2018/05/03 - 2018/05/06
260位(同エリア1419件中)
harihariさん
- harihariさんTOP
- 旅行記161冊
- クチコミ0件
- Q&A回答1件
- 524,176アクセス
- フォロワー18人
2018年、ゴールデンウィーク。
4日間も休みがあるので少し遠出の旅をしよう、と。
いくつかの候補の中から最終的に決めた場所は、会津若松。
ちょうど今年は戊辰戦争150年。
これも何かのご縁でしょうか。
予定を考えてみると、会津若松市内観光だけでも日程が足りないぐらいです。
近代建築、グルメ、鶴ヶ城、戊辰戦争戦跡、酒蔵・・・
3泊4日、会津若松の旅。
楽しくて忙しい旅になりそうだ。。。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月3日。
旅の始まりは、8時発の東北新幹線「やまびこ」の車中から。
大混雑の東京駅で買い込んだ「Daisy」のパンと「BECK'S」のコーヒーで朝ごはん。
郡山駅で在来線の磐越西線に乗り換えて。 -
午前11時、予定より少し遅れて会津若松駅に到着。
大型連休なので、郡山からは立ちっぱなし。
そして、あいにくの雨模様。 -
ホームでは、会津の偉人たちが観光客をお出迎え。
今年は戊辰戦争150年。
会津にとっても、日本にとっても区切りの年。 -
曇天の下、城郭をデザインしたような会津若松駅。
東北の駅百選に選定された駅舎です。 -
観光の前に、まずはキャリーバッグを預かってもらいました。
駅から徒歩1分、今晩宿泊する「駅前フジグランドホテル」。 -
午前11時30分。
昼ごはんは、創業120年の老舗食堂「マルモ食堂」。
旅先のこういう食堂が、たまらなく好き。 -
会津若松は老舗大衆食堂の宝庫です。
どれも全部美味しそう。 -
昼より少し前にお店に入ったので、店内には先客が一人だけ。
その一人が食べ終わって出てしまうと、僕たちだけになってしまいました。 -
僕の「半カレーラーメンセット」800円。
どちらも食べたくて悩むよりは、両方食べられる幸せ。
期待通りの美味しさ。 -
奥さんの「会津ラーメン」700円。
山菜がたっぷり入っていて、こちらも満足。 -
昼からは、会津町方伝承館で自転車を借りて。
やってきたのが「会津藩滝沢本陣横山家住宅」。 -
白河街道に面する滝沢本陣は、参勤交代の際に会津藩主の休息所となっていた場所。
ここから江戸までの65里(約260km)を、6日~7日かけて行進していきます。 -
主屋と座敷は国指定の重要文化財。
東北地方最古の民家とも言われています。 -
主屋は1678年(延宝6年)の建築。
茅葺屋根、太い梁、大黒柱。 -
一段高くなった向こうの部屋は、殿様が滞在する本陣座敷。
藩から本陣の指定を受けて、江戸時代の末期に建て増しされた部屋です。 -
1868年、鳥羽伏見の戦いで勝利した新政府軍は、恭順を示す会津藩主松平容保公を許さず、会津を討つために東北地方に侵攻してきました。
やむを得ず迎え撃ったのが、会津藩に同情的だった三十余藩の奥羽越列藩同盟。
これが、いわゆる会津戦争です。 -
その最大の激戦地となったのが、ここ会津若松。
とりわけ、1868年(慶応4年)8月23日。
城下に新政府軍が進軍してきた際には、会津藩の大本営であったここ滝沢本陣も、激しい戦場の1つになりました。 -
座敷の戸や柱には、戊辰戦争時の弾痕や刀痕が生々しく残されています。
それも、ひとつやふたつではなく。 -
ここでの激しい戦いに敗れた会津藩は、鶴ヶ城に撤退し、1ヶ月に及ぶ篭城戦に突入することになります。
賊軍の汚名を着せられた会津藩にとって、辛く長い戦いの始まりです。 -
容保公はここで白虎隊への出陣を命じています。
150年前、会津のために苦渋の決断を下した容保公の姿を想像すると、痛々しくも胸に迫るものがあります。 -
滝沢本陣を出ると、すぐに飯盛山の参道があります。
-
左右の立派なご神木に守られるような「厳島神社」。
-
急な階段を上って。
国指定重要文化財「旧正宗寺・円通三匝堂」。
1796年(寛政8年)に建立。 -
一般的には会津さざえ堂と言うほうが有名。
上りと下りが全く別の通路になっている、一方通行の二重螺旋構造の建物。
日本建築史上、オールタイム・ベストにも挙げられる屈指の名建築です。 -
かつてはこの螺旋状スロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができたという、身近な巡礼の場所でした。
-
近世以前に建てられた二重螺旋構造の建物としては、フランスの世界遺産であるシャンボール城のレオナルド・ダ・ヴィンチ設計とも伝えられる二重螺旋階段がありますが、木造構造物としては世界唯一の建築。
-
会津さざえ堂からさらに階段を上って。
少し開けた飯盛山の中腹に、白虎隊十九士の墓所があります。 -
19人の少年兵たちの亡骸がここに埋葬されたのは、会津戦争が終了してから数年を経た後のこと。
そして明治17年8月25日、容保公も参列し、白虎隊士の墓が整備されるに至りました。 -
「幾人の 涙は石にそそぐとも その名は世々に 朽じとぞ思ふ」
19基の墓石の傍らには、容保公の詠んだ歌碑が建っています。 -
墓所から少し歩くと、鶴ヶ城下を一望できる場所があります。
150年前の1868年8月23日、新政府軍の攻撃によって城下が炎と黒煙に包まれているのを見た白虎隊士たちは、藩に殉じるために覚悟の自刃をしました。
今、僕たちのいるこの場所で。 -
「戸ノ口堰洞穴」
江戸時代に、猪苗代湖の水を会津地方に引くため掘られた人口の洞穴。 -
猪苗代湖畔戸ノ口原の戦場で新政府軍に破れて撤退した白虎隊は、この洞穴を潜って命からがら飯盛山へとたどり着きました。
その飯盛山から見えたものは、鶴ヶ城の城下が燃え上がっている景色でした。 -
白虎隊をはじめとして、会津藩関係の人物や、新撰組、新政府軍らの史料1万2千点を収蔵する「白虎隊記念館」。
会津戊辰戦争の詳細、それぞれの人物像、その後の会津など、見ごたえのある博物館でした。 -
白虎隊記念館から自転車で5分、妙国寺に到着。
会津戦争で会津藩藩主・松平容保が降伏した後に、新政府軍から1ヶ月間謹慎の身となった場所です。 -
また、会津戦争終了後に、新政府の命令で放置されていた白虎隊士たちの亡骸が、地元民によりこっそりと埋葬されたのもこのお寺。
-
レンタカーを返し終わって、徒歩でホテルに向かう途中。
「五郎兵衛飴本舗」
平安末期の治承年間(1177 - 1181年)に創業。
当代で38代目、800年近く続いている飴屋です。 -
文治4年(1189年)4月2日、源義経一行が平泉落ちの途中に立ち寄り、ここの飴を所望したと伝わっています。
その際の代金の借証文として、武蔵坊弁慶自筆の賞状を所有しているという由緒ある飴屋。 -
16時30分、駅前フジグランドホテルに帰ってきました。
夕食までの時間、少し休憩。 -
18時。
今日の夕食は、1902年(明治35年)創業の老舗鰻店「鰻えびや」です。
「う」の字の大きな暖簾をくぐり、がたがたと懐かしい音のする木の引き戸を開けると・・・ -
100年以上の歴史を物語る広い玄関と大階段。
ここだけ、明治時代に取り残されたような。 -
付きだしは、いかの塩辛。
味のある箸袋も。 -
1品目、鰻ざく。
お酢が強すぎず、僕好み。
じゅんさいの涼やかさと、お酢の爽やかさ。 -
冷酒「月弓(かほり)」。
会津若松の名倉山酒造(1918年(大正7年)創業)のお酒です。 -
2品目、しら焼き。
冷酒に鰻の白焼きは、自分の中で最強コンボの一つ。 -
お酒を飲みきったところで、本日の晩ごはん。
うな重とお味噌汁。
大きくて肉厚の鰻。甘辛くご飯にぴったりのたれ。
会津を代表する鰻屋さんの真骨頂。 -
店内の雰囲気も、歴史と風格を感じさせる民芸調。
はるか会津まで来て、入る価値のある名店です。 -
19時30分。
窓からの明かりの影に、お店の人がせわしなく動く姿が見える。
旅先の夕餉には、こんなお店がいい。 -
ホテルのすぐ横には、富士の湯という日帰り温泉施設があります。
大浴場で足を伸ばして、のんびりリラックスしながら、なんて幸せなんだろうと。
お風呂から出ると、冷たい空気が気持ちよくて。
一日目、終了。 -
5月4日、少々早起きして、8時過ぎにチェックアウト。
まずはキャリーバッグをコインロッカーに入れて。 -
ホテルから徒歩10分。
早朝から開いている「會ベーグル」。 -
たくさんの種類の中から、地元産のものからチョイス。
「会津小菊かぼちゃ」「会津米粉味噌」「会津産ブルーベリーサンド」
どれも美味しかった。 -
この日、僕たちはお店に入ってから、まだ開店前だったことに気づいたのですが、店長らしき男性が快く迎え入れて下さいました。
本当にありがとうございます!! -
野口英世が過ごした「野口英世青春館」。
1884年(明治17年)建築。
初めは第六十国立銀行若松支店として建てられて、その後、明治24年に会陽医院として使われていた建物。
野口清作(英世)が左手の手術をし、明治26年から3年半書生として過ごした家でもあります。 -
その1階は「会津壱番館」というカフェです。
-
野口英世博士が描かれた珈琲カップ。
-
この日は、会津若松市内の建築巡り。
野口英世青春館の隣にある「福西本店」。
大正時代の家屋や蔵を利用した複合施設ですが、朝早いのでまだ開店前。 -
カフェとギャラリーの「大正館」。
1922年(大正11年)建築。
旧郡山商業銀行若松支店。 -
会津漆器の老舗「鈴木屋利兵衛」。
安永年間(1772年~1781年)創業。
江戸後期の建築。 -
1832年(天保3年)創業、「鈴善漆器店」。
1930年(昭和5年)の建築。 -
店内には素敵な漆器があったので、それぞれ自分の気に入った酒器を一つずつ購入。
-
会津漆器のインテリアを展示するギャラリー。
7桁の家具で、目の保養。 -
「光建工業会津若松営業所」
旧会津実業信用組合。
1928年(昭和3年)建築。 -
「竹藤民芸店」
1624年(寛永元年)創業。 -
店舗は築後約160年という、会津最古の商業建築。
「竹藤」という暖簾が渋い。 -
昔も今も、変わらず手作りの竹細工を売り続けています。
幕末の動乱の時期も、その後長く続く不遇の時代も。 -
「吉田菓子舗」
明治時代から続く老舗和菓子屋。
和菓子だけでなく、惣菜パンも売っているのですが、この日はパンは見当たりませんでした。 -
交差点に立つ味のある蔵造りの建物には、居酒屋とラーメン屋が同居。
地元にあったら、ふらっと入りたくなるようないい雰囲気。 -
明治5年に創業の「佐治呉服店」。
-
「神禧堂薬館」
1903年(明治36年)建築。
明治時代から続く薬屋の老舗ですが、創業は元禄年間(1688~1703年)で、当時は会津藩御用達として刀の鍔などを販売していました。 -
このあたりを通るバスは、1日たったの3本。
・・・いや、よく見ると、火・木・土日運休が1本と、土日運休が2本。
なかなか、あれですね。 -
1877年(明治10年)創業の「辰泉酒造」。
代表銘柄は「京の華」「辰泉」「会津流」。 -
蔵はお休みのようで、ここでは買えませんでしたが、市内の酒屋さんで「純米 会津流」をお土産に買いました。
-
「旧若松庶民金庫」
1927年(昭和3年)建築。
お店として活用されていた風はあるのですが、今は空き店舗のようです。
とてもいい雰囲気なので、何かに使ってもらいたいなあ。 -
「山口合名(会州一酒造)」
1643年(寛永20年)創業。
代表銘柄は県内消費9割といわれる「会州一」。
ここも、蔵はお休みだったので市内のお店で「純米吟醸 会州一」をお土産に購入しました。 -
お昼ごはんは、1930年(昭和5年)創業の「若松食堂」で。
-
会津若松のソウルフード、ソースカツどん。
その発祥の店とも言われるのが、ここ若松食堂。
奥さんは単品、僕はミニラーメンとセットで。
これが、ハマるほど美味しかったのです。 -
「小野寺漆器店」
1868年(明治元年)建築。 -
「旧大島半兵衛商店」
明治10年代の建築。
今は空き店舗のようです。 -
「坂本乙造商店」
1900年(明治33年)創業。 -
「満山漆器店」
1779年(安永8年)創業。 -
「伊勢屋製菓」
天保年間(1831年~1845年)創業の和菓子店。
白虎隊も食べたクルミ餅「椿餅」を購入。 -
「紀州屋商店」
天保年間(1831年~1845年)創業の日本茶専門店。 -
お店に入ると、古い木の看板が飾られていました。
せっかくなので、美味しそうな緑茶を購入。 -
「滝谷建設工業会津若松支店」
1929年(昭和4年)建築。
かつて、第四銀行会津支店、郡山橋本銀行若松支店として活用されていた歴史的景観指定建造物。 -
「白木屋漆器店」
1650年頃(慶安年間)の創業。
1914年(大正3年)建築。 -
おそらく会津若松で一番有名な会津塗りの漆器店ではないでしょうか。
美術品のような漆器が大切にディスプレイされていたり。 -
商品も建物も素敵なので、時間をかけて見学したくなります。
-
「塚原第二呉服店」
1927年(昭和2年)建築。 -
「清水屋旅館跡」
かつて、土方歳三や吉田松陰が宿泊した宿がここにありました。 -
大正時代築の旧洋品店。
少し前まで、「レオ氏郷南蛮館」という蒲生氏郷(鶴ヶ城を築いた会津藩主で、キリシタン大名)の資料館だったようなのですが、今はやっていないよう。 -
「満田屋」
1834年(天宝4年)創業。
田楽の小さめのお味噌をお土産に購入。 -
「花と陶器 永山」
1916年(大正5年)建築。 -
「喜久屋パン店」
1932年(昭和7年)創業。
おやつに食べるパンを買いました。 -
「末廣酒造」
1850年(嘉永3年)創業。 -
代表銘柄は「玄宰」「末廣」。
中のショップで、「山廃 嘉永蔵」を購入しました。 -
江戸時代の嘉永年間に建てられた「嘉永蔵」。
ここでは、無料で蔵の見学もできます。 -
僕たちも、他のお客さんと一緒に参加しました。
杜氏さんによる説明を聞きながら見て回ります。 -
木造3階建ての蔵の3階部分は、かつて住居として使用されていた部屋。
酒蔵の上で住むなんて珍しいですね。 -
こちらは大広間。
客人を迎える場所のようで、扇子をデザインした透かし彫りの欄間など、随所に豪奢な意匠で飾られています。
さらには、藩主松平容保公や徳川最後の将軍徳川慶喜公の書も見られます。 -
「鶴乃江酒造」
1794年(寛政6年)創業。 -
代表銘柄は「会津中将」「純米大吟醸 ゆり」「永寶屋」。
3種類ほど試飲をして、「会津中将」を購入しました。 -
「尚伸株式会社」
1928年(昭和3年)建築。
かつては加茂屋商店青果倉庫、鈴木洋装店を経て現在の会社も持ち物になっています。 -
「バンダイスポーツ七日町店」
1926年(昭和元年)建築。
旧塚原呉服店。 -
「池田種苗店」
建築年代は不明ですが、昭和初期ぐらいでしょうか。
正面窓上部の2連アーチの中や、窓の木製の花台に蕪があしらわれているのが可愛い。 -
「本家長門屋七日町店」
1848年(嘉永元年)に創業。
塩羊羹とくるみゆべしをお土産に購入。 -
JR只見線の七日町駅舎。
ここの住所は「七日町:なのかまち」と読みますが、なぜか駅名は「七日町:なぬかまち」と読むみたいです。 -
今日の観光予定はひととおり済んだので、一旦電車で会津若松駅まで戻って、朝コインロッカーに預けた荷物を取りに行きました。
-
終点の会津川口まで、およそ2時間かけて走る各駅停車が去っていきます。
一度くらいは、こんな電車に揺られて行って、ふらりと降りた駅で宿を探すような旅もしてみたいなあ。
性分的に無理かなあ。 -
16時、今日のお宿「渋川問屋」に到着。
明治初期から昭和にかけて海産物問屋だった、重厚な佇まいがそのまま残っています。 -
暖簾を潜って、がらりと引き戸を開けて。
宿泊の旨を告げると、中へと案内してもらいます。
黒壁の漆喰が塗られた離れを通り過ぎて。 -
離れの向こうには、往年には海産物を保管していた明治時代築の倉庫があります。
現在は、ここが別館として宿泊棟になっています。 -
別館に入ると、まずはチェックイン。
その後、スタッフの方に案内されて… -
奥へ奥へと、外から見ているよりもずいぶん広く感じます。
-
ここが、明治時代の蔵を改装した宿泊棟。
この広い棟に、1階2部屋、2階2部屋の4部屋のみ。 -
今日泊まらせていただく部屋「ふじの間」。
数十年前までは、「淑女館」という女性専用のレディスホテルだったようで、その名残の雰囲気が今も残っているかのよう。 -
和室2部屋、洋室2部屋。
2人で泊まるには少々広すぎますが、たまにはこんな贅沢もいいかな。。。 -
洗面台も広く、2人が同時に使えます。
もちろん、浴室も広くて快適。 -
18時30分 夕食は明治時代の座敷蔵で。
レストランとしても人気のあるお店なので、大勢のお客さんが食事をしていましたが、こちらの座敷蔵には宿泊客だけが案内されているようでした。 -
夕食は、会津郷土料理の会席膳です。
先付の松前漬け。
棒たら煮。
食前酒は、昨日も呑んだ名倉山酒造のにごり酒「原蔵」。 -
熱燗は「花春」。
会津若松市内にある、1718年(享保3年) 創業の花春酒造のお酒です。
ふくよかな旨みが広がるいいお酒。 -
続いて、鰊の山椒漬けと鰊の昆布巻き。
山に囲まれた会津にとって、生魚の流通がなかった時代に、北海道で乾物にされて持ち込まれた身欠きにしんを、工夫して調理した郷土料理です。 -
小鉢二品。
アスパラのお浸しとセロリ漬け。
アスパラは会津の特産品です。 -
焼き魚は銀たらの酒粕漬け。
聞きそびれたけど、どこの酒造さんの酒粕だったのかなあ。 -
紅鮭の手毬寿司。
会津地方の郷土料理こづゆ。
現在でも正月や冠婚葬祭などハレの席では、必ず振る舞われる郷土料理だとか。 -
会津塩川牛のステーキ。
塩コショウ、大根おろしでさっぱりと頂きます。 -
山菜、にしんの天麩羅。
丸いものは、会津地方名物の饅頭の天麩羅。 -
舞茸ごはん。
蕎麦つぶ粥。
舞茸の香りと蕎麦の香りがすごくいい。 -
デザートは季節の果物。
どれも美味しくて、会津地産の食材と会津の郷土料理を堪能できました。 -
「特約店 渋川商店」
豪商時代の商い看板。
越後から越後街道を通って会津に入る海産物は、まずはじめに渋川商店に着き、ここから会津一円へと運ばれていきました。 -
別館のフロント。
明治期の建物らしく、歴史を感じる大きな木の引き戸。
実は自動ドアですが。。。 -
フロント横のロビー。
チェックインはここでしました。
サロンのようなソファと時代がかった調度品の数々。 -
飾られている絵は藤田嗣治のリトグラフ。
-
マリー・ローランサンもあります。
-
宿泊客であれば、いつでも自由に利用できるライブラリー「問屋文庫」。
会津の歴史に関する書籍もたくさんあります。 -
途中のショップで買っていた地元のヨーグルトドリンク「会津の雪」。
事前情報では、クリーミーでストローからなかなか出てこないという評判。
確かに、シェイク並みの吸引力がいるかも。
けど、評判どおり美味しい。 -
昼間は観光客で賑やかだった七日町通り。
午後9時を過ぎると、人通りがぴたっと止んで。
5月とは思えない寒空の下、酔い覚ましついでに夜の散歩。
ほんの数件だけ明かりがついているダイニングバーでは、若者たちが楽しそうに盛り上がっていました。
知らない町の夜の姿は、部屋にいるだけでは味わえない旅情があるので、よほどのことがない限り、夜の散歩は欠かさずするようにしています。
そしてその都度、旅って本当にいいなあって、つくづく思う。
会津若松の歴史を旅する4日間 1日目と2日目が終了。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
会津若松(福島) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
136