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18年4月3日、イースター休み明けの火曜日。着任して1週間経ち、スーパーも何も開いてないイースターフライデーとイースターマンデーを何とか乗り切ったが、生活に必要なものもまだ揃わず落ち着かない休み明け。この日はJICAのオリエンテーションの一環として、キングストン(Kingston)市内を車で回った。ジャマイカは結構近代化されており、欧米と変わらない一面は持っているのだが、貧富の差が大きく、またいわゆるギャングが多く、危険地帯がいくらでもある。首都キングストンも、特に昔からの中心地であるダウンタウンエリアはかなり治安が悪い。協力隊員立入禁止となってるエリアもかなり広く、この日はそんなエリアも車内から眺めることが出来た。その1。<br /><br />10時過ぎに今のキングストンの中心地であるニュー・キングストン(New Kingston)を出発。まずは立入禁止地域であるダウンタウン(Down Town)に向かう。ダウンタウンエリアはキングストン発祥の地であり、長らくこの国の発展を支えてきたところ。<br /><br />1692年、イギリス植民地としての事実上の首都ポート・ロイヤル(Port Royal:名目上はスペイン統治時代からの首都であるスパニッシュ・タウン(Spanish Town))が地震で壊滅し、その避難場所として創設されたのが海沿いの地域。それ以前は、この一帯の平野には農場があるだけで、この辺りにも200エーカー(陸上競技場のトラック内が2エーカー強)のバリー大佐豚農場(Colonel Barry&#39;s Hog Crawle)があり、植民地政府がこれを買い上げ、避難所としたのが町の始まりで、当初は農場の持ち主の名前からビーストン(Beeston)と呼ばれたが、のちに当時のイングランド国王ウィリアム3世(William III)の栄誉を称えて王の町と云う意味のキングストンに改称された(トン(ton)はサクソン語に由来する言葉で町を意味する)。<br /><br />1703年には海賊船団の砲撃で大きな被害を受けたものの、碁盤の目のように街路が整備され、1716年までにジャマイカ最大の都市へと成長した。1755年にはいったん首都となる決定がなされたが、当時の首都スパニッシュ・タウンの反対に合い、ご和算となる。それでも町は成長を続け、1872年に正式に遷都された。その後1907年の大地震で歴史的建造物のほとんどが破壊され、現在の街並みはこの地震の後に再建されたもの。ただ、60年代になるとニュー・キングストンが開発され、経済の中心はそちらに移った。その後はギャングの拠点となり、世界中で最も危ない地域の一つになっている。ただ、最近はウォーターフロント地区は再開発もされており、近代的なビルが立ち並んでいる。ここが職場って云う隊員もいるんだけど、職場のビルの近辺を歩くことは許されてないそうだ。<br /><br />前置きが長くなったが、最初のポイントはパレード(Parade)地区にあるセント・ウィリアム・グラント・パーク(Saint William Grant Park)。1694年に要塞が築かれた場所で、1870年にヴィクトリア女王(Queen Victoria)にちなんでヴィクトリア・パーク(Victoria Park)が作られた。77年に初代首相バスタマンテ(Alexander Bubstamante)の片腕として活躍した労働運動の活動家ウィリアム・グラント(William Grant)の没後に改名された。ダウンタウンの中心地。ヴィクトリア女王の銅像を挟んでバスタマンテと、従弟で共にナショナルヒーローの元英領ジャマイカ首相ノーマン・マンリー(Norman Manley)の銅像がある。その他、1839年から42年までジャマイカ総督だった初代メトカーフ男爵のチャールズ・メトカーフ(Sir Charles Metcalfe)、キングストンの最初の黒人市長(1854年-66年)エドワード・ジョーダン(Edward Jordon)の銅像もある。<br /><br />広場の南(South Parade)に建つのは英国国教会(Kingston Parish Church)。1907年の地震の後の1911年頃に、もともと教会が建てられていた場所に建てられたもので、第一次大戦後に建てられた右手の時計台以外のデザインは、元の教会(1692年の地震の後に建てられたもの)のデザインを踏襲している。北側(North Parade)にはウォード劇場(Ward Theatre)。カリブ最古の国立劇場。1912年にキングストン市守護の役職にあったチャールズ・ジェイムズ・ウォード大佐(Col Charles James Ward)によって建てられ、市民への贈り物として同市に寄贈された。もともと1775年にキングストン劇場(Kingston Theatre)が建てられた場所で、その後ロイヤル劇場(Theatre Royal)に代わっていたが、これも地震で崩壊していた。残念ながらこの辺りはとても危ない地域なので、ゆっくり降りて観光することはできない。車の中からシャッターを切るのみ。この後、近くのベックフォード通り(Beckford St.)にある地方行きの乗合バスターミナルを見学したが、カメラもスマホも出さないようにと云う注意通りの雰囲気だった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2013837335352947.1073743717.100001801017376&amp;type=1&amp;l=dc10cadcff<br /><br />続く

キングストン ダウンタウン パレード地区(Parade, Down Town, Kingston)

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2018/04/03 - 2018/04/03

42位(同エリア75件中)

ちふゆ

ちふゆさん

18年4月3日、イースター休み明けの火曜日。着任して1週間経ち、スーパーも何も開いてないイースターフライデーとイースターマンデーを何とか乗り切ったが、生活に必要なものもまだ揃わず落ち着かない休み明け。この日はJICAのオリエンテーションの一環として、キングストン(Kingston)市内を車で回った。ジャマイカは結構近代化されており、欧米と変わらない一面は持っているのだが、貧富の差が大きく、またいわゆるギャングが多く、危険地帯がいくらでもある。首都キングストンも、特に昔からの中心地であるダウンタウンエリアはかなり治安が悪い。協力隊員立入禁止となってるエリアもかなり広く、この日はそんなエリアも車内から眺めることが出来た。その1。

10時過ぎに今のキングストンの中心地であるニュー・キングストン(New Kingston)を出発。まずは立入禁止地域であるダウンタウン(Down Town)に向かう。ダウンタウンエリアはキングストン発祥の地であり、長らくこの国の発展を支えてきたところ。

1692年、イギリス植民地としての事実上の首都ポート・ロイヤル(Port Royal:名目上はスペイン統治時代からの首都であるスパニッシュ・タウン(Spanish Town))が地震で壊滅し、その避難場所として創設されたのが海沿いの地域。それ以前は、この一帯の平野には農場があるだけで、この辺りにも200エーカー(陸上競技場のトラック内が2エーカー強)のバリー大佐豚農場(Colonel Barry's Hog Crawle)があり、植民地政府がこれを買い上げ、避難所としたのが町の始まりで、当初は農場の持ち主の名前からビーストン(Beeston)と呼ばれたが、のちに当時のイングランド国王ウィリアム3世(William III)の栄誉を称えて王の町と云う意味のキングストンに改称された(トン(ton)はサクソン語に由来する言葉で町を意味する)。

1703年には海賊船団の砲撃で大きな被害を受けたものの、碁盤の目のように街路が整備され、1716年までにジャマイカ最大の都市へと成長した。1755年にはいったん首都となる決定がなされたが、当時の首都スパニッシュ・タウンの反対に合い、ご和算となる。それでも町は成長を続け、1872年に正式に遷都された。その後1907年の大地震で歴史的建造物のほとんどが破壊され、現在の街並みはこの地震の後に再建されたもの。ただ、60年代になるとニュー・キングストンが開発され、経済の中心はそちらに移った。その後はギャングの拠点となり、世界中で最も危ない地域の一つになっている。ただ、最近はウォーターフロント地区は再開発もされており、近代的なビルが立ち並んでいる。ここが職場って云う隊員もいるんだけど、職場のビルの近辺を歩くことは許されてないそうだ。

前置きが長くなったが、最初のポイントはパレード(Parade)地区にあるセント・ウィリアム・グラント・パーク(Saint William Grant Park)。1694年に要塞が築かれた場所で、1870年にヴィクトリア女王(Queen Victoria)にちなんでヴィクトリア・パーク(Victoria Park)が作られた。77年に初代首相バスタマンテ(Alexander Bubstamante)の片腕として活躍した労働運動の活動家ウィリアム・グラント(William Grant)の没後に改名された。ダウンタウンの中心地。ヴィクトリア女王の銅像を挟んでバスタマンテと、従弟で共にナショナルヒーローの元英領ジャマイカ首相ノーマン・マンリー(Norman Manley)の銅像がある。その他、1839年から42年までジャマイカ総督だった初代メトカーフ男爵のチャールズ・メトカーフ(Sir Charles Metcalfe)、キングストンの最初の黒人市長(1854年-66年)エドワード・ジョーダン(Edward Jordon)の銅像もある。

広場の南(South Parade)に建つのは英国国教会(Kingston Parish Church)。1907年の地震の後の1911年頃に、もともと教会が建てられていた場所に建てられたもので、第一次大戦後に建てられた右手の時計台以外のデザインは、元の教会(1692年の地震の後に建てられたもの)のデザインを踏襲している。北側(North Parade)にはウォード劇場(Ward Theatre)。カリブ最古の国立劇場。1912年にキングストン市守護の役職にあったチャールズ・ジェイムズ・ウォード大佐(Col Charles James Ward)によって建てられ、市民への贈り物として同市に寄贈された。もともと1775年にキングストン劇場(Kingston Theatre)が建てられた場所で、その後ロイヤル劇場(Theatre Royal)に代わっていたが、これも地震で崩壊していた。残念ながらこの辺りはとても危ない地域なので、ゆっくり降りて観光することはできない。車の中からシャッターを切るのみ。この後、近くのベックフォード通り(Beckford St.)にある地方行きの乗合バスターミナルを見学したが、カメラもスマホも出さないようにと云う注意通りの雰囲気だった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2013837335352947.1073743717.100001801017376&type=1&l=dc10cadcff

続く

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