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<br />岡太神社は、延喜式神名帳に記載されている古社で、今から1500年ほど前、この里に紙漉きの技を伝えた女神・川上御前を紙祖神として祀ったもの。<br />大瀧神社は、推古天皇の御代(592~638)、大伴連大瀧の勘請に始まり、養老3年(719)にこの地を訪れた泰澄大師が産土神・川上御前を守護神として祀り、国常立尊(くにとこたちのみこと)、伊弉諾尊を主祭神として、十一面観音菩薩を本地とする神仏習合の社を創建し、大瀧児権現と称して別当寺大瀧寺を建立したという。中世には、児権現は白山信仰の霊場として栄え、四十八坊の堂塔、社僧七百余命を擁し、隆盛を極めましたが、織田信長の一向一揆討伐の際に、灰燼に帰したということです。その後、領主となった丹波長秀をはじめ、歴代領主の厚い保護によって再度復興していきました。明治になり、神仏分離令によって、大滝児権現は大瀧神社と解消されました。大正12年(1923)大蔵省印刷局抄紙部に、川上御前の御分霊が奉祀されて、岡太神社は、名実ともに全国紙業界の総鎮守となりました。

紙祖神岡太神社・大滝神社へ 2

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2018/09/27 - 2018/09/27

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belledune

belleduneさん


岡太神社は、延喜式神名帳に記載されている古社で、今から1500年ほど前、この里に紙漉きの技を伝えた女神・川上御前を紙祖神として祀ったもの。
大瀧神社は、推古天皇の御代(592~638)、大伴連大瀧の勘請に始まり、養老3年(719)にこの地を訪れた泰澄大師が産土神・川上御前を守護神として祀り、国常立尊(くにとこたちのみこと)、伊弉諾尊を主祭神として、十一面観音菩薩を本地とする神仏習合の社を創建し、大瀧児権現と称して別当寺大瀧寺を建立したという。中世には、児権現は白山信仰の霊場として栄え、四十八坊の堂塔、社僧七百余命を擁し、隆盛を極めましたが、織田信長の一向一揆討伐の際に、灰燼に帰したということです。その後、領主となった丹波長秀をはじめ、歴代領主の厚い保護によって再度復興していきました。明治になり、神仏分離令によって、大滝児権現は大瀧神社と解消されました。大正12年(1923)大蔵省印刷局抄紙部に、川上御前の御分霊が奉祀されて、岡太神社は、名実ともに全国紙業界の総鎮守となりました。

旅行の満足度
4.5
  • 大鳥居

    大鳥居

  • 昨夏、奥の院拝殿の改修の折、屋根から謎の部材が発見されました。柱、土台、梁、屋根飾りなどがあり、その一つに「安政6年作者岩本大工長右衛門」の墨書があり、大瀧神社文書に同年の「別山堂建立証文」が見つかりました。実際に奥の院「別山堂跡」に行き、調査したところ、三尺四方のお堂があったところではないかと思われました。別山堂は奥の院本殿の右手に位置し、「素盞嗚尊」、「梅咀麗那佛」を祀り、本殿左手の越南知と共に、白山信仰の重要なお社だったという。天保5年(1834)の祭礼図絵図には、お堂が描かれています。部材は良質のケヤキを用い、丁寧に作られていたことが分かりました。お堂の正面には、彫刻が施された虹梁、屋根の破風板、懸魚があったそうです。白山開山1300年の年に発見され、今年の大滝神社1300年祭に蘇ったことは巡り合わせではないかと言われています。

    昨夏、奥の院拝殿の改修の折、屋根から謎の部材が発見されました。柱、土台、梁、屋根飾りなどがあり、その一つに「安政6年作者岩本大工長右衛門」の墨書があり、大瀧神社文書に同年の「別山堂建立証文」が見つかりました。実際に奥の院「別山堂跡」に行き、調査したところ、三尺四方のお堂があったところではないかと思われました。別山堂は奥の院本殿の右手に位置し、「素盞嗚尊」、「梅咀麗那佛」を祀り、本殿左手の越南知と共に、白山信仰の重要なお社だったという。天保5年(1834)の祭礼図絵図には、お堂が描かれています。部材は良質のケヤキを用い、丁寧に作られていたことが分かりました。お堂の正面には、彫刻が施された虹梁、屋根の破風板、懸魚があったそうです。白山開山1300年の年に発見され、今年の大滝神社1300年祭に蘇ったことは巡り合わせではないかと言われています。

  • 笏谷石の石段ですが、この石は濡れると滑り易いということです。

    笏谷石の石段ですが、この石は濡れると滑り易いということです。

  • アップで見ると青色です。

    アップで見ると青色です。

  • 雨上がりで石段は滑りやすい。

    雨上がりで石段は滑りやすい。

  • 拝殿正面の獅子、龍、鳳凰、草花の彫刻は傍でじっくりと鑑賞しました。<br />拝殿と本殿が一体となった構造です。<br />

    拝殿正面の獅子、龍、鳳凰、草花の彫刻は傍でじっくりと鑑賞しました。
    拝殿と本殿が一体となった構造です。

  • 日本一と言われる、複雑な杮葺の屋根は苔け蒸していて厳かな雰囲気があります。<br />基壇部分は赤茶の石と青色の笏谷石で精巧に積まれています。

    日本一と言われる、複雑な杮葺の屋根は苔け蒸していて厳かな雰囲気があります。
    基壇部分は赤茶の石と青色の笏谷石で精巧に積まれています。

  • 背後の大徳山(権現山)は、お峯と崇められ、山全体が神体山となっています。山頂付近に、奥の院三殿(岡太神社、大瀧神社、八幡宮)があり、簡素な構造でありながら、江戸初期から中期にかける代表的な建物となっています。奥の院があるお峯一帯には、大滝城跡があります。暦応4年(1341)の南北朝の乱の終焉の地として知られているそうです。

    背後の大徳山(権現山)は、お峯と崇められ、山全体が神体山となっています。山頂付近に、奥の院三殿(岡太神社、大瀧神社、八幡宮)があり、簡素な構造でありながら、江戸初期から中期にかける代表的な建物となっています。奥の院があるお峯一帯には、大滝城跡があります。暦応4年(1341)の南北朝の乱の終焉の地として知られているそうです。

  • 側面、背面の彫刻は、中国故事を題材にした丸彫りなどの作品で飾られています。

    側面、背面の彫刻は、中国故事を題材にした丸彫りなどの作品で飾られています。

  • 天保15年(1844)に予定されていた式年大祭(御開帳)の際に造営されたこの社殿は、曹洞宗本山永平寺の勅使門を作った名棟梁・大久保勘左衛門によるものだそうです。最も美しい社殿建築として作り上げたという。

    天保15年(1844)に予定されていた式年大祭(御開帳)の際に造営されたこの社殿は、曹洞宗本山永平寺の勅使門を作った名棟梁・大久保勘左衛門によるものだそうです。最も美しい社殿建築として作り上げたという。

  • 背面に回りますが、上部の彫刻はこれ以上後ろに下げれないので、良く見ることができません。

    背面に回りますが、上部の彫刻はこれ以上後ろに下げれないので、良く見ることができません。

  • 反対側の側面に廻って来ました。

    反対側の側面に廻って来ました。

  • しつこく屋根を眺めます。

    しつこく屋根を眺めます。

  • 正面の彫刻

    正面の彫刻

  • 神門回廊は平成4年(1991)に新たに造営されたそうです。<br />落雷予防として、木の梢からは鉄線が垂れ下がっています。<br />

    神門回廊は平成4年(1991)に新たに造営されたそうです。
    落雷予防として、木の梢からは鉄線が垂れ下がっています。

  • 雨上がりの境内は苔がいたるところに見られ、素晴らしかったです。

    雨上がりの境内は苔がいたるところに見られ、素晴らしかったです。

  • 33年毎の式年大祭(御開帳)、50年に一度の御神忌(中開帳)の行事には神仏習合の式定のまま厳修されてされているという。毎年春秋の祭礼は、「お下り」で始まり、奥の院に鎮座まします神様が神輿で下宮に神幸されるという、翌日の例祭では、紙能舞、紙神楽が奉納され、湯立の神様と続きます。いよいよ神様が奥の院に還御される「お上り」隣、神輿を担いで山頂まで松明や提灯でおくられ幻想的な神送りとなるそうです。秋は10月11日~13日です。

    33年毎の式年大祭(御開帳)、50年に一度の御神忌(中開帳)の行事には神仏習合の式定のまま厳修されてされているという。毎年春秋の祭礼は、「お下り」で始まり、奥の院に鎮座まします神様が神輿で下宮に神幸されるという、翌日の例祭では、紙能舞、紙神楽が奉納され、湯立の神様と続きます。いよいよ神様が奥の院に還御される「お上り」隣、神輿を担いで山頂まで松明や提灯でおくられ幻想的な神送りとなるそうです。秋は10月11日~13日です。

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