2019/04/30 - 2019/05/01
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愛猫シロネコさん
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サント・ドミンゴ、マイアミ、キングストン(ジャマイカ)とAAで飛び、この日はHで休みます。翌日
キングストン観光し(ボブ・マーリー博物館・像、ポート・ロイヤル)、オーチョ・リオスからモンテゴ・ベイに向かいます。
(ジャマイカの海賊の歴史)
1494年コロンブスの第2回の航海の時、ジャマイカに到着しました。1538年、スパニッシュ・タウンが首都となり、黒人奴隷をアフリカより連れて来ます。当時、海賊が横行し1630年ハイチのトルトゥーガ島に集まり、イギリスが海賊に国公認免許を与えます。1655年ここをイギリスが支配し、ポート・ロイヤルに首都を移します。(当時、海賊はポート・ロイヤルで好き放題(パブ カジノ 売春宿)をして1692年7月7日大地震となり滅びました。(現代版「ソドムとゴモラ」と言われています。)その後、バハマ諸島のニュー・プロビデンス島(今のナッソー、後日訪れます。)に移り、第2のポート・ロイヤルとなります。
(ボブ・マーリーとラスタファリー運動とドレッド・ヘヤーについて)
ボブ・マーリーはレゲエの神様と言われ、ジャマイカの英雄です。1979年来日公演を行い、1980年メラノーマ(悪性黒色腫)がわかり自然治癒を望み、1981年5月11日36歳で亡くなりました。彼はラスタファリー運動に傾倒して弱者の声を代弁していました。それは、聖書を経典としていますが、成文化はしておらず、宗教というより思想運動と思われます。エチオピア皇帝(ハイレ・セラシエ1世)を神としてとらえ、ベジタリアンで大麻は聖なるものと考えています。独特の髪はドレッド・ヘアー(又はロックス)と言い、聖書の記述より取られ、旧約聖書の「レビ記」の髪を切ってはいけない。カミソリを当ててはいけないという事より由来しています。その為、毛が絡まってもそのままです。)
赤は血 緑は自然 黒は黒人 黄は太陽を表し、4色をラスタカラーといいレゲエカラーテで思想のシンボルカラーです。)トレッドヘヤーの人が全員、ラスタファリー運動に共鳴してはいません。大麻(インドではガンジャ)は精神を穏やかにするといい、創世記の言葉で正当化しています。
因みに、日本でドレッド・ヘヤーにすると13~16時間かかり、5~6万円かかります。シャンプーが大変そうですが、髪の毛がたわしの様になり洗えるそうです。元に戻すには丸坊主にします。
{旅程}
①4/28(日)成田10:50(AA)ダラス(AA)マイアミ(AA)20:08サント・ドミンゴ(泊)
②4/29(月)(コロンブス記念灯台・公園大聖堂アルカサル オサマ砦 パンテオン)サント・ドミンゴ泊
★③4/30(火)サント・ドミンゴ7:01(AA)マイアミ(AA)12:51キングストン(泊)
★④5/1(水)ボブ・マーリー博物館・像 ポート・ロイヤル Caves コロンブス公園 モンテゴベイ(泊)
⑤5/2(木)サム・シャープ広場 聖ジェームズ・パリッシュ教会 鳥園 ネグリル夕日 モンテゴベイ
⑥5/3(金)モンテゴベイ7:00(AA)9:50マイアミ14:40(AA)15:41ナッソー(泊)
⑦5/4(土)パイレーツオブナッソー フィンキャッスル砦 ローソン・スクエア ナッソー19:25(AA)20:29マイアミ
⑧5/5(日)マイアミ9:25(AA)11:32ダラス13:30(AA)(機中泊)
⑨5/6(月)(日付変更線)-15:45成田
③4月30日(火)1JMD(Jドル)=0.9円(ドル使用可能)
AM2:45に起き、4:00Hを出発し、サント・ドミンゴ国際空港に4:25着きます。
サントドミンゴ7:01(AA1026)9:33マイアミ12:05(AA1400)12:51キングストン(時差-14) (ジャマイカ)
機内でHで渡された朝食を食べます。マイアミではAPCキオスクで手続き後、トランジットにも関わらず、有人カウンターで色々と質問をされました。(アメリカ経由の面倒さを実感します。)マイアミの搭乗口にいる頃、「令和」になりました。ほぼ、定刻にキングストンに到着。(まだ時差に慣れず、今日は早朝、起きた為、かなり疲れが溜まっています。)
1)バスで13:57空港より14:37H着(今回の旅行で一番、治安が悪いとされるキングストンを走ります。ノーマン・マンリー・ハイウェイよりダウンタウンをかすめて、CampRdを北上し(貧しい家、壁の落書き、家の塀には鉄条網、路上で横になっている若者(薬物?)等が見られ、危険な臭いを感じます。)
2)(昼食)HのR「TheMeltyPod」(14:50-16:25)でジャマイカの名物ジャーク・チキンを戴きます。
3)プール(16:40-17:20)で泳ぎ、疲れがとれました。その後、部屋で休みます。
4)(夕食)(19:30-21:42)HのRでパンプキンスープ ジャーク・フィッシュ ヤギのカレー チーズ・ケーキ等戴き、すぐ、休みます。 (泊)キングストン(TheKnutsfordCourtH)
④5月1日(水)
5:00起床 朝食(6:35-7:20)ビュッフェ形式を戴き、8:35Hを出発します。
(キングストン市内観光) デヴォン・ハウスをバス内より見て(市内は渋滞が多いです。)
1)ボブ・マーリー博物館(8:55-10:30)(博物館は2F建てで内部は撮影禁止で、レコーディングルーム スタジオ 寝室 台所(銃弾の痕) バック・コーラスの女性の服 オフィス 勲章 新聞記事 写真 車等の展示 庭に生涯の壁画 座っていた石 ボブ・マーリー像等があります。)
2)ボブ・マーリー像(10:45-10:50)(隣にナショナル・スタジアム) 昨日と同じようにCampRdを南下し空港の先にあるロート・ロイヤルに着きます。
3)ポート・ロイヤル(11:30-12:15)(イギリス王室公認の海賊の本拠地)入口よりチャールズ砦(2つの博物館 古い大砲 塔等)砦の外の1907年の地震で傾いたギディ・ハウスや1888年の砲台を見学。
4)隣の再建されたセント・ピーター教会を見て、キンギストン市内に戻りスパニッシュ・タウン郊外を通り、高速道路でジャマイカ中央部の山を北上し、オーチョ・リオスに向かいます。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- アメリカン航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
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H Coral Costa CaribeをAM4:00に出発します。
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サント・ドミンゴ国際空港
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サント・ドミンゴ国際空港内部
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A-737
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マイアミに行きます。
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サント・ドミンゴ国際空港を離陸します。
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短かった滞在のドミニカ共和国ともお別れです。
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サント・ドミンゴ市内を遠くに見ます。
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Hで戴いた朝食のお弁当を食べます。
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ドミニカ共和国内陸の山間部
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イスパニョーラ島よりカリブ海の上を飛びます。(上部の陸地は位置的にハイチでしょうか?)
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カリブ海の中の綺麗な島々(カリブの島々は7.7万個あるそうです。殆どが無人島です。)
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綺麗なカリブ海
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アメリカ大陸(マイアミ近郊)に入ります。
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2回目のマイアミ国際空港に着陸します。
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MIAスカイステイションの軌道
D-47に降り、D-5に向います。(ほぼ、マイアミ空港の両端ですので、MIAスカイトレインでステイション4より1に向います。(端から端まで乗ります。) -
広いマイアミ国際空港
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AAでキングストンに向います。
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B-737-800
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ジャマイカの陸地です。
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キングストンの市街地です。(着陸寸前です。)
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キングストン国際空港に停まっていたカリビアン・エアライン(数年後、この飛行機でカリブ海を飛ぶ予定です。)
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空港内の陽気な絵
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空港内の要人のオブジェ?
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空港を出る左手にあるJUTAの専用タクシーのカウンター(クレジットカードのマークが付いていました。)(個人旅行の時はここを利用します。)
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ジャマイカ国際空港の出口
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キングストン国際空港(そんなに危険な感じはしませんでした。)
人口は289万人、英語が公用語ですが、クレオール語も使用(始め、意思疎通が出来ない異なる言語の商人らが自然に作りあげた言語で、その子供の代で母国語となったのがクレオール語です。)先住民アラワク族の言葉でここの事を「ザイマカ」と呼んでいたので「ジャマイカ」となりました。ノーマン マンレー国際空港 (KIN) 空港
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JUTAのタクシーを見つけました。
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ノーマン・マンリー・ハイウェイより見たジャマイカ市内
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ノーマン・マンリー・ハイウェイより見たジャマイカ市内
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置き去られた船
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石灰岩を掘り出す工場
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キングストン市内より見たキングストン国際空港(右に管制塔)
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内海のカグウェイ湾
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キングストンへようこそ
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海沿いの道から、このRAよりサウス・キャンプ・ロードを北上します。
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ダウンタウンを霞めてアップタウンのHに向います。(サウス・キャンプ・ロードを北上します。)
家々にはこのように鉄城門がはりめぐらせれています。
写真は撮れませんでしたが、路上で横になっていいる大人がいました。(薬でしょうか?) -
ダウンタウン近くの様子(壁画)殺伐とした感じです。
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サビーナ・パーク
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サビーナ・パーク(野球場になっています。)
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学校
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町中のモスク
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Emancipation Park
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Emancipation Park入口
エマンシペーション・パーク 広場・公園
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ニュー・キングストンの路上の壁画
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外より見たナッツフォードコーストH
ザ ナッツフォード コート ホテル ホテル
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ナッツフォードコーストH外観
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ロビーの入口(宿泊棟の1つ)
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Hのロビー
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Hの中庭
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中庭のプールと左がレストラン 右が我々が泊まった宿泊棟(3つに分かれています。)
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中庭のプール
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昼食と夕食を戴いたR「The Melting Pot」
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1Fのバー
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待ちに待った昼食会場(14:50~16:25)
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ジャマイカ名物のジャーク・チキン
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お腹が空いていたので美味しく戴きました。
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コーヒー
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Hの中庭にあるプール(夕食が19:30からなので、16:40~17:20まで気持ち良く泳ぎお腹を減らしました。)
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宿泊棟のロビー
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部屋の様子
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部屋の中(電子レンジがありました。)
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部屋の中
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ジャマイカの切手
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昼食と夕食を戴いた場所
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パンプキン・スープ
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フルーツ・ポンチ
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ジャマイカの地ビール(レッド・ストライプ 5USD)
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ジャーク・フィッシュ(香辛料が効いていて美味しく戴きました。)
(他に、ジャーク・チキン ポーク・フィシュ フィッシュ&チップスもありました。) -
カリー・ゴート(ヤギ肉をカレー風に味付けをして煮込みました。)
ヤギの臭みもなく美味しく戴きました。 -
アイスクリーム(チョコレートとラムレーズン)
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チーズケーキ
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)
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朝食(ビュッフェ形式)
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このバスでキングストンからモンテゴ・ベイ ネグリルに行きます。
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デヴォン・ハウス入口を通ります。
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デヴォン・ハウス(丁度、上手く撮れました。)
ジャマイカの国宝建築物で、ジョージ・スティーベルの家で1881年住居として建てました。デボン・ハウス 建造物
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Jamaica House(政府庁舎)
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渋滞中のジャマイカ市内
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アップタウンの家
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ボブ・マーリー博物館入口
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ボブ・マーリー博物館入口
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ボブ・マーリー博物館の入口の壁画
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ボブ・マーリー博物館敷地全体
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ボブ・マーリー博物館本体の入口(2Fのでっぱりはオフィスです。)
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ボブ・マーリー博物館本体の入口(2Fの隅に売店がありました。)
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ボブ・マーリー博物館(右から)
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入口右側の売店
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入口右側の売店の壁画
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ボブ・マーリー博物館周囲の壁画(道路側)左は家族? 彼はサッカーが好きでした。)
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ボブ・マーリー博物館周囲の壁画(道路側)
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正面のボブ・マーリー像と博物館
ボブ・マーリー博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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正面のボブ・マーリー像
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正面のボブ・マーリー像
(ボブ・マーリーはサッカー好きで足にメラノーマ(悪性黒色腫)が出来ても、体を傷つけてはいけないと教えより、大手術をしなかったため、36歳で亡くなりました。) -
正面のボブ・マーリー像
1986年5月11日より博物館として開放しました。(彼の自宅 レコーディングスタジオ プレス工場(タフ・ゴング・スタジオより移築)) -
エチオピアのハイレ・セラシエ1世
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3人の女性像
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ボブ・マーリー博物館玄関(1F左にはレコーディングスタジオの機器がありました。)
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ボブ・マーリー博物館玄関
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ボブ・マーリー博物館本体の入口
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ボブ・マーリー博物館(内部は撮影禁止の為、汚い字ですが、模式図と説明を載せます。)1Fの部屋(Aから回りました。次に部屋ごとの説明があります。)
A(各賞の展示室 「one way」を歌ってくれました。)B(バックコーラス3人の女性の衣装 妻リタ・マーリー、マーシャ・グリフィス、ジュディ・モワット)C(レコーディングスタジオの機器)D(レコーディングルーム12人の子供の写真・ピアノ等)E(廊下 3つのメダル等)F(後で回りました。台所(1976年12月3日に銃で撃たれた場所で銃弾の痕が2か所残っています。) -
1Fの部屋の説明
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1Fの部屋の説明
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2Fの部屋(模式図)
A(オフィス)B(ラスタファリー運動を生んだマーカス・ガーベイの絵と特別室)C(新聞記事(1980年のUprisingツアーなどのポスター・部屋の隅に15歳の時のレコードショップ)F(ハンモックとブルーマウンテンの山々 ハイレセラシエ1世の大きな絵(ライブステージの後ろに立てていた。))G(寝室 聖書・楽器・クローゼット・トイレ)H(台所 天然の食材で食事に気を使いました。ラスタの人は菜食主義(塩もとらない。)禁酒で野菜スープ 果物スープを好みます。こうしたアイタルコードという自然食を食べていました。)I(中央にグラミー賞のトロフィー(スピーカーの形) 子供の写真) -
2Fの説明
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2Fの説明
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奥の博物館(1970年のランド・ローバーの展示と各年代の写真で最後は葬式の様子)
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ボブ・マーリー博物館1Fの裏側の出入口(ここは台所で1976年の銃弾の跡が2か所ありました。)ボブは腕を撃たれ、奥さんのリタは額を切りました。コンサートの2日前でしたが、2日後にコンサートを行いました。犯人はわかりませんが、政治的な関りがあるようです。コンサートの後に約1年間(1977~78年英国に亡命しました。1978年亡命から戻り、コンサートで対立していた2大政党の党首2人を舞台に揚げ、握手をさせました。1人は国民人民党のマイケル氏)
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ボブ・マーリー博物館(裏側の階段) 2Fから階段を降りて、外に出ました。
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ボブ・マーリー博物館(裏側) 2Fから階段を降りて、左の出口より出ました。)
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アキーの木と実
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アキーの木
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中庭のアキーの実(後日、アキーとソルトフィッシュをモンテゴベイの昼食で戴きました。)木についているうちに食べると死にます。熟して落ちると食べられます。アキーの実を食べる習慣はジャマイカだけでしたが、今は瓶詰で輸入されています。10~12月が良いシーズンです。)実の果肉の部分を食べます。
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マンゴの木
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奥の博物館の所の壁画
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奥の博物館の所の壁画
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奥の博物館の中庭
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奥の博物館の入口
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奥の博物館入口
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ボブ・マーリー博物館周囲の壁画(入って右側)
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ボブ・マーリー博物館周囲の壁画(入って右側)
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ボブ・マーリー博物館(右側)
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ボブ・マーリー博物館本体(右側)(2Fにハンモックがありました。)
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Kings House(遠景)
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Kings House(入口)
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キングストンの高台の家
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ナショナル・スタジアム
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ナショナル・スタジアム(1978年、亡命から戻り開催した「ワンラブピースコンサート」会場でここで抗争を繰り返していた与党と野党の党首をステージにあげて、握手をさせた。ここでは1981年、マーリーの国葬も行われました。
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ナショナル・スタジアム隣のボブ・マーリー像
(サッカー好きのため、スタジアムの方向に向いています。) -
ボブ・マーリー像(ポーズをとって、皆で写真を撮りました。)
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ボブ・マーリー像
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町中のモスク
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町の様子
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町中の様子(奥がダウンタウンの中心)
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貧しい人々の家
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内海のカグウェイ湾と遠くに空港です。
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貧しい人々の家
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貧しい人々の家
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海沿いの家
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空港へのロータリー(HarbourViewRA)
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キングストンのノーマン・マンリー・ハイウェイ
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キングストンの海沿いの高層ビル
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キングストンの海沿いの高層ビル
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空港への入口のロータリー
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空港の管制塔
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ポート・ロイヤルの軍設備(沿岸警備隊)
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ポート・ロイヤルの入口の門
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ポート・ロイヤルの入場料
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ポート・ロイヤルの説明
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入口の何かしらの木の実
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ポート・ロイヤル入口
(ここは英国公認の海賊船の本拠地で、1713年のユトレヒト条約以後、各国で海賊行為は禁じられ違反者は所謂「海賊」とみなされ、ここは海賊を取り締まる軍港となった。(それ以後、海賊は処刑されました。)1692年の大地震で壊滅しました。かつては104ものの大砲がありました。地震で33m沈みました。8000人程の内、2000人死亡、3000人が怪我をしたそうです。最盛期には500隻の船が停泊できたそうです。)
(以前、海賊であったフランシス・ドレイクは海賊禁止後、ここの総督にになり、ナイトとなったそうです。)ポート・ロイヤル 史跡・遺跡
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ポート・ロイヤル入口の大砲
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ポート・ロイヤル(中庭)(塁壁とアーチ型の砲台)
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沢山の大砲
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2つの建物は今は博物館となっています。(Horatio Quarties)(NelsonQuarterDeck)
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展示室全体
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展示室全体
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ポート・ロイヤルの模型
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16Cの武器(砲弾)
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煙草・お酒・パイプ(海の底より引き上げられた)
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大麻を吸っていた容器
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半島にあった地図(1692年7月7日(水)AM11:42 大地震があり、大部分が海に沈んだ。津波の様子が描かれています。)
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ポート・ロイヤルは6つの砦がありましたが、大地震により5つの砦は海に沈み、右上のチャールズ砦(1656年に造られ、始めはクロムウェル砦と呼ばれていました。)だけが今に残っています。(今のポート・ロイヤルの南側に沈んでおり、まだ、発掘されていません。)(因みに、他の5つの砦はジェームズ砦 カーライル砦 ルパート砦 モーガン砦 ウェーカー砦と呼ばれていました。)
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海より発掘された物
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展示品
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展示品
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展示品
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展示品
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白い2F建ての右の博物館の展示品
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白い2F建ての右の博物館の展示品
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白い2F建ての右の博物館の展示品
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白い2F建ての右の博物館の展示品
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昔は牢屋でしたが、今は土産屋とバーになっています。
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砦内を見渡せる高台よりの中庭と奥に塔
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沢山の大砲
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砦よりみたキディ・ハウス
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大砲
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大砲
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外よりチャールズ砦を見ます。
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ポート・ロイヤルを案内して下さったエミリーさん
(彼はラスファタリーリズムであり、髭をこの様にずっと、伸ばしています。) -
1907年の地震で傾いたままのギディ・ハウス(レンガ造りで目くらましの家)
チャールズ砦&キディ ハウス 史跡・遺跡
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ギディ・ハウスの傾きが分かります。(後で、建物内に入り、斜めの態勢の写真を撮りました。)
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砲台の跡
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1888年に作った新しい砲台
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1888年に作った新しい砲台(5Mの巨砲)
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1888年に作った新しい砲台
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チャールズ砦と塔
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ポート・ロイヤル隣のセント・ピーター教会
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ポート・ロイヤル隣のセント・ピーター教会(大地震で潰れ、再建されたが1703年火事で消失、1725~26年で再建されたようですが、今は新しくされたようです。)
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燈台
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空港近くのシャボテン
(空港近くを通り、ノーマン・マンリー・ハイウェイを通ります。) -
ノーマン・マンリー・ハイウェイの外海の綺麗な海
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外海の綺麗な海
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外海の綺麗な海と船
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ノーマン・マンリー・ハイウェイの外海の綺麗な海と船
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外海の綺麗な海と白波
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キングストンの街中を通り、バス・ターミナルを見ます。
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貧しい人々の家
この後、高速道路に入りモンテゴ・ベイを目指します。
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