2018/08/08 - 2018/08/10
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East of Edenさん
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イタリアも何度も言ったので、ちょっとマンネリ感があり、教会を見てフーンきれいだね、レストランに行ってなかなかおいしいね、で終わったんじゃ、何度も行ったイタリア旅行の一つに埋もれてしまう。
なんて、なんか世界観の変わるとまで行かなくても、思い出に残る旅にしたい、っていう事で。。。何か旅のテーマというか、いくつかチャレンジを考えてみた。
一つ目は、フィレンツェに行くのだから、ルネッサンスのこと、そもそもルネッサンスってなんだろうか、という夏休みの研究課題をすることにした。そもそもルネッサンスとはどういう意味かすら知らなかったから。
もう一つは、イタリア語。今度は本気、真剣、イタリア語を話す、1分でも、3分でもいいから、とにかく話そうと。
一つ目のチャレンジ、旅行の1か月半前に買った本、“An Art Lovers’ Guide to Florence”。これが、面白くて、面白くて、毎日寝る前に読んで、気持ちの中では1か月半前からフィレンツェ旅行は始まっていたと思う。
二つ目のチャレンジ、前々回のイタリア旅行で、人称代名詞(直接、間接とか)でつまずいた。今度は事前にここを頑張って、CとSの発音、未来形、半過去、接続法、条件法をなんとか活用を覚えて、あと動詞もいくつか覚えて。。。
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ルフトハンザ、フランクフルト経由
フィレンツェに近づき。。。。
そうそうこの辺の山に登る予定。 -
Casa Rovaiに泊まる。なぜCasa Rovaiかというと、フレスコ画が部屋があるので。。まず2-3時間お昼寝。
Casa Rovai、部屋もきれいだし、フロントもいい感じだし、なかなかよかったけど、チェックアウト後に事件が。。。 -
まず行ったのは午後3時に予約したサンタクローチェ教会。ここは一番最後に見たかったところ。話の順序が狂うので、後で。
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お昼ご飯は、安くて評判のいいピアッザ・デラ・シニョリアのそばにあるこのお店。
いつも行列が。。。 -
ペコリーノチーズとトリュフクリームのサンドイッチ。
5ユーロなのに、とっても美味しく、量もいっぱい、行列ができるのがよくわかる。
あまりにもお腹いっぱいになったので、この日は夕食無し。 -
次にDuomo美術館。予約なしでもすぐ入れた。
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ルネッサンスの始まりは、1401年にこの洗礼堂の東の扉のデザインコンペに始まったとも言える。
黒死病の恐怖が去り、ビザンツ帝国やローマ教皇の影響が衰え、一方で、商業・金融が栄え、都市国家が興り、共和制で政治が行われる。
そして、後にルネッサンス芸術を支えるメディチ家と芸術の最初の接点でもある。 -
デザインコンペを主催したのは、メディチ銀行の創始者ジョバンニ・ディ・ビッチが委員長を務めるフィレンツェの商工会議所。
多くの芸術家を呼んで、プロトタイプを作らせた。 -
コンペの参加者には、ドナッテロもいた。
でも最後は、ギベルティ対ブルネレスキの戦いに。
ヴァザーリによれば、ドナッテロとブルネレスキが、ギベルティの作品を見て、「これだって」言ったそうだ(Gergio Vasari “the Lives of the Artists”)。
但し、ヴァザーリの話は、時々話を面白くするために脚色していることもあるそうなので。。。。 -
ブルネレスキは、出来レースで最初からギベルティに決まっていた、と言っていたらしい(The Art Lover’s Guide to Florence)。
後にブルネレスキはギベルティに報復することになる。しかもギベルティが立ち上がれなくなるほど。 -
旧約聖書の10の場面の描写。ギベルティはこれまでの手法と異なり、10枚のパネルを別々に、それぞれに立体的な世界を作る。
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後にミケランジェロがこの東の扉をみて、びっくりして立ち尽くし、神の作品だ、天国に値する扉だ、と言ったそうだ(Gergio Vasari “the Lives of the Artists”)。
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負けたドナッテロとブルネレスキはローマに。ドナッテロは彫刻の修行。ブルネレスキは、ローマ時代の建造物の遺跡を探し、その構造を調べ、なぜローマ時代にできて、500年後の今、同じものができないのかを探求した。
この努力が、ルネッサンスの偉大な成果を生み出す。このブルネレスキ・ドーム
ジョルジオ・ヴァザーリは、ブルネレスキのことを、小柄で見かけもパッとしない “Nature has created many men who are small and insignificant in appearance but .....”と述べているが、彼の才能はべた褒め。 -
ドームの後にその上に乗せる冠もコンペになった。ギベルティも何とか参加させてもらうが、ブルネレスキには全くかなわず、やはりブルネレスキがデザインした。
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ドゥオーモ美術館には他にもすごいものがあって。。。
ミケランジェロの最後から2番目の作品と言われているピエタ。
ミケランジェロは、幼少のころ、ロレンゾ・ディ・メディチに才能を認められてメディチ家に迎えられた。家族のように扱われた。 -
しかしながら、ミケランジェロは、ロレンゾの自由な世界観、優雅な生活、宗教にとらわれない、インテリジェンスに重きを置く考え方を受け入れることはできなかったようだ。
そこでキリスト教ドミニカ派原理主義者のサヴォナローラの思想に影響を受ける。1494年にメディチ家がフィレンツェから追放されたときに、追放した共和国側につく。
メディチ家にとっては飼い犬に手をかまれるわけだ。
でもメディチ家はミケランジェロの才能は見捨てることはなかった。そしてミケランジェロもメディチ家の影響から逃れることはできなかった。 -
そしてメディチはミケランジェロにこのピエタを作らせた。ミケランジェロは断ることはできない。
上からピエタを眺めているのはミケランジェロ自身。この憂鬱な表情は、彼のメディチ家への思いが表れている、とBBCドキュメンタリー, The Medici Maker of the Modern Artで、アンドリュー・グラハム・ディクソンは述べている。 -
ミケランジェロは、自ら、ジーザスの腕をハンマーで壊したそうだ。その跡が。。。
大理石の傷を見つけて、頭に来て、カッとなったらしい。
ミケランジェロの晩年は。。。。苦悩が多かったみたいだね。 -
このDuomo美術館で、もう一つびっくりしたものは、ドナッテロのマグダラのマリア。
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写真では見たけど、マグダラのマリア超絶劣化、くらいにした思わなかったけど、実物、本物見て、唖然、なんだろうこれ。。。。。
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ドナッテロ、すごい、天才。
どの角度から見ても、完璧。出発前に、ドナッテロのこと、あんまり調べなかったけど、あのブロンズのダヴィデ像、エロいやつ、男か女かわからないやつ、へぇ~としか思わなかったんだけど。。 -
ダヴィデ像もそうだけど、このマグダラのマリア像も、中性を感じさせる。。。女性なんだけど、女性の魅力を感じさせない、ドナッテロ、やっぱりゲイだったのか。
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ドナッテロの作品、もっとみたい。なんか、触りなくなる魅力があるね。
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そしてブルネレスキ・ドームのコッポーラに登る。予約は18;00。5分待った。
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ヴァザーリのフレスコ。これは後でよく見るということで。
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階段を上っていく
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登るの大変だって聞いてたけど、大した事なかった。
景色がいいね。
隣のジオットの塔が -
あれどこかな。
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さっき行ったサンタクローチェ教会
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Palazzo Vecchioもよく見える
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ブルネレスキ・ドームのコッポーラに登りたかったのは、ヴァザーリのフレスコが見たかったから。ダンテのInfernoの世界をヴァザーリがどう描いたか。
上は天上界 -
次はPurgatory、天国か地獄かの判断を待つ場所
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Infernoの絵を見て、怖いって思わせて、Infernoに行きたくなければ、Infernoで永遠に苦しみを味わいたくなかったら、ジーザスを主として受け入れ、ここで洗礼を受けろと。セットになっているわけだ。
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永遠の地獄 Eternal Damnation
死んでも死んでも、生き返り、苦しまされる。 -
こんな三つ首のお化けが出てきて。。。
でもちっとも怖くないんですけど。かわいい。 -
ブルネレスキはドームの設計だけでなく、建築用の道具を考え、作った。
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ピアッザ・デラ・シニョリアに。
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コジモ1世の像。
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ルネッサンスの本を読んだり、ドキュメンタリーを見て、気に入らないのは、女性が登場してこないことだ。完全な男社会だったのだと思う。
例えば、このピアッザ・デラ・シニョリアのにあるこの像(本物はアカデミア美術館)、年取った男がレイプしようとしていた女を若い男が奪うシーン。
女性は牛や馬や羊と同じ財産でしかなかったこと、違うのは子供を産み育てること、戦略結婚。。やっぱり道具でしかなかったこと。 -
ちょっと異質なのは。。。。やはりこのピアッザ・デラ・シニョリアにあるドナッテロのホロフェロネスを斬首するジュディスの像。
これはコジモ・ディ・メディチ(Cosimo Il Vecchio)がパトロンとなり、ドナッテロが作成。
旧約聖書にあるストーリー 自らの市民をホロフェロネス率いるアッシリアの軍隊から守るために、おめかしをしてアッシリア軍のキャンプに潜入、色目を使ってホロフェロネスを誘う。そしてセックスの条件としてホロフェロネスに沢山酒を飲むことを要求。
沢山酒を飲んで酔って眠り込んだところでホロフェロネスの首を切る、というシーン。
女性が裸の男の首を切るというショッキングなシーンを表現できたのは、やはりルネッサンスの自由な思想があってこそ。 -
ドナッテロの繊細さには、驚かされる。
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ミケランジェロのダヴィデ像(本物はアカデミア美術館)。これは、やっぱり、レプリカでもいいから、ここにあることに意義がある。
政治的、歴史的な意義がある。旧約聖書では、ダヴィデがGoliathを退治し。。。 -
ダヴィデは、ヴァチカンに向けて、そしてフィレンツェに「堕落と腐敗をもたらした」メディチの亡命先に向かって睨みを聞かせるように配置されている。
ヴァチカンとメディチがGoliathだったのだ。フィレンツェの芸術作品はしばしば政治的な意味をもっている。
フィレンツェ政府の堕落(宗教的な意味での)や腐敗を糾弾するキリスト教ドミニカ派のジローラモ・サヴォナローラが、新フィレンツェ政府に影響力を与えた。
サヴォナローラが、ルネッサンスの、多神教的な世界観、裸や性の描写は、邪教だとして、多くの芸術作品を燃やした、Bonfire of the Vanityもここで行われた。ボティッチェリもここで自らの作品を燃やした。
もったいないね。サヴォナローラが出てこなかったら、Bonfire of the Vanityがなかったら、素晴らしい芸術作品がもっと後世に残っただろうに。ボティッチェリの燃やされた作品はどうだったんだろうか。 -
ヴァチカンを批判したサヴォナローラは、1498年、やはりこの場所で、審判にかけられ、といっても、火あぶりの拷問に耐えて生き残れば無罪、という残虐なもので、結局審判は中止になったが、結局、教会と市の判決により、サヴォナローラは彼の兄弟とともに、火あぶりにして処刑された。
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フィレンツェのサンマルコ寺院のサヴォナローラの礼拝堂にその時の様子を示す絵と資料がある。
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そして、1521年に反メディチ勢力が暴徒化した際に、ピアッザ・デラ・シニョリアのタワーから落ちてきた家具が、ダヴィデの腕を直撃し、3つに割れてしまう。二人の子供がそれを拾って大切に保存。ヴァザーリはその一人だということだ。そしてダヴィデの腕を修復する。これは本物のダヴィデ像
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こんな話が、全てこの場所に詰まっている。世界で、これほどいろんなドラマが起こった場所って、他にないかも。
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日が暮れ。
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ミケランジェロ広場へ
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日が沈んでからの空の色もいい
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沢山の人たちが
中国や韓国の女の子がいっぱいいて、自撮りしている。ずっとやっている。
女の子たち、皆、同じ顔。。。。。。 -
フランスからきたおじさん、シャボン玉のパフォーマンス
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翌日は、ウフィツィ美術館、サンマルコ寺院、サンタマリアノヴェッラ教会、アカデミア美術館、と盛りだくさん。
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早めに宿に帰って寝る。
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