2018/04/19 - 2018/04/22
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Weiwojingさん
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ハノイは思いのほか心地よかった。街を歩いていても、他の国の観光地で見られるような、強引な物売りやとげとげしさがない。接する人々はみな穏やかで、道を尋ねても近くまで連れて行ってくれる人もいた。
今回のハノイ訪問は観光地を回るというよりは、フランス時代の建築物を見るという目的があり、事前に興味のあるところをいくつかを調べておいた。それらをもとに訪ねてみた。
アジアの国々にはかつてのヨーロッパ列国の植民地時代に建てられた建築物が今なお使われている例が多いが、殊、ヴェトナムに関してはその最いたるものである。今回ハノイやホーチミンの街を歩いたが、そうした例が顕著に見られた。
今回ハノイで訪ねた建築物は、次の通りである。( ) は建設年及び設計・建設者を示す。
1.ハノイ市民劇場 (1911年、ボワイエ及びアルレイ)
2.ハノイ大聖堂 ( 1886年、ビガ二エール )
3.ホテル・メトロポール (1901年、不詳)
4.大統領官邸 (1907年、シャルル・リシタンフルデ-ル)
5.迎賓館 ( 1911年、オーギュスト・アンリ―・ヴィルデュ)
6.歴史博物館 ( 1902年、エルネスト・エブラール )
7.ロンビエン橋 ( 1902年、デイテ&ピレ社)
8.北門教会 (1931年、 エルネスト・エブラール )
9.美術博物館 (1940年、不詳 )
10. 国際郵便局 (1942、アンリ・セルッティ・マリオ)
これら以外にもたくさん存在する。今回は時間的にそんなにたくさん見て回ることは出来なかったので、次回を期したいと思う。
- 旅行の満足度
- 5.0
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ヴェトナム人建築家 Hoang Dao Kinh ( ホアン・ダオ・キン)は、「フランス人はハノイを近代化させた。現在、ハノイには19世紀後半から20世紀前半までのフランスの建築様式が見られる。これらの建築物は熱帯建築様式があるもののヴェトナムの歴史・文化伝統に合致している」と述べている。注目すべきことは、フランス人は熱帯気候であるベトナムの暑さを避けるために熱帯気候に見合う建築様式を取り入れたということである。
ハノイでは先ずかつてのオペラ座という名前であった「ハノイ市民劇場」へ出かけた。この写真は市民劇場がある前のロータリーで、6本の道路が合流し、いかにもフランス風な雰囲気を有している。 -
ロータリーの正面に瀟洒な「ハノイ市民劇場」がある。1911年の竣工なので、優に100年を超えている。
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ハノイでランドマーク的な建築物と言えば、先ずは「ハノイ市民劇場」である。
かつては「オペラ座」という名前であり、その造り、華麗さからガル二エ(Garnier) が設計したパリのオペラ座を彷彿させる名建築である。一時ヴェトナム国議会の議事堂として使用されたこともあった。 -
パリのオペラ座を思わせる建物は淡いクリーム色をしていて、大変美しい。外観だけでなく実際に中を見てみたいと思った。
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屋根の上にはユニコーンだろうか、大きな石像が置かれいる。
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夜間のライトアップされたハノイ市立劇場は夜空にくっきりと浮かび上がり、美しく、幻想的な姿を見せている。
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劇場に入ると、先ず正面入り口に階段があり、大理石の階段そしてシャンデリアがまばゆいほどに輝いていた。
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白いシャンデリアや照明がまばゆいほどに輝き、華やかさを演出している。
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4月20日夜この劇場で”Lang Toi”(”My Village”) の公演があり、時間があったのでチケットを購入し、鑑賞してみた。劇場内部を見学する機会ともなった。
観客は地元のヴェトナム人だけでなく小生のような外国人がかなり多かったような気がする。 -
劇場の内部は華麗な設えで、正にパリのオペラ座を思わせる。
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正面舞台。そんなに大きくないような感じであるが、奥行きがかなりある。
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天井を見上げると、円形に描かれた絵が見ることが出来る。
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公演前の時間にワインやジュースなどのの飲み物を売るコーナーがあった。
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公演が終ってカーテンコールの際の様子。舞台装置はすべて竹が使われ、小道具類もすべて竹である。竹はヴェトナムの文化をシンボライズしているように思える。
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最後に出演者がロビーに出て来て、観客に挨拶された。後日得た情報によると、今年後半に横浜で、この ”Land Toy” の公演があるようである。
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「ハノイ大聖堂(セント・ジョゼフ教会)」もパリのノートルダム寺院のヴェトナム版と言ってもよい建物であり、1886年の建設ですでに130年を超えている。
外壁は白と黒の石材を使用して作られたが、長年かなり黒ずみ、建設当初の面影はないが、逆に重厚さを増してきたように思える。 -
近くでバラの花を売っている屋台があったので、バラの花を入れて撮ってみた。くすんだ教会の外壁と鮮やかなバラの赤い色が対照的だ。
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教会内部に入ると、薄暗い中に祭壇が浮き上がり、荘厳な佇まいを感じさせられる。
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ステンドグラスが素晴らしい。これらのステンドグラスはイタリアのヴェネチアから輸入したものだそうだ。
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「ソフィテル メトロポール ハノイ ホテル」は瀟洒な白亜の建物が美しい。当初、「グランド・ホテル・メトロポール・パレス」という名前であった。
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この建物は旧館で、様々な歴史的な出来事に登場してきた。一時日本大使館がこの中に置かれていたことがある。
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竣工した年が1901年で、完成後すでに117年を経ていることになる。
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4階の部分から下のロビーの吹き抜けをのぞいてみた。
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木の手すりや黒光りするフロアは永い歴史を物語るものである。
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ロビーは老舗らしい重厚さと落ち着きが感じられる。
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調度品ひとつ取っても歴史を感じさせるものばかりで、今回は宿泊しなかったが、次回はぜひ泊まりたいと思う。
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小さいながらも新館脇にプールがあり、宿泊客が利用していた。
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もと総督官邸であった「大統領官邸」は、1902年に完成した。官邸の背後には植物園があり、豊かな緑に囲まれたたたずまいは、フランスのシャトーを思わせるものである。
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建設当時この周辺はハノイの中心部から離れた町外れに過ぎなかったが、現在は旧総督官邸が大統領官邸となり、共産党、国会さらにホーチミン廟が建設されて、国家の政治的中心地となっている。
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「迎賓館」という名のコロ二アル建築の傑作がソフィテル・ メトロポール・ ハノイ ・ホテルの向かい側にある。
もとは北部ヴェトナム地方長官官邸であったが、その美しい姿を入り口フェンス越しに見ることが出来る。 -
切り立ったマンサード屋根を掲げ、壁面を彩る豊かで、華美な装飾は正にフレンチ・コロニアル建築の真髄を示し、ひときわその美しい姿を誇っている。
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「フランス極東学院博物館」(現 歴史博物館)は1902年の建築で、設計・建設はErnest Hebrard (エルネスト・エブラール)の手によるインドシナ様式の建築様式である。当初、この博物館は極東学院初代院長に因んでルイ・フィノー博物館という名前であった。
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エブラールはパリの街並みの基礎を作り上げた建築家で、この博物館も彼のヴェトナムにおける作品の一つである。
これは彼のインドシナ様式の第一作となる建物であるが、従来のフランス式ともヴェトナム式とも異なるこの建物にはフランスからやって来た建築家の様々な好奇心が混ざり合ったと言える。 -
オークル系の色調でまとめられた建物は、大きな八角錘の屋根を持つエントランスホールが特徴である。
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玄関入り口に置かれている獅子2体はインドネシア風の獅子を思わせるような感じである。
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博物館の入り口から見たホール。30メートルの高さがある。円柱といい、色合いといい、正に素晴らしい。
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「インドシナ大学学生寄宿舎」(原 美術博物館)は、「アンナン様式」と呼ばれた建築様式が特徴で、建物の上に大屋根を載せたヴェトナム風屋根が見られる。
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ヤシの木陰から見た博物館は周囲の緑の木々から白い色をより強調している。
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玄関の屋根の庇の部分。
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1階廊下の部分。右側に木製のドアを配して、落ち着いた雰囲気を出している。
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扉の手の込んだ木製の造作が素晴らしい。
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見事な程の階段ガあり、ここから2階の展示場に向かった。
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展示室の一部。この美術館は考古学的出土品も多く展示されているが、何よりも興味を引いたのはヴェトナム近代美術の作品が数多く紹介されていることである。
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こちらも展示室の一部。
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「ロンビエン橋」へ足を延ばしてみた。この橋はエッフェル塔を建てたギュスターブ・エッフェルの建設と言われたことがあったが、実際はそうではなく、デイデ&ピル社の竣工によるものであった。
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1902年の建設当時は、インドシナの総督ポール・ドゥメルの名をとって「ドゥメル橋」と呼ばれていた。
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ホン河をまたぐように作られた橋は全長1700メートルあり、ヴェトナム戦争時には補給路を断つためにアメリカ軍によって何度も爆破され、その度に修復を重ねてきた歴史がある。
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橋の中央には歩道の部分がやや広いところがあり、ここには野菜や果物などを売る人々がいた。
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橋桁の下に来てみた。列車は通っていないものの、オートバイの往来が激しく、すさまじい音が響いてくる。
橋は中央に鉄道が走り、その左右にオートバイ専用路(自転車も可)と歩道がある。 -
橋を渡り終えて対岸に来た。ゆっくり歩いて20分以上はかかっただろう。しばらく周りを見た後、再度元の場所へ戻った。
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しばらくすると、前方に列車の姿が見え、こちらに近づいてきた。あっと言う間の瞬間に通り過ぎた。
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橋を渡り終えると、すぐそばにロンビエン駅がある。中に入ってみた。
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駅の中に入ると、祭壇やランタンが点されていて、ここが駅(!)だとは驚いた。
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「北門教会」は、ハノイ城砦の北門のすぐそばにあることから北門と命名された教会で、エルネスト・ェブラールによって、1931年に完成した。
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右側が会堂で、左側は尖塔となっている。レンガ色の外観が目を引く。
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ひときわ高く聳える尖塔は、頂部に方形屋根を載せた独特のデザインを見ることが出来る。
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教会内部は白を基調にしていて、外側の黄色い色合いと対照的である。
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カトリック独特の聖人像がいくつも置かれ、その前には花やろうそくが供えられている。
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青色を基調としたバラ窓のステンドグラスが美しい。いくつもの円を重ねた幾何学模様でデザインされている。
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一方、天井を見上げると、八角計に造られたステンドグラスが美しい。
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「国際郵便局」は造形的にはモダニズム建築であるが、ハノイにおいてはこのような建築の例はそれほど多くはない。
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「国際郵便局」はもと「ハノイ商業農業会議所」で、1942年の建設である。フランス時代の建築としては最後の建築物である。
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内部の天井をながめると、中央に円型の天井があり、左側に道路に面した大きな窓がある。
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ハノイにはこれまで紹介してきたような建築物だけでなく、街中を歩いていると、至るところでフランス統治時代に建てられたものを見ることが出来る。建物の名前等は分からないが、古いものが多く存在する。
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建物の窓下に「1906-1907」という数字が見えるが、恐らく建設された年を示すものかも知れない。
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これまで見ていただいてお気付きだと思いますが、ハノイのフランス風建築は黄色い外壁が特徴で、これは南フランスの建築様式の影響だと思われる。
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“Hanoi Ocean House“ というクラシックな建物が目に付いた。シーフードレストランであった。
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表札にゲーテ・インスティチュ―ト(ドイツ文化センター)の名前があるが、白亜のアールデコ風の建物が美しい。
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美しい装飾で飾られた民家がある。
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McDonald's のショップが古い建物の1角にあった。新しいものが古いものと調和して、うまく利用されていると感じた。
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この建物は公共施設のようで、中に入ると、図書館や展示室のような部屋がいくつもあった。
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上記の建物の入り口に2体の彫像が置かれている。同じように見えるが、よく見ると多少違う点が見られる。
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アールデコ調の建物があった。どうやらホテルの建物のようである。
ハノイの街にはいたるところで、素晴らしいフランス時代の建築に出会うが、それ以外にも名もないような一般の住宅にも思わず驚嘆してしまうようなものもたくさんあった。
※ 参考文献:『建築のハノイーべトナムに誕生したパリ』(増田彰久著、白揚社)
この本には大いに啓発された。ハノイを中心にホーチミンやその他の地域にあるフランス式建築を詳しく紹介していて、実際の訪問に役に立った。
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