2018/06/21 - 2018/06/25
130位(同エリア928件中)
のんちゃんさん
- のんちゃんさんTOP
- 旅行記66冊
- クチコミ32件
- Q&A回答8件
- 79,563アクセス
- フォロワー20人
霊隱寺は寺域が広く、歩き疲れたので十方苑で精進料理をいただきました、と言っても高野山のような精進料理ではなく、麺の上に沢山の野菜が載ったものでした。でもボリュームは満点でした。霊隱寺の食堂は精進料理を多くの人に食べてもらい、それを通じて仏法を広める、ので十方苑と名付けられています。十方(東西南北、南東、南西、北東,北西、上、下)=この世の中、全てという意味でしょうか。四国遍路の世界そのものです。このお寺の薬師殿には、大きな十二神将さんも鎮座されていました。日本のお寺ではあまり見ることができないほどの大きさで、その姿に圧倒されました。
中国は、太平天国の乱とか文化大革命で沢山のお寺が破壊されましたが、霊隱寺には経幢(きょうどう)(969年北宋時代)や石塔(960年北宋時代)が残っています。また雲林禅寺の額は清の康熙帝の直筆です。下の霊鷲飛来は霊鷲山から仏さまが飛んできたの意味でしょうか?
仏さまの世界が目の前に展開されているのを、時間のたつのも忘れお詣りさせていただきました。その後、浄慈禅寺に行きました。この寺は鎌倉仏教と深くつながっていて、日本の曹洞宗の開祖、道元禅師の師匠天童如浄が住職をしていました。道元禅師が天童如浄に師事し修行したのは寧波にある天童寺です。明代に作られた梵鐘は重さが10トンもあったそうです。この寺のある南屏山には穴の開いた奇岩が多く、この鐘の音が共鳴して遠くまで聞こえるのだそうです。清代の戦争で鐘は失われましたが1984年日本の曹洞宗大本山永平寺の援助で大梵鐘が再建されました。鐘には「法華経」六万八千字が書かれています。康熙帝が門の外に建てた碑亭には西湖十景の一つ「南屏晩鐘」の四字が記されている。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
-
霊隱寺の天王殿に雲林禅寺,霊鷲飛来と書かれた扁額がかかっています。雲林禅寺は清の第四代皇帝康熙帝の直筆です。霊鷲飛来はお釈迦さまが説法された霊鷲山から仏さまが飛んでこられた、という意味でしょうか?黄元秀という方が書かれました。
-
お寺の中に食堂がありました。日本では四国八十八カ所83番一宮寺の横、田村神社で毎週日曜日にうどんが150円?で食べれます。十方苑で食べた麺、精進麺?美味しくいただきました。二人で食べて丁度よい量でした。
霊隱寺の食堂は精進料理を多くの人に食べてもらい、それを通じて仏法を広める、ので十方苑と名付けられています。 -
大雄寶殿(だいおうほうでん)と読みます。お釈迦様を祀るお堂です。
何か大きくて雄大な感じがします。内部には「二十諸天」「十二尊」の像がありました -
二匹の龍が玉を奪い合っています
-
薬師殿には薬師三尊、十二神将が祀られています
-
大雄寶殿の横にある、願いを書いた短冊です。
-
経幢です。天王殿の両側にあります。北宋時代の969年に建てられました。
石柱にお経や仏さまが刻まれています。 -
大雄寶殿の前にある石塔です。北宋時代の960年に霊隱寺が再建された時に4基造られましたが、現在は2基残っている最も古い塔です。
-
下に降りてきて出口近くに五百羅漢堂があります。青銅製の羅漢さんが500体鎮座されています。
-
お寺を出て、再び飛来峯を眺めながら、雷峯塔のすぐそばにある、浄慈禅寺に向かいます。タクシーで20分くらいで着きます。30元くらいかな。
-
西湖の畔にある浄慈禅寺です。雷峯塔の前です。浄慈寺とも呼ばれます。
この寺は鎌倉仏教と深くつながっていて、日本の曹洞宗の開祖、道元禅師の師匠天童如浄が住職をしていました。明、清、の時代以降破壊と再建を繰り返していました -
鐘楼です。明代に作られた梵鐘は重さが10トンもあったそうです。この寺のある南屏山には穴の開いた奇岩が多く、この鐘の音が共鳴して遠くまで聞こえるのだそうです。清代の戦争で鐘は失われましたが1984年日本の曹洞宗大本山永平寺の援助で大梵鐘が再建されました。鐘には「法華経」六万八千字が書かれています。
-
康熙帝が門の外に建てた碑亭。西湖十景の一つ「南屏晩鐘」の四字が記されている。
-
浄慈禅寺の入り口。霊隱寺は入り口も沢山ありましたがこの寺は一つです。
この横の案内所で荷物を預かってくれました。 -
入るとすぐ正面に大雄寶殿があります。
-
大雄寶殿に上がる階段中央には龍の彫り物があります
-
大雄寶殿の後ろに演法堂がありそのお堂の裏側に「天上天下唯我独尊」の釈迦誕生仏がありました。
-
柄の長い柄杓で水を注ぎます。
-
釈迦殿の前の壁には諸神、諸天、諸菩薩、仏さまが彫られていました
-
釈迦殿の前庭には蓮の花が咲いていました。
-
一番高い所に位置する、釈迦殿。内部は釈迦三尊形式で祀られていました。
両脇に獅子に乗った文殊菩薩様、白い像に乗った普賢菩薩さまです。 -
釈迦殿から見た雷峯塔
-
演法殿、大雄寶殿の伽藍越しに見える雷峯塔
-
釈迦殿、中にチラッとお釈迦様が鎮座されています。
-
帰りにもう一度お釈迦さまの誕生仏に水かけをしました
-
大雄寶殿の壁の彫刻です。
-
演法堂です。修行や説法をする場所です
-
三洲感應堂、大雄寶殿の反対側にありました
-
三洲感應堂の横にあった大きなクスノキにリスが二匹いました。
-
勅建浄慈禅寺の扁額がかかるお寺の正面、「南屏晩鐘」康熙帝が書かれた碑亭は向かって右側にあります。この後、寺の前のバス停から城站(杭州站)まで行き地鉄に乗り換え杭州東站まで、そこから高鐵で上海に帰りました。途中西湖十景世界遺産と書かれた場所を通りましたが、雨が強く降っていたので下りずに帰ってきました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
のんちゃんさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30