴァ神殿跡。
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ローマ時代のものを集めた博物館もあった。
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サン・フランチェスコ通りに交わる横道には、石造りの壁と石畳の古い通りと新しい店が同居していた。
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巡礼の尼僧が歩いている。
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この光景は、街並みにピッタリだ。
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至る所に坂と階段がある。
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石壁には、鉄のバーが打ち込まれており、壁の補強材とか。
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花で飾られた石造りの壁。
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横道の階段が続いている。
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更に進んで行くと、通りの正面にサン・フランチェスコ聖堂が見えてきた。
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青空を背に、サン・フランチェスコ聖堂がくっきりと浮かび上がっている。
この辺りでツアー一行は解散となり、15時15分までの1時間45分ほどのフリータイムとなった。 -
ファサード正面に向かう道。ただ、この正面の扉は出口になっており・・・。
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中に入るには、この一段下の道を進んで行くことになる。
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入口に近付くと、斜め下から見上げることになる。
聖堂は斜面の上に建っているため、建物は上下二段に分かれており、上堂部分はゴシック様式、下堂の部分はロマネスク様式と異なっている。聖堂にはチマブーエ、ジョット、マルティーニなどの画家の手になるフレスコが多数描かれ、上堂内部はルネサンス初期の画家ジョットによる聖人フランチェスコの生涯、28の場面を描いたフレスコ画が、また下堂には『玉座の聖母と4人の天使と聖フランチェスコ』がそれぞれ一番の見所となっている。 -
いよいよ入場だ。ただ、聖堂内はすべて残念ながら撮影禁止となっている。
ここからは、日本語アシスタントさんが一緒に付き合ってくれた。 -
下堂から上堂に行く時は、中庭と回廊の見える屋外のテラスに一旦出ることになり、ここは撮影OKだった。
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毎日の日課が掲げられていた。
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撮影禁止のため自分で撮った写真はないが、入場時に貰っていたパンフレットを引用してみよう。なお、特別の拝観料は必要なく喜捨の形を取っており、2ユーロ奉納してきた。
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上部聖堂の様子(「聖フランシスコ大聖堂の手引き」より)。
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上部聖堂にある、ジョット描く最も有名なフレスコ画「小鳥への説教」(「聖フランシスコ大聖堂の手引き」より)。
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同じく上部聖堂内のジョットのフレスコ画3点。左から、「サン・ダミアーノ教会の十字架」、「教皇イノセント3世の夢」、「アレッツォの町で悪魔を追い出す」(「聖フランシスコ大聖堂の手引き」より)。
ジョットのフレスコ画は、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂で見てきた後だけに、ひときわ感慨深いものがあった。こちらの方が、早い時期の作品のようだ。 -
聖堂内に20分間ほどいた後、外に出る。聖堂前に拡がる大きな芝生の庭の先に見える市街地。
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横を見ると、田園風景が広がっている。
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最初は気付かなかったが、若い頃にペルージャとの戦いに騎士として出征したものの戦わずして帰還したサン・フランチェスコの像があった。
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この青い芝生の庭の周囲を一周しながら、爽やかな青空に浮かぶ聖堂を撮る。
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芝生に書かれているPAXの文字は何を意味しているのだろうか。
ここで大事な事を思い出す。ユネスコと世界遺産のロゴマークのあるパネルを見つけていなかったと。 -
聖堂の入口付近にあるはずと、もう一度戻ってみる。
白シャツの男性の左後方に見えている壁面の黒い板が、どうもそのようだ。 -
あった!
黒い金属板に、金色のユネスコと世界遺産のロゴマークが付いている。 -
聖堂入り口前では、案内役の聖職の説明に聞きいるグループがいた。
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さて残りのフリータイムをどう過ごすか。あと1時間足らずだ。
サンタ・キアラ聖堂は、もう昼休みが終って入場可能となっているので、行ってみることに。その途中で、サン・ピエトロ教会に立ち寄ってみた。 -
中は人も少なく、ひっそりとしていた。
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キリストの誕生を祝う模型のプレセピオが、教会内に設置されていた。
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時間は残り少ない。急いでサンタ・キアラ聖堂を目指すが、サン・フランチェスコ聖堂とは街の端の反対側にあり坂道なので、速足で歩くも結構辛い。
おまけに、集合場所はサン・フランチェスコ聖堂前なので、もう一度同じ道を戻るための15分ほどの時間を確保しておく必要がある。そういう事を考えながら歩いていると、ツアーのアレンジの仕方に段々と腹が立ってきた。最初に到着してすぐにサンタ・キアラ聖堂前に行った時は、昼休みで入場出来ず。興味あればフリータイムに行ってくださいと言われたが、街の端から端まで往復しなければならないことには触れず。バスの駐車場は街の両端にあり、到着と出発が別なのだ。 -
サンタ・キアラ聖堂に到着。
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入場したが、撮影禁止ということと、戻るための時間が気になって落ち着いて見物出来ず、若干不満足なものとなった。
集合時刻まで、あと15分という時点で退出。出る時に、同じツアーの人が入って行った。あの人は集合時刻に間に合うのかなと思いながら、急いで再び街の端まで戻ることになった。 -
それでも、戻る途中で趣きのある土産物屋の写真は撮っていた(笑)。
もちろん、集合時刻には十分間に合ったが、先程擦れ違ったメンバーは案の定若干遅れて到着。ちょっとフリータイムの過ごし方を誤ったアッシジだった。サンタ・キアラ聖堂往復と入場は余分で、サン・フランチェスコ聖堂に近い大城砦に行った方が良かったかなとも思ったが、基本的には十分に時間がないことが問題で、ツアーだからやむなしとも言えるだろう。 -
次に目指すは、ペルージャ。
途中でバスの車窓から見た、糸杉の並木道。 -
ペルージャ。
16時20分頃到着。ここも町が丘の上にあるために、駐車場からエスカレーターで上がって行った。 -
古いローマ時代の遺構の中を進んで行く。
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城壁から見下ろす町の周囲の風景。
ここはすぐにフリータイムになり、集合時刻まで約1時間。 -
中心広場への途中で見掛けたレストランの看板。
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石畳と石の壁の家並みの路地は、イタリアの古い街ではお馴染みの光景だ。
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市の中心の、11月4日広場。
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広場の中心には、大噴水。
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広場の向こうには、ドゥオーモ。これまでのゴシック様式やロマネスク様式の教会とは少し異なる真四角の建物だ。
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広場の反対側には、プリオーリ宮。
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この日は、何かのイベントがあるらしく準備が進められていた。
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大噴水の全体像。
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大噴水と広場。
ドゥオーモに入場したが、ここも撮影禁止。何度も同じ台詞になってしまうが、旅行中に沢山のドゥオーモ・教会を訪れているので、写真が残っていないと教会内の様子が思い出せない(笑)。 -
鼓笛隊が整列を始めた。
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プリオーリ宮内の商人組合の間の入口への階段には、多くの人が座っていた。お祭りが始まるのを待っているのだろうか。
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商人組合の間に入ってみる。
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今も会議室か何かで使われているようだ。
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その入口の上には、青銅のライオンと翼のある馬のような怪獣の像が睨みを効かせていた。
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同じプリオーリ宮の別の入口から、美術館に入ることが出来る。
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その前の通りには、中世の装束に身を固めた人達が、広場方向に歩を進めていた。
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続々と人が集まって来る。
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男も女も広場へ。
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広場へ行ってみると、騎士がチャンバラ(剣劇)をやっていた。
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見物客も多い。
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そのうちに、旗を掲げた人達のパレードが始まった。
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剣士達もパレード。
結局、ペルージャではフリータイムの後半は、この時代祭りのようなイベントの見物で時間を過ごしたことになった。
集合時刻は、17時20分。ここからフィレンツェに帰着したのは、20時半の大遠征だった。約12時間のツアーで3個所を巡ったが、ちょっと欲張り過ぎの感が強かった。特に最後のペルージャは余分で、その時間をアッシジに割いてもらいたかった。人気がないのは、遠いということに加えて、有名どころがすべて撮影禁止というのも影響しているかもしれない(イタリアでは撮影禁止の方が少ない)。 -
解散場所からアパートに戻る途中で、前々日にも行った日本料理店で夕食。この日は、ビールと枝豆と天丼。
出て来た天丼は、ご飯の上に天ぷらが乗っかっているだけだった。韓国人らしきマネージャーを呼んでその旨伝えると、「一寸失礼」とハシで天ぷらをつまんでご飯を確かめてからキッチンに行って、「申し訳ありませんでした」と天つゆを器に入れて持ってきた(笑)。とんでもないミスはあったものの、味はまずまずで満腹となった。
この日は、本命の【世】アッシジに加えて、コルトナとペルージャも旅程に入っていたため、盛り沢山ではあるが消化不良気味の一日だった。
翌日は、同じくVELTRAのバスツアーで、【世】ピエンツァ、【世】オルチャ渓谷、ワイナリー巡りに行くことになっている。
(続く)
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