2017/09/30 - 2017/10/03
3984位(同エリア6070件中)
明石DSさん
2017/10.1.16:30
クアラルンプール 日本陸軍本部跡
マレーシア・ツーリズム・センター
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プトラジャヤ:マラッカ:クアラルンプールを訪ねる
2017:平成29年9月30日(土)~10月3日(火)
2泊4日
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はじめに
67歳にして37回目、2004/平成16年から年二回続けている海外旅行。何とか健康を維持し今年も目標達成となった。当初“阪急トラピックス”ラオス【世界遺産の街 ルアンパバーン5日間】を申し込んでいた。参加者2名より催行決定のツアーなのに申し込みは一ヶ月前になっても私一人で断念。急遽行き先を変更した。
同じ“阪急トラピックス”で【GO!GO!マレーシア4日間:¥72,250円(一人部屋追加料金¥18000円含)】となる。出発まで一ヶ月となったが早速図書館やアマゾンで関係の本を探し旅前の準備を始める。マレーシア、マレー半島と言えば大東亜戦争勃発時、真珠湾攻撃より1時間50分早くコタバルに上陸を開始、タイ領シンゴラへも上陸す。
そして目指すシンガポールまでの1,100キロ(東京⇔下関)を怒涛の進撃で突き進んだ帝国陸軍栄光の戦地である。大東亜戦争の戦域はあまりに広くその全容も未だ掴めない。満州から始まった私の戦跡巡りも点・点・点に過ぎず。今回旅を機にマレー作戦の内容も少し分かったが「凄い!」という感嘆と、それでもごく一部しか分からず溜息しか出ない。
英印豪軍を蹴散らしマレー縦断、そして英国の植民地支配の拠点であり象徴でもあるシンガーポールを陥落させたことでその後の世界が変わる第一歩となった。無念ながら日本は戦いに敗れたが白人支配の世界から、当時ほとんどが植民地に甘んじていた有色人種国家の独立を戦後導いた。日本軍かく戦えり、先人の偉業に心からの敬意を払う。
【防衛庁防衛研修所戦史室(編)『戦史叢書 マレー進攻作戦』】【越知春海『マレー戦記』】【島田豊作『サムライ戦車隊長 島田戦車隊奮戦す』】【前田正雄『菊兵団ビルマ死闘記』】【石井幸之助『報道班員従軍記』】【御田重寳『マレー戦:前後編』】等々を参考に読む。
マレーシア4日間のツアー参加者は15名一人参加は当初私一人だったが二人組の一人が当日不参加となり、一人参加は台湾国籍の女性(60代)との二人。関空⇔クアラルンプール:飛行機はエアアジア。出発時2時間遅れ、帰国便は3時間遅れ、うんざりだったが墜落なく無事帰国。
クアラルンプール国際空港ターミナルはKLIA2(第2ターミナル)・・・金正男暗殺現場のターミナル。襲われた場所(2F)も特定でき治療に行ったメディカルセンター(1F)の写真も撮った。
戦跡巡りとは程遠い観光旅行だがマレー作戦の快進撃の地に立つ。正味二日のマラッカ・クアラルンプールの旅を記す。
これは旅行記にあらず。わが能書き也。
思いのままを書き連ねる。同じ事を百回でも千回でも。
目 次
(1) 9月30日(土)関空~クアラルンプールへ出発
(2) 10月1日(日)プトラジャヤ、マラッカへ
(3) 10月2日(月)クアラルンプール観光
(4) 10月3日(火)深夜便 帰国へ
- 旅行の満足度
- 5.0
-
須磨浦公園前
土曜日の朝、渋滞もなく国道2号線を走る
普段のこの時間帯は大概渋滞している -
“ベイ・シャトル”駐車場は今日も車が一杯
ポートアイランドから関空へ
駐車場は無料だが船便が少ないのが今一 -
天気晴朗波もなく
いざ関空へと船は岸壁を離れる
夕方には我マレーシアに立つ、信じられん。 -
「菊兵団ビルマ死闘記」前田正雄(著)
前田大尉は開戦から終戦まで過酷な最前線で戦い続け
奇跡的に命落とすことなく昭和21年復員を果たす
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■関空にて
待ち時間は苦にならず「菊兵団ビルマ死闘記」を読みつつクアラルンプールまで行った。
著者:前田正雄大尉は1918/大正7年8月生まれ。1939/昭和14年台湾にて入営。22歳で現役兵としてマレー半島コタバル上陸からシンガポール攻略後ビルマに転戦。敗戦まで機関銃中隊指揮官として最前線で戦い続けた。その間奇跡的にかすり傷だけだったが終戦のわずか一ヶ月前の7月6日敵飛行機の銃撃を受け負傷するも昭和21年復員。
昭和16年12月8日午前2時過ぎ真っ暗闇のコタバル上陸時、大発(上陸用舟艇)が砂浜に乗り上げ兵士は海に飛び込み砂浜に向かう。その間も敵機の機銃掃射、そして砂浜に辿り着いても敵陣トーチカからの掃射にバタバタと戦死者が出る。二人の大隊長の戦死負傷を含め多数の犠牲者を出しての上陸敢行となった。
1945/昭和20年8月15日の終戦から72年。死闘記の戦場描写を読んでも、これが同じ日本人、同じ人間と思うことならず。
8時発の“ベイ・シャトル”で関空ターミナル着は8時40分頃。“阪急トラピックス”の受付カウンター「G」にて手続きをする。
受付嬢の第一声は「出発が2時間半遅れの1時25分になりましたので・・・」だった。ガックリ、何で飛行機が遅れれば待ち時間が一気に長くなってガッカリなのか?そりゃあそうだ離陸2時間前が集合だから、2時間遅れは一気に待ち時間4時間となる。4時間待ちはさすがにしんどい・・・けれど仕方なし。
とりあえず早い昼飯を食べに3階レストラン街に行った。いつもの定番は信州そば処「そじ坊」だけど10時過ぎなのにお腹が減っていたので「とんかつKYK」に入る。こんな時間なのにほぼ八割方の客の入り。一人なので隅のカウンター席に案内され「鹿児島:黒豚ヘレカツ膳」 ¥1950円也を食べた。ライスのお替りを頼み美味かった。
そして出国手続きをし、搭乗口ゲートまで向かう。時間経過と共に39番ゲート前にも乗客が増えて来た。イスラム教の国マレーシアに帰国する頭にスカーフを被った女性がチラホラ見受けられた。空港は世界の縮図・人種の坩堝。でも50年前、1ドル360円、私が10代の頃はまだまだ飛行機で海外への旅は夢物語だった。 -
満23才、前田大尉
シンガポール陥落直後の写真だが
イケメンであり物静かな青年の様子
今の日本人青年とどこがどう違うのだろう
時代・状況・環境が人を作る -
9月30日(土)関空4階 国際線出発ロビー
多くの搭乗客でごった返す
それぞれ行き先も違い目的も違う
一堂に会するは、ただ偶然の産物 -
阪急トラピックス・カウンター
出発は2時間遅れの午後1時25分
えっ、なに、即座に諦め4時間待ち -
とんかつKYK KYKって?なんじゃこの名前
私だけでなく誰しもそう思うようで名前の由来は
創業時:瓦町洋裁研究所(Kawaramachi Yousai Kenkyusho)
今:「心と味でおもてなし」の英訳「Keep You Kindly」の頭文字
http://www.tonkatu-kyk.co.jp/history/historypublic
ふ~ん、オモロイ、うまけりゃ何でもピッタリくる -
「鹿児島:黒豚ヘレカツ膳」 ¥1950円也
いつもより高価なご馳走を食す
非日常の今だから
いつもなら「かつや」の“とん汁定食”¥702(税込) -
イスラム教の女性のスカーフ
「夫以外の男性の視線から自身を守るため」
一体何ぞや?12人の妻を娶った開祖ムハンマド
教祖を崇める宗教というのを信じる気はしない -
エアアジアD7-533便 エアバスA330-300型
出発が2時間遅れるもなにもさっきやっと関空に到着
すぐに荷物を積み込みクアラルンプールへ折り返し
墜落しなければ少々の遅れは我慢する、落ちるなよ! -
午後1時過ぎ、やっと搭乗始まる
格安航空折り返し運航の離発着時間は
そもそも目安としての覚悟が必要なり
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■クアラルンプールへ
11時関空(発)エアアジアD7-533便はクアラルンプールからの折り返し便。遅延の理由は分からないがそもそも向こうからの到着が遅れていた。9時前に関空に着き長かった待ち時間も終わり午後1時過ぎエアバスA330-300型機(座席数は377席・ビジネス12席・エコノミー365席)へ乗り込んだ。
座席配置は3席 3席 3席、狭い通路が2本。私の座席は中央席の左通路側の37D。幸いにも真ん中座席は空席だった。周囲を見渡せば“阪急トラピックス”のバッジを付けたシルバー世代の人が座っていた。同行者が周囲に固まっているのだろう。
https://www.airasia.com/jp/ja/inflight-comforts/seat-options.page#airbusA330
後ほど分かったが横の空席は右通路側に座っていた台湾籍の60代女性“Rさん”と一緒に来るはずだった友人の当日キャンセルでの空席だった。それで本来一人参加は私だけだったが“Rさん”と私の二人となった。
他に三人連れご近所女友達・二人連れ女性一組・夫婦3組・嫁姑一組・男4人女11人の計15名のツアーとなる。“Rさん”と往路機内で話さずだったが明るく食欲旺盛買い物好きの女性だった。
座席は見渡す限りでは空席はほとんどない。格安航空だからか座席にモニターなく5時間半の長旅だが映画は見れない。前席との空間は広い感じがし窮屈感はない。
まあビジネス席と比較すれば雲泥の差だが・・・我ビジネス席で海外旅行を楽しむ身分になれず。でもダブルブッキングで運よくとand自前(関空⇔ハルピン マイル利用)で二度だけ座ったことはある。
窓側座席なら窓外の景色を見続ける私だけど今回は残念ながら見ること叶わず。午前11時離陸が2時間半遅れの午後1時半ごろD7-533便は飛び立った。
クアラルンプール空港到着も午後6時半ごろになる。今日の予定では夕食食べてKLタワーからの夜景観賞、チャイナタウン散策と観光することになっている。
LCCエアアジアは食べ物・飲み物の機内持ち込みは原則ダメとのこと。早昼でトンカツを食べたし到着まで食べ物はなくても大丈夫だし、様子を見ながホットコーヒーでも頼もうかと考えていた。
2時間ほどして食事や飲み物の注文のアナウンスがあり、次いで予約の食事が配られ出した。な、何と!出発案内にも書かれていなかったので知らなかったがツアーに機内食が付いていた。「ラッキー」だった。チキンのお粗末弁当で完食せずだが気分転換にはなった。
日本との時差マイナス1時間、現地時間午後7時クアラルンプール国際空港に無事着陸した。 -
エアバスA330-300型 中央左通路側
通路は狭いが窮屈感はなかった
でも座席モニターが無いのは最悪
映画も機外カメラの映像も見れない -
えっ?昼食がツアーに含まれていた
ラッキーだったが、昼食弁当はお粗末
コンビニ弁当の方が格段に美味い -
無事にクアラルンプール国際空港に到着
飛行機にはあまり乗りたくないけど
移動距離を考えれば奇跡の乗り物だ
200年前にこの距離を移動することを考えれば天地の差がある
200年後は如何に? -
ほぼ赤道直下に降り立った
今まで私が行った最南端はパラオ
一番暑さを感じたのはミャンマーのヤンゴン
クアラルンプールはどうなのか?
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■クアラルンプール国際空港「KLIA2」到着
機外に出ると外はまだ夕暮れ時で薄明るい晴れ。ターミナル内を前の人たちに続いてひたすら歩く。結構な距離で途中前の人が乗り継ぎなのか?「えっあっち」という方向に向かったので迷いそうになったが何とか入国審査場所に到達。
マレーシアは出入国カードは不要。左右の人差し指を並べて指紋採取。無事入国を果たす。
そしてトランク受け取り場所に行く。そこで「チェンジマネー」と、誰かに聞き両替銀行を教えてもらい3万円の両替をした。マレーシア貨幣はマレーシア・リンギンット(RM)でレートは「0.0345」。正味二日の旅、1035リンギットを財布に入れる。RM1≒日本円28円也。
クアラルンプール国際空港「KLIA2」は、金正男暗殺現場。『2017年2月13日午前9時頃(日本時間同10時)、マカオへの出国手続きのためにエアアジアの自動チェックイン機を操作している最中に襲われ空港内の医務室から病院へ搬送中に急死した。』
https://youtu.be/qVrSqCzddk8
暗殺場所はこの空港「KLIA2」だということは来る前に知っていたが、その場所がどこなのか?その時は分からず探す余裕もなかった。金正男はマカオへ出国時の暗殺なので帰国時に確認することに・・・。トランクを受け取りやっと出口へ。
到着ゲートから出たらどこも同じの出迎え風景がある。そしてすぐに“阪急トラピックス”の標示を持った小太り中年男性を見つけ傍に行くと、一人参加の私のことが直ぐに分かったのか名前を確認してくれた。いつものように出て来たのは私が一番先。そしてみんなが揃うまでの待機場所を言われた。さあいよいよ旅の始まりとなる。
三波伸介似のガイド、小太り中年男性50代:名前は“ポール”中華系マレーシア人。最近不整脈?でペースメーカー挿入手術を受け仕事は無理できず選んでいるそうだ。
ペナン島に住まいがあり息子二人の父親。最後の日にスマホで家族の(奥さんと息子二人)の写真を見せてくれた。息子たち(10代後半)は親父と違って二人とも真面目そう。奥さんも可愛い人だった。 -
空港内部の様子分からず前について歩く
歩く、歩く、歩く 入国審査場はまだか?
金正男暗殺現場もまったく不明
帰国時に探すしかないと即諦める -
クアラルンプール国際空港で両替するつもりで
日本円だけでマレーシアに入国した
最初に見つけた空港内銀行で両替をする
3万円が1035リンギットとなる -
二泊四日の旅なのでナップサックでも良かったけど
移動ナシの連泊なのでトランクを転がしてきた -
空港到着から約1時間掛かって到着ゲートに辿り着く
ツアーガイドとの一期一会の出会いの瞬間がこのあとやってくる
一人参加の私なのでガイドの“おっちゃん”は名前を記憶していた
帰国時に知ったが、この左端に金正男がへたり込んだ空港医務室がある
またも一番乗り、外に出ても猛暑は感じず -
ガイドの中華系 “ポール”さん
ツアー一行 15名 一人参加二名
三人参加(女性三名) 二人×5組
「シルバー世代 12名」「若者?3名(女性)」
男女内訳「男4名・女11名」
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■クアラルンプール「紅辣椒 Hóng làjiāo ホンラージャオ」で夕食を
午後7時に着陸、8時に到着ゲートから出て全員が揃いバスに乗ったのは午後8時20分。勢ぞろいした同行者15名、最年少は嫁姑参加の嫁。男は私含め4人。他11名は女性。遠方は岐阜(夫婦)・高知(女性友人同士)、他は大阪兵庫からの集まり。顔見れば機内でみんな周辺に座っていた。
迎えのバスは15名にも関わらず大型バス、座席もゆったり見かけ豪華。“ポール”曰く「この人数ならマイクロバスだけど皆さんラッキーですよ」とのこと。そしてペナン島から飛行機で仕事に来た“ポール”は、到着予定の1時間以上前の午後3時前に空港に来て遅延が分かり5時間半待っている間に今日の予定変更の段取りをしていたそうだ。
空港からバスでクアラルンプールまで行き夕食、そしてKLタワーの展望台から夜景観賞の予定が最終日予定のツインタワーライトアップ観賞に替わる。バスの中でポールは待ちつかれながらもマイクを離さず独演会。心臓の病から復帰したばかりなのにパワフルだ。
「東南(とうなん)アジアなので盗難(とうなん)が多いから気を付けて」「四季がなく年中夜明けは午前7時、日没は午後7時半」「年中夏だから服にお金が掛からない」「マレーシアの三大産業、スズ・ゴム・パーム油(アブラヤシ)」「ガソリン1リットル50円」
そして明日明後日のオプショナルツアーの説明と参加者募集。明日夕方はクアラセランゴール蛍観賞(夕食付)¥7,500円。明後日の午前中、バツー洞窟と国立博物館¥5,000円。
日本では見れない蛍乱舞の光景、見なければ損との“ポール”の熱弁に心が一瞬揺れたがOPはどちらも不参加。自由行動こそ私の楽しみであり旅でもある。申し込み者は半分より少し多いくらいだったと思う。
空港から1時間ほどのバス乗車でクアラルンプールの夕食場所レストラン「紅辣椒(Restoran Hong La Qiao)」に到着。「夕食は名物スチームボード」とは、マレーシア風鍋料理。
https://www.google.co.jp/maps/place/Restoran+Hong+La+Qiao/@3.1416483,101.707384,15.72z/data=!4m5!3m4!1s0x31cc36263c392049:0xa175f0312e373fba!8m2!3d3.14064!4d101.7105401?hl=ja
二つの丸テーブルに別れてツアー初の食事。うま味のある出汁スープの鍋料理。野菜たっぷりエビに豚・鶏肉練り製品等々具沢山で十分美味かった。
半数はビールを頼んでいたが私はスイカジュースがあったので即頼んだ。¥10RM、280円。同行の台湾女性もスイカジュースを頼んでいた。台湾も果物ジュースは美味い。 -
空港から約1時間でクアラルンプールのレストラン着
「夕食は名物スチームボード」マレーシア風鍋料理。
最初の食事から終わりまで中華料理ばっかりのような -
レストラン「紅辣椒」
丸テーブルが並ぶ
中華料理店と同じ
七人と八人に別れて座る -
寄せ鍋(スチームボード)は美味しかった
スイカジュースも美味しかった
同行者もそれぞれ旅慣れた様子
日本はホンマに豊かで平和だ
これで文句を言えば罰が当たる -
大型バスに15名 座席もゆったり
「毎日席を変えて座って下さい」と“ポール” -
マレーシア最初の食事はこの「紅辣椒」
最後の食事はこの隣の「貴州苑」で
この時は何も知らずだった・・・けど -
右棟:間組・・・左棟:サムソン
建設途中左棟の傾きが分かり連結した?
日韓共催“W杯”もそうだが
韓国のストーカー行為に嫌悪しかない
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■ペトロナス・ツインタワー観賞
40分程の食事タイムが終了し10時過ぎバスに乗ってツインタワー観賞へ向かう。夜到着で東西南北は無論、ここはどこ?何も分からず。分からぬまま付いて行くだけ。これを旅と言うのだろうか?
飛行機は一気に遠距離移動、それも座席は通路側、下界を見ることなくの移動。関空⇔クアラルンプールの距離は4,949km。じっとしたまま、まるでワープのように。
“ポール”曰く「絶好の撮影ポイント」近くでバスを降り撮影タイム。正面右棟が間組(現在安藤間)左棟がサムソン物産、41,42Fの連絡通路(スカイブリッジ)はフランス企業施工。
ペトロナスはマレーシアの石油及びガスの国営企業、ツインタワーはその象徴でもある。1998年竣工、88階452メートルのツインタワーが立っている場所は競馬場だったとのこと。競馬場は郊外に移転。
日韓競合というだけで胡散臭い。このタワーに関してサムソン施工の左棟が傾いている等々の噂がある。ネット検索すれば真偽はともかくいろんな情報に溢れている。韓国朝鮮在日帰化人等々とその関連の名を聞くだけで気分が悪い私。
これほど嫌南北朝鮮感情が私の心に出来たのは、慰安婦問題を筆頭に虚偽捏造による日本を貶めようとの執拗なストーカー行為が原因だ。
でもこれは現在の私だけではなく古来より日本人が悩まされ続けて来たことだと確信する。日本の隣国は難儀な国ばかり、かろうじて海に隔てられていることが救いだが。
大東亜戦争敗戦によって日本は米国の従属国に成り下がった。その根本に戦後軍隊軍人を忌避し戦いを放棄したことがある。生き物としての本能すら放棄した日本人。
それに付け込み日本を愚弄する支那朝鮮。そんな支那朝鮮に同調し手を組み日本を貶め善人ぶるのが反日日本人自身であることが日本の最大の不幸だ。全て自業自得なり。
朝鮮民族の実態は「セウォル(世越)号沈没」の顛末に表れている。船長が乗船客の高校生を残して我先に下着姿で逃げ出し最初に救助されている。『約30人いた乗組員のうちほとんどが救助され、船の最下層にいた機関士や操舵手ら6人もこの最初の救助船にいた』。
https://ja.wikipedia.org/wiki/2014%E5%B9%B4%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E8%BB%A2%E8%A6%86%E4%BA%8B%E6%95%85
日本・日本人では考えられないことだがこれが朝鮮人だろう。何故なら究極の選択時に誰しも本性が出る。日本の文化は「恥を知る」であり、それが日本人の特性を表すものであるはずだ。少なくとも敗戦のその日までそうであったと思う。そして今も少なからず残っていると信じたい。
恥を知る文化では命より大切な物がある。私はその時そうでありたいと願う。自信はないがそうでなければ死んでも死にきれない。ご先祖家族子孫に申し訳立たず。命より大切な物が多いほど人は優しくなれる。
超高層ビルと言えば67歳の私が即座に頭に浮かぶのは「エンパイア・ステート・ビルディング」。1931年(昭和6年)竣工。
『最頂部443.2m 最上階102階床面373.2m』・・・102階もあるのか。2017/平29年、築後86年。バブル期、横井秀樹がこのビルのオーナーになった。
(世界遺産):現存する「世界最古の木造建築物群:法隆寺」は創建1,400年。鉄筋コンクリートビルはメンテナンスを完璧にしても100~200年?100年後世界の高層ビル群は如何なる事態になっているのだろう。百年前の都市景観と今とは雲泥の差がある。
巨大建築物を見る度に思うのは良くぞこんな小さな人間がこんなでっかい物を作れるのかと。エジプト・ピラミッドしかり・・・。現時点の世界最高高層建築ドバイの「ブルジュ・ハリファ」「828m」「162階」ということはツインタワーより376mも高い。日本一は「あべのハルカス」300m 60階。
今日の昼まで関空にいた。それが今マレーシア・クアラルンプールで白色ライトに照らされたツインのタワーを仰ぎ見る。毎度のことながら「俺、今何してる?」・・・百年後果たして月への観光旅行があるのか? -
超高層ビル世界ランキング
1位 ブルジュ・ハリファ UAE 828 m 162階 2010竣工
15 位 ツインタワー マレーシア 452 m 88階 1998竣工
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E9%AB%98%E5%B1%A4%E3%83%93%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7 -
現地時間午後11時12分ホテルに到着
一日にして日本からマレーシアに
信じられない -
クアラルンプール連泊だと思ってたけど
ホテルがプタリン・ジャヤと隣町
部屋に文句はないけど遠すぎる
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■「ドーセット グランド スバン ホテル」に到着
撮影タイムも終了しバスに乗って40分程でクアラルンプール西隣町:プタリン・ジャヤ(Petaling Jaya)にあるホテル「ドーセット グランド スバンDorsett Grand Subang」に到着。
https://www.google.co.jp/maps/@3.0812894,101.5951207,16.25z?hl=ja
午後11時17分、私の部屋は6階9号室 カードキー。ダブルベッドに浴槽はあるが見た目古汚いけど格安ツアー部屋に文句はない。
さあ関空からクアラルンプールの旅、一日目終了。明日と明後日の二日間が正味の短期旅行の始まりとなる。 -
609号室
こんな室内だった -
年期が入って古いけど
格安ツアーなので十分 -
バスタブあり湯も普通に出た
豪華ホテルってのはどんなものなのか? -
歯ブラシも常備
困ったことなし
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