2017/12/17 - 2017/12/17
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junxさん
このところ、クリスマスイベントで近場の教会に遊びに行くことが多い。そこからの連想で、以前から気になっていた場所を訪ねてみることにした。
チャオプラヤー川沿いに見える風景の中に、タイの伝統的な寺院建築とは趣の異なる旧い建物がいくつかある。タイの人々と深く関わってきた外国人たちの遺構だ。
タイ王国とヨーロッパとの関係は16世紀に遡る。また、中国南部をはじめ近隣諸国からも多くの人びとが集っていた。サヤームの首都アユタヤは国際貿易都市で異質な文化にも寛容だった。その伝統はバンコクに受け継がれている。
チャオプラヤー河畔に残る外国人たちの足跡は、タイの包容力と多様性の長い歴史を示すシンボルだ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 徒歩
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王宮の対岸にあたる右岸地区。この一帯はトンブリーと呼ばれ、対岸のラッタナコーシンに都が移されるまでの短い間タイの首都が置かれていた。その一角に Santa Cruz Church サンタクルス(聖十字架)教会が、ひっそりと佇んでいる。
強い逆光で悲惨な写りだが、優しいローズピンクに彩られたドームの美しい建物だ。 -
16世紀初めごろ、アユタヤに到達したポルトガルは商取引の権利を与えられ、最初のカトリック教会を開いた。その後アユタヤがビルマに攻撃されると、ポルトガルはアユタヤの軍事支援に回り、タークシン王の信頼を得た。こうした背景で王から土地を与えられ、ポルトガル人たちはサンタクルス教会を建てた。1770年のことだ。
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現在の教会は1916年に建て直された3代目のもので、イタリアの建築家Annibale RigottiとMario Tamagnoによるものだという。教会らしい落ち着いたデザインだが、ところどころにアールデコ調の大胆さも感じられる。
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現役のカトリック教会だけれど、「内部をご覧になりたい方は教会スタッフにお気軽に声をお掛けください」と掲示されている。だが残念なことにすべての扉は閉ざされたままで、誰の姿も見当たらない。日曜日とはいえ、さすがに時間が早過ぎたようだ。
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天井を見上げると金色に彩どられた重厚なレリーフが目に入った。植物を模った徽章のようでもあり、夜空に輝く明るい星を暗示するようでもある。
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間近に見上げるドームは、遠くから見るよりも少し小ぶりに見えた。ネオルネサンス風とでも呼べばよいのだろうか。シンプルだが均整のとれた姿だ。
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学校や幼稚園など、教会が運営する施設が周りにいくつかある。学校の門が開いたままだが、ここにも人の気配は感じられない。
それにしても静かだ。人影がほとんど無く、ただひとり近所の人と思しき通りすがりの婦人とすれ違いぎわに、お互いに微笑み返しただけだった。 -
敷地内を後ろへ下がると、特徴あるステンドグラスと幕板がよく見える。装飾を最少限にとどめて簡潔なフォルムを生かした意匠が、この教会建築の持ち味のようだ。
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一部工事中だが、サンタクルス教会から北へ向かって川沿いの遊歩道が整備されている。行く手はるかにワットアルンが見える。
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遊歩道の途中で一軒の廃屋を見つけた。これ以上近づくことができず詳細が全く分からなかったが、木造で繊細な装飾を持つ様式はプレーンナラのタラパット学校と共通で、ほとんど同時期の建物に見えた。
帰って調べてみると、ラーマ四世時代のルイス・ウィンザーという帰化英国商人の個人邸だった建物とわかった。19世紀前半のもののようだ。サイアム建築家協会が保存を企図しているという2009年の記事も見つけたが、どうなったのだろうか? -
さらに北へ進むと、建安宮という名の中国風の小さな寺がある。チャオプラヤー川から運河状に掘られた入江の水面に立つ門は保存状態が悪く、基礎が傾いてしまっている。
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寺と言っても、ワットと呼ばれるタイの仏教寺院と異なり、英語ではワットのTempleに対してShrineと表記されている。つまり寺というより神社か廟の一種という扱いだ。
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ここに祀られているのは仏陀でなく、観世音菩薩である。菩薩はもとはインドの土着的な神だそうだが、同じくインドに起こった仏教に吸収されて仏教徒の信仰の対象にもなった。
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ビルマの攻撃によるアユタヤの陥落後、都はこの地トンブリーへと移された。18世紀後半のことだ。その頃タークシン王とともにトンブリーへ移ってきた中国人たちの手で二院から成る一組の寺が建立されたという。
さらに都がトンブリーからラッタナコーシンへ移されラーマ三世の時代になると、福建省出身者たちがその寺を建て直して建安宮とし、新たに観世音菩薩を祀った。 -
建安宮はその後荒れ放題となったが、近隣のワットカラヤナミトルに新しい大鐘が設置された折にここを訪れたダムロン王子がその美術的な価値を見出し、ラーマ四世の子息ナリット王子に手紙を書いて建安宮の早急な保護を働きかけた。
以上は建安宮の前にある案内板の説明である。二人の活動時期から、おそらく19世紀末頃の話ではないかと思う。 -
建物の壁という壁が、見事な壁画と木彫で埋め尽くされている。まさにダムロン王子が書いているとおり「今となっては見出しがたい熟練の職人たちによる芸術作品」だ。
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正面左右の壁は人物像のレリーフで飾られている。コバルトブルーの彩色が再建当初の建物の色鮮やかさを伝えている。
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観光客の姿は全く無く、地元の人らしい家族がまばらに訪れ、あるいは本堂裏手の厨房に集うおばさんやおじさん、子供たちが皆で調理をしながら歓談しているだけだ。
いまどきのバンコクっ子にしては垢抜けない格好の女の子が、柄に似合わぬ大ぶりな一眼レフで丹念に撮影していた。建築学部か美術学部の学生かもしれない。ただし建物内は撮影禁止だ。 -
本堂を脇へ抜けると中庭のようになっていて、厨房など周囲の建屋が取り囲んでいる。しばらく佇むと、なんだか古き良き中国の家の小庭にでもいるような気がしてきた。不思議と心落ち着く空間だ。
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建安宮の美術的価値は建物の外観にも及ぶ。屋根は独特のかたちをした二層の切妻で、正面から見ると左右が強く湾曲している。その尾根が描く弧の先端に纏わりつくようにいくつもの凝った装飾が施され、鮮やかな彩色が今も残されている。
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柱や梁も今は色褪せてしまっているが、本来は鮮やかな赤か朱色に塗られていたのだろう。蓮の華を模ったと思われる軒下の装飾も素晴らしい。
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建安宮のすぐ隣には、案内板の説明に出てくるワットカラヤナミトルという大きな仏教寺院がある。寺院前のフェリー乗り場にボートを見つけ、リバーシティまで行く方法を尋ねてみた。
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船長は英語がよくわからない様子だったが、彼と話をしていたひとりの乗客が通訳をしてくれた。この渡し船でまず対岸へ渡り、別のボートに乗り換えればよいという。写真にちょっとだけ膝頭が写っているが、身なりが良くて物腰柔らかな、気品のある女性だ。この人と私の2人だけを乗せて、船はすぐに出発した。サンタクルス教会のドームが見える。
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乗り継ぎ先は音声ガイド付きの観光客向けのボートで、運賃が少し高めだが大型で脚が速い。リバーシティまでものの10分と、クルマよりも確実に早く到達できる。チャオプラヤー川沿いを移動するには、なんといってもボートが便利だ。
リバーシティに着く直前に教会の尖塔が見えてきた。次の目的地 Holy Rosary Church 聖ロザリオ教会の塔だ。 -
降り立って、教会の正面へと廻りこむ。川面から見たとき以上の威容だ。
聖ロザリオ教会という名前しか知らなかったのだが、地元ではカラワー教会とも呼ばれていて案内板の表記もこの名前になっている。カラワー Kalawarは、元はKarawarioといってラテン語Calvaryの音訳だそうだ。Calvaryはキリストが磔刑に処されたゴルゴタの丘であり、転じてキリストの受難を意味する。 -
アユタヤから移ってきたポルトガルのローマカトリック教徒はサンタクルス教会を得たが、フランスがインドシナで勢力を伸ばし始めるとフランス人宣教師たちが入ってくるようになった。これを嫌ったポルトガル人たちが新しい教会を建てたのが、カラワー教会の始まりだという。
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現在の教会は3代目で1898年に完成したもの。ネオゴシック様式のファサードが荘厳で美しい。
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祭壇上部に大きなアーチがあり、そこにも漢字があしらわれている。教会再建に華人が大きく力を貸した証拠だ。
日曜礼拝がちょうど始まったところだった。入るのを少し躊躇っていたら、スタッフのひとりにぶ厚い聖歌集を渡された。そのことはべつに不思議じゃないのだが、ページを開くとタイ語だ。「タイ語は読めないので」と本を返そうとしたら、「どちらの宗派ですか?」と尋ねられた。「いや実はクリスチャンでもないんです。」と正直に答える。 -
旅行者とすぐに察してくれたようで「ご遠慮なく、どうぞ」と席を勧められた。「祭壇に近づきすぎないように、それから礼拝の邪魔にならないように気を付けてくださいね」との条件付きで、写真も自由に撮って構わないという。カトリック教会だが、プロテスタントと何ら変わらないぐらいに大らかだ。
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説教はタイ語で行われ、耳の不自由な人たちのために手話も付いている。クリスマスの特別礼拝で、キリスト生誕に因んだ説話とのこと。
先ほどのスタッフが隣に座り、説教の途中ときどき小声で内容を要約してくれた。タイ人ではなく白人の女性で、分かりやすい英語だ。柱に飾られているイコンは磔刑の丘へ向かうキリストの歩みを描いたものだとか、親切に教会内部の説明までしてくれる。
ステンドグラス越しに差し込む光が、何とも言えぬ柔らかさだ。 -
左右の壁には聖像が飾られている。これは聖パウロの像。
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カトリックの礼拝なので聖体拝領がある。彼女は私にその意味を教えてくれたあと、席を立つ前に「あなたは席にいて大丈夫ですよ」と付け加えるのを忘れなかった。
葡萄のレリーフは聖餐の葡萄酒と同じで、キリストの血を表しているのだそうだ。 -
シャンデリアや吊り下げ式のファンも、厳かな教会内部の雰囲気に調和している。
教会は常に誰にも開かれていて、ときどき建築を学ぶ学生たちが見に来るのだと言っていた。 -
背後にはバルコニーがある。ここは通常パイプオルガンが設置されるスペースだ。見える範囲での判断だが、聖ロザリオ教会は残念ながらオルガンを備えていないようだ。小型のものでもよいので、あればきっと素晴らしいだろう。
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クリーム系の明るい塗装で外観が重すぎず、明るいタイの日差しにマッチしている。とてもよい選択だと思う。細部の装飾を観察するのも楽しい。
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付属の建物が面する庭に、美しいソプラノでクリスマス聖歌が響いていた。見上げると、ひとりの女性が窓辺で練習をしている。
街中の大きなショッピングモールに煌めく派手な飾り付けも楽しいけれど、それよりもずっと心に染み入るクリスマスだ。 -
バスを捨おうと、中華街にほど近いジャル一ンクルン通りへと向かう。緑が多くてクルマの少ない、歩くと気持ちのよい道だ。
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街の中でも歴史的な建物は簡単に見分けが付くようになってきた。観光ガイドに取り上げられるスカイバ一のある高層ビルの真下にさえ、こんな旧い建物が残され、今も現役で使われている。
小樽や美濃で有名な旧い商家建築の特徴に「卯達(うだつ)」と呼ばれるものがある。住戸と住戸の境目で屋根を少し持ち上げるように仕切った小壁のようなものだ。のちには家主のステータスシンボルとして機能したそうだが、元々は火災のときに延焼を防ぐ目的で造られた。
バンコクの歴史的な建物によく見られる屋根の仕切りは、サイズこそ小ぶりだが卯建によく似ている。おそらく同じ目的で造られたものだと思う。 -
バスで移動したのはもう一箇所、ここを見たかったからだ。Assumption Cathedral アサンプション大聖堂。
Assumptionは「聖母被昇天」と訳されるが、カトリック教徒かヨーロッパ美術史に詳しい人でもなければ馴染みのない言葉だろう。 -
最初のアサンプション大聖堂はフランス人宣教師のパスカル神父によって1809年に計画され、1821年に完成した。現在の建物は1909年に再建されたものだ。
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フランス産とイタリア産の大理石が使われ、設計もフランス人建築家の手になるものだという。第二次世界大戦で被害を受け、戦後大規模な修復が行われた。
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大聖堂の背後にはアサンプション・カレッジの建物が聳え立つ。初等科から12年間の一貫教育を担う男子校で、タイの歴代首相のうちの4人を輩出した名門校だそうだ。
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アサンプション大聖堂はローマカトリック教会に属している。1984年に教皇ヨハネ・パウロ2世がここを訪問した時の写真と説明文が誇らしげに掲示されていた。
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聖堂の扉を開くと、一瞬たじろぐほどの高い天井と広々とした空間が広がる。祭壇の明かりは落とされていて、やっと曲を聞き分けられるかどうかぐらいの微かな音量でオルガンが静かに演奏されていた。
オルガンといっても、祭壇脇に設置された電子オルガン。背後のバルコニーにはたいそう立派なパイプオルガンが組み込まれているのだが、今日は使われていない。だがこの空間に響く音は、非常に長い残響を伴う大聖堂特有のものだ。静謐という言葉が、まさに似つかわしい。幾人かの信徒らしき人たちがすでに席につき、それぞれの瞑想にひたっているようだ。
実は気づかずに撮ってしまったのだが、ここでは屋内の撮影は禁止されていた。すぐに制止されたものの消せとまでは言われず手元に残ったが、内部の写真は、だからこの1枚だけ。あとは自分の目でしっかりと観察して記憶に焼き付けることにした。繰り返されるパターンなどコロニアル様式を思わせるところもあるが、荘厳の極みだ。
控えめにいちばん後ろに近い席に座ってこの眺めをしばらく味わっていると、やがて信徒がひとりふたりと集いはじめた。女性は例外なく片膝を軽く折って祭壇に一礼をしてから席に着く。もうすぐ典礼が始まるようだ。 -
司祭が祭壇の席に着くと、あまりに敬虔な空気に気押されてきた。そこで礼拝のあいだは席を立ち、後ろの壁際で瞑想的な気分のおすそ分けに預かることにした。
神父が告解室に入ってゆく。後に続く信徒のひとりに「先に入らせていただいてもいいですか?」と尋ねられた。タイ語なので実はひとことも理解できていないのだが、その場の状況からそれ以外の問いは考えられない。
ローマカトリックの典礼は独特だ。他とは比べ物にならないほど儀式的で強い様式感が感じられる。いくつもの祈願や讃美の応唱を経て聖体拝領の典礼へと進む頃、そっと静かに退散した。
大聖堂の周り数ブロックはほとんどが教会に関連する施設で、そのうちのいくつかはフランスの香りを漂わせる典雅な建物だ。 -
チャオプラヤー川を挟んだ対岸にも、今は高層ビルが建ち並ぶ。川を渡る道路は隙間なく流れるクルマでいっぱいだ。
そこだけヨーロッパの街角のような静かなアサンプションの街区を抜け出し、心地よい軽い疲れを感じながら都心の雑踏へと戻った。
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