2018/09/20 - 2018/09/21
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しんちゃんさん
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「牛に引かれて善光寺参り」発祥の地はここだ!
善光寺は行った事があるでしょうか?
行った事が無い人は“行ったつもり”で見ましょう!
駐車場の標高、約550m
布引観音本殿、約650m
標高差100mを一気に駆け抜ける!
「雨のため急いでいた」だけです!!
表題の写真のとおり、大雨です。
「懸崖(けんがい)造り」と言い、崖にへばりつく様に建設されています。
京都の清水寺も懸崖造りです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
-
小諸市内から道に迷い到着した「布引山釈尊寺」駐車場
あいにくの“雨”ですが、二度と来れないかも!
行くしかない。
説明版からです。
【「牛に引かれて善光寺参り」の伝説で知られる布引山釈尊寺は、神亀元年(724)の創建と伝えられています。
天文17年(1548)、武田信玄が楽巌寺入道、布下仁兵衛を攻めたときに兵火にかかって消失したのを、弘治2年(1556)望月城主であった滋野左衛門佐が再建しました。その後も享保8年(1723)に再び野火のために炎上しています。
現在ある伽藍の多くは、小諸城主牧野周防守康明によって再建されたものです。観音堂内にある「宮殿(くうでん)」は国の重要文化財に、また「白山社社殿」は県宝に指定されています。中部北陸自然歩道 環境省 長野県】布引観音 名所・史跡
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見上げると「布引山」
白い色は、おばあさんの布を牛が持って行った“布”です。
そのうち説明します。 -
登山開始!
傘は写真を撮るのに邪魔だ!
小雨の内に往復しよう…
甘かった!
欄干に立てかけてあるのは“杖(つえ)”です。 -
登山道開始(参道)
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初めは階段があります。
が、段々石ころの階段です。 -
途中の石仏、お地蔵さん
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途中の石仏、お地蔵さん
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滝も出現
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こんな感じ
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行ったつもりで、自分で読んでね
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石塔も・・・
さて布引観音の由来は・・・
説明版からです。
【むかし、信心のうすい老婆が住んでおりました。この老婆が千曲川で布を晒しておりますと、どこからともなく一頭の牛が現れ、その布を角にかけて走り出しました。
老婆は、驚いて、野を越え、山越え、牛の後を追いかけましたが、ふと気がついてみますと善光寺の境内まで来ておりました。老婆は、やっとのことで牛に追いついたかと思ったのもつかの間、牛は金堂のあたりで、突然姿を消してしまったのではありませんか。・・・・・ -
「途中の野仏」
・・・・・驚きと悲しみに疲れ果てた老婆は、あっけにとられてその場にたたずんでしまいました。
日も暮れる頃、どこからともなく一条の光明がさし、その霊光の尊さに思わずひざまずいて、菩堤心(ぼだいしん)を起こし一夜を金堂にこもって罪悪を詫び、家に帰ってまいりました。
ある日の事、ふと布引山を仰ぎ見ますと、岩角にあの布が吹き付けられているではありませんか。
老婆は何とかして取り戻したいと思いましたが断崖絶壁の事で取るすべもありません。
一心不乱に念じているうち、布と共に石と化してしまったと云うことです。
この布引山の断崖には今も白く布の形をした岩肌が眺められます。
布引観世音菩薩が、牛に化して信心うすい老婆を、善光寺阿弥陀如来の許に導いて教化をしたのだそうです。
この話は、信濃四大伝説の一つとして、今に語り伝えられております。小諸市】
岩山の白いのはこの布です。 -
「牛岩」
説明文では
【牛に引かれて善光寺参りの伝説発祥の地にふさわしく、岩に牛の姿が現れており、この布引渓谷の中でも迫力ある奇岩である】
「ん~ん・これかな~と」思って撮りました! -
途中の石仏
「こんどはどんな石仏かな?」と思って登山中 -
馬頭観世音かな~?
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“山門”到着ですが・・・
門をくぐっても、突き当たりは“崖”です。
写真撮るの忘れた!
このまま、左に歩いて行きます。 -
とりあえず、右側の「阿(あ)」さんにご挨拶
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次に、左側「吽(うん)」さんにもご挨拶
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本堂入り口 鳥居に到着
ここまでくればしめたもの
歩き始めて、13分
えっちら、おっちら、右足上げて次左!と来ました。 -
本堂到着
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釈尊寺伽藍らしい
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釈尊寺伽藍と隣り合わせ「本堂」
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本堂内部の盗撮です!!
ガラスが邪魔で後ろ側が反射しています。
幻想的。 -
釈尊寺伽藍と本堂
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本堂前から遠く(近く)布引観音堂が見える。
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イチオシ
天気が良ければな~絵になるんですが
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本堂近くのお釈迦様
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本堂右側のお堂_鬼瓦
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本堂右側のお堂
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洞窟のお堂?
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観音堂への参道です。
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「白山社」と思う_説明版が朽ちて読みづらい
説明版では
【室町時代初期の建築で当時の様式を伝える数少ない貴重な建築物である。**とは御牧ヶ原の白山地***ここからこの名がついた】
これじゃ判らん! -
石塔郡
たぶん、歴代のお坊さんのお墓と思う
(信用しないでね)
説明版が無かった。 -
お堂!
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参道は隋道をくぐります。
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頭をこっくりさせて・・・
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まだまだ
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左から「奪衣婆」「閻魔大王」「六地蔵」と思う
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六地蔵前の石仏_「奪衣婆(だつえば)」と思う。
恐ろしい顔つき迫力満点
奪衣婆は、三途の川の渡し賃である六文銭を持たずにやって来た亡者の衣類を剥ぎ取る老婆の鬼 -
六地蔵前の石仏_「閻魔大王(えんまだいおう)」と思う。
閻魔大王は、死者の生前の罪を裁く神様 -
これが「六地蔵」
説明版では
【六道(ろくどう地蔵といい**がそれぞれの行いによって生まれかわって行く六種の迷いの世界を地蔵尊に表している。地獄、餓鬼、畜生、修羅、天上、を「六道」という】**は衆女だろうか読めない、たぶん「衆生(しゅじょう)」。
衆生とは【すべての生き物の意味。狭義には,迷いの状態にある生き物をさす。特に人間をさしていう場合が多い。 】コトバンクより「https://kotobank.jp/word/%E8%A1%86%E7%94%9F-77725」 -
重要文化財立て札
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愛染明王堂(左)と釈尊寺観音堂(右奥)
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愛染明王堂
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「愛染明王」
【あいぜん‐みょうおう〔‐ミヤウワウ〕【愛染明王】
《〈梵〉Rāga-rājaの訳》密教の神。愛欲などの迷いがそのまま悟りにつながることを示し、外見は忿怒(ふんぬ)暴悪の形をとるが、内面は愛をもって衆生(しゅじょう)を解脱させる。三目六臂(ろっぴ)で、種々の武器を手にした姿に表す。愛染王。 】デジタル大辞泉の解説より「https://kotobank.jp/word/%E6%84%9B%E6%9F%93%E6%98%8E%E7%8E%8B-23739」 -
「布引観音堂_宮殿(くうでん)」
説明版からです
【この観音堂の岩屋内に安置されており正嘉2年(1258)に建立
和風建築のひな形とも云うべきもので、鎌倉時代の様式を良く現した重要な建築物である。昭和11年9月国宝に指定、現在は重要文化財になっている。】 -
布引観音堂_宮殿(くうでん)」
鰐口(わにぐち) -
布引観音堂_宮殿(くうでん)」
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布引観音堂_宮殿(くでん)」
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宮殿から本堂を振り返る
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おびんずる様
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宮殿から参道を振り返る。
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宮殿から真下の仁王門(山門)
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宮殿から千曲川方向
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地蔵さん
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参道の牛さん
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牛さん説明版_自分で読んでね。
という事で信州旅行記は終了です。 -
今回の散策コース
国土地理院の地図を加工しました。
車に戻った時には下着までびっしょりでした。
水もしたたる良い男だったかどうか?
ご清聴・ご購読ありがとうございました。
---完---
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