2019/04/28 - 2019/05/06
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愛猫シロネコさん
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カリブ海のドミニカ共和国・ジャマイカ・バハマの3か国をユーラシア旅行社のツアーに妻と参加し、16人の方々とリゾート(海・熱帯魚)とカリブの史跡(コロンブスと海賊)を満喫しました。
成田 ダラス マイアミとAAの飛行機を乗継、サント・ドミンゴ(ドミニカ共和国)に着きます。
翌日、サント・ドミンゴ市内観光(コロンブス記念灯台 サン・ニコラス・デ・バリ病院跡 ドミニコ会修道院付属教会 大聖堂 コロンブス公園 オサマ砦 アルカサル パンテオン 独立記念広場 大統領官邸 文化広場等)をし、リゾートHで海とプールを楽しみました。
{旅程}
★①4/28(日)成田10:50(AA)ダラス(AA)マイアミ(AA)20:08サント・ドミンゴ(泊)
★②4/29(月)(コロンブス記念灯台・公園大聖堂アルカサル オサマ砦 パンテオン)サント・ドミンゴ泊
③4/30(火)サント・ドミンゴ7:01(AA)マイアミ(AA)12:51キングストン(泊)
④5/1(水)ボブ・マーリー博物館・像 ポート・ロイヤル Caves コロンブス公園 モンテゴベイ(泊)
⑤5/2(木)サム・シャープ広場 聖ジェームズ・パリッシュ教会 鳥園 ネグリル夕日 モンテゴベイ
⑥5/3(金)モンテゴベイ7:00(AA)9:50マイアミ14:40(AA)15:41ナッソー(泊)
⑦5/4(土)パイレーツオブナッソー フィンキャッスル砦 ローソン・スクエア ナッソー19:25(AA)20:29マイアミ
⑧5/5(日)マイアミ9:25(AA)11:32ダラス13:30(AA)(機中泊)
⑨5/6(月)(日付変更線)-15:45成田
(コロンブスの新大陸発見とその後)
イタリアのジェノヴァ生まれで、黄金の国ジパングを目指していました。
資金援助をポルトガルに求め断れ、スペインの援助で1492年8月3日出発。
(第1回)バハマ諸島のサン・サルバドル島に最初に到着(諸説あります)。その後、イスパニョーラ島(ドミニカ共和国とハイチ)に着き、北部に砦を作ります。
(第2回)小アンティル諸島のドミニカ島、プエルト・リコ、イスパニョーラ島(サント・ドミンゴ建設)、キューバ、ジャマイカに到達。
(第3回)サント・ドミンゴに行きますが、諸事情で逮捕され、スペインに戻される。
(第4回)コスタリカ、パナマ、ジャマイカと周り、1504年、帰国(1506年54歳で死去)。
(遺骨はスペインにありましたが、遺言でサント・ドミンゴに移され、今はコロンブス記念灯台に安置されました。)
初めは、スペインが富を独占していたため、海賊(途中から英国公認)が横取りで栄え、イギリス フランス オランダ諸国が入り込み、カリブ島々の支配がグジャグジャになり、今に至ります。(次に訪れるジャマイカとバハマもその影響があります。)
(イスパニョーラ島のドミニカ共和国とハイチについて)
イスパニョーラ島は当初スペインに支配されましたが、1697年西側(今のハイチ)はフランス領になります。フランス革命の混乱で1804年、ハイチが独立し初めての黒人国家が出来ました。ドミニカ共和国は1821年ハイチに占領され、1844年スペインの協力で独立、色々な経緯で1865年再独立となります。1916年、アメリカに占領され1965年独立して現在に至ります。
なお、20C初頭はドミニカ共和国よりハイチの方が経済的に裕福でしたが、
その後の2国の大統領の政策により、ハイチは最貧国となりドミニカ共和国は経済力がつきました。2010年1月12日のハイチ大地震により、貧困さに拍車をかけています。この様に、イスパニョーラ島の言語はフランス語とスペイン語に分かれています。
小アンティル諸島のセント・マーティン(飛行機が頭上スレスレで飛ぶマホ・ビーチで有名)は東西南北が約17kmの小さな島ですが、オランダ領とフランス領に分かれ、又、フェリーで20分の所にイギリス領のアンギラ島があり、言語と通貨が違っていましたが、今は英語とUSDが殆ど共通で使われています。
(三角貿易(アフリカとアメリカ(カリブ)とヨーロッパ)との貿易(主として16ー17C))
アフリカから黒人奴隷をアメリカ(カリブ)に
アメリカから砂糖・コーヒー・綿花(奴隷を働かせて)をヨーロッパに
ヨーロッパからアフリカに鉄砲・ガラス製品・鉄の塊・綿織物・ジン(強い酒)をソレゾレ運び、ヨーロッパの諸国が儲けます。(2018年、西アフリカのベナン・トーゴ・ガーナを旅行し、黒人奴隷の悲惨さを感じました。)
①平成31年4月28日(2019年)(日)
上野7:00(スカイライナー)7:41成田空港第2Tに7:50集合。個別にチェクインして
成田10:50(11:35AA176)8:25ダラス(時差-14H)広い空港内をスカイリンクで移動
ダラス国際空港で昼食と夕食(サラダ サンド ブリトー トルティーヤ等)を買い、各機内で食べました。
ダラス12:49(2:48AA1908)16:37マイアミ(時差-13H)17:54(2:14AA1337)20:08サントドミンゴ(ドミニカ共和国)
長時間の移動で疲れ果てて着きました。出向の車で21:20空港発。
H22:00に着き、ウェルカム・ドリンクを戴き、チェック・インをしてすぐ、休みました。
(泊)サント・ドミンゴ(CoralCostaCaribe)(オール・イン・クルーシブです。)
②4月29日(月) (時差-13H) 1DOP(ペソ)=2.2円
6:00起床し、H内を散歩、7:00朝食R「El Ambar」 8:55集合 9:00出発。
(サント・ドミンゴ観光) 月休の為、殆どの施設は入場できませんでした。(パンテオンのみ入場) Hよりロス・トレス・オホスを通り
1)コロンブス記念灯台(9:51ー10:25)(大理石の墓 46か国の博物館 イサベル像)
2)土産屋(トイレ)(10:49ー11:05)(ラリマール石を買います。)その後、旧市街を歩いて散策します。
なお、ブックフェヤーの為、市内の至る所に出店が多く人出もありました。
3)サン・ニコラス・デ・バリ病院跡(11:08ー11:20)(新大陸最古の病院) 隣のカトリック教会 元大統領の家 アメリカ占領時代の家 市庁舎を見て、
4)エル・コンデ通り自由散策(11:35ー11:50)(スーパーや店に入ります。)
5)陶器博物館 ドミニコ会修道院付属教会 ドゥアルテ公園を見学し、
6)サンタ・マリア・メノール大聖堂(外観)(12:35ー12:40)(内部のサンゴ石の天井 ステンドグラス 14の礼拝堂等は見れませんでした。)
7)コロンブス公園(12:40ー12:50)(コロンブス像 市役所 タバコ博物館 メレンゲを踊っている人々) 司教の家 ラリマール博物館 サンタ・クララ修道院を通り、
8)オサマ砦(12:54ー13:08)(敬礼の塔 大砲 オバンド像 空軍のパフォーマンスを見て、
9)昼食(13:20ー14:15)R「アタラサナ」(ビュッフェ形式でサンコーチョのスープ等) その後、アタラサナ通り アタラサナ門を見て
10)アルカサル(外観)(コロンブス3代の居住 寝室 食堂 礼拝堂 音楽室等22室 家具 調度品 絵画 美術品タペストリー等開館していましたが、入場しませんでした。) サン・ディエゴ門 貴婦人通り 王室裁判所 日時計 大砲 オサマ川 聖母マリアの礼拝堂を見、
11)パンテオン(入場)(14:37ー14:50)(国の大統領 総督 英雄の墓 「英雄の炎」等を見学し、トレド・マリア広場 仏大使館を通り、バスに乗り
12)独立記念広場(15:13ー15:27)(コンデ門 3人の独立英雄の霊廟 銅像 慰の炎を見て、バスに乗り
13)大統領官邸(15:31ー15:35)衛兵と記念撮影をして、バスに乗り
14)文化広場(15:44ー15:54)(国立劇場 近代美術館 人類博物館)を見学、17:00Hに戻ります。
15)(17:20ー18:30)海とプールに入り、途中でスコールに会い、ツアーの方とプール・バーでカクテルを7ー8杯飲みました。
(夕食)R「El Fogen」(19:00ー21:00)カリブ名物モフォンゴとラム・ベースのカクテル等を戴き、疲れ果てて寝ました。
(泊)サントドミンゴ(CoralCostaCaribe)(オール・イン・クルーシブです。)
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- アメリカン航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
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ダラス マイアミと乗換サント・ドミンゴ(ドミニカ共和国)に行きます。
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ダラス マイアミと乗換 サント・ドミンゴ(ドミニカ共和国)に行きます。
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B-777-200
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昼食(赤・白ワインを飲み、豚肉と御飯 海老・パスタを戴きます。)
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クリームリキュールのベイリーズを戴きました。
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日付変更線を超え、軽食(サンドウィッチ)が出ます。
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時差と日付変更線を越えたため、朝食か夕食か分かりませんが食事が出ます。
(フレンチトーストとサーモン) -
スカイリンクの駅
巨大なダラス・フォートワース空港のD-30に着き、慣れないAPCキヨスクを使い、入国をしました。スカイリンクでターミナルCに移動します。 -
巨大なダラス・フォートワース空港
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スカイリンクの軌道
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ダラス・フォートワース空港はターミナルはAからEまであります。
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ターミナルを横切る道路です。
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遠くにダラス市内が見えます。(ケネディ大統領が暗殺された所です。)
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ダラス・フォートワース空港内
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マイアミまで飛びます。
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A-321
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AAでは国内線は食事が出ない為、ダラス・フォートワース空港で食事(チキンサラダ・タマゴサンドイッチ・ブリトー)を買い、機内で夕食を食べます。
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機内では飲み物と軽食しか出ません。
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マイアミに定刻に着き、サント・ドミンゴ(ドミニカ共和国)行に乗り換えます。
(D-33に着き、歩いてD-26に向います。) -
B-737-800
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マイアミからサント・ドミンゴの間で、ダラス・フォートワース空港で買ったチキンサラダ・チキントルティーヤを深夜食として食べます。
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サント・ドミンゴ空港に20:20に着き、入国をして、22:00疲れ果ててH(Coral Costa Caribeに着きます。)
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Coral Costa Caribe(正面)(疲れていますが、早朝、広いH内を散歩します。)
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Coral Costa Caribe(正面)(オールインクルーシブのリゾートHです。)
コーラル コスタ カリブ オール インクルーシブ ファンドリオ ホテル
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Hのロビー
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ビーチの綺麗な日の出
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ビーチよりのHの建物
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ビーチ(今日の午後、泳ぎます。)(木々の向こう側は大統領の別荘で、監視員がいました。)
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メインプールと奥はプールバーです。(サント・ドミンゴ市内観光より戻り、ここで泳ぎましたが、その間、ここで、カクテルを7~8杯飲みました。)
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セカンドプールと右は我々が宿泊した建物(ブロックDで宿泊棟は全部で9棟ある大きなHです。)
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右は我々の宿泊棟で、奥は海です。
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右はバーで奥はテニスコートと運動場です。
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バスケットボール場
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右は一番奥のジムです。
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いつものごとくいる可愛いネコちゃん
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部屋の可愛い表示
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部屋の中
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部屋の中
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部屋のベランダからの景色
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朝食会場
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朝食(ビッフェ形式)
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朝食(ビッフェ形式)
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朝食(ビッフェ形式)
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朝食(ビッフェ形式)(いつものように食べ過ぎます。)
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朝食(ビッフェ形式)
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宿泊したCoral Costa Caribeのメインの道に面した入口
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バスでサント・ドミンゴ市内観光に向います。
H前のBoulevar De Juan Dolio よりメインの道のNo3に入ります。 -
Hよりサント・ドミンゴに向かう山側の景色(山の方は、牛の放牧をしており、一番高い山は3175mです。川はあまりなく、地下水が主であり土も少ない状態で、トロピカルサバンナといわれ、木々は地下水で育ちます。)ドミニカ共和国の資源はニッケル・金が取れます。郊外の土地は税金がかからず、サトウキビの商売で出来た家が多く、今では、1Fは店、2Fは倉庫となっています。
日本の支援で出来たコンピューター学校があります。(今までは、アメリカに行っていたが、今はここで勉強が出来ますが、就職先はドイツに行くそうです。) -
サント・ドミンゴ市内に入ります。
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反対側は綺麗な海です。
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曇っていましたが、綺麗な海
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大きなミラドール・デル・エステ公園の東端(この下にロス・トレス・オホスの洞窟があります。)
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ミラドール・デル・エステ公園の周囲は貧しい人々のテント等があります。
この辺を歩いている人は殆どいません。
(2~3Fの古い家は政府が買い取り整備しています。非合法の家がありますが、国の検査が入ると住んでいる人は石組みを取り壊してしまいます。)(町の車は日本の中古車が多く、1974年にトヨタの販売店が出来ました。) -
コロンブス記念灯台が見えて来ます。(上より見ると大きな十字架の形をしています。)
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コロンブス記念灯台(大きすぎて1枚に収まりません)
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コロンブス記念灯台
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コロンブス記念灯台(灯台と言いますが、コロンブスのお墓です。)
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四方の入口(今日は休みですが、トイレの為に入ったそうです。)(中央下に棺が見えます。)
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ローマのパウロ2世はここを3回(1972年 1989年 1992年)訪問しています。
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この車はパウロ2世が3回目に訪問した時に乗った車です。
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敷石も十字架の形をしています。
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コロンブス記念灯台は1992年、46か国の国の援助で建てられたため、46か国の国の文化・歴史を紹介する博物館があります。(ここはコロンビアです。日本の博物館もあり、1992年の宮沢首相の祝辞や銀製品、火縄銃 刀 能等が紹介されています。)
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小アンティル諸島のアンティグマ・バーブーダの博物館(来年、訪れる予定です。)
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コロンブス記念灯台の周囲(この塀の向こう側に今も、貧しい人々が住んでいます。(ここはミラドール・デル・エステ公園となっていますが、以前は貧民街でした。1984年取り壊し、国がアパートを建てて、1500ペソ/月で貸し出しています。)1ペソ=約2.2円
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周囲の綺麗なお花
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右側に哲学者の言葉 左側に聖書の言葉が書かれています。
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入口左側には聖書からの言葉が書かれています。
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聖書よりの言葉(一番下 ゲネシス)
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聖書よりの言葉(中間 ゲネシス)
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聖書よりの言葉(一番上 イザヤ書)
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入口の右側(哲学者の言葉があり、一番上はプラトン 真ん中はアリストテレス 板はセネカの言葉です。)
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入口(月曜日は定休日の為、これ以上は入れません。)
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入口より(中央下にコロンブスの遺体の棺があります。10月12日には棺が開けられ、一般公開されます。)
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コロンブスの遺体の棺
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遺体の柩の上
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コロンブスの棺
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コロンブスの棺
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柩の像(コロンブスでしょうか?)
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入口より上を見上げます。
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入口より上を見上げます。
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ホアキン・アントニオ・バラゲール・リカルド大統領で多額の寄付をし、医者で2013年死亡しました。(独身で目を悪くしていました。)
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イギリスからの紋章(右上はライオン 左上はクイーン 右下は錨 左下は鳥を表しています。)
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コロンブス記念灯台より新市街を見ます。
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コロンブス記念灯台より大統領官邸を見ます。(中央の丸いドーム)
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コロンブス記念灯台全景
コロンブス記念灯台 建造物
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コロンブスにお金を援助したスペインのイサベル女王の像(スコールが降り始めました。)
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コロンブスにお金を援助したスペインのイサベル女王の像
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コロンブスにお金を援助したスペインのイサベル女王の像(後ろはコロンブス記念灯台)
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オサマ川を渡ります。(左側は旧市街で 右側はコロンブス記念灯台側でこちら側(オサマ川の東側は1996年まで発展していませんでした。作物が育たない為)
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大統領官邸(裏側)
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プラソレタ・ベニート・ファレス公園の銅像(半分ですが)
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大統領官邸(正面)(後でここで下車します。)
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大統領官邸
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コンデ門(車中より)(ここも後で下車します。)
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正面に市庁舎が見えます。
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歩行者道路のエル・コンデ通り(今日は4月29日ですが、メーデーの前祝いという事で閉まっている店が多いです。)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡(後で見学します。)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡(後で見学します。)
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アルンビスポ・メリニョ通り(中央は我々が乗って来たバスです。)
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アルンビスポ・メリニョ通りのお土産屋さん(ブーリカフェカー?)でトイレを借ります。
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アルンビスポ・メリニョ通りのお土産屋さんでトイレを借ります。
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店内の様子
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ラリマール石(この石はドミニカ共和国しか産出されないそうです。)
妻がブローチ用の石を買いました。(確か、35USD 高いかどうかわかりません。) -
ラリマール石(この石はドミニカ共和国しか産出されないそうです。)
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現地の旅行会社より頂いた顔の描かれていない人形です。(ドミニカ共和国の人々は、先住民 黒人 スペイン人 ムラート(混血)等、様々な人種より成りたっているため、敢えて、顔を描かないそうです。)
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町の至る所にテントの店があります。(ブック・フェヤーのため)
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コロンブス公園に面したPalacio Consistorial(市庁舎)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡にあるマホガニーの木(ドミニカ共和国の木だそうです。)(オウムがいましたが写真では分かりません。)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡にあるマホガニーの木(ドミニカ共和国の木だそうです。)(オウムがいましたが写真では分かりません。)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡(世界遺産です。)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡(コロンブスの弟バルトロメの後に総督になったニコラス・デ・オバンドの統治時代の1503~1508年に建造。長い航海で病気になる人がいたため、新大陸最古に作られた病院です。)
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡
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サン・ニコラス・デ・バリ病院跡隣のAltagraciaカトリック教会
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サント・ドミンゴ市内の観光地図
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この辺りは「ゴッドファーザーⅡ」で撮影に使われました。
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観光馬車が市内を走ります。
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1976年 国から家の壁を綺麗にするようとの要請がありましたが、角の壁は元の状態を残してあります。
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初代大統領ペドロ・サンタナの家(今はイタリア語学校になっています。)
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綺麗な2Fの出窓
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元来の石材の家もあります。(国からの強制ではない為です。町全体が世界遺産ですので、保存には援助があります。)
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植民地時代の名残の家(窓と入口に鉄格子がはめられ、戸には小さな窓が付けられています。それは戸を全部開けない為です。)
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建物の間は壁を共有しています。又、電線などは地下に埋められています。電柱がないのは地盤が弱いためだそうです。
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エル・コンデ通りにある沢山のオブジェ
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コロンブス公園に面したPalacio Consistorial(市庁舎)
アメリカ時代の建物でホワイト・ハウスと呼ばれていました。 -
エル・コンデ通りのアメリカ占領時代(1916年~1924年)の様式の家(バルコニーがある事が特徴です。)
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アメリカ占領時代(1916年~1924年)の様式の家(バルコニーがある事が特徴です。)
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アメリカ占領時代(1916年~1924年)の様式の家(バルコニーがある事が特徴です。)
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市内地図
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スーパーマーケット入口(金)
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スーパーマーケット内部
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スーパーマーケット内部(各種イモ類)
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スーパーマーケット内部(鮮魚コーナー)
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エル・コンデ通りの綺麗なお花
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ブーゲンビリア(3枚の花で三位一体を表します。植民地時代の抵抗のシンボルとなっていました。)
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ビハ(料理に使う甘いソース)とコンデンスミルク(ココナツを煮詰めて作ります。)
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青い交番
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Jose Reyes通りのポルトガル時代の陶器博物館
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ポルトガル時代の陶器博物館(アズレージョ様式のタイル)
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アズレージョ様式のタイルの道標
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レジーナ・アンジェリカ修道院付属教会(16Cの建物)この辺には沢山の教会があります。
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レジーナ・アンジェリカ修道院付属教会(16Cの建物)
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レジーナ・アンジェリカ修道院付属教会(16Cの建物)の左側の男性修道院
教会の右側には女性の修道院があり、地下通路があったという話です。 -
レジーナ・アンジェリカ修道院付属教会(16Cの建物)の浮彫
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レジーナ・アンジェリカ修道院付属教会(16Cの建物)(横)
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中庭のマホガニーの木
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Padre Billini通りの家(16~17Cの家で戸に特徴があります。レンガ造りの家と比較して石材の家は高価です。)
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ドミニコ会修道院付属教会(説明)
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ドミニコ会修道院付属教会(1512~1521年完成)1538年に聖トーマス・アキナス大学がありましたが、1968年郊外に移転して現在は公立のサント・ドミンゴ自治大学となっています。
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ドミニコ会修道院付属教会(1512~1521年完成)
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ドミニコ会修道院付属教会(1512~1521年完成)
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貧しい人が寝ていたという教会のベンチのオブジェ
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ドミニコ会修道院付属教会の塀の一部(石灰岩で貝の化石が入っています。)
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タマリンドの木(エンドウ豆のようなサヤがあり、実をジャムにしています。
又、催眠作用があり、赤ちゃんに使います。) -
ドゥアルテ公園の像
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ファン・パブロ・ドゥアルテ大統領(1844年、ハイチより独立した時の初代大統領)
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ファン・パブロ・ドゥアルテ大統領の像の下のオブジェ(ドゥアルテ大統領の活躍の説明を「1813~1838~1844~1836年」と色々と聞きましたが、理解できませんでした。(暑さで、ばてています。)
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ドゥアルテ公園よりのドミニコ会修道院付属教会と南国の木々
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Padre Billini通りの個人の家の2Fのオブジェ
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Padre Billini通りの個人の家の2Fのオブジェ
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16Cのゴシック様式の建物(今は博物館)(Casa De Tostado)
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Padre Billini通りより見たコロンブス記念灯台
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Billini市立公園の像
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ドミニカ・タテの木?
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アルソビスポ・メルニョ通りの綺麗なお花
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サンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂(スペイン様式のアメリカ大陸最初の教会)
1510年~1540年完成。(残念ながら、内部は入れませんでした。)
大聖堂の特徴はハリケーンの影響を受けにくくする為と砦等から海賊の見張りをしやすくするため、低く作られています。アメリカ首座大司教座聖堂 寺院・教会
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サンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂
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大聖堂の入口の彫刻
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サンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂(入口)
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サンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂(鐘楼)
本来の鐘楼は1543年、英国公認の海賊ドレイクが持ち去り、英国のビッグ・ベンに持って行きました。その後、新しく作られましたが、本来はもっと、海よりの位置にあったそうです。 -
コロンブス公園のコロンブス像
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コロンブス公園のコロンブス像(新大陸を発見した方向を指しています。)
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コロンブス像の台座の現地の女性(文字を習い、描く姿をしています。腰布は結婚をすると、つけます。独身時代は裸だったそうです。)
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コロンブス公園のコロンブス像(後ろは大聖堂)
コロンブス公園 史跡・遺跡
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コロンブス公園のコロンブス像(後ろは大聖堂)
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宮殿跡
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大聖堂(横から)
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コロンブス公園隣のたばこ博物館
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コロンブス公園でメレンゲ音楽で踊っています。(男女2人が回りながら踊ります。)
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メレンゲを踊っていた人々
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大聖堂付属博物館(司教の家 牢獄等と変遷して今は博物館です。大聖堂とは地下通路があります。)
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大聖堂付属博物館前のオブジェ
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大聖堂の裏側
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現在の司教の家
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現在の司教の家の門標
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ラリマール博物館
ラリマール博物館 工場 博物館・美術館・ギャラリー
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教会跡
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コレジオ・サンタ・クララ修道院付属学校
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オサマ砦(外側より)
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オサマ砦(入口)
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オサマ砦(入口)
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オサマ砦(敬礼の塔)(塔にかかっている人は、ブックフェヤーでスペイン語を教えている教師の人の写真です。)
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オサマ砦(敬礼の塔)(1505~1507年、総督オバンドにより作られた。敬礼の塔は見張りの為に造られました。)1900年代まで、軍事的に使用されていました。)
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オサマ砦(敬礼の塔)
オサマ砦 史跡・遺跡
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オサマ砦(オサマ川の出入口)
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オサマ砦内のオバンド総督の像
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オサマ砦(内部)(空軍の人々のパフォーマンスがあります。)
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空軍の人々のパフォーマンス
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空軍の人々のパフォーマンス(銃を投げ合ったりします。)
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空軍の人々のパフォーマンス(銃の上に人が乗ります。)
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空軍の人々のパフォーマンス
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模型の人でした。
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空軍の人々のパフォーマンスをドローンで撮影をしていました。
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オサマ砦(出口)
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ラス・ダマス通りを歩きます。(ブック・フェヤーのための出店が沢山あります。)
ラス ダマス通り 旧市街・古い町並み
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昼食のR「アタラサナ」
アタラザーナ 地元の料理
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昼食会場
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ビュッフェ形式
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昼食(ビュッフェ形式)
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ビュッフェ形式
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沢山、戴きました。
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郷土料理の「サンコーチョ」のスープ(肉・ユカ芋・野菜等を煮込んだスープ)
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アタラサナ通り
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アタラサナ通りの学校の先生の女性の像
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アタラサナ門(この門を通して、オサマ川より船の物資が入って来ました。)
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アタラサナ門の近くで黄色い車の止まっている当たりに、アフリカより連れてこられた奴隷が住んでいました。
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アタラサナ通りよりアルカサル(正面)に登る階段は大理石ですが、イタリア製でないので、綺麗ではありません。
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世界遺産
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アルカサル(コロンブスの子孫が3代にわたって住んでいました。コロンブスの子供が1510~1514年にかけて作りました。贅沢な生活を送り、コロンブスの奥さんのマリア・デ・トレードは22人のお連れの人々が居ました。)
アルカサル (コロンブスパレスミュージアム) 博物館・美術館・ギャラリー
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アルカサル
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アルカサル(寝室 食堂 礼拝堂等22の部屋がありますが、当初は50もの部屋と庭園と中庭がありました。)
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アルカサルの前のスペイン広場」(像はニコラス・デ・オバンド像です。)(やはり、ブックフェヤーで出店が沢山、あります。)
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貴婦人の通り(スペインより王様が通った為に名前が付けられました。)とサン・ディエゴ門
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日時計
日時計 モニュメント・記念碑
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王宮博物館前の大砲
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王室裁判所(今は王宮博物館)洗礼式などが行われました。2Fに色々な部屋があります。
ラス カサス レアル 王宮 博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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入口のマンゴの木
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聖母マリアの礼拝堂
聖母マリアの礼拝堂 寺院・教会
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聖母マリアの礼拝堂
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ラス・ダマス通り
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パンテオン
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パンテオン(1714年、イエスズ会の教会とし建てられ、たばこ工場 国立劇場等に使われ、1955年、パンテオン(大統領や総督、英雄の人々等計28人が眠っています。
パンテオン 寺院・教会
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パンテオン(説明)
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中央の廟
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入口より奥を見ます。
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大統領や英雄の墓
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天井のシャンデリア(28人の像があり、ここに埋葬されている人の遺灰が入っています。)
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遺灰の入った像
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2Fの格子戸(ドイツのヒットラーよりの贈り物 逆十字のイメージです。)
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2Fの格子戸(スペインのフランコ将軍よりの贈り物 SS部隊をイメージしています。)
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「英雄の炎」
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大統領・英雄等の墓
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中央の廟より出口を見ます。
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中央の廟の天井の壁画(自由を表現しています。)
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右の碑番
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中央の祭壇
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左の碑番
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国旗の由来(フランスの国旗を真似ており、理由は分かりませんが、女性が切ってしまったため、真ん中に十字架があります。)
下半分は三位一体を表し、神と国と自由を表し、右上の赤は繁栄 左上の青は地獄を表します。先程、コンデ通りを歩いた時のブーゲンビリアを三位一体の象徴としています。) -
入って右側の墓
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中央部(右に「英雄の炎」 左上に贈り物の格子戸)
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Plaza Maria De Toredoのマリア像
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1502年築のスペイン総督の屋敷を改装したホテルです。
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ラス・ダマス通り沿いのフランス大使館
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Casa Rodorigo De Bastudas
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ラス・ダマス通りよりコロンブス公園を見ます。
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オサマ川沿いにあるプレシデンテ・ビリニ通りのフランシスコ・アルベルト・Caamano Deno像
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オサマ川がカリブ海に注ぐ所です。
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市立公園
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独立記念広場入口のコンデ門
コンデ門 史跡・遺跡
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初代大統領ドゥアルテの像
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コンデ門の大砲は旧市街を向いています。(独立をしたため、大砲は海に向ける必要がなくなったためです。)
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コンデ門より独立記念広場を見ます。
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独立に功績のあった人々の胸像
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独立に功績のあった人々の胸像
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中心の廟とドミニカ共和国のOポイント
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ドミニカ共和国のOポイント
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以前は真水が流れていました。
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中心の廟(イタリア製の大理石で作られています。)
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1844年、ハイチからの独立に活躍した3人の像
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左はフランシスコ・デ・ロザリオ・サンチェス(Sanchez) 右はラモン・メジャ(Mella) 中央がドアルテ大統領の像
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ドアルテ大統領の像
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1965年 アメリカからの独立を祝っています。
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火が地下に灯っています。(その理由は、皆がここで頭を下げるために地下にあるそうです。)
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廟よりコンデ門を見ます。
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新市街には高級な家が多いです。
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大統領官邸(イタリア人の建築家の設計で1947年完成、大理石・マホガニー等で作られ、1Fは大統領・副大統領・大臣の執務室で 2Fは広場・宿泊施設・パーティー室・礼拝堂などがあります。広さは1.8万㎡です。)
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大統領官邸
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文化広場(国立劇場 国に10カ所あり、一番大きい所です。)
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国立劇場(右の像 理由はわかりませんが、作曲家のベルディの像?)
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我々が乗って来たバス(左後方の緑のバスは公共のバスで一律25Pでマイクロバスはややそれよりは高いです。)
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文化広場の中央の像
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新市街の地下鉄の入口
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涙の木(上に実が見えます。)
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涙の木の実
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涙の木の実が地面に落ちていました。とても、固い実でした。
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近代美術館
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近代美術館(改装中)
近代美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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人類博物館(改装中)
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産婦人科の病院
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税務署
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病院?
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再び、オサマ川を渡ります。
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海軍学校
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サント・ドミンゴ市内観光より帰り、海で泳ぎました。
海よりHです。 -
カリブ海の海(シュノーケルではなく、ゴーグルのみで泳ぎましたので、呼吸が難しく、上手く撮れませんでした。)
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カリブ海の海の海藻(魚はいませんでした。)
この後、プールで泳ぎ、プール・バーで各種カクテルを7~8杯飲み、かなり、酔いました。) -
夕食のメニュー
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夕食会場R「El Fogon」(ブロックBの2F)
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前菜
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お酒(カクテル等飲み放題です。ラムベースのカクテルを戴きました。)
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3種類のスープ(中央に昼食で飲んだ「サンコーチョ」のスープ)
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魚の切り身(あっさりして、良い味でした。)
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モフォンゴ(食用バナナやパンの木やキャッサバのプラタノを潰してから揚げて味付けをしています。)
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デザート2種
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旅行記グループ (41)2019年GWドミニカ共和国 ジャマイカ バハマ諸島9日間
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