2018/08/09 - 2018/08/11
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East of Edenさん
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思い出に残るイタリアの旅にしたい、っていう事で考えた、夏休みの自由研究。そのテーマ、ルネッサンスとは何だったのかを考えながら、ウフィツィ美術館を歩き回る。
フィリッポ・リッピ、ボティッチェリ、そしてレオナルドダヴィンチの世界へ
ただの宗教画じゃない。。。
金と女と名声、権力と政治、自由とキリスト教による抑圧の葛藤、コミッションをもらうための芸術家どうしの仁義なき戦い。。。。生々しいドラマがあり。。。。
2階だけ見て時間切れに。1階は10日後にまたチケット買って戻ってくることになった。
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ウフィツィ美術館 朝8時15分に予約。待ち時間、チケット引き換えに2-3分、入口で5分。
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ウフィツィ美術館の絵の中で、個人的に、一番エロいのはこれだと思う。
ウルビーノのビーナスでも無く、ボティッチェリのビーナスの誕生でも無く。’
これも、ただの宗教画ではない。マリアと子供と天使という題であるが、そんなことはどうでもいい。
マリアはフィリッポ・リッピがプラトーの修道院で惚れた少女Lucrenzaの肖像。そういうところがルネッサンスのすばらしさなんではないか。中世だったらありえない。
フィリッポ・リッピはルクレンザは心底惚れてしまい、修道院の尼さんたちを出し抜いて、ルクレンザを奪い、連れ去る。ルクレンザのお父さんも尼さんたちも激怒。
でもルクレンザはフィリッポ・リッピの所に住み着き、フィリッポ・リッピの子供を産んだ。この子供がフィリピ―ノ・リッピ。
今だったら、誘拐、強姦。。。沢山の罪状でずっと刑務所だな。フィリッポ・リッピ自身、Fraという僧侶の称号がついているというのに。 -
ルクレンザのこの姿を見ると、フィリッポ・リッピが、どうだ、いい女だろう、この額、このうなじ、この目、口元、エロいだろう、これがオレの女なんだ、って語り掛けてくるような。
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フィリッポ・リッピの作品は、拡大しても、細かいところまで良く描けている。
ヴェールがきれい。
コジモ・メディチ(Cosimo Il Vecchio)がフィリッポ・リッピの絵に惚れ込んだのは分かる。 -
天使がすごくかわいい。フィリッポ・リッピは子供好きだったに違いない。
ほらこの目、口元、どうだい、こんなに可愛いんだぞって。モデルは息子フィリピ―ノ・リッピなのかな。
フィリッポ・リッピの作品は、ある時期から、この顔が登場する。 -
天使のもう一人は、ほとんど見えないが、これも丁寧に書いている。
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ヴァザーリによれば、フィリッポ・リッピの手は、かつてパトロンからクレームが来たそうで(この作品ではないが)。。。。
弟子ボティッチェリの手や足の描き方と比較してみると面白い。 -
Coronation of the Virgin(聖母戴冠)はフィリッポ・リッピの才能があふれ出ている作品だと思う。
聖母マリアが昇天して、神に女王の冠をかぶせてもらうシーン。
手抜き無く、細かいところまで丁寧に書かれている。画のどこを見ても、抜けていない。
そして可愛い天使。これも、息子のフィリピ―ノ・リッピなのか。受胎告知の天使に似ている。
天使や聖人の一人一人の顔、みんな違うし、表情がある。ただそこにいるから埋めただけ、というわけではない。
これ、わからないのだが、ルネッサンス時代の画に共通していると思うが、なぜ、描かれている人たち、目線が合わないんだろう。皆違うところを見ている。なぜなんだ。。。 -
右下にこの画のパトロンのフランチェスコ・マリンギが僧の姿でひざまずいている。
この人のおかげでこの画があったんだ。ありがたい。 -
左下にフィリッポ・リッピの自画像。
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フィリッポ・リッピの生涯は、ドラマに満ちている。
Anconaでボート遊びをしていた時、ムーア人の海賊に連れ去られ、奴隷にされた。つらい奴隷生活。
ある日転機が訪れた。焚火で拾った炭で、白壁に主人の肖像画を書いた。主人もみんな、びっくり、奇跡が起こったと思ったそうだ。
こうして18か月の奴隷生活を開放された。才能は身を助けるね。その後、ナポリ、そしてフィレンツェに戻り、
コジモ・メディチ(Cosimo Il Vecchio)のお気に入りとなり、かつ、一番親しい友人となった(ヴァザーリによれば)。
フィリッポ・リッピは、女好きで、好きな女を見つけると、全ての財を投げうって、手に入れようとする。失敗すると、好きな女の肖像画を書いて、一人で語り掛ける。
盛りがついて、女を追っかけているときは、仕事は放棄。そこで、コジモは彼を部屋に閉じ込める。でもフィリッポ・リッピは、シーツをつなげて窓から脱走。関係がこじれる。
コジモはこれに懲りて、その後フィリッポの好きにさせることにした。やりたいようにさせるのが一番と判断したのだ。
コジモとローマ法王が、ルクレンザとの結婚を許したが(フィリッポは僧侶だったが)、フィリッポは断固として受け入れなかったそうだ。自由恋愛がしたい、というのが理由だったらしい。
彼は死ぬ間際まで女を追いかけていたそうだ。そして、とても楽しく幸せな生涯だった、とヴァザーリは言っている。
フィリッポ・リッピの生涯は、Giorgio Vasari, The Lives of the Artistsに詳しく書かれている。 -
ここにも同じ可愛い顔が。。。
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奥にいる人たちも、表情豊かに丁寧に書かれている。
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Adoration of Christ Child
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マドンナがかわいい
これはLucrenzaではないね。
別の女か? -
これは聖母マリアの死の告知
フィリッポ・リッピが若いころの作品。 -
この作品により、フィリッポ・リッピはイタリアン・ルネッサンスを代表する画家になったそうだ。
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細かいところまで本当に良く描けている。
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天使が本当にかわいい。リッピは美少女アニメの元祖なのかもね。
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次はフィリッポ・リッピの弟子、ボティッチェリ。
プリマヴェーラ。すごい人だかり。
中学生のころだったか、プリマヴェーラを見て、ギリシャ時代の絵なんだな、ふ~ん、で終わってしまったが。プリマヴェーラはギリシャ時代ではなく、それよりもはるかに後の、イタリアン・ルネッサンスを代表する絵だったのだ。
なぜイタリアン・ルネッサンスを代表するかと言えば、キリスト教の呪縛から(少しだけ)抜け出て、ギリシャ・ローマ時代の多神教かつ自由な価値を描いたものだからである。
この画はロレンゾ・ディ・メディチ(Il Magnifico)がお金をだして、ボティッチェリに描かせて、二人目の従妹に結婚祝いに送ったものと言われているが、定かではない。 -
メディチ家またはメディチ家の支持者がお金を出したことは間違いないだろう。
その証拠として、画の上にはメディチ家のシンボルである月桂樹とオレンジが。 -
右の頬っぺたが膨らんだ青いやつは、ゼフィール。3月を司る風の神。
その左横の女性がクロ―リス。
ゼフィールとクロ―リスは、ローマ時代の詩人Ovidの詩に出てくる。ゼフィールは3月の西風でクロ―リスを追いかけ、クロ―リスに触ると、クロ―リスはフローラに変身する。フローラを捕まえレイプするが、後に行き過ぎたことを後悔し、フローラと結婚し、フローラを花の愛人、春のパトロンとした(An Art Lover’s Guide to Florence)。 -
ボティッチェリは、プリマヴェーラで、ゼフィールの口から風をクロ―リスに送り、クロ―リスを妊娠させる。クロ―リスは口から花を産みし、その花はフローラの服の模様に取り込まれる様子を描いている(An Art Lover’s Guide to Florence)。
よく見ると、ゼフィールの口から風を示す薄い線がクロ―リスの口に向けて伸びている。 -
不思議な世界。フローラ、鈴木杏樹に似た美人。
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ヴィーナスは、ボティッチェリの描く聖母マリアに似ており、唯一キリスト教を暗示する存在。
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クロ―リスも、フローラも、ヴィーナスも、バスト80、ウエスト70、ヒップ120のような、ちょっとナスか洋ナシみたいな、ぼってりとした体形。
そういえば、中学のころ、この作者の名前を覚えるのに、ボッテリチェリ、って覚えた。なんか、スマートじゃない、って思ったもんだ。いや、つい最近までそう思っていた。
でも、やっと解った、と思う。ボティッチェリが何を描きたかったのか、何を表現したかったのか。
ミケランジェロ、レオナルド・ダヴィンチ、ドナッテロの作品は、人間の解剖学の見地から正しい骨格や筋肉の位置や形を表現している。
ボティッチェリはそれを理解しながらも、敢えてその逆を行ったのだと思う。正しい骨格や筋肉の位置や形よりも、ボティッチェリの考える美しさや面白さを重視したんだと思う。そういう意味で、ボティッチェリは、アニメの元祖だったのかもしれない。もし師匠のリッピが元祖でなければ。 -
ヴィーナスの横の、踊る3人の妖精、春の喜びを表している。
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そして、一番左には、五月を代表するマーキュリー。
ボティッチェリのマーキュリーは漫画チック。
美しい裸の妖精たちのグループに近づいてナンパしようとするが、失敗して無視された。バツが悪いので、指を上げて、雲を追い払う仕草をし、3人の妖精の一人が、何あの男、ばっかじゃない?と蔑視して、他の2人はガン無視、と勝手に想像してみた。 -
ヴィーナスの誕生も中学のころ見て、ふ~んで終わってしまった。これまで何の興味も持っていなかった。最近ボティッチェリの描こうとしていることそして背景のストーリーを知るまで。
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ストーリーは。。。世界の始まりにサターンが世界を支配していた。サターンは彼の子供たちが生まれると食べてしまった。
子供たちの母たちはなんとか子供たちを救った。子供たちはサターンに反逆し、殺してしまう。サターンが復活するのを恐れ、サターンの遺体をバラバラにした。サターンのち〇こを海に投げ捨てた。
ところが、サターンのち〇こは、海の泡と性交して、なんと、サターンではなく、美の女神、ヴィーナスが誕生した。 -
だが、ボッテリチェリは神話のストーリー通りには描かない。
それではパトロンが納得しなかったのだろう。
ヴィーナスは成熟し裸になることを厭わない女性ではなく、恥じらいのある若い処女。
ヴィーナスが生まれた瞬間ではなく、ゼフィールとクロ―リスが再び登場し、ゼフィールは口から風を送り、ヴィーナス浜に送り届けるた場面。
ヴィーナスの姿は、他の画家によりよく描かれているヴィーナスの姿ではなく、首が長く、なで肩、丸い胸、ウエストが高い位置にあり、太いくるぶし、これはボッテリチェリのスタイルである(An Art Lover’s Guide to Florence)。
ボティッチェリは、死ぬ間際に、叶わない恋の相手シモネッタ・ヴェスプッチの眠るオグニサンティ教会に埋葬してくれと頼んだ。シモネッタはこのヴィーナスのモデルだったと言われている。ちなみにボティッチェリには奥さんはいた。 -
浜には時間の神Horaeヴィーナスの服を持っている。
ボッテリチェリは、依然としてキリスト教価値観が支配する時に、ギリシャ神話とキリスト教価値観の融合を試みたという。ヴィーナスの恥じらい、浜で服を持っている女性は、洗礼とマリアへの告知を想起させている。そして、ヴィーナスの顔と姿は聖母マリアを想起させている(An Art Lover’s Guide to Florence)。
ボッテリチェリのヴィーナスの誕生やプリマヴェーラが、Bonfire of the Vanityで
焼かれず、今こうして見ることができることは、本当にラッキーだった。いや、ただラッキーだったというよりも、ボッテリチェリは、パトロンやフィレンツェ共和国の主導者や市民の考えを察して、それに沿った作品を作る、賢い人だったんだと思う。 -
ゼフィールとクロ―リスはなぜ抱き合っているのだろうか?
これは合体している様子なのか?
謎がいっぱい。 -
ボッテリチェリのヴィーナスの誕生の、このv v v v vとなっている 海の波を見て、レオナルド・ダヴィンチはそこにスポンジを投げてバカにしたらしい。でもボッテリチェリは、本当っぽく見せることを目指しているのでは全くない(An Art Lover’s Guide to Florence)。
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ボティッチェリのAdoration of the Magi。
これは、メディチ家の家族集合写真みたいなものだろうか。 -
3人の賢者のうち、ジーザスにひざまずいているがコジモ・ディ・メディチ(il Vecchio)。彼があってのメディチ家だから。。
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コジモの息子ピエロ(左の赤いマント)とジョヴァンニ(ベージュの服)
ピエロは、Piero the Gouty(痛風)と呼ばれ、ずっと寝たきりの生活だったらしい。痛風なんて名前いやだね。メディチ家は痛風の家系だったらしい。でも、ピエロは結婚し、二人の子供ロレンゾとジュリア?ノができた。 -
ロレンゾ(右)とジュリアーノ(左) やっぱり漫画みたい。
ロレンゾは、Lorenzo, Il Magnifico、ギリシャ・ローマの多神教的な自由な価値観を復活させた、ルネッサンス芸術の守護神ともいえる。Il Magnificoだった。
ジュリアーノは、パッジの陰謀(Pazzi Conspiracy)でイースターのミサの途中で殺された。パッジ家は、銀行家でメディチ家のライバルであったが、同じくメディチ家をフィレンツェから追い出したいと思っていたローマ法王しクストゥスがサポートしたと言われている。
この結果、陰謀に関与したものは処刑され、バッジ家は取り潰し、資産没収。大主教サルヴァティも処刑された結果、ローマ法王は激怒。フィレンツェでのキリスト教行事の禁止、そして、ローマ教皇軍とナポリ王により、フィレンツェを攻撃しようとした。
ここで、ロレンゾは、重要な(賢いといえる)政治的判断をした。自らナポリに行き、刑務所に入って事態を収拾した。
パッジの陰謀はイタリアン・ルネッサンスの歴史の中で、重要な事件だった。 -
右端にはボティッチェリもいる。
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メディチ家の家族の画に入れたっていうのはすごいね。このころはまだ若かったのに。
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大天使とトビアス。大好きな絵。
左からミカエル、ラファエル、トビアス、そして、一番右がガブリエル
ミカエルは武装して、これからトビアスを助けて悪魔を退治に行くところ、ガブリエルはユリの花を持って、マリアに受胎告知に行くところ。
でも、そんな深刻な話は全く感じられず、ある晴れた日に家族そろって楽しいピクニック、って感じだね。 -
毛むくじゃらの犬も。
さすが、ボティッチェリ、足が良く描けている。この点は、師匠のリッピを超えたんだと思う。 -
トカゲも
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ガブリエルの表情
楽しそう。今から、マリアに受胎告知にいきま~す。
って感じじゃないよね。 -
母と子のほほえましい姿。に見える。
ボティッチェリは、そういう意識を持って描いたのではないか。 -
トビアスは干した魚を持っている。
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次は、ボティッチェリの受胎告知
いくつもの受胎告知を見たが、みな、天使ガブリエルと聖母マリアの空間に特徴がある。この受胎告知は、ガブリエルは玄関の外、マリアは部屋の中、まるで別の空間のように見える。
この受胎告知は、 -
ダヴィンチの受胎告知と異なり、ガブリエルそしてマリア、ともに動きがある。感情が見える。
ガブリエルが言う。まさかって思うだろうけどさ、信じないかもしれないけどさ、とりあえず聞いてくれる?あんた、神の子を授かるんだってよ。。。
マリアは、えっ、何それ。。。セックスもしていないのに、どうして?神の子?いやだぁ~。なんで?
マリアの動揺が見えるよう。 -
ガブリエルは。。。。
漫画チック。 -
もう一つ、ボティッチェリの受胎告知
ウフィツィ美術館のの説明によれば、1489~1490の作品で、このころボティッチェリは、サヴォナローラの影響を受けていたそうだ。すなわち、ギリシャ・ローマの多神教の世界観からキリスト教の価値観に回帰した時代。
でも、ボティッチェリスタイルは衰えるどころか、勢いが増しているような。。。
この作品では、ガブリエルとマリアの位置は近く。。。。
やはり、ダヴィンチの受胎告知と違って、動きがある(どっちがいいか悪いかということではなく)。
マリアの赤い服、袖を通して、赤が、ガブリエルの服に流れる -
マリアの袖の下には、敢えて白い色を入れて、敢えて、赤の流れをちょっと上に向かせたところが、いいね。これによって、マリアの手とガブリエルの手のコミニュケーションが際立つ。
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ガブリエルの顔
ちょっと鼻が赤くて。。 -
マリアの手とガブリエルの手
システィーナ礼拝堂のミケランジェロのフレスコ、アダムの誕生のシーンで、神の指とアダムの指の間に高圧電流が流れるような様子、、、を思い起こさせる。
大きく違うのは、ガブリエルのやさしさ、マリアのやさしさを感じるところかな。
やさしい世界。。。 -
Calumny of Apelles
これはApellesの画(現存していない)の描写を元に、ボティッチェリが描いたもの。
名誉棄損の裁判の様子。
立体感、明るさ、素晴らしい。そして、すごく細かい。近くで見ると、精巧さにびっくり。。 -
判事であるマイダス王のロバの耳に、「無視」という名前の女性と「疑い」という名前の女性が話しかける。王は真実が見えない。
まわりの肖像は、3Dにみえる。すご~い。
なんか、この絵、ルネッサンス後期、それどころかそれよりも新しい時代のものような。。。ボティッチェリの才能があふれ出ている。。。 -
裸の男は、名誉棄損を受けた被害者、その神を引きずる女が「名誉棄損」という名前、赤と黄の服の女が「共謀」という名前、
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そして、裸の女性が、「裸の真実」という名前。
指を点に向かって、真実は神のみぞ知る、と言っている。
ところで、この作品、1494年ということだ。ロレンゾが無くなり、サヴォナローラがフィレンツェ共和国を支配していたころ。ボティッチェリ自身、サヴォナローラに傾倒していたころ。ボティッチェリも多神教的な作品をBonfire of the Vanityで燃やしたはず。
なぜ、ギリシャ時代の話で、裸の女性が出てくるのだろう。サヴォナローラが一番嫌う画だと思うが。
本当に、ボティッチェリはサヴォナローラの影響を受けていたのか、それとも、保身のための、フリだったのか・・・
この作品、15分くらい見ていたが、全く見飽きない。この世界の中に吸い込まれていくような。
ボティッチェリの最高傑作のひとつだろう。 -
フィレンツェといえば、レオナルド・ダヴィンチの受胎告知が真っ先に思い浮かぶ。大好きな絵の一つ。
この作品はレオナルドが駆け出しのころのもの。専門家によれば、レオナルドの師匠ヴェロッキオが大半を描いており、レオナルドが書いた部分は、天使ガブリエルの羽と顔の仕上げだけといわれている。
誰が書いたかどうかは別として、この絵を見ていると、この不思議な世界に引き込まれる感じがする。
ガブリエルは受胎告知に来たはずなのだが、告知した様子もない。聖母マリアはもっと動きが無い。生きているのか死んでいるのかも分からない。告知を聞いたはずなのに、喜びも悲しみ驚きもない。背景も動きが全く感じられない。全てが止まっている。それが神々しい不思議な空間を生み出している。
多くの受胎告知を見てきて思うのは、ガブリエルとマリアの間の空間をどう描くか、ガブリエルがマリアにどう告知したのかが、画一つ一つで違う。 -
このレオナルドの受胎告知は、ガブリエルとマリアの間には、透明で重い金属の液体の満ちているような感じ。ガブリエルが何も話さずとも、ガブリエルの意志がその液体を振動させ、マリアにメッセージが伝わる
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ガブリエルの顔の美しさ。突き出たおでこ。細い目。ルネッサンスの時代のはやりの顔だよね。天使ガブリエルは絵によって、男性の場合もあるし、女性の場合もある。このレオナルドの受胎告知のガブリエルは中性に見える。 -
専門家によると、聖母マリアの右手はあり得ないくらい長いそうだ。これはレオナルドの黄金法則は見当たらない
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次は、The Adoration of the Magi
修復のおかげで白黒はっきり。
この作品は、レオナルドのものではないらしい(ニューヨーク・タイムズ)。
レオナルドは下絵を描いて、パトロンに却下され、でも捨てられることなく、倉庫に置かれていたらしい。後になって、複数の画家がこれを書いたということだ。 -
三角の頂点に聖母マリアが居て、三角の底辺に3賢者、背景は半円。取り囲みの人々は、小さく、遠くに見える。
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Hugo Ven Der Goes Portinariの祭壇画
なぜ、ボッテリチェリの作品にならんで、この巨大な祭壇画があるのか。。。。わからん。
ボティッチェリの作品と関係ないようなんだが、ウフィツィ美術館のキュレーターは、何等かの考えがあってやっているのだろう。メディチ家つながり?
Tomasso Portinariという人は、メディチ銀行の今のベルギーのブリュージュ支店の代表者。彼はメディチ銀行本店のアドヴァイスを無視して、王室に金を貸して、バックレられて大損を繰り返し、ついに破綻。ロレンゾに解雇される。
Tomassoは、ブリュージュで有名な画家Hugo Ven Der Goesにこの画を書かせた。 -
左のパネルは、Tomassoと息子、
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真ん中のパネル。やっぱり、天使がやけに小さく、小人のよう。。
ジーザスをみて、皆、沈痛な表情。
これはジーザスが皆の罪を背負い、十字架にかけられ死ぬという運命を事前に知っているからということだ(An Art Lover’s Guide to Florence)。
皆、顔が青白くて、ふくよかさがなく、骨ばっていて、明らかににコラーゲンが不足している、って感じ。顔の陰が良く描けている。この時代の北ヨーロッパ、オランダとかのAdoration of the Magiをみると、こういう感じ。こういう顔がはやりだったのかね。 -
ジーザスは、土の上に仰向けに。
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右のパネルでひざまずくのはTomassoの奥さんマリアと娘マルゲリータ。なんか小さくないか?後ろに立つ聖マーガレットとマグダラのマリア(壺を持っている)がやたら大きく、奥さんと娘、やたら小さい。小人に見える。
不思議な世界。 -
小さい、マルゲリータ、かわいい。
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三人の賢者だけが、生き生きした顔で、ああ生まれか、ついに、って言ってそう。そこらに居そうなおっさんたち。
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フィリピ―ノ・リッピのAdoration of the Magi
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色の表現がすばらしい。
やっぱりお父さんからの才能なんだろうか。 -
目が大きくて、ちょっと離れている。
お父さんとは違った好みなんだろうね。 -
もう時間切れなんだが。。。。
このラファエロの画を見て、びっくり。 -
でも時間が無いし、ラファエロについて、予習不足なので、また次回フィレンツェに来た時に楽しむということで。
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すごい。。。
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結局、1階はスキップ。
1階を見ない人用の専用出口から美術館を出る。
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