2017/11/08 - 2017/11/17
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daimon68さん
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長年の夢であった場所の一つで本、テレビ、ラジオ等ではよく聴かされた言葉であったが今回実現できた。150万人のユダヤの人が虐殺され、起きてはならない無残な出来事で、人間が人間を抹殺する場所の入り口には「働けば自由になる」という文字が掲げられていた。この門を被収容者たちは当時どんな思いでくぐったのだろうかと思うと胸が熱くなった。もう一つの収容所ビルケナウには鉄道が敷かれ「死の門」と呼ばれる引込み線が今も残され、生きては帰れぬ片道切符でこの門をくぐっていったらしい・・・今もその引込み線と正門が残っている。平和ボケした私たちにとっては戦争の恐ろしさを2度と繰り返してはならぬ教本として胸に刻み込みました。歴史は繰り返すというが、これからの若い世代の人たちに、この現実を勅旨してもらいたく、足を運んでもらいたい。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
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収容所の入り口「ARBEIT MACHT FREI]働けば自由になるとの言葉がむなしい・・・
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唯一の日本人ガイド「中谷 剛」さんのガイドで内部を回る事ができた。ラッキー中谷さんは常駐ではないので事前にスケジュールを確認したほうがよい
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列車から降ろされ不安な表情でこちらを見つめる子供たちを見ると・・・
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各号棟の間にはこのように220Vの高圧電流が流されていた。まったく自由がない生活を強いられていた。
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各号棟ごとに目的が異なる使われ方をしていて、一部を開放して内部を見学することができる。
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この木々は当時の収容者たちによって植えられたもので、彼らの意思をついで脈々と行き続けている・・・
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あちこちの区切り地地には必ず有刺鉄線が敷かれ、奥には監視塔が見られる。
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当時ユダヤ人たちで構成された音楽団で就労に出かけるときなどに演奏されたらしい
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10号棟と11号棟の間にある壁は「死の壁」と呼ばれ数千人が銃殺された壁跡でこのように今でも献花が耐えない。左側の塔の窓には木の壁が付けられているが、死刑執行を被収容者が見ないための措置だったと聞き、絶句した。
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当時の収容者たちの労働状況。上にはドイツ人の監視役hが見える。
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就労前に整列さされ、ドイツ兵の歓呼を受けている当時の写真が道筋に掲示されている、
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クレマトリウム(ガス室と焼却炉)。収容所のすぐ隣にあり、ここから連日煙るが立ち昇っているのを収容者はどんな気持ちで眺めていたのだろうか・・
現代その内部も公開され、焼却炉やガス室も当時のままの姿を見ることができる。写真撮影も可能だがシャッターを押す気持ちになれなかった、 -
この姿を見るだけで身震いした・・
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ビルケナウ収容所の入り口正門までは歩いてゆける
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死の門と呼ばれるゲートを潜り毎日貨車が収容者たちを運んできたと聞く。いわゆる入り口があって出口のないところへ運ばれた人たちの心境は計り知れない。
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ブルケナウ収容所は面積1、4キロ平方メートルあり、300棟以上のバラックが並ぶ一大殺人工場であった。ここには一時アンネ・フランクも収容されていたと聴く。
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棟の一部が開放され見学することができる。お粗末なベッドと窮屈な場所での困窮した生活状態が感じられる。
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当時の収容者たちの労働姿の写真が入り口に展示されている。
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当時の収容所の全景写真が掲示されている。厳冬の中、収容者たちの過酷な状態が創造できる
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現代のオシフイエンチム駅(当時ドイツではアウシュヴィッツのこと)この駅が、当時シャバと地獄の別れ駅でこのレールをまっすぐ進むとベルケナウの死の門に向かう最後の駅です。今は、静かな語句一般の駅でほとんど人影もなく静かな駅です。
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貨車から降ろされて働ける人や老人、子供たちを医者を携えて種別しているところの写真です
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ヨーロッパ各地からこのアウシュビッツへ貨車で運ばれてきた図で遠いところはオスロからも・・・
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ガス室の模型で、虐殺後、焼却炉に運ばれて処置している姿の模型が工程順に紹介されている。
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毒殺に称されたチクロンBの空き缶が山積みされている
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毒殺に使用されたチクロンB
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棟内に展示されている収容者たちが使用していた義足・・
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日常生活に使用していたといられる食器類が山積みに
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処理されずにそのまま放置されたかばん類
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収容者たちが履いていた靴類
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当時身に付けていた収容服が展示されている
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右上には働けば自由になるの看板を背に働きに出かける収容者たちを右端のドイツ兵たちはあざけ笑うような姿で見送っている絵です。
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与えられていた食事の例が展示してある。これで一日中労働に耐えていた食事とは・・・・
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棟内に展示されている絵画の一つで元収容者が当時の姿を絵で紹介している。
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棟内に展示の絵画の一つです。
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当時、ヨーロッパ各地からこのような貨車の載せられて運ばれてきたそうです
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ビルケナウ収容所に着いた貨車をドイツ兵が待ち構えている写真。
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この旅行記へのコメント (1)
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- しょうちゃんさん 2018/02/03 11:19:43
- 強制収容所
- 今日は 昨年アウシュビッツ〔2回目)を訪問。その前にルブリン郊外のマイダネク収容所のほうが 原型を留めています。また、独逸国内にもありますので機会があれば訪れてください。ところで、150万人〔推定)がなくなっていましたが、当時320万~380万人がポーランドに居住していました。現在ポーランドには何人居住していますか?現地の学芸員が、ユダヤ人のための戦争ではない、といっていました。フランスでも! なお、歓呼→点呼のミスです。
昨年10月ベラルーシを訪れましたが、現地のガイドが同地のユダヤ人はきわめて少数の人しか居住していません。イスラエル・アメリカ・ドイツに移動しました。なぜ独逸でしょうか?
小生、今度は「ベルゲンーベルゲン」訪問を予定しています。
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