2017/09/15 - 2017/09/15
7位(同エリア1010件中)
てくてくさん
2017年の夏休みは遅めですが、ホーチミン経由でカンボジア王国に旅行してきました。カンボジアは私にとって22年振り、妻は初めての旅行になります。
当初はネパールで決まりかかっていましたが、溜まったマイルが切れかかっていたうえ、「本当にネパールでいいの?」との妻への投げかけたところ、どんでん返しでこちらに行くことになりました。
プノンペンに来て2日目、トゥクトゥクをチャーターして朝一でトゥールスレーン博物館を訪れ、その後にプノンペン郊外にあるキリングフィールドへ行きました。
『日程』
9/8 羽田国際空港から深夜便でホーチミン
9/9 ホーチミンからシェムリアップ
9/10 シェムリアップ
9/11 シェムリアップ
9/12 シェムリアップ
9/13 シェムリアップ
9/14 シェムリアップからプノンペン
9/15 プノンペン ★←今ここです
9/16 プノンペンから陸路国境越えでベトナム:ホーチミンへ
9/17 ホーチミンから成田空港へ
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トゥールスレーン博物館を出て大通りを進みます。
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トゥクトゥクは脇道に入りました。周囲はスラムっぽい街です。
途中のお店でドライバーが安っぽいマスクを3枚購入し、我々にもそれをくれました。埃っぽいからでしょうか、それとも周囲の臭い除けなんでしょうか。 -
川は半ばどぶ川
そういえばここら辺は22年前にはベトナム少女の売春宿があったところか?おどろおどろしい湿地帯に粗末な住宅があり、バイクタクシーのおにいさんに「どう?」と言われた記憶が。小学生高学年か中学生くらいの少女が数人いた。当然断りましたけどね。 -
22年前はほぼ原野とか畑だった記憶ですが、プノンペンの街も戦後の東京のように都市化が進み、住み心地が悪そうな住宅地が広がっていました。
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20分ほど走りキリングフィールドに到着。
キリングフィールド 史跡・遺跡
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入場料は日本語の音声ガイド付き。
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こちらが貸与された音声ガイド、ヘッドホンで解説を聴きます。
音声ガイドに沿って園内を周ります。日本語ガイドの音声、しっかり作りこまれていました。そしてその声の持ち主は、コンバットのサンダース軍曹の吹き替えなどで有名な声優や俳優の田中信夫さんだと思われる。 -
観光客が増えたこともあってここもかなり整備されました。22年前は赤茶けた大地にあの慰霊塔だけがポツンとあっただけとの記憶が。
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ここに虐殺され埋められ、その後掘り起こされた遺体の頭蓋骨だけがたくさん納められています。
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こんな感じでね。
この慰霊塔もポルポト政権がベトナム軍と親ベトナム軍勢力によりプノンペンから一掃され、キリングフィールドが発見された後に造られたもの。虐殺が行われた当時の建物などはポルポト政権が敗走前に慌てて全て取り壊され、大量の遺体以外は残されていません。キリングフィールドはここが一番有名ですが、カンボジア各地に大小300カ所余りあり、ここと同様の殺戮が行われました。日本でいえば市町村にそれぞれあった感じでしょうか。 -
1975年4月にポルポト率いるクメールルージュがプノンペンを占領し、毛沢東主義をモットーとして原始共産主義制を推し進め、都市住民を農村に押しやり農業に従事させました。農業生産活動の停滞に加え、中国では毛沢東が死去したことも重なり、国民の中に裏切り者がいると猜疑心を強めました。医者や教師、外国語を話せるようなインテリ層が反革命分子とみなして取り締まりを強め、彼らを拘束してアメリカのスパイであったとの自白を拷問によって強要され、虐殺を推進し始めました。そのような流れで、トゥールスレーンで自白を強要された市民が毎日300人ほどの人達がトラックでここに移送されました。
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皆黙って黙々と音声ガイドを聴いています。
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運ばれてきた市民がここに到着するとともに、DDT入りの飯を食べさせられられたり、鎌や斧、ハンマーなどの器具を使いクメールルージュの少年兵らに虐殺されました。銃は銃弾が高価なため使われませんでした。
虐殺時に発生する声が外に漏れぬよう、スピーカーで革命の歌が大音量で流されていました。 -
この木の枝にギザギザとなっているため、のどを切るために使われたとか。
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約450人の遺体が埋められていた場所。こんな場所がおおよそ24ヘクタールのキリングフィールドに129カ所発見されたそうです。
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ここで何があったのか知らぬ呑気な犬。
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おどろおどろしい沼
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こちらにも墓。首なしの遺体が166人発見されたそうです。
ここの遺体は一般市民でなく、クメールルージュで従事していた兵士であったとのこと。 -
赤ん坊の両足を持って叩きつけたキリングツリーと呼ばれる木。母親の目の前で行われました。
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慰霊塔に入ります。
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穴がある頭蓋骨。銃弾で出来たものではありません。鈍器で開けられたものです。
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大量の頭蓋骨
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欧米人は慰霊碑に献花していましたが
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我々はお線香に火をつけ慰霊しました。
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キリングフィールドにある資料館に行きます。
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展示品の多くは撮影禁止でした。
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どんよりとした気分でキリングフィールドを出ました。
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キリングフィールド前に出来たレストラン。22年前には慰霊塔のみでこんなものありませんでした。連れとそれぞれのレストランのメニューを眺めてここに決定。
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自分でもびっくりですが、キリングフィールド見た後でも意外と食欲がありました。
それにしても灼熱のアジアでは昼のコーラが美味い。 -
カンボジア風のカレーに
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ご飯をシェアして食べました。
その後、レストランの店員からドライバーにキックバックを支払うシーンを見てしまいました。ドライバーもそれで食べているのだし、この店に入れと言われた訳でもないですから、この街でもそうなんだという感じでした。 -
お腹を満たしたため、一旦ホテルまで戻ります。
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プノンペンも街もどんどん拡張して発展していくのでしょう。
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応対が悪くなかったドライバーの青年、この後も街でわざわざ見つけて乗りました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ラムロールちゃんさん 2018/07/09 12:59:49
- 見逃してました~
- てくてくさん、こんにちは☆
今頃、見逃していた以前の旅行記にお邪魔しています。
キリングフィールドをご覧になった後、食欲があったというのは、とても正常な気がします。
たくさんの死に接して、脳が、「生き残るために食べるんだ!」と指令を出したんじゃないでしょうか。
まだ機会に恵まれませんが、いずれは訪れておきたいところです。
ラムロール
- てくてくさん からの返信 2018/07/09 14:57:19
- Re: 見逃してました~
- ラムロールさま
こんにちは。
⇒たくさんの死に接して、脳が、「生き残るために食べるんだ!」と指令を出したんじゃないでしょうか。
そーゆうことだったのでしょうかね。ふむふむと納得しました。
でも、お腹に入れた食事は半人分でしたけどね。暑くて暑くて、そして物価が高くて・・・
てくてく
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- 大島敏幹 ooshimatoshimikiさん 2018/05/12 03:29:06
- 共産主義の名の下に独裁して、スゴイことしましたねポル・ポトは。
- 写真と説明を拝見しているだけで、気持ちが沈んできます。
臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前
- てくてくさん からの返信 2018/05/12 12:10:48
- RE: 共産主義の名の下に独裁して、スゴイことしましたねポル・ポトは。
- timeupさま
こんにちは。
旅行記でなくて申し訳ありませんが、カンボジアに行ったらここを避けることができないですし、少しでも多くの日本人に伝えなくてはならないと旅行記に。
実際観光中はどんよりとした気分になりました。
共産主義=独裁=国民抑圧の典型的な絵ですが、スターリンや毛沢東など猜疑心が強い人がなぜ共産主義の指導者になりやすいのですかね。
病的な独裁により、誰もが持つ心の片隅にあるそれが急拡大するものなんでしょうかね。
てくてく
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