2018/09/11 - 2018/09/13
202位(同エリア1450件中)
Huumaさん
- HuumaさんTOP
- 旅行記450冊
- クチコミ4件
- Q&A回答0件
- 615,567アクセス
- フォロワー94人
2018年9月11日(火)北方文化博物館・豪農の館「伊藤邸」、13日(木)関川村「渡邊邸」を訪ねます。いずれも、新潟県内に多く残る豪農の館のうち、特に大きな農地、館を持った2邸です。
渡邊邸へは、6年かけた平成の大修理の最中、その前と今回とで3度目の訪問です。
表紙は、北方文化博物館・豪農の館「伊藤邸」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月11日(火)深層湯温泉 紫雲の郷 快晴です!
今日は、新潟の北方文化博物館、豪農の館 伊藤邸に参ります。 -
北方文化博物館「伊藤邸」
新潟市江南区沢海に所在します。
案内書により〝・・・江戸時代中期、この地に農より身をお越し、代を重ねて豪農の道を歩み、やがて巨万の富を築き、越後随一の大地主となった一族があった。これが伊藤家である。
明治に入り、次第に農地の集積を計り、全盛期には1市4群64ヶ町村に、1,370余町歩(1,370万平方m)の田畑を所有、昭和期には県下一となり作徳米は3万俵余りであった。・・・” -
伊藤邸
-
伊藤邸
-
伊藤邸
〝・・・しかし、時代は変わり戦後農地解放によりこれらの土地は伊藤家から離れた。
明治15年から8年がかりで建てられた伊藤家の豪壮な本邸は、敷地8,800坪(29,100平方m)、建坪1,200坪(3,967平方m)、部屋数65を数える純日本式住居で、・・・” -
案内図
-
伊藤邸
〝・・・終戦半年後の昭和21年遺構保存のため、「財団法人北方文化博物館」が創設され、・・・平成12年4月、国の登録有形文化財に登録された。” -
伊藤邸大玄関
-
伊藤邸
-
柿右衛門 花瓶文中皿 赤絵 鉢
-
六代 文吉 婚禮祝膳献立表 明治25年5月 3日3晩にわたる
-
回遊式庭園
京都・銀閣寺ゆかりの庭師 田中泰阿弥(新潟県柏崎市出身)により5年がかりで造られる。北方文化博物館 美術館・博物館
-
伊藤邸庭園
-
伊藤邸庭園
-
縁側
外側軒先に支柱があるが、内側の梁には柱を設けていない。 -
大広間から庭園を臨みます。
-
大広間
-
進駐軍ライト中尉と七代文吉の出会い
-
進駐軍ライト中尉と七代文吉の出会い
お二人の出会いが、伊藤家の歴代の遺構が博物館として保存できることとなった。 -
茶の間
-
中庭
-
台所
当時、50余人、多いときで70人ほどの従業員が働いており、台所にある窯で60kg(1俵)の米を毎朝炊いていたという。 -
2階は資料室になっており、丸太舟、縄文時代の火焔式土器、男子埴輪、伊万里大皿等が展示されています。
-
2階からの眺め。
-
赤松洞穴大日如来像
〝八代伊藤文吉は先祖の業績を偲び、寿命が尽きた赤松の切り株で祠を作り、如来を安置することを決意。親交のあった北九州の彫刻家 有吉浩一郎氏に製作を依頼、7ヶ月の時を経て完成。仏像の姿である赤松は、樹齢350年だったといわれている。” -
敷地内に移築された刈羽古民家と吉ヶ平古民家、いずれも登録有形文化財
-
大藤棚
樹齢150年、開花は5月上旬。伊藤家が明治半ばに屋敷を作る前から、この大藤は育っていたと考えられている。 -
大藤棚
-
三楽亭
〝明治24年(1891)に建築。六代伊藤文吉(1870-1903)の書斎兼茶室で元々は主屋と廊下でつながった「はなれ」であった。十畳の菱型の部屋と、その左右に三角形の部屋を配し、中央の畳一枚を除き、天井・柱・建具に至るまで三角形や菱型をした独創的な建物である。
備え付の箪笥の引き出しは、斜めに引き出さないと開かない、奇なる美を楽しむ考えのもと作られている。三楽亭の三辺を囲む石畳は、奥へ進むにつれて飛び石が自在に崩れてゆき、庭園へと溶け込むよう展開されている。” -
三楽亭
-
集古館
〝大正7年(1918)に建築され、三千俵の米が備蓄された米蔵。・・・戦後は歴代当主が収集した書、画、古美術品などが展示され、・・・” -
そば処 いはの家
こちらで昼食を頂きます。 -
地元のそばを頂きます、こしが強く非常に美味い!天麩羅も良い!
-
阿賀野川の西岸にある、「北方文化博物館」をあとにします。
-
新発田の「深層湯温泉 紫雲の郷」に戻ります。夕焼けが綺麗です、明日も晴れそうです。
-
1日とんで、9月13日(木)快晴 関川村「渡邊邸」
国指定重要文化財 主屋・土蔵6棟 国指定名勝 庭園
案内により〝1667年、初代儀右衛門善高がここに定住し、主屋は1817年に再建されたものです。1000点をこえる収蔵品の中に、1756年にここで醸造された現存日本最古の酒と、その容器の古九谷様式瑠璃鉄釉茶筅形徳利があります。「平成の大修理」は過去最大の工事です。”
今日は、2009年~2014年に行われた平成の大修理後初めての訪問です。国指定重要文化財 渡邉邸 【豪商豪農の館】 名所・史跡
-
渡邊邸
〝渡邊家のある関川村は米沢街道の宿場町として発展してきた地域である。米沢街道は荒川の水運業の発達とともに発展し、関川村は荒川水運の船着き場でもあった。・・・” -
渡邊邸
〝・・・豪快な梁組を見せる「通り土間」部分と繊細で数寄屋風な「大座敷」との対比は対照的である。この部分は再建から約200年経つ今でもほとんどかわることなく現在に至っている。” -
渡邊邸
約1,000haの山林を経営、約700haから10,000俵の小作米を収穫したといわれています。 -
渡邊邸
天井の高さと、燻の効いた黒光りの梁はたいしたものです! -
渡邊邸 主屋1階の平面図
主屋の規模は建築面積が1,207平方m(365坪)。屋根面積が1,826平方m、そのうち石置屋根が1,236平方m、石置屋根の石は約15,000個程度使用している。部屋の数は約40室、便所は7カ所、浴室は4カ所と非常に大規模であり、最盛期には70人ほどが住んでいた。・・・” -
渡辺三左衛門(1776年~1832年)
〝越後国下関村(岩船郡関川村)の庄屋だった渡辺家の七代目三左衛門は、各地の新田開発に積極的に取り組んだ。一方で、おそろしいほどの飢えを体験した天明の大飢饉のような思いだけは、配下の農民に二度とさせたくない、そう考えた三左衛門は、庄屋に納められる小作米の一部を囲籾蔵に蓄えることにした。
この三左衛門が作った家訓には、渡辺家では、美食をせず、ありあわせの品で食事をすませることが記されている。食べ物を大切にする三左衛門が考えた囲籾蔵は、何度も役にたった。配下の村々は天保七年(1836)の大飢饉でさえ、幕府や米沢藩の援助を受けずに、凶作を乗り切ることができた。” -
石置木羽葺屋根(模型)
〝渡邊邸の屋根には22~23万枚の木羽板と約15,000個の玉石が使われており、現存する石置木羽葺屋根の建物のなかでは日本最大級。
屋根の石は、昭和39年の新潟地震(震源地は粟島沖/M7.5)をはじめ、度重なる大地震でも一度も落ちたことが無い「合格祈願石」でもある。” -
宮尾登美子著『蔵』
NHKテレビロケが関川村の渡邊邸などを中心に行われた。 -
『蔵』のテレビシーン
-
「邨山在火燈書讀」 伊藤博文 筆
-
二の間、大座敷から庭園
-
大座敷から庭園
-
渡邊邸 庭園(国指定名勝)
江戸時代中期、京都から遠州流庭師を招いて築かれた廻遊式の庭園。 -
渡邊邸 庭園
-
渡邊邸 庭園
-
四方鎌継ぎ
平成22年5月27日の新潟日報に次のように紹介されています。
〝継ぎ手に大工の技凝縮・・・柱の4面すべてに凸状の模様があり、上からはめ込んだように見えるが、凸の上部が膨らんでいるため、上からははまらない。正解を大工に聞いてみると――。下の柱に二つ、上の柱には三つ、斜めになった凹を作る。それを斜めの方向から差し込んでいくと、まるで中が十字になっているかのような継ぎ手が出来上がる。・・・” -
このように。
-
建物の木材を保護するため、燻を続けています。
-
渡邊邸台所
-
渡邊邸竈
-
詳しく丁寧にご案内頂いた平田さんより、〝渡邊邸は新潟県内では、よく知られていますが、全国的にはまだまだ、是非PRしてください。”とご自身の撮影を快諾頂きました。素晴らしいご案内ありがとうございました。
-
2階へあがってみます。
-
2階の部屋
-
2階の部屋
-
2階からの庭園
-
2階から土蔵
〝渡邊邸には土蔵が6棟残っており、母屋・板塀とともに国の重要文化財に指定されている。米蔵は2,400俵の米俵が収納したとされ、宝蔵には今でも書画骨董が保管されている。
慶応3年(1867)の座敷古図を見ると、母屋の裏に大きな酒蔵が2棟あり、今と同じ敷地内に12棟の蔵が描かれている。使用人長屋も2棟あった。” -
外へ出てみます。
-
渡邊家土蔵
-
渡邊家土蔵
米蔵、味噌蔵など -
母屋の石置木羽葺屋根
-
昭和42年8月28日の羽越水害でここまで浸水しました。
-
国指定重要文化財 渡邊邸正面、関川村役場からです。
-
平成の大修理前の1995年7月25日に訪れた時の渡邊邸です。
この年は、2月~7月までNHKドラマ「蔵」のロケ地となり全国的に知られた年です。
2009年~2014年 総工費8億円をかけた「平成の大修理」で母屋・外壁・土蔵が修復されました。 -
2010年8月8日大修理が行われている最中に伺った時の写真です。
-
その時にいろいろな継ぎ手の説明を頂きました。
-
米どころ越後平野を切り開いた人たちの姿を2日間通してみてきました。伊藤家、渡邊家、携わった多くの農家の人々、新発田藩主溝口家の善政を含めて、あらためてありがたく感謝致します。
12日(水)に戻って、次の旅行記「山形羽黒山の出羽三山神社」を書きます。
〝この旅行記立ち上げた今、9月28日(金)神戸に戻っています、また強い台風24号が近づいています。大きな被害が出ないことを祈ります。”
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
新潟市(新潟) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
72